ステージ3 : お世話される係の人と、え~と、オヤツを食べる係の人? ①
まふしい日射しが緑の葉を透かせている。
とぼとぼと歩き続けているココア。連戦が続いたのでちょっとだけ疲れてきていた。どこか休憩できるところを探している。
「あっ。あそこがあった」
帝国の中心からちょっぴり離れた小さなお菓子屋さんを見つけた。オープンカフェになっていて、ほのかにあまい香りがしてくる。たしか、時々にレイドがお菓子を提供しているお店だったはずだ。ここは、店長がお菓子を作らなくてもお菓子屋さんを名乗っているすごいところなのだ。
「にゃんと、ちょうど おかずかいを貰ったばかりだし。うん、行こっと」
うさぎ耳を揺らし、にゃーにゃーにゃーと上機嫌に歌いながら入店する。猫の魔法を使い続けてきたせいか、気分は本格的に猫語になってきた。
木製のベンチに葉のさざめく優しい音。ゆっくりとした時間が流れているその空間に、ココアの見知った顔があった。
涼しげな気丈さの雰囲気をまとっていながら、どことなくあどけない顔つきの可憐な少女。ゆったりとお茶を飲んでいたフェリンデールがココアに気付き、ニコリとつつましい笑顔で口元をほころばせた。
「あら、久しぶりね。あなたも休みに来たの?」
「はっ、はい、久しぶり、です。よく、ここに来るのですか?」
口元にひとさし指を当てて、しーっとやり、ロイには秘密だけど、とイタズラがバレたような笑みで言うフェリンデール。
フェリンデールはゆっくりとした時間が流れるこの憩いの場が好きであった。もちろん、ここで売っているお菓子も目当てでもある。学園長の事件の処理がひと段落ついて、レイドとココアに状況説明する時、レイドに紹介されてからお気に入りの場所となっていた。
フェリンデールとココアが再びこの場所で合うとは思わなかったと二人で話していると、誰かが息を切らしながら走って来た。
「フェリンちゃん、見つけました!」
「どうしたのフラン、そんなに慌てて?」
「大変です、私達は復讐の時なのですっ!」
目を爛々と輝かせているフランチェシカに気付いたフェリンデールは、冷やかなまなざしでフランチェシカに問う。
「それで、あなたはどんな楽しい事を見つけたの?」
フェリンデールはフランチェシカの事を嫌ってはいないし、むしろ好感を持っている。でも、爛々とした目をしている時は、だいたい問題を抱えていることを痛いほど知っていた。彼女は明るい性格と言うか、全部を楽しくしてしまおうと企む楽天家のため、気付いたら周りを巻き込んでしまうのだ。その巻き込まれた結果が、フェリンデールにとって良い時もあったし、悪い時もあった。
「ねこねこ戦争でロイがやられたのですっ!」
「……本気でなにを言ってるか分からないんだけど?」
「ほら、猫を助けた時のですよ」
ああ、あれか。と、フェリンデールが思い出す。
「……へえ、意外ね」
「なんでそんなに平然としてるんですか! ビックニュースですよっ!」
「別に、内心では驚いてるわよ」
本気で驚いてはいた。ただそんなに身体中で驚きを表現するのはフランチェシカだけだと思う。
「そして、犯人はこの中にいる――!!」
「あっ、そう」
フランチェシカがビシィッッ! と目の前のココアを指差した。
「ココアちゃんです!」
「へ――、そうなの。 …………えっ!?」
フェリンデールは耳を疑いフリ-ズする。
「もう一度聞いていいかしら?」
「ココアちゃんです!」
なまじに頭が良いだけあって、聞き間違えをした可能性が高いと判断して高速で頭の回路を巡らせるが結果はオールグリーン。つまり、ちゃんと正常に聞きとっていたのだろうと判断した。そして、ワンテンポ遅れて反応する。
「ええ!? うっうそ、なに、この魔力!?」
「フェリンちゃん、いま気付いたんですか!?」
「いや、だって! こんなに魔力を持っているとは思わなかったし、最近戦っていないからっ、というか処理が大変過ぎて勘を忘れていたというかっ、休んでいたからぼーっとしていたというかっ!」
目をくるくるまわして、しどろもどろにフランチェシカに弁解するフェリンデール。
フランチェシカがフェリンデールの背にサッとまわって、強引に両手ずつを取ってボクサーのように構えさせる。
「さあ、今こそ、仇打ちなのです! シュッシュッ、フェリンデールパンチ、フェリンデールパンチッ!」
「あなた、なにがしたいのよ……」
「ヒマなんです~っ! 誰か かまってー!」
「ああ、もう。まったく、そうだと思った」
フェリンデールが苦笑する。しかし、その笑いはどこか柔らかかった。王族として生きるために身につけた張りつけたような社交辞令の冷たい笑い方ではなく、年相応の純粋な笑みが含まれていた。
「まあ、興味は湧いてきたわね。ロイを倒せるほどなんて」
フェリンデールの雰囲気が引き締まる。
「ロイを倒せるほどの実力を持つあなたを、帝国を守護する王族として野放しにすることはできない」
ココアは戦いになるのかと身構える。
長い髪をさらりと後ろに流し、低く朗らかな声でフェリンデールが言い放った。
「王族として認められた幻術の力を、あなたは打倒できるかしら?」
ただココアを睨んだだけ。そのひとつひとつの動作に、ミドルネームを持つ王族の威厳が漂っていた。
フフンとフランチェシカが鼻で笑う。
「戦いに、上手、下手はあるけど、結果には正義も悪も無いのです。勝った方の意見が優先される。だから、わたしとフェリンちゃん連合の二対一で、いざ、勝負!」
「いいえ、あなたは敵だから」
「ええー!! な、な、なっなんで!?」
「あなた、模擬戦争の後のお菓子を作ってた人がレイドだって、なんで言わなかったのよ」
「だって、聞かれなかったし。あと……面白いからっ!」
「いいかげんにしなさい、そういうのが気にくわないのっ! どうして人が頭にくる事を平気でやって、あと前にレイドが作ったプリンを取っておいたのに勝手に食べられるし、どうせあなたなんでしょ」
「名前を書いて無かったら、つい。いいじゃないですかぁ。名前が無いなら誰のでもないんだから約束は守ってますよ~。それに、前々回にバレた時はお詫びになにかお菓子を買わされたじゃないですか。えーと、なにを買ったか覚えてないけど」
「買ったのはお菓子じゃなくて怒りじゃないのっ! しかも、買ったんじゃなくて、あなたがレイドに作ってと頼みに行っただけでしょ!」
「そうでしたっけ?」
と言いながらパクッとフェリンデールのパンケーキをつまむフランチェシカ。
「あー、食べないで! 今日のは当たりだって思ったのに!?」
「これおいしいっ! 気が合いますね、私も当たりだと思いましたっ!」
「気が合う、じゃなーい! そーゆー、行儀が悪いのが駄目だって最初から言ってるでしょうが――っっ!!!」
ココアがグダグダな展開に置いてけぼりになって若干だけ引いた。キリッとしているイメージのあるフェリンデールであったが、本当はこういう人達なんだとココアの認識が改まった。
◇◇◇
フェリンデールが隕石を降らせ、フランチェシカが火球の魔法を飛ばし、隙を見てココアがトノサマにゃんこでミサイルが飛ばす。
三人の戦いは、ほぼ五分と五分であった。ココアはロイとの戦いで器が広がったのか、決して無理はせずに危なげなく攻めていく。
さきほどニンジャにゃんこに切りつけられかけたフェリンデールは、ココアを警戒している。フランチェシカは、決定打が詠唱時間の必要な境界術のため、素早い攻撃ができるココアを警戒する。ココアの攻撃が初見必殺のようなものが多くて、フランチェシカとフェリンデールは決定打を放つ事ができない。しかし、戦いに慣れた二人であるため、守りにはいればココアは攻めきることができない。この状況を打破するには、必殺技が撃てるヒーロークラウンしかない。ココア、フェリンデール、フランチェシカ、それぞれがヒーロークラウン狙って戦っていた。
空からまばゆい光が降り注ぐ。黄金色に輝いた王冠がゆっくりと落ちてきた。最初に反応できたのはココアだった。
「再召喚します! にゃんこ召喚・ニンジャにゃんこ!」
ポンと煙の中から黒いマフラーとハチマキのにゃんこが現れる。
「あら、じゃあ私はこうしてみようかしら」
フェリンデールが魔法陣を描き、即座に発動させる。景色が歪んだと思った瞬間に、ヒーロークラウンがいくつも現れた。
「いっぱい……っ!? これじゃあ、分からないっ!」
フェリンデールが創ったヒーロークラウンの幻覚に翻弄されるココア。さらに、フェリンデールが追撃で鉄貨の円盤をバラまき、完全にココアの足止めをする。
本物のヒーロークラウンは幻影を創ったフェリンデールしか分からなく、ダークホースのココアの妨害に成功した。これでフェリンデールは勝利の盤石が整った。――そのはずだった。
「フェリンちゃんもマダマダですねえ。わたしを無視しちゃうなんてっ!」
フェリンデールがフランチェシカから目を離していた一瞬の隙を狙われた。フランチェシカが境界術を発動させる。
次元が軋む音。冷気が吹き込み、空が凍えた。いつの間にか吐いた息が真っ白に染まっていき、チラチラと輝く白い光が舞いおりて辺り一面を銀世界へと侵食していった。それは模擬戦争と同じく、魔力を溶かす雪だった。
大量のヒーロークラウンが半透明にぼやける。魔法で虚像物ができているなら、魔力を吸い取ってしまえばいい。広範囲魔法で強引に偽物を消していき、消えない本物のヒーロークラウンをフランチェシカは目ざとく見つけた。
「みーっつけた! 私が貰います!」
「くっ、あなたには渡さないんだからっ!」
フェリンデールとフランチェシカがほぼ同時に駆けだす。しかし、魔力を吸い取られる過労感の中ではフェリンデールの方が不利であった。
ヒーロークラウンをフランに取られてしまう。
「これで私の勝ちですっ!」
空から声が降ってくる。『新たな力を求めよ』と。
「はい、モチロン。新たな力を求めます!」
ヒーロークラウンの輝きがよりいっそう眩しくなり、まばゆい光が世界を染め上げた。
光の中から何者かが現れる。それは圧倒的な魔力を身にまとい姿を変えたフランチェシカだった。
淡い桃色のコックシャツにワインレッドのスカーフとおそろいの色の前かけ。そして長いコック帽。それは、パティシエのような服装だった。
しかし、その姿は畏怖すら感じさせる。なぜならば、両腕には人の身長ほどの巨大な泡だて器がついており、背中にはパレットナイフが連なっている鋼の翼がある。言うならば、お菓子の戦士といったところだろうか。
「行きますよ、えいやっ!」
フランチェシカが空高く飛び、翼を勢いよく振るう。パレットナイフの羽がカッターのように乱れ飛ばされた。風を切り裂く音が、フェリンデールとココアへ降り注がれる。
「いけないっ!」
フェリンデールが綿を放り投げる。ポムンと巨大な綿の壁ができあがり、二人からパレットナイフを防いだ。
「まだまだですよ~。えーいっ!」
綿の壁の向こう側からモーター音が聞こえた。すると、綿の壁が空のかなたへ飛んでいってしまった。
フランチェシカの姿が見える。フランチェシカの両腕に装備されている泡だて器が猛回転していて、それが綿を絡め飛ばしたのだった。あれは泡だて器ではなく、正確にはハンドミキサーだったらしい。
「まだまだなのは、そっちかしらね。本気でいくわっ!」
フェリンデールが小石を投げつける。みるみる内に大きくなり巨大な岩石へと変化した。
しかしフランチェシカは岩石へ突撃していく。両腕を突き出してハンドミキサーを唸らせた。
「いっけーー!!」
モーター音が獰猛に吼える。魔力によりブーストされた巨大ハンドミキサーが風を唸らせて、魔力の渦を巻いた。ハンドミキサーがドリルのように頑丈な岩石を削っていく。ついには突き抜けてしまった。
無防備なフェリンデールまで一直線にフランチェシカが飛ぶ。
「――にゃんこ召喚・ブギョウにゃんこ!」
フェリンデールとフランチェシカの間に、茶毛の巨体のにゃんこが落下してきた。着地して地面を大きく叩き鳴らし、大きな扇子をフランチェシカへと叩き下ろす。
フランチェシカはたまらずに、後方へ飛び引いた。
「あら、ありがとう」
「……どういたしまして」
「ちょっとだけ手を組まない? わたし一人ではアレにお灸をすえるのは難しいから」
「ヒーロークラウンを持ってる人を倒すのは、きっと難しい……。協力します……!」
ココアとフェリンデールは手を組むことになった。二対一でフランを倒しにかかる。
「何人で来ようが、ヒーロークラウンを持っている私には勝てません!」
「力押ししか出来ない人の理屈ね。その理屈をひっくり返すからこそのテクニックなのに」
「屁理屈は現実をひっくり返せない人の遠吠えです。そんなにやられたいなら、単純な力押しにやられちゃえ!」
フランチェシカが急降下し、ハンドミキサーを地面に差し込む。猛回転したエネルギーが地中で暴れまわり、あちこちの地面から間欠泉の如く不規則な爆発を引き起こした。破裂と共に雪の欠片が飛び散る。爆発によるダメージはもちろんのこと、雪の欠片に触れてしまったなら魔力を吸い取られてしまうだろう。
「にゃんこ召喚・オヤカタにゃんこ!」
赤毛のにゃんこが現れ、炎を吐き出した。フェリンデールとココアを雪から守るように、360度ぐるりと吐き出して雪を蒸発させる。
水蒸気でフランチェシカは二人の姿を見失ってしまう。
「あっ、どこにいったの!?」
「続けて――、にゃんこ召喚・トノサマにゃんこ!」
トノサマにゃんこの大量のミサイルがフランチェシカに襲いかかる。
「視界を悪くして射撃攻撃か。いいよ、その私への挑戦、受けて立つから!」
フランチェシカは鋼の翼を大きく広げて、ミサイルの嵐へと突入する。まるで空に床があるかの如く、跳ねるような鋭利な角度でミサイルの間隙をすり抜けていく。ヒーロークラウンによって強化されたからこその旋回性を優雅に魅せつけるように飛びまわった。
フランチェシカがミサイル嵐をすり抜け切る。
「えへへっ、こんなもんでしょ! あ、あれ……?」
フランチェシカの視界がブレた。上下左右の感覚がなくなり、車に酔ったかのような酩酊感に襲われる。ついには、ふらふらと揺れながら墜落してしまった。
「空に浮いてたのに、これは、壁? じゃない、これは地面……、あれ? なん、で……?」
墜落したフランチェシカの元へゆっくりとフェリンデールが歩いてくる。その悠然とした足取りは、初めから全てが分かっていたかのような落ち付きがあった。
フランチェシカの目の前でしゃがみ、小悪魔のように笑いかける。
「あなたの視覚に細工をしたの。水蒸気で蜃気楼が創りやすかったから丁度よかったわ。あなたへ猫の魔法が襲撃した時に、私はちょっとずつあなたの視界をずらしてみせたの。今は上下左右が逆の視覚になっているでしょうね。あんなにバカみたいな飛びまわるから視覚が切り替わったことに気付けないのよ」
「もう、カチンときた! バカにして!!」
フランチェシカがハンドミキサーで薙ぐ。しかし、フェリンデールの姿はまるで陽炎のように歪む。
「ちゃんと挑発に乗ってくれてありがとう。何のために狙いやすそうな位置でエラそうに説明したと思ってるのよ」
フェリンデールが創った幻が掻き消えると同時に、フランチェシカの背後に本物のフェリンデールが現れた。
「自分の目に映ったモノしか見ていないから、嘘も本当も見抜けないのよ」
フェリンデールがフランチェシカの後頭部に手をかざす。パンという音がしてフランチェシカが倒れ込んだ。
単純に魔力をぶつけただけ、たったそれだけでヒーロークラウンを持った強敵を倒すことに成功した。




