ステージ4 : きっと、ラスボス係のひと? ②
遠目であっても見間違えるはずが無い。ココアがもっとも見慣れた姿が、ぬいぐるみ人形となってココアと敵対した。
レイドのぬいぐるみ人形が両腕を広げると、その指先から光のすじが幾つも現れた。光のすじがアルフレイドのぬいぐるみ人形、ロイのぬいぐるみ人形、フェリンデールのぬいぐるみ人形へと接合される。
「レイドのぬいぐるみ人形。これは、全てを組み合わせる総合的な力……。今のあなたを越えて、新しいあなたへ強く生まれ変わること。これが、私が贈る最後の試練――!」
突如、不可視の気圧の束が地面をなぎ払いながら突っ込んできた。密集されたエネルギーをまとい、より鋭利な風と化したアルフレイドのぬいぐるみが襲い掛かる。
「――っ!!」
ココアはなんとかアルフレイドの轟風に腰を反らしてギリギリ反応する。レイドとアルフレイドの練習試合を何度もそばで見ていたことが幸いし、未来予知にも似た直感で反応することができた。
「え――っ!? きゃっっ!」
しかし、悲鳴を上げたのは完全には攻撃を回避できなかったからである。槍からの攻撃はたしかに避けることができた。しかし、槍にまとわりつけた圧縮された風が真空を巻き込んでココアを切り裂きにかかったのだ。
アルフレイドの槍はギリギリで避けてはいけない。あの槍は完全に避けなければ、まきつけた猛風に全身を切り刻んでしまう。
「くぅっっ、オダイカンにゃんこ!」
オダイカンにゃんこがココアに小判を投げつける。ココアにまとわり続けている切り裂く風を無効化することができた。
しかし、パワーアップしたのはアルフレイドだけではない。ロイのぬいぐるみが両手をかかげる。握った手には圧倒的な魔力が煌き、まばゆい光を放った。すると、見上げた空には大量の魔弾が躍り出ていた。雪崩を連想させるような濃度で魔弾が殺到する。
ロイのぬいぐるみの弾幕の質、量、共に上がっていた。ただでさえ威力が上がったうえに、あの量を受けたらひとたまりもない。ココアは弾幕を見切ろうと目を細めると、途端にロイのぬいぐるみの弾幕が二重にブレて見てきた。
「え、あぁ、あアアぁぁァァぁぁ――ッッ!?」
耳元からチョキ、チョキ、とハサミが閉じる不気味な音が四方八方から響いてくる。まるで脳みそが直接切り刻まれていくように、思考をどんどん切り取っていく。とにかくこの場から動かなければと体を動かそうとするが――足の動かし方を忘れてしまっていた。
「あれ、な、んで……?」
右足から駆けるのか、左足から駆けるのか、重心の移動はどうだっただろうか。普段は意識していないことが表層に表れて混乱に拍車がかかる。何よりも、幻術によって脳が一気に疲労し、頭痛が思考を掻き乱す。判断力が泥のように重たくなる。
「分かっているけど説明してあげる。レイドのぬいぐるみ人形は、人形操作の補助。そして連携で隙ができてしまった時のバックアップ」
痛みを感じてハッとすると、鋭利な水の剣が腕を切り裂いていた。
これはアルフレイドを打倒したレイドの水の剣だ。静か過ぎて感知できなかった。風が触れる感覚、炎の燃焼の臭い、ハサミの音などの感知できる情報の中にまぎれて暗殺者のように切り裂きにかかってきていた。
「ほら、驚いていないで。すぐ行動しないと」
生命が危機的状況を訴える勘によって、重たい足を引きずって全力で駆け走る。アルフレイドのぬいぐるみが迫ってきていた。
しかし、今のアルフレイドのぬいぐるみは一人ではない。レイドのぬいぐるみが地面を蹴り上げる。地に描いていた魔法陣が蹴り飛ばされた。
魔法陣が輝き、発動する。四本の水の剣が現れた。水の剣がスピンしながらココアを囲うことを意識したような軌道で襲い掛かってくる。
「囲うの……? 違う、これは……っ!?」
ちょうどアルフレイドのぬいぐるみからの攻撃を逃がれる道に水の剣が飛び込んできていた。いつの間にかココアは退路を塞がれてしまっていた。
これが人形師の戦いの真骨頂だ。可能性を一つずつ潰していき、強制的に嵌め手へ誘導していく。
「……受けるなら、こっちっっ!」
水の刃で塞がれる退路にココアが飛び込んだ。アルフレイドのぬいぐるみの攻撃から逃れられたが、水の剣がココアに襲い掛かる。剣の一本ずつには、他のぬいぐるみ人形達と比べて魔力は少ない。しかし、スピンによって傷口をえぐるような攻撃のため、ダメージとしては他の攻撃と比べても遜色が無い。
「きゃぁァァ――っ、ぐぅっっ!」
しかし、倒されないなら安い。アルフレイドのぬいぐるみの攻撃は、ぬいぐるみたちの中でも頭ひとつ飛びぬけている。食らったなら即死級のダメージなのだ。
「ほら、また槍がやってくるよ?」
ロイの魔弾の雪崩を背にアルフレイドの風刃が襲い掛かってくる。ひゅんという風を切り裂く音がココアの真上から聞こえた。再び水の刃が運命の選択肢を削りにくる。
――勝てない。勝てる道筋がまったく見えない。ココアは本能的に感じ取った。
最初の三体が襲い掛かってくる程度ならまだ戦いという体裁にはなっていた。あの三体でもキツかったが、まだあの程度など生ぬるかったのだ。レイドのぬいぐるみ人形が出てきてからが、本気の運用だったのだと改めて思い知らされた。
「こんなの……っ、強すぎるっ!」
なによりもレイドのぬいぐるみのサポートが半端が無い。レイドが参戦してからは、それぞれのぬいぐるみ人形たちが鬼神の如くの動きをしはじめた。ココアは戦場に出たことは無かったが、このぬいぐるみ人形達の動きはまさしく一騎当千の武将に値するレベルへと格段に進化していた。
ぬいぐるみ人形は人の形をとっている以上は物理的な動きをするが、あくまでも核は魔法から成り立っている。義姉のレイドに対する重すぎるほどの想いにより、レイドのぬいぐるみの機動が劇的に上昇しているのだろう。
「いま勝てないと思ったの? そこでおしまいにしちゃうんだね。がんばったなら、私はそれで納得するけれども……。でも、できるならもっと強かったなら良かったのにな…………」
その小さなつぶやき。義姉のわずかに影の差した言葉尻に、ココアの意識は戦いから断絶される。
この人はなにを言いたかったのだろうか。自身の延長であるはずの義姉の意図がまったく分からなかった。
ココアは義姉の心を見据える。紫や、深紅に、薄緑色に……。いまいちよく分からない色をしていた。
レイドも時折にああいった色合いを見せるときがある。それは新しい人形の服を考えているときだったり、人形劇の物語を考えているときであったり、何かに悩んでいるときの色だった。
どんな色がどのような心を現しているのかは、特別に近い人ではないと推測することは出来ないが、義姉とココアの場合は特別な関係のために例外であった。なんとなくではあるが分かるのだ。
しかし、今の義姉の場合はどうだろうか。特段に何かに悩んでいる表情はしていないし、そもそも戦闘中に考えている余裕など無いはずである。では、この色は何だろうか。
「……自分の本心が分かっていない、色……?」
ある意味ではココアは義姉自身なのだから、好みや嫌いの感情は同感でき、悩んでいたならば察することも可能である。しかし、今回ばかりは感情の源泉が分からない。
「いや違う……。顔色が最初と同じなら、心の色が最初と同じなら、はじめから悩んでいた……? はじめから違っていたから、ずっと気づけなかった……?」
義姉は何を悩んでいるのだろうか。それはココアだからこそ気がついてしまった。たくさんの物事を考え続ける思考の奥に、さまざまな色を抱え込んでいる感情の奥底に、誰にも見せたくないと隠し続けていた悲しみの色に気がついてしまった。
その源泉は――。
「もしかして、レイドのこと……?」
その一言が、義姉の最後の理性を決壊させてしまった。ココアだからこそ、一番の急所を言い当ててしまったのだ。
途端に義姉はうつむいてしまう。何も言わずとも暗い何かを背負っているのが容易に想像がつくほど、重たい想いが顔を覗かせた。
「わたしだけが、レイドの本当を知っていた……」
その言葉は涙で濡れていた。
「だから、全てを平等に……。知っているからこそ、レイドは平等に接しないといけないと思った。わたしがしっかりとレイドを受け止めなくちゃいけないと思った」
鬱屈していた気持ちが噴出していく。
ココアは、同一人物でありながら、はじめて義姉としての、彼女自身の本心に出会えた気がした。
「いつものとおりに時が戻り始め、全てが振り出しに戻された日。私の傍らに、気がついたらレイドがいたの。全ては、これが新しい物語の始まりで、これが私の想いの始まりになった……」
最初にレイドと出会ったときに、義姉はレイドの存在をココアの心からできた魔法であるとすぐに見抜いた。世界を何週も巡っていたからこそ、異常な事態を即座に把握できたのだ。
そうして義姉はまだ世界の住人として生まれて間もなく何も知らないレイドに対して『家族』であると名乗った。レイドの正体を知っているからこそ、平和に生きている世界の住人と同じように平等に接してあげたいという気持ちからである。
「うん、そう……。はじめはそうだった……」
いつからだろう。義姉はレイドに恋をしていた。なぜなら彼女もココアなのだから、世界によってそうなるように構築された魔法でレイドが創られたのだから当然の運命だった。
しかし、最初に会ったときに『家族』であると名乗った以上、レイドにおいて平等にあろうと決意してしまった以上、その関係を覆すことができなかった。
「だって、全部を知っているからっ! レイドは今を生きているココア・ルルリスのための存在である事も、これからの事の運命だって……っ! 全部知っているからこそ、私はココアとしてレイドに手を差し出せなかった……私だって大好きだったんだよっ、だから関係が壊れるのが嫌で、でもすっごく好きで、どうすればいいのかずっと悩んでいたのっ!」
だから誓ったのだ。全てを知っているからこそ、とびきりに大好きだったからこそ、レイドの全てを肯定しよう。一緒という意味ではない。レイドに流れてくるであろう運命を真の意味で『隣で』共に歩もう。私は彼を守り続ける。『家族である義姉』となるのだ。
それを証明するために、レイドを守る義姉となることを選んだために、彼女はココアの目の前に立ちはだかった。
ゆえに――。
「わたしはレイドの幸せを家族として求め続けていった。この一生を賭けて、報われぬ愛をささげる覚悟をした。レイドからの愛を求めずに、最後までレイドを愛し続けたことを私は誇りであると同時に……ずっと後悔していた……」
義姉の自閉した心を見抜けなかったことが、ココアの失敗であり、義姉自身も、自身の感情を否定し続けていたことが根本の問題だった。時間が経つほどにレイドを好きになっていき、彼女を縛る重たい誓いの鎖が増え続けていく。彼女の心を、彼女の誓いの鎖がゆっくりと締めあげていく。息苦しくても容赦なく、時が経つたびに鎖は永遠と増え続けていく。
「わたしは、レイドの恋人であることを永遠に放棄した。でも、この気持ちを抱えて、どうやって私は生きていけばよかったの!?」
心の底から言い放つ。
「ずっとこんな気持ちでも私は後悔しない。だから、最後まで彼に愛を求めずに、私にレイドを愛させてよ!」
元は同じ存在だからこそだろうか。心の底からココアは理解することが出来た。それと同時に、今やらなければいけない状況を理解することも出来た。
ココアは心の底から納得する。
「そっか、だから……。レイドのぬいぐるみ人形の試練の時に言っていたのかも。たしか、新しく生まれ変わること、って……」
それは義姉がココアに送るメッセージでありながら、同時に義姉自身へのメッセージでもあったのだろう。義姉はレイドを諦めるという選択肢の正しさを知っていた。そして、その選択は心の停滞を意味していたのだった。だからこそ、新しく生まれ変わりたい。だからこそ、それができる立場であるココアが義姉を納得させなければならない。
ココアは家族として義姉が好きである。悲鳴を上げている家族へ、真の幸せを紡がせるために、ココアは立ち向かわなければならない。義姉は心の底からの納得を求めているのだ。
ならばこそ戦い続けなければならない。たとえ圧倒的な戦力で絶望の淵に立たされようとも。
ココアは、義姉を理解したと同時に、義姉を越える義務を負ったのだった。
しかし、格が違いすぎる。百戦錬磨の生きる伝説であるだけでなく、何度も歴史を巡ってきた経験を持つ義姉と、ほんの少し前まで戦いの素人だったココア。状況を覆すものはココアの手元には何も無かった。
いや思い出した。あったではないか。
「わたしは今回の戦いで、懸命に生きてきたみんなと戦っている……」
唯一に義姉と違う経験と言う名の武器があった。
時の逆転をかけて戦ってきた物語。その中で実際にレイドは彼らと戦っており、ココアもずっとそばで見ていた。あの時どんな手を使ってレイドは立ち向かっていったのか。そして、敵として戦ってきた彼らはどんな気持ちでレイドと戦っていたのか。ココアは異変が終わったばかりであるピーク時の彼らと、実際に先ほどまで戦ったのだ。
そして、もうひとつ義姉との違いを見つけた。ココアはずっと戦い続ける背中を見ていた。レイド、アルフ、ユーリ、フラン、ロイ、フェリンデール、そして今は敵として戦っている義姉。今まで見つめていた背中たちを思い出していく。そして、全ての背中に共通点を見つけた。
「負けるなんて、思っちゃいけなかった……」
どの背中も語っていた。最後まで諦めてはいけない、と。勝利を願い続けて、夢のために懸命に戦っている姿がそこにあった。もちろん、願えば叶うなんて言っているわけではないが、最後まで戦い続けていると不思議とある時にひょんなことから逆転することがあるのだ。それは、コップにそそがれ続けてきた水が、ある時に溢れ出すのと同じようなものだろうか。劣勢に見えていても、実は確実に勝機は溜まっている。それを分かっている上で彼らは勝利を祈って懸命に自分の心を叱咤して燃やし続けていたのだ。
ココアはずっとそのまぶしい背中を見続けていた経験があった。
「過去のわたしはすぐに諦めていた……。どうせダメだならと、それならやらない方がましだって思っていた。失敗して自分にもっと失望するのが嫌だった。大嫌いな自分自身が、もっと嫌いになっていって、それが惨めで嫌だった」
幻術により力が入らなくなった足。腰に力を入れて、二本の足で奮い立つ。
「でも、わたしは新しい力を手に入れた。だから今、新しいわたしへ……。わたしは、わたしを越えてみせる――!」
先ほどまで絶望の影に震えていたココア。今、ココアの瞳に灯がともった。
ココアにとっては彼らは英雄のような存在だったのかもしれない。それはまるで、物語の主人公のような――。
「助けられるだけなのは、もう嫌だ……。肩を並べたいっ。わたしはぜんぶを助けたい。だから――、わたしは主人公になるっ!」
これは、はじめてココアが貪欲に生きることを誓った宣言であった。奴隷としての生を受けて、失い続ける人生を歩み続けた彼女が、全てにおいて失望し何も求めない事を望んでいたはずの彼女が、新しく生まれ変わった瞬間であった。
「そして、まずは貴女を倒したい。貴女だからこそ、私は最初に倒さなければいけない……。私はレイドを愛し続けることを決めたから、だからこそ、貴女を最初に越えなくちゃいけない……!」
颯爽と全てを都合の良く手に入れてしまう物語の主人公のように、何年も義姉を縛り続けるレイドを奪う誓いをここにする。レイドを義姉からバトンタッチを受ける決意をここにする。
永い間、ずっと義姉の心は停滞し続けてきた。だから、今の義姉の人生の選択肢のレールはいつの間にかサビついてしまい、愛しているからこそのしがらみに絡まれて動けなくなってしまったのだ。
義姉を動かせる者は、その痛みを心の底から理解できる人物だけ。立ち尽くしている義姉の手をひいてやれるのは、この世界にはココアしかいない。
義姉へ新しい世界を――。
淋しい愛の物語に、幕をおろすのだ。
今、堂々たる啖呵を言い放つ。
「わたしは必ず主人公になります……。 必ず、貴女からレイドを、奪ってみせますッ!」
「いいよ、やってみてよ! 最後まで私に、私の心を貫かせてよッ!」
恋であるがゆえに、真摯に最後まで決意を貫きたい。
これは立ち位置こそ逆である同じ恋心を賭けた女の戦いであった。




