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世界染めのペインター

 アルフの槍は防御が難しい攻撃だ。

 例えばユーリの鎌のように魔術刃で構成されている武器は、対抗属性の魔術バリアを張ってしまえば防げてしまう。しかしながら、魔術刃には実態がないので、軽く、素早い攻撃が可能である。

 ところがアルフの攻撃は、実刃の上に魔術刃を重ねた武器である。対抗属性でバリアを張られたとしても、実刃でバリアを切り裂ける。だからこそ、猛烈な攻めをすることが可能なのだ。


 風のドリルを連想させる風圧が、僕へ向かって突撃してくる。

 アルフの攻撃を防ぐなら、対抗魔術を付加できて、なおかつ実体がある物でなければならない。つまり、今の状況のままなら、絶対に負けてしまうだろう。



 アルフとは別の大気を掻き乱す音がした。その音を認識したと同時に、一体の人形が僕に向かって投げられた。


 サクラ色の着物で、ゆるやかな癖のあるショートボブの黒髪。見慣れた薄紅色の傘を持っている。ココが一緒に連れていった サクラだった。


「サクラ、いくぞ!」

『うん、がんばるっ!』


 魔法陣を描く。アルフが風なら、こちらは炎で勝負だ。

 魔法が発動する。サクラの傘と共鳴し、灼熱の炎膜をまとった盾となった。


 傘の先端と槍先がぶつかり合う。豪炎と旋風も激しくぶつかり合った。

 炎は風を喰らい更に燃え盛らんと、風は炎を猛風で消し飛ばさんと二つのエネルギーが衝突する。


 傘は雨から『身を守る』性質がある。身を守るという概念に基づいた使用において、盾ほどではないが強い概念武装のはずなのだ。そして、この傘の膜を形成しているのは、僕だけの魔力ではなく、サクラの魔力も足した総魔力である。あまつでさえ、風に対しての炎属性は有利だ。


 これほどまでにアルフの方が圧倒的に不利な状況にも関わらず、アルフの攻撃は拮抗している。概念を力でねじ伏せるほどの強烈な一撃を繰り出してきていた。

 近距離で衝突したエネルギーが肌を焼き、皮膚がピリピリと痛くなる。


「くぅッ! サクラ、掴まってろッ!」


 同じ性質を持つ魔法は、切り替えが簡単だ。僕は魔法陣のほころびをいじる。炎膜魔術の力の向きを変え、炸裂に描きなおした。


 魔法陣が応答し、空中に薄い光の波をゆらめかせた。拮抗したエネルギーが爆発を起こした。


 サクラが傘を抱きながら、僕のジャケットのえりに必死で掴まった。炸裂の衝撃で僕の体が浮くが、爆発の威力を地面の上で足を滑らせるようにブレーキをした。


 サクラの傘は、炎と風の魔力に炙られてボロボロになった。もう傘としての機能を果たす事はできないだろう。


 無理に描き変えたためかロスが大きく、炸裂は小さかったようだ。

 僕とアルフの距離は十四歩ほど。不幸にも槍のリーチの距離になってしまった。


 全てがスローモーションに流れていく。まばたきをすると、アルフは一歩前に出ていた。すぐにアルフの槍の切っ先が僕の元へ届くだろう。槍を振り上げながら駆けてくれば、容易に僕を切り刻むことができてしまう。魔法を使ってわざわざ時間をかけずに、ただ槍を僕に向かって突きだせばいい。


 サクラの傘はボロボロになっている。ナズナはここにおらず、ポプラ、スミレも全ての人形達はいなくなっている。僕の手には今のアルフに対抗する手段はない。



 だけど――


「――俺の仲間は、こいつらだけじゃない」


 風を巻き込む音がアルフへ突っ込んでいった。それはアルフの風から僕を守るために、サクラを渡した人物だった。

 空車が周囲に渦巻いている魔力を吸いこみ、普段以上の速度を出して加速する。アルフの斜め後ろから、ココが空車ごと体当たりをした。


 慮外な攻撃にアルフは目を見開く。


「おまえ、金属巨人の目を、どうやって!?」


 アルフはココという特殊な人物の存在を忘れていた。

 金属巨人は魔力に反応して攻撃を仕掛けてくる。たしかに普通の人間であるならば魔力が存在するのだから、金属巨人から隠れることはできないだろう。

 しかし、ココは先天性非才症である。アルフは魔力が常に枯渇状態であり、魔力が無い状態の人間というものが存在することを失念していた。魔力が無いゆえに脅威にならないと思いこんでしまい、無意識のうちに対象として外してしまっていたのだ。


 アルフの疾風の槍に対して僕が炎の魔法を唱えたのは相対の理由だけではない。

 空気を燃焼させることによって風を乱し、空車に乗っているココが見つからないようにするためでもあったのだ。


 ココの背面からの体当たりによってアルフとの距離が縮まった。あと五歩の距離。

 僕はサクラへ命令する。


「行ってこい、サクラ!」

『えいっ!』


 サクラがアルフに飛びかかる。

 サクラは傘をひっくり返して持ち、Jの字になっているハンドル部分でアルフの槍をひっかけた。傘は身を守るためだけの道具ではない。槍を手放させようと、傘でアルフの槍を絡め飛ばそうとする。

 アルフはサクラに負けじと、槍を振ってサクラを払おうとする。


 僕はアルフへ一歩駆ける。アルフとの距離まで四歩。

 ココが助けに来てくれて、サクラがアルフを翻弄してくれている。この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。


 ココとサクラがアルフの近くにいるから、魔法は使うことができない。だからこの隙を味方にするなら近距離武器を使い、一撃のもとでアルフを倒さなければいけないだろう。


 思考を巡らせながら一歩駆ける。アルフとの距離まで三歩。

 僕はどのような攻撃をすればよいだろうか。パンチや、キックよりも重たい攻撃力を持つもの。できれば、ハンマーのような打撃力が高いものがあればいい。


「……見つけた!」


 腰のホルダーの本を叩く。僕が出したのは大きな裁縫箱だ。

 空中に躍り出た裁縫箱を掴む。ずしりとした重みに怪我をした脇腹が悲鳴をあげる。両腕も痛い。ハサミや針など金属性の道具も入っているためか、重さは想像以上にあった。


 重く踏みしめてさらに一歩。これでアルフとの距離までニ歩。ちょうど攻撃が届く距離。


「くらえ、アルフッッ!」


 アルフがサクラを振り払った直後に、僕は裁縫箱で殴りつけようと力を込める。重量と遠心力が加わり、ブンと風を重たく切る音を力いっぱい振りあげた。


 アルフは慌てて槍でガードする。裁縫箱と槍が衝突する。ガードした衝撃によって槍が手からこぼれた。裁縫箱は無残に砕け散る。


 ついに、アルフから武器を手放させた。攻撃も防御もできない恰好かっこうの状況へ導くことができた。


「……アルフ。俺の大技、見せてあげるよ」


 僕はバックステップをしながら、両腕を開くように構える。一本ずつの全ての指を使って魔法陣を十個描いていく。服を縫ったり、人形の操作をしているだけあって、僕の指は器用なのだ。


 描いた魔法陣はピンポン玉よりも小さなサイズのものだ。属性魔力を流しこんだだけの単純な魔術。このまま発動させても、ライターの火が飛んでいく程度の威力だろう。方向性も持たせていないので、ともすればその場ですぐに消えてしまうかもしれない。

 単純な魔術のため、既に詠唱を済ませた段階まで出来上がった。あとはターゲットを魔法陣に描きこんで、魔力をスイッチのように流して発動させるだけだ。


 裁縫箱の衝撃で痺れるようによろけていたアルフが僕の魔法に気付く。


「させるかッ!」


 その程度の魔法なら怖くはないとアルフが駆けようとする。武器が無いなら肉弾戦で勝負と拳を握りしめた。

 しかし、鉄の重なった音がアルフの行く手を妨害してきた。


『ソラよッと!』

『隙ありです!』


 脱落していたはずのポプラとナズナが、鉄鞭をふるっていた。二人は腰をリボンで結び合い、肩を貸し合っていた。お互いに失った腕や足を補い合い、鞭を振ることができたのだ。

 アルフの右足に二人の鉄の鞭が巻きついた。アルフは右足を動かせない。


 さらに、別の鎖の音が飛び込んでくる。


『油断大敵よのっ!』


 スミレの鎖が縦横無尽に地を走り、アルフの左足に絡みついた。アンカーは砕けてしまっていたが、鎖は残っていたのだ。


 三体の人形によってアルフの移動が捕らわれた。


 アルフが手を前へ突きだす。足が使えなくとも手は使えると、魔法陣を描きはじめた。

 僕の十個の最弱魔法を睨みながらアルフが吼える。


「そんな魔法、ぶち抜いてやらぁッッ!」


 たしかに、このままだとアルフの魔法に打ち負けてしまうだろう。

 だけど、僕の本気はここからだ。ココとサクラが魔法の間合いから既に逃げていることを確認して、魔法陣へそっと力を込める。


「だから、魔法を『最適化』するんだよ。『純化』じゃなくて、これが俺の本当の力だ……!」


 泥水を純水にしたり、粗金が純金になったり、古い本が新品になったり、僕はずっと純化だと思っていた。でも、そもそもの大前提が違っていた。能力の考え方自体が不正解だったのだ。


 魔法のみなもとが心の発露からなるエネルギーならば、能力とはその人の心が特殊な形で具現化しているものと考えるべきだ。つまり、僕の能力は僕の性格や潜在意識に依存するものだと思っていた。でも、そこがそもそもの間違いだったのだ。


 それは、僕の性格以前に この身体は僕のものだけではなかったからだ。

 この身体の基本となっているのはココの願いであり、そのため僕という存在はココの考えている事象が反映されている。

 つまり、僕の能力は僕の意識ではなくて、例外的に ココの願いの意思が基礎になっている。ココが最適であると認識している価値観に依存していたのだ。


 ゆえに、この能力は『純化』ではない。ココにとっての『最適化』である。


「 『最適化』 発動……っ!」


 言葉にして発音する。唱えたキーワードがしっくりと言葉が身体に沁みていき、全身へ魔力がスムーズに流れていった。


 最適化が発動する。詠唱済みの低ランク魔術が、詠唱済みの高ランク魔術に最適化されていった。指の数だけなので、十個の高ランク魔法陣が周囲に浮遊する。


 魔法に限らず、物事の初心者は威力が強いほどに凄いものだと感じるものだ。だから、この魔法はココにとっては、これが一番に良いと思ったものであり、これが最適化された魔法の効果である。


 水が純水になるのは、飲める水が良い水だとココが認識しているための最適化。

 古い本が新品の本になるのは、古いより新しい物は良いものだとココが認識しているための最適化。

 僕が手当てをすると傷が早く治るのも、手当てした傷は早く治った方が良い事だとココが認識しているための最適化。


 ――僕の能力は、ココの望んだ最適な世界へ染めあげる能力なのだ。


 刹那の間に組み上げた十個の詠唱済み魔法陣。ココの願いによって創りあげた十個の奇跡に、アルフの顔色が変わる。


 魔法陣から魔力の波が揺らめいた。魔力の塊が性質を浮かべる。それは水の魔法だった。

 描いた魔法陣は アルフの風に有利な炎の魔術のはずだったが最適化によって変質したようだ。でも、この光景を見て『ココにとっての最適化』らしいと思えた。

 なにせ、ココの前で初めてキチンと使った魔法は水属性だったからだ。ロイから追われている時や、ドラゴンの村から撤退する時に水のベールでココの身を守りながら出ていったこともあった。ココにとっては、水魔法が一番の心強さを持っている象徴の魔法なのだろう。


 水流が形づくられていき、十本の剣の形となった。これも最適化の影響らしい。

 剣は戦いの象徴である。物語の英雄たちが巨悪を切り裂く強さのシンボル。未来を信じて、過去の歴史を切り開く断罪のやいば。歴史上の英雄たちの勝利の象徴であった。


 魔法陣へターゲットを描きこむ。

 剣の切っ先が、アルフを睨みつけた。どこまでも透き通った刀身は、凛とした意思のような強さを感じさせた。

 僕の魔力を魔法陣へ叩きこむ。剣が鮮烈な光を輝かせた。


「いっけぇ――ッッ!」


 十本の水の剣が大気を鋭利に貫きながらアルフめがけて加速していく。

 ふと水の剣と僕が見えない糸で繋がっているのに気がつけた。

 まるで人形の糸みたいだ。こんなところまで最適化されているらしい。この魔法の剣は、僕としてのシンボルでもあったようだ。


 人形へ攻撃態勢を指示するように、くっと指を動かしながら腕を振りかぶった。

 水の剣がスピンを始める。くうを切り裂く十本の猛回転がアルフへ襲いかかる。


「ぐっ、ガァ、あァァ――ッッ!」


 アルフの総身を乱れ切る。魔法に強い学園製のジャケットが細切れに裂かれていった。

 しかし、アルフの身体は傷つけられていない。純粋に体内魔力を切り刻む攻撃のようだ。

 誰も傷つけずに無効化する魔法。今にとっては確かに最適な魔法だった。


 剣の効果によって急激にアルフの魔力が枯渇した。アルフが魔力消失のフィードバックを受けてよろめいている。立っているのがやっとのようだ。


「くはは……っ。おもしれぇ、運命だ……」


 肩を上げられないほどに疲労している。息を切なげに荒く乱し、冷や汗をかき、苦悶を噛みしめているようだ。

 でも、呟いたアルフの声はどこか朗らかに笑っているように感じられた。


「オレが運命を……賭けた、その時から……お前の、運命に……なったのか……」


 アルフが微笑する。脱力したようにひざから崩れ倒れた。



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