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155話

「なあに、これえ」

「知らん。何だこいつは」

 ぽふ、と、鈴本が刀の鞘でその生き物を軽く叩くと。

「きゅっ」

 ……一声鳴いて、どろん、と、その生き物は消えてしまった。

 後には、よく分からない色の光の残滓が残るばかりである。

「……なに、これ」

「……知らん」

 こうして、私たちは1つ目の元凶を消した。




「……私たちは何か取り返しのつかない事をしてしまったのでは」

 よく分からない色の光は遂に消え、ここで何かがあったなどと分からない状態になっていた。

「ちょ、ちょっと、舞戸さん、怖い事言わないでよ」

「じつはあの謎生物、殺しちゃ駄目だったとか」

 だってさ、ぷきゅー、っつって出てきて、軽く叩かれたら、きゅっ、っつって消えちゃったんだぞ?何かをした、っていう感覚よりは、ミスって消しちゃった、っていう感覚の方が強い!

「いえ、でも、神殿の言う『元凶を倒す』という表現とは一致します」

 社長はそういうけどなあ……。

「……倒した、ってよりは、倒れちゃった……」

 角三君がどことなく寂しげに、さっきまで謎生物がいた辺りの地面をつついている。

 ……正に、そういう気分なのである。


「これで正しかったかは、明日奈落に行って確かめてみればいいんですから」

 社長がそうとりなし、なんとなーく、微妙に……こう、もやっ、とした気分のまま、私たちは帰って就寝することにしたのである。

 だって他に確かめようがないし。




 という事で、朝です。おはようございます。

 ケトラミさんを敷布団兼掛布団にして寝たのに、やっぱりマルベロが掛布団になってて、暑くて起きました。いい加減にしていただきたい。


 朝ごはんは洋食にさせてもらおう。

 パンと、ふわふわとろとろのスクランブルエッグ、良く煮込んで味が馴染んだミネストローネ。

 ミネストローネはやっぱり2日目以降の方が、味が鋭くなくなっていいよね。

 ……うん。随分前に大量に作って物理講義室で保存しておいたのを出してきてあっためました……。

 ほら、スープとか煮込み物ってさ、大量に作ったほうが美味しいじゃない……だからしょうがないんだよ。


 そして、朝ごはんが終わったら角三君と羽ヶ崎君が奈落へ行った。

 なんでこの2人か、って言ったら、空飛ぶ乗り物にのって高速で移動できるのがこの2人しかいないからっていう事に尽きる。

『鑑定』できる人が飛べたら楽だったんだけども、まあそれはわがまま言わないよ。うん。

 それに伴って、シューラさんの鞍も作った。

 テラさんのよりもこう、細身で華奢な印象に仕上げた。やっぱりシューラさんの魅力を損なうような鞍じゃあ良くないと思ったんですよ。うん。


 2人と2頭を奈落へタクシーしたら、私たちはとりあえず待機である。

 私以外の人はまた元凶探しに行っても良かったんだけども、角三君という優秀なバランス型アタッカーと、羽ヶ崎君という魔法攻撃役がいない状態で行くのはリスキーと判断された。

 ほら、もし魔法しか効かないような奴が出てきちゃうと羽ヶ崎君がいないのは致命的だし、逆に、魔法一切効かない、超硬い奴とかに出くわしちゃったら角三君がいないのは致命的だし。

 なので、2人の連絡待ち、っていう事になり……なんとなく、落ち着かずにそわそわそわそわしていたのである。

 ……そわそわしながら、7並べやってたから、本当に落ち着いてなかったかっていうと、そうでも無かったかもしれない。


『あった』

 いきなり『交信』の腕輪が反応して、起動したら一言、これである。

『……前と同じ、青い花畑の所』

 あったか!ということは、あの謎生物を消しちゃったのは正しかったんだな!

「分量はどれぐらいですか?」

 しかし、あったとは言っても、分量が1mgとかだったら悲しいぞ。

『えー……んー、ちょっと来て』

 おや、説明がめんどくさい分量の模様。

「舞戸さん、タクシーお願いできますか」

「よしきた」

 とりあえず、社長を連れて『転移』だ。

「あっ、来た」

「社長、これなんだけど」

 角三君と羽ヶ崎君が示す方向を見てみると、そこには……ええと……うん。

「割と少なかった」

「……ね」

 慎ましやかな盛り塩レベルの、『奈落の灰』が、ちんまりと……。

「ちなみにこれって、霊薬幾つ分になるの?」

「1個分にもならないです」

 あっ、こりゃ駄目だ!

「キャリッサさんに頼まれた分には遠く及びませんね」

 あああああ……うん、まあ、幸運なことに、元凶はまだ9個あるから……。




 ということで、帰ってきました。

 そして、また元凶に『碧空の種』を植えて、もうあと3個位消して、『奈落の灰』を増やすことになった。

 尚、角三君と羽ヶ崎君は相変わらず奈落で待機である。

『奈落の灰』が出てくる瞬間を見たいんだそうな。いいなあ。

 今度は適当に、屋外に出ただけである。

 出てくるのががっかり生物だけだっていうのはもう分かったからさ……。

「じゃあいきますよ」

 社長がまた元凶に種を植えると、花が咲いて、昨日同様に光って……あれっ、微妙に感覚が変わってる気が……。


「……俺達は何か勘違いしていたのかもしれません」

 社長がそう言うのも分かる。

 光が収まった時、そこに居たのは。

「ぷぎゅっ!」

 ……小ぶりなバランスボール位はありそうな、よく分からん色の生物だったからである。


 ぷに、っていう程柔らかそうでも無い。それでもそこそこ柔らかいけど、つついても消えないし。

「……おい、これ、どうするんだ」

「鈴本がまた殴ればいいじゃん」

 鈴本が刀の鞘でつつくと、その生物は怒ったように刀の鞘に向かって威嚇する。

「ぷぎゃーっ!」

 そして、声をあげると、その手のような部分で、てしてし、と、刀の鞘を殴るのである。

 尚、その間、鈴本、微動だにせず。……つまりは、そういう威力しか無いらしい。

「わー、かわいいねえ」

 何かその仕草が琴線に触れたらしい加鳥が、嬉しそうにその謎生物をつついて遊び始めた。

「ぷぎゃっ!ぷぎゃっ!」

 謎生物はつつかれるのが嫌なようで、加鳥の手に抵抗するけども、加鳥、めげない。

 ひたすらつついて、撫でまわしている加鳥に釣られて、針生もつついたり撫でたりし始めた。

 そうなるともう、謎生物は我慢の限界だったらしく……。

「ぷぎゅっ」

 どろん、と、消えてしまい、後には光の残滓が残るばかりである……。

「ああ、消えちゃった」

「可愛かったのにねー」

 そりゃ、消さないとまずいしな!


『降ってきた』

『さっきよりも、多い、かも』

 そして、羽ヶ崎君と角三君からまたしても連絡があり、社長を連れて『転移』。

 成程、見てみると、さっきよりも『奈落の灰』は多いように思える。

「さっき、元凶に『碧空の種』を植えたら、昨日出てきた生物よりも大きく、攻撃的な生物が出てきました」

「へえ、じゃあ、消した生物のサイズに比例して『奈落の灰』の量も変わるのかもね」

 ……まあ、それは有難いんだけど、さ。

「問題は、まだ『奈落の灰』が足りないという事です。そして、次に消す時は、どのぐらいのサイズの生物が出てくるんでしょうね」

 サッカーボールがバランスボールだからなあ、次は……何が来るんだろうか。

「でかくなるだけならいいけど、それで強くなられて攻撃的になられたら、元凶消すのも一苦労になるんじゃない」

 羽ヶ崎君が嫌そうな顔で『奈落の灰』を見つめた。

 ……ああ、なんか……なんか、この予想が当たっていないことを切に祈るよ……。




 まじででっかいのが出てきて交戦になったら2人の戦力が欠けるのはよろしくないんで、2人も連れて戻った。

「どうだった?」

「『奈落の灰』は見つかった。1回目よりも量は増えてる」

 羽ヶ崎君が説明すると、こっちでも、私達が奈落で話していたような事を話していたらしい。

 つまり、「このまま元凶消していったら、そのうちどうしようもなく強くてでかい化け物が出てくるんじゃね?」という。

 ……しかし、やらねば、合唱部の人達を生き返らせることはできない。

 うん、ならば、やる事は1つなのである。




「じゃあ、いきますよ」

 予想が当たってなければいいんだけど、と全員で見守りながら、また社長が元凶に『碧空の種』を植える。

 ……そして、花が咲いて、光が溢れると同時に、色々と警戒した羽ヶ崎君が『アイスウォール』で元凶を覆うように囲いをつくる。

 そして、氷を透かして尚、溢れた光が収まった時、見えたのは……。

「……ビンゴっ!」

 分厚い氷の箱に閉じ込められてぎゅうぎゅうになってる、でっかい、化け物であった。


 いくら分厚くても、氷は氷である。

 みしみしと嫌な音を立てたかと思うと、氷の壁は砕け散って、むしろなんというか……グレネード弾みたいになって私達に襲い掛かる始末。

 その内の1つが見事に私の二の腕を抉っていってびびった。

 いやあ、『ヒール』使えるメイドさん人形がいたので、数十秒で完治したけどさ。うん。

 出てきた化け物は、割と人の形に近いのかもしれない。

 腕が2本に脚が2本、頭らしいパーツもある。

 でかさは……2mちょい、ってところかな。

 ただし、全体的に元凶色してて、顔とかは無いね。

 ……まあ、あれだ。

 つまり、犬じゃないので、私の出番はない!


「犬じゃないみたいだから私は避難するよ」

「ああ、そうしてくれ!」

 足手纏いになる前にさっさと教室の中に避難して、窓から眺める事にしよう。

 ……あ、うん、結構攻撃してくるみたいだ。魔法……に似てるけど、魔法じゃないんだな、あれは。

『魔法無効』で無効になってないみたいだ。

 けども、そこまで手間取るでもなく、十数撃目の攻撃を加えた辺りで消えてしまった。

 ……ふむ。

「お疲れ様」

「……これ、次はもっと強くなるのかなあ」

 加鳥が心配そうにしているけれども、多分、そうだと思うよ。




 しかし、これで『奈落の灰』が足りればいいのだ。

 これで足りるならこれ以上元凶を消さなくてもいいんだし。

 ……と思ったけれど、確認の前に、お昼ご飯です。

 お昼ご飯は水餃子とチャーハンである。

 もくもく食べながら、やっぱり空気が重い。

 うん、サッカーボールがバランスボールになって、それが2mだもんなあ……。次は4m位になるんだろうか。

「……社長、目測でいい。あと幾つ位元凶を消したら『奈落の灰』の目標量に到達しそうだ?あ、酢取ってくれ」

「はいよ」

「そうですね、あと2つは必要だと思います。次、俺に酢、回してください」

 おお、と、いう事は……2つ後は……滅茶苦茶に、でかくなってる……?

「うわー、ちょっと考えたくないですわー……どの位でかくなるかね」

 ね。倍々になってくとして、8mかあ?

 ……8m、かあ……。

 考えたら皆、なんとなく嫌な気分になってしまったらしく、表情が沈んだ。

 そりゃ、でかさは強さとある程度まで比例するからなあ……。

 きっと、さぞ強くなっていることでしょう。

 気分も沈むね。……戦うの、私じゃないけどさ。

「うわー、俺、嫌だわー……あ、お母さん醤油とっ……」

 ……。

 全員、沈んだ表情が生暖かい表情になって、針生の方を向く。

 当の針生の方は、固まった顔のままである。

「……舞戸さん、醤油……あああああああああああ!ごめん!ホントごめん!あああああ!」

 そこでなんとなく全員沸点に到達してしまったらしく、吹くなり、顔を背けるなり、肩を震わせるなりし始めた。

 私はというと……生暖かい表情で親指を立てておいた。

 うん、よくあるよね。先生をお母さん呼びしちゃったりすると凄く恥ずかしいよね。うん。分かる分かる。

 ……とりあえず、沈鬱した空気は、改善されたね。うん。良い事だ良い事だ。

 ……針生には災難だったけども、あれだ、こういう他人の不幸は超甘いのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 針生のうっかり、気持ちわかる。主人公のこと、化学部みんなの「お母さん」してるなって思ってました(こう、安心感という意味で) みんなの心の拠り所というか、何があっても安心させてくれる暖かくて…
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