畏怖の風格
ユーリ、フランと合流する。二人は後ろの人達はフェリンデールさんの部下だと言うことを教えてくれた。
僕はユーリとフラン、フェリンデールさんの部下の人 全員に顛末を伝えた。
アルフが敵だったこと。この世界が永遠に繰り返されている仕組み。アルフが地下室に研究施設があると言っていたので、学園長室の地下に行けば何か分かるかもしれないこと。覚えている限りの情報を教えていく。
ユーリとフランは自分たちの置かれている状況に当惑を浮かべたが、今が異常事態であることが説得力になったようで、二人は静かに聞いてくれた。
僕が話し終わると、フェリンデールさんの部下の人が声をあげた。
「なるほど、事態は把握できました。我々は学園へ突入すべきでしょう。しかしながら、指揮は私がとらせていただきたい。よろしいでしょうか」
「はい、そこは専門家に任せます。みんなもそれでいいよな」
素人が大人数で行動しても長所を潰すだけだろう。プロからの指示があるなら越したことはない。
僕の考えにユーリとフランが肯首する。ココも呼応するようにぎゅっと強めに抱きついてきた。
部下の人がほっと撫でおろす。
「それは良かったです。初対面の相手とは連携がとりにくく、お嬢様の命令もありましたので。ありがたいです」
「こんな時に言うのも変ですが、よく信じてくれましたね」
ユーリとフランは、ドラゴンの村でのアルフの挙動を見ていた。でも、この人達はどうだろうか。僕達はまだ学生だから子供にみられているはず。子供の戯言ととらえずに、しっかり聞き入れてくれたことに驚いた。
「あなたのご家族にはよくお世話になっていましたので」
「そうでしたか。言われてみれば、たしかに繋がりはありましたね」
思っているよりも、僕は義姉に守られていたみたいだ。これといって守られている実感は湧いていなかったけれども、本当に大変な時は、こんな風に自然と助けられているのが正しい家族のあり方なのかもしれない。
ふと足元がくいくいと引っ張られた。ポプラがズボンのすそを引っ張っていた。
そういえば、ここにもいたよな。プチ家族だけれども。
『突入するのはイイけどサ、武器がナイし、足がナイし、ウデがナイし』
「ああ、悪い。全壊してたよな。代わりになるものは、えーと……」
収納本を開いて、何があるのかを確認する。
負傷した身体のパーツは揃っていた。課外実習で長く離れてもいいように以前からストックを作っていたからだ。パーツごとの取り換えなので、楽な部類の作業になりそうだ。
次に武器になりそうなものを探していく。ナズナにフルーツナイフを、ポプラには魔力で収縮できるリボンを二本、スミレにはウォレットチェーン、サクラには新しい傘を渡すことにする。
人形達の身体を直してから武器を渡していく。
『仕方がありませんね。背丈には合っていますし、本来はこの程度が丁度いいのでしょう』
ナズナが小さく不満を漏らしながらフルーツナイフを受け取る。折りたたみ式の刃を慣れた手つきで ひと振りして閉じる。ナイフをひもで腰にくくり付けた。
そういえばずっと昔は、フルーツをむいてもらったり自炊を手伝ってもらっていたっけ。どうりで熟練した手つきなわけだ。
『ナニこれ。一番に戦力ダウンしたし』
「分かっているけど、そう言うなって」
『ハイハイ。別にナンでもないデスヨ~』
口調では不満を表していたが、ポプラは上機嫌に鼻歌を歌いながら リボンをブレスレットのように結んだ。左右の手首に結ばれた可憐なリボンがアクセサリーみたいで気に入ったようだ。
『背に腹は変えられないの』
『おんなじの、あったんだ』
スミレとサクラに渡す。使っていた武器と似ているだけあって、二人はなにも不満は言わなかった。これで全ての人形を補修し、武器を渡し終えた。
◇◇◇
学園に突入していく。僕達はフェリンデールさんの部下の人達が安全確認した後ろからついていくことになった。
部下の人達はまるで映画に出てくる特殊部隊のような手際で進んでいった。壁に張り付くように構えながら安全確認して小走りしていく。僕達は後ろをおそるおそるついていった。
大きな扉の学園長室が見えてきた。僕達は学園長室に入る。
事務用の大きめな机に、来客用なのか高級感のあるソファーがふたつ。壁にはたくさんの勲章が飾られている。あとは身長ほどの大きな鏡が一枚。どれもこれも高価な質感を匂わせてはいるが、必要な物しか置いていない質素さを感じさせる部屋だった。
地下室の入口はどこだろうか。
「にしても、コレって露骨だよな……」
なんとなく大きな鏡が怪しい。鏡はピッタリと壁に貼り付けられていた。埋め込み式じゃないということは、理由があってあとから買ってきた物だろうか。
フランが、あっ、と声をあげた。
「その鏡、刻印が入っています! もしかしたら、当たりかも」
「それならば我々に任せてください。どいていただいてよろしいでしょうか」
少しだけさがる。部下の人達が鏡に触れながら呪文を唱えはじめた。すると鏡の中心に紋章が浮かび上がってきた。
重たげな音を軋ませながら、鏡が捻じれた光を映しはじめる。
「ふう、当たりでしたね。お嬢様から聞き及んでいましたが、さすが鋭い観察力です」
「そ、そうですか。まあ、なんとなく気付いただけですよ」
だって、謎解き冒険系だと王道だろ、という言葉を飲みこんだ。しかも、テキトーに触っていただけで気付いてなかったし。
「……すごい……っ!」
ココがキラキラした尊敬の眼差しを送ってきた。なんとなく居心地が悪い。
ガシガシとココを撫でて、視線を向けさせないように邪魔をしてごまかす。
「目が、まわる……」
「っと、悪い。ちょっとやりすぎたかな」
「……照れ屋さん。でも、大好き」
はにかみながら ぼそり呟いたココに、僕はカッと顔が熱くなった。
恋情の灼熱に理性が焦がされる。大好きだって伝えあった後での その言葉は威力がありすぎて身もだえしそうになる。
悶々としている隙に、僕の腕にココがむぎゅぅと抱きついてきた。
周りの視線は鏡へ向いている。頃合いを見計らってこっそりと僕に抱きついてきたつもりみたいだ。
「しあわせ……。はふぅ……」
「あのな。いま、そういう場合じゃないから」
幸せにとろけきっていて、でもどこか照れているような表情。
ものすごく可愛い。でも、みんなが真剣になっている時に、これはどうなのだろうか。
愛おしさと恥ずかしさが重なり合って、抱きしめたい衝動と、振りほどかないといけない理性の狭間で心が揺れ動く。なんてココは凶悪な存在なんだ。別次元の攻撃をする強敵が身近にいた。
悩んでいたら、フランに気付かれて忍び笑いをされた。小声で茶化してくる。
「面白い顔をしてますね」
「うるさいな。放っておいてくれ」
「きゃー、こわーい」
楽しげに怖がられた。
ふと、お菓子のレシピがひらめいた。さっくりした軽い食感のクッキーの上に、蜜やジャムで固めた こんがりアーモンドを乗せたお菓子だ。なぜかフロランタンという名前が思い浮かぶ。本の中に蜜花のシロップとイゴチムのジャムがあったはずだから、二種類のフロランタンが作れるかもしれない。
突然にレシピが思いついた感覚は久しぶりだった。前触れのない唐突さを不思議に思う。
腕にすがりつくように抱きついていたココが、はふぅ、と息を吐いた。
幸せの吐息。でも、あまり表情は変わっていないけれども、なんとなく不満も同居しているような顔色な気がする。この表情は、もしかしてお腹がすいているのだろうか。
まて、もしかしたら……
「なあ、ココ。もしかしておなか へってる?」
「うん。ちょっとだけ……」
僕の推測は、確信へと変わった。
「そうか。料理ができたのは、ココが原因だったのか……」
「どうしたの?」
「いいや、なんでもない。帰ったらお菓子を作ってやるから、がんばろうな」
「終わったら、疲れてない? だいじょうぶ?」
「目標があった方が楽しいだろ。ココと一緒に 楽しみたいんだよ。一緒にお菓子 食べような」
「うん……っ!」
儚げな遠慮を秘めた小さな笑顔を咲かせた。そんな笑顔を見せられると、無性にお菓子を作ってやりたくなってくる。
レシピが思いついたりするのは、僕という特殊な存在の延長の能力なのだろう。料理がある程度できてしまうのも、その影響なのかもしれない。
たしかに、台所役がいないとココが生活するうえでは不便だ。そのうえ 好みの美味しい料理を作ってくれた方が良いに決まってる。
あまり深く考えなくても僕はココのためになる行動ができてしまっている。僕の根幹である最適化の概念はとても便利な能力なのかもしれない。
一人で納得している間に、鏡に変化があった。鏡の景色が歪み、透き通るように色が落ちていく。奥に続く 下り階段を映し出した。
アルフの言っていた地下室への入り口だろう。だんだんと帯びてくる現実味が緊張感へと変わっていく。
出現した階段はとても広い。僕とココが両手を広げてもまだ余裕があるくらいだ。壁と階段は石造りで、洞窟を連想させるような雰囲気になっている。壁には魔法陣が張り付けてあり、冷たい青色の光が空間を照らしていた。
「壁の魔法陣に危険はないようです。戦時に、帝国学園の生徒を避難させるシェルターを造る計画があったので、地下設備は名残りかもしれません。予算の関係上、立ち消えたと思っていましたが……」
部下の人が安全を確認する。僕達はシャボンの膜みたいになった鏡の中に入っていく。
秘密の地下と言うには妙なほどに整備されている階段だ。階段の終わりがちらりと見える。鮮やかな青い光が差し込んでいた。
階段を下りきり、僕は思わず足を止めてしまう。目の前には広大な空間がひろがっていた。
学園の体育館をそのまま持ってきたような広さの地下室。天井は見上げるような高さがある。
青い光の正体は、花畑が原因だった。やわらかな青白さに輝く美しい花が辺り一面に咲き広がっていた。静かに咲き誇っている幻想的な光景。絶景に思わず見とれていると、フランが解説をしてきた。
「これは魔力成分の多い蜜を出す花ですね。太陽の光が苦手だから地下で育ててるのかも。研究所とかだと室内で栽培されてることが多いですしね。帝国の産業の中心に植物製品が関わっているのは、この花を研究した副産物の技術が起源らしいです」
「へえ、そうなんだ」
誰が見ても思わず心を奪われるような景色。でも、よく見てみると壁一面に呪言がびっしりと張り巡らされていた。もしかして、この地下室全体が1つの魔法陣になっているのだろうか。
おそらく義姉の言っていた魔法陣だとしたら、これはすぐに消さなければならない代物だ。
手近な壁に近づいてみる。呪言は壁に掘りつけるように描かれていた。上から塗料でぬられているなら塗りつぶせば魔法陣を無効化できるが、これでは無効化できない。
そもそもこの壁はどんな素材で出来ているのだろうか。手を触れようとした瞬間、アルフに似ている声が止めてきた。
「高圧魔力が通っているから、さわると火傷をするよ」
親しげな声の発信源は地下室の中央に立っていた。皆の顔つきが引き締まる。
壮麗さを感じさせる緑色のローブに、気品のある黄金色の肩当てとベルト。そして、薄手の白い手袋をしていた。目深にフードをかぶっている姿は、僕達がよく知っている学園長だった。
学園長はまるで旧友に会っているかのように声を弾ませる。
「さすがに気付いているかな。じゃあ、いらねぇかコレは。やっぱり邪魔なんだよな、こういうローブのフードって」
搔きあげるようにフードを降ろす。そこにはアルフの面影がある顔があった。
端正な顔つき。どこかで見たような子供っぽい表情でありながら、落ちついた貫禄も漂っている。親しみやすさと威厳が同居している人間というのは、こんな人間なのかもしれない。
学園長がにっこりと柔和な笑みを浮かべてきた。
「そうそう、もう魔法陣自体は起動しているんだ。床や壁に魔法陣が刻まれているだろ。耐魔法補強版へ直接に刻印してあるから、絶対に魔法で壊すことはできないだろうね。ちなみにこの魔法は大気中の魔力を勝手に吸い取って、自動で発動しているんだ。だから、なにもせずに、ただ待っていればいい」
この場の緊張感と合わない優しげな声。それを打ち消すように、野太い声が叫ばれた。
「待ってやれるか! 境界術、構え!」
フェリンデールさんの部下の人が攻撃を叫び、一斉に境界術を唱えはじめた。
そうだ、対話などしている時間はない。突然の学園長の登場に茫然としていたが、今はとにかく学園長を倒さなければならなかった。この魔法陣を壊す方法は思いつかないが、なにはともあれ原因を倒さないことには始まらない。
部下の人達は3種類の共同境界術を唱えている。
「第一境界術、放てッ!」
最初の魔法陣が発動する。
学園長の頭上の15メートル上くらい。次元を砕く轟音に虚空が割られた。割れ目から顔をのぞかせたのは、僕の身長の二倍以上はある金属の塊だった。空間を軋ませながら、ゆっくりと全貌が明らかになっていく。僕は その金属の塊に見覚えがあった。それは日本でもたくさん走っている10tトラックの境界術だった。
トラックが猛スピードで落下してくる。自動車事故ですら相当の衝撃があるのだから、10tトラックならば ゆうに倍以上の威力が出るはず。それもこの世界で召喚されたなら、金属性の概念もまとっている。正面から抵抗するのは至難の業だ。
「第二境界術、放てッッ!」
学園長の周りに10個の土塊が浮遊する。土塊がねじれながら、猛烈な勢いで学園長へ伸びていく。次第にドリルのように鋭利な形になり、学園長を串刺しにせんと襲撃する。
上空からは10tトラック。前後左右からは土のドリル。もはや逃げ場はない。
しかし学園長は落ち付いた面持ちで魔法を眺めている。
「第三境界術、放てッ!」
とどめとばかりに、最後の境界術が放たれる。学園長の周りに、チリチリした紅蓮の輝きが現れた。突然に部屋の温度が上昇する。
輝きが花火のように弾け乱れる。距離が離れているにもかかわらず、ひりつくような熱量に肌が舐められた。
「――! マズい!」
この先の展開が読めてしまった。僕はココに覆いかぶさるように伏せさせる。
真っ赤な煌めきが、大爆発を起こした。
炸裂する魔力の奔流が灼熱の突風と化し吹き暴れる。一斉攻撃だったため、放った魔法同士がぶつかり合い衝撃波を撒き散らした。崩れた土片が粉塵となり撒き上がる。烈火の破裂とドリルによる破壊によって、トラックは鋭利な金属片と化した。天井まで巻き上がった土ぼこりの中を、風を切り裂く音と共に金属片が散乱する。
かろうじて手をかざしたように見えた学園長を巻き込んだ爆発。この状況では学園長もただでは済まないだろう。攻撃を防げたとしても、さすがに爆発の衝撃や、鋭利な破片は別のはず。凄惨な連携攻撃に 僕はただただ圧巻された。
「うわっ……。えげつない攻撃だな……」
「重い……」
「さすがにしょうがないだろコレは。今、どけるから」
境界術の影響で花がパチパチと燃えている。火花から庇うようにココを起こす。
ココが はっとした表情になる。名残惜しそうに呟いた。
「くっつけてたのに……。幸せが、堪能できなかった……っ!」
小さな声で、心の底から後悔を言い切った。
ココがモジモジと見上げてくる。今は戦闘中なのは分かっているけれどもと言っているように、遠慮で言えずに甘えの葛藤を飲みこんでいる表情をしている。
「…………っ! くぅ……ぅ!」
ものすっごく かいぐりかいぐりしたい衝動が湧きおこる。
強敵が身近にいたのを忘れていた。この子は隙を見せると、僕の理性を燃(萌)やし尽くそうとしてくる。油断していたから、精神的に大ダメージだった。
まったく、戦闘中なのに僕は何を考えているんだろう。
呆れた息を吐く。ふとトラックの残骸を見つけた。しかし、残骸は奇妙な形をしていた。刃で切られたように断面が滑らかになっている。見回すと散らかった土片も滑らかな切断面になっていた。
土煙の中で人影がゆらめいた。その姿に、この場にいる全員が息を飲む。学園長が何事も無かったかのように悠然と立っていた。
「…………その程度か?」
腹の底から出すような深い声。魔法の残骸を一瞥し、まるで見損なったと言わんばかりの冷酷な瞳で僕達を眺めていた。
寒い鳥肌が立った。少し前まで優しげな声で語りかけてきただけあって、そのギャップが迫力を引き立てる。
唱えた部下の人達は動揺を隠せず ざわめいている。
属性魔法を無効化するには、その属性の苦手な属性で打ち消してしまえばいい。しかし、対の属性がぶつかったとき特有の波動は感じられなかった。てっきり学園長が攻撃を受けたからかと思っていたが、学園長は健在である。つまり、打ち消し以外の行動で無効化したということだろうか。
最悪な結論が浮かび上がる。
「まさか、魔法概念ごと壊したとか言うんじゃないよな……」
発動した魔法の荒々しい音はなくなって、今はただ静けさのみが残った。本気になった学園長の威圧感だけがこの場を支配した。




