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 蘭丸は大きくため息をつき、莉子のかたくなさと、恋愛観については家に帰ってから追求しようと決める。取りあえず今は桜子の件を片付けなければならない。


「どうしてもというなら、先生を追いかけて完膚なきまでに叩き潰されてくるのもいいと思う。だけどそれをやるなら、落ち着いてからのほうがいいと思うぞ。今は事件に発展するおそれがあるから」


「事件ってまさかっ!雅さんはそんな人じゃないわ」


「いや、そんな人でしょ。アレは狂気と正気の境目の愛情持ちだよ?自分大好き、束縛大好き、ちぃちゃん愛してるの残念な美形で間違いないから」


 そもそも雅が莉子が小学生の時に近づいてきて、色々面倒を見てくれたのだって母を落とす為の準備段階だったのだ。かなりの年月をかけてじわじわと包囲網を縮めて、母が逃げられなくなったところでの捕獲作戦決行だった。あんな粘着質な想いはきっと重い。多分はまったら底なし沼だ。


「桐野院さんもさ、やっとゲームから解放されたんだから、先生を好きだったのはひょっとしたらそのゲームの呪いみたいな物だったかもしれないだろ?新しい恋を探してみれば?」


 蘭丸がそう言うと、 フルフルと弱々しく桜子は頭を振る。そして、止まった涙をまた溢れさせる。そうして、小さい声で何かをいった。


「ん?なに?」


「私、二次元しか愛せないの。だからこの世界が乙女ゲームの世界だってわかって、やっと普通の恋愛ができると思ったのに。前世から雅様が好きで好きで最愛のキャラクターだったのよ。アニメや漫画も好きだけど、フルボイスで甘い台詞を囁いてくれる、雅様の声も、姿も全部愛してるのに」


 キッと顔を上げて、桜子はハンカチを握りしめた。なにやら怒りに燃えている様子だった。涙を流しながら怒っている。


「だいたいねぇ、可笑しいでしょ?!変でしょ?パラメターあるのよ?好感度も目視できるのよ?それで普通の前世を同じ世界ですって言われるほうがよっぽど驚きだわっ!攻略していくうちにどんどん好感度上がって情報画面のキャラが少しづつデレていくのよ?!攻略のしかたがわかってれば、そりゃゲーム感覚でやるに決まってるでしょ?私が悪いの?」


 勢いよく、低い声で話始めた桜子はいつもと少し様子が違った。幾分まゆが釣り上がり、蘭丸を睨んでいる。


「それが、攻略対象者達には彼女がいます?!信じらんない。なにソレ、詐欺だわ!乙女ゲームの攻略対象者に恋人がいていいわけないでしょっ!いてもいいのは、名ばかりの婚約者くらいよっ!!ラブラブの恋人がいたら乙女ゲームとしてなりたたないじゃないのっ!そーゆーのは略奪系の恋愛シュミレーションよっ!少なくとも『除夜の鐘の誓い』じゃあり得ないわっ!」


「まさか、まさかそれ、ゲームのタイトルとか言わないよね?」


 なんだかもの凄く恋愛っぽくないタイトルなんだけどと、莉子が突っ込むと桜子は大きく頷いた。


「そうなのよっ!制作側がかなり本気で遊んでたゲームだったの。だから逆にものめずらしさと、あんまりな台詞の羅列にプレイヤーがツッコミをいれながら楽しむ乙女ゲームだったの。だいたい除夜の鐘をバックミュージックにプロポーズってシュチュエーションがもう、乙女として突っ込み所満載でしょ?」


 怖いものみたさという奴なのだろうか。そのゲームがどれくらい人気があったのかとても気になる。


「折角、この世界に生まれたからには、攻略対象者と恋愛しなきゃ勿体ないじゃないのっ!今だけだったのに。ゲームなんて所詮数ヶ月の間でしょ。その間に恋愛して、二次元との恋を永遠に続ける予定だったっていうのに、こんな結果ひどすぎる。きっと製作者側の陰謀よ。製作者がひねくれてるから攻略対象者もひねくれちゃったのよ!あぁ、もうっ!お腹すいた!!」


 なにやら吹っ切れたらしい桜子は、マスターに向かって「メニューありますかぁ?」と可愛らしく聞いている。コロコロと表情と感情を変えていく桜子について行けなくなってきたと、莉子は苦笑いを浮かべた。


 チョコレートバフェとホットケーキとワッフル。それにアイスクリームとクラブサンドを頼むと、桜子は莉子に笑顔をむけた。


「莉子は?何食べる?」


 突然名前を呼び捨てにされて、驚きながらも思わずチョコレートケーキを頼む。桜子の勢いが台風のようだ。ついでに蘭丸の分のホットドックも頼むことも忘れない。


 お客が少ないのであまり待たずに、チョコレートパフェとホットドック、チョコレートケーキが届く、あとは出来上がり次第運ぶからと言われ、それぞれにスプーンやフォークを手にする。

 そこからはもう、桜子の独壇場だった。大きく口を上げて、本当に食べられるのだろうかと危惧したデザート達を次々にお腹におさめていきながら、前世での『除夜の鐘の誓い』のストーリーやイベント、どんなスチルだったかを語っていた。途中で雅の話になると泣きながらにはなっていたが、今は桜子の話たい事を聞くことが良いことのような気がして、莉子と蘭丸は相槌を繰り返しすだけにとどめた。


 そして最後の一口を食べ終えると、涙を拭い満足気にため息をつく。


「ごめんね。エンディングが終わったら、ひょっとしたら世界の強制力が働いて雅様がずっと私の物になるかもっていう賭けだったの。多分そうはならないだろうなぁとも分かってた。往生際が悪いと自分でも思ってたんだけどさ。莉子も蘭丸くんも心配して付き合ってくれたんでしょ?もう新年なのに、ありがとう。もう大丈夫、これからはちゃんと立派な二次元に恋をするわ」


「いや、桐野院さ…………」


「桜子って呼んで。さくちゃんでもいいわよ。あっ、あとほら、携帯出して赤外線通信するわよ」


 何故か逆らえなくて慌てて携帯を差し出すと、「借りるわよ」とあっという間に奪い去られて桜子が通信を終えてから返された。


「いや、だから、乾くんは本気で桜子の事が好きだと思うけど。アレも桜子にとっては二次元?になるんじゃないの?」


「ホント?!強制力が働いてるとかじゃなくて?」


 桜子が身を乗り出した。食いついてきたとここぞとばかりに、恋に恋する乙メン代表 乾をすすめる。攻略対象者のはずなのだが、もの凄く影がうすい彼は、すっかり桜子に骨抜きにされていたりする。保険室の一件から学校で話かけられるようになった莉子は、延々と桜子の魅力について話を聞かされていた。うんざりするほど聞かされてきたが、ここで役に立つのかもしれない。失恋には新しい恋が一番の特効薬だと本に書いてあるのだからきっと間違いないはずだ。

 きっと攻略対象者に想い人がいなければ、桜子と攻略対象者の関係はゲームそのまま、桜子が言う永遠の恋人になれたのではないかと思う。


「ところで、強制力ってさっき言ってたけどなにソレ?」


「あぁ、よくさ小説のゲーム転生ネタでよく読んだんだよね。こうさ、正しいストーリーがあるとするじゃない、それを曲げようとすると正しい方へ戻そうとする力みたいなね?そんな感じ」


 あまりそういう方面に詳しくはない莉子は首を傾げてしまう。雅が行きたくないって踏ん張っていたのに結局は桜子の元へ行ってデートしていたあの不思議な現象の事なんだろうか。


「うーんそうだな。例えば、私が未来を予知することが出来る能力があるとして、明日自分が死ぬことを予知してしまったら、全力で回避をしようとするでしょ。そうして予知した事が起こらなかったとする。でもやっぱり死ななければ未来が変わっちゃうから、予知とは別の形で死んでしまうとか」


 分かりやすく説明してくれようとする桜子に、うんうんと頷いてみせる。やっぱりあの不思議な現象の事で間違いないだろう。

 それにしてもと、莉子は桜子を見つめた。この喫茶店に入った時と全く感じが違うのだ。保健室で会った時のようなどこか嘘くさい感じがない。話し方もなんだか明るくて、ハキハキとしている。気が強くても、か弱い感じがしたのに、今はもう見たとおりの気が強くて明るい闊達な女の子に見えた。今の桜子の方が好感が持てて莉子は好きだと思う。多分この桜子となら良い友達になれそうな予感がした。


 ゲームは終わったから、新学期になったら乾も桜子の事を気の迷いだと思っているかもしれないと桜子は笑う。そして、まだ脈がありそうだったらアタックしようかなとも。よくよく考えれば乾も二次元のキャラだったのだから。そして桜子にとっては二番目にお気に入りのキャラだったらしい。


 それでも、もうゲームだからって理由で無茶なことはしないよと言った後に乾くんもトイレにいくだろうからねと付け足した。そうして多分、空元気の桜子と新学期が始まるまでの間に一度遊ぶ約束をして駅で別れた。


 最寄り駅を降りると雪が薄らと積もり始めていた。吐く息が白く、指先と足のつま先がジンと冷えた。深夜の町は静かだ。蘭丸と莉子が雪を踏みしめるキュッキュッという音がヤケに響いている。無言であゆみを進めていると雅からメールが来た。それなりに頭が冷えたのか、桜子のその後の心配と今夜は母を家に帰さないからという内容だった。寒さで震える手で桜子は取り敢えず大丈夫そうだと返信をした後に、母にご愁傷様とだけメールを入れておく。多分今日の雅は危ない、色んな意味で。


 桜子と別れた後でやっぱりファミレスにでも入って雪が止むのを待とうと提案したが、いつの間にかに無表情になっている蘭丸に却下されていた。思い返せば桜子と連絡先を交換したあたりから蘭丸が不機嫌だった気もする。あまり話さなくなったのもその頃だ。


 機嫌が悪くても、手だけはしっかりと繋がれている。

 マンションに着いたはいいが、いつも家の中にはいる時は別々の玄関から入るのに、蘭丸の部屋のドアに引きずり込まれた。その勢いで乱暴に壁に押し付けられる。

 先程の不機嫌をはるかに通り越して怒っている。蘭丸は莉子の顔の横に手をついて、歯をくいしばって何かを堪えていた。瞳の奥に苛立ちと困惑の色を浮かべている。しらに内に失言でもしていたのだろうかと思い返してはみたが、そもそも蘭丸と話していない。桜子の話をずっと聞いていたのだから。


「えっと、早く中に入ろう?寒いしここ」


 普段、蘭丸はあまり怒らない。我が儘を言うし、自分の思い通りに事を進めようとするけれど、どちらかといえばニコニコ笑いながら絡め手で言う事をきかせるのだ。ひょっとしたら無言になった頃から怒っていたのかもしれないと、莉子は身をすくめた。この状況はとても居心地が悪い。責めるような目を見られても、自分がなにをやらかしのかも分からない。


「聞いてない」


 絞り出したように、言われた言葉は胸に突き刺さるような鋭さを持っていたがやっぱり莉子にはなにを指して言っているのかが分からなかった。


「なんの事?」


 やんわりと聞いて見る。母は帰って来ないと言うし、この家に二人きりで時間は深夜だ。刺激をしたくはなかった。


「いつの間にあんなに貴史と仲良くなったんだよ」


 一瞬、誰の事かと疑問に思ったがすぐに思いだした。責めるような口調の蘭丸には全くもって納得がいかない莉子だったが。


「貴史って乾くんだよね。いつの間にって保健室で会った後から桜子の話をよくしてたけど?」


 サッカーのプロ入りが確実だろうと言われている、乾 貴史は攻略対象者の中で唯一彼女のいないさわかや好青年だ。短髪に黒い肌。筋肉質の太ももと笑うと八重歯がキラリと光る所がチャームポイントの彼は桜子に恋する立派な乙メンなのだ。内気だと自己申告する彼に、保健室で会ったあとから良く話しかけられるようになり、桜子の魅力やら、どんなに好きなのかだとかを色々聞かされていた。 


 それが何故、蘭丸が怒る原因になるのかが莉子には分からなかった。


「ふぅん。桐野院さんが好きだって話ね。それさ、本当だとでも思っているの?」


「いや、桜子の話が本当、本当じゃないの二択になる意味が分からないよ」


「ねぇ、莉子。いい機会だから言っておくけど。高校卒業して襲名して落ち着いたら、俺と結婚するんだからな?」


 全くプロポーズをしている声音ではなかった。脅すように低くなる声に、睨み付けなにかの衝動をこらえているようなその姿。そして選択権のない問い。


「だから、何度も言うけど蘭丸とは付き合ってないし、プロポーズもされてないって…………っんっ」


 蘭丸は莉子の顎を掬い上げるように上に向けると、有無を言わせずに唇を合わせる。荒々しい口づけの後に力の抜けた莉子をヒョイと荷物のように抱え上げた。


「覚悟しろよ。バカが言えないくらい。死ぬほど啼かせてやるから」


 寝室に連れ込みベットに横たえる。いつもよりしおらしい莉子の瞳にニヤリと嗤う蘭丸が映っていた。


◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇


 チャルルルルーンとどこからともなく音がする。


 莉子の頭の上には好感度を示すパラメーターは勿論マックスだ。莉子がその気になるとこのパラメーターはピンク色に染まる。もう何度もこうして莉子をその気にさせてことに及んできた。どうやら莉子にはコレが見えないらしい。なんて鈍いくて愛おしいのだろうと莉子の頬を撫でる。


 蘭丸の事を拒んだのは最初の方だけで、好感度を上げていくと莉子は口では否定しながらも、蘭丸に従っている。蘭丸としても監禁エンドや心中エンドは望んでいないのだ。さっさと籍をいれて莉子を手中に収めなければ、いつ他のプレイヤーに狙われるか分からない。


 この世界がプログラムのように数字に支配されいると考えれば猛烈な拒否感を感じるが、莉子が自分の物になるならば許容できると蘭丸は考えていた。


 かつての蘭丸が生きていた世界で、この世界と酷似した18禁恋愛シュミレーションゲームが存在した。男性バージョンと女性バージョンがあり出てくるキャラクターは、桜子の語る物と同じだ。ただ、蘭丸の知っている男性バージョンには攻略対象者として、佐藤 莉子、佐藤 千春、源川 華澄、友成 楓、長瀬 美紀、鳥塚 弥生の名前があった。莉子を見つけ時に、全てを思い出し、近くに東雲 雅の存在がいると認識したからこそ、無理矢理マンションを買い上げてここに移り住んできたのだ。


 あの鬼畜が代名詞だった東雲 雅には親子陵辱エンドが存在する。そんなものに莉子を巻き込むのはごめんだ。東雲にパラメーターが見えているのかは謎だが、千春とのトゥルーエンドを迎えて莉子とは関係せずに暮らして欲しい。


学校で他の男達に莉子を見つけさせないために他人のフリをしてきたのだ。どうしても蘭丸と一緒にいれば目立ってしまうし、蘭丸は北上や貴史とは仲もよい。蘭丸の望み通りそれぞれ攻略対象者を見つけ、仲良くやっているようだったし雅があまりも気の毒だったから保健室で莉子を紹介したのだ。それは失敗だったらしい。


貴史が莉子に近づくのは計算外だったのだ。桜子のゲームは終わったらしいが、蘭丸のゲームは年数が長いのだ。その間の好感度の維持が難しい。桜子のゲームが終わった今は、貴史の興味は莉子に向かう可能性が高かった。



 桐野院 桜子という女生徒は蘭丸のゲームには存在しなかった。アレはバグなのかと思っていたが、桜子の話を聞く限り桜子の前世では違うゲームだったのだろう。蘭丸の前世とはパラレルワールドというヤツかもしれない。それにしても桜子は余計なチャチャをいれてくれたと苦々しく思う。



 蘭丸の周りでは、あの仕草をしている生徒達を時折見かける。何もない空中を見つめ指を動かしているのだ。


 いくつのゲームがあり、いくつの世界があるのだろうか。


 けれども蘭丸には莉子がいた。

 

 莉子が愛しい。莉子といたい。他の男に獲られたくない。


 胸を焦がすこの想いが、誰かに決められたものなのかどうかも分からない。

 けれど、これが恋という名の感情であることは間違いないのだ。

 莉子だって蘭丸を本気で嫌がる事もないし、好感度もマックスだ。

 だからもう、例え何かの見えない力が働いていたとしても、それが恋でいいと思うのだ。

 もう、桜子みたいに意思が強すぎて、ゲームの中の強制力まで働かせる女とは関わりたくないと蘭丸は切に願う。


 蘭丸の世界には、莉子と自分。それだけしかいらないのだから。




ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。



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