リベンジマッチ
アルフの現実を見ろという言葉は、僕にとっては酷く皮肉であった。
僕は過去をもっていない。これから先の未来も『時の逆転』によって存在しないことを知っている。過去も未来もない僕だからこそ、現実しか見えるものがなかった。
アルフが背中を向けて去ろうとしている。
あの背中を捕まえることができない。身体が力尽き、動くことを否定していた。
あの背中に声をかけることができない。色々な気持ちが浮かんでは消えていく。脳が考えることを否定していった。
僕は負けたんだ。あれだけ息巻いておきながら、この程度の僕だったんだ。
「ほんと、なにやって……るんだろう……」
どうしてか唇がふるえていた。頬も濡れたように冷たい。目の奥が熱くなって、喉の奥がヒクリと痙攣している。
泣いたって、どうしようもないじゃないか。別にみんな死ぬんじゃないだろうし、時間が逆転すればアルフとまた会えるんだ。なのに、何を僕は悲しんでいるんだろう。
(本当に……これでいいの……?)
どうしてか義姉の声が聞こえた気がした。倉庫で一人ぼっちで泣いていた時の記憶が流れてくる。
(生きているとさ、逃げなくちゃいけない時ってあると思う。駄目になっちゃったらそれでおしまいだから、助かるなら逃げてもいいと思う。でも、いま逃げちゃっていいのかな。たった一回の行動でずっと後悔する時もあるように、一回でも逃げたら全部が駄目になる時ってあるかもしれないよ)
今はその時だろうか。
逃げたって別にかまわない。でも、後悔するのが目に見えている。アルフの背中をこのまま見送っていいのだろうか。
「これで、いいわけ……っ、ない、だろ……っ」
自らに問いかけるような呟きが漏れた。
このままアルフを見送ってしまったら、絶対に後悔してしまう。
負けたのに吼える僕の姿が無様だったらそれでいい。みっともないって帝国中で笑われたとしても、たしかにそうかもなって苦笑いするだろう。
でも、いま諦めたら、大好きなココも義姉も、ユーリもフランも、僕の知っているアルフも、食堂で仲良くなったロイも、フェリンデールさんも、みんながいなくなってしまう。
そんな後悔を背負っていく覚悟はあるだろうか。
「そんな後悔の覚悟なんて、ない……。俺は……っ!」
過ぎてしまった過去。見えている現在。先が見渡せない未来。
それぞれには違った価値がある。だから、アルフのように過去に戻ることは否定しない。
でも、だからこそ未来だって見ていいじゃないか。僕はまだ学生だし、大人になるのも大変なんだって薄々分かっている。誰かに頼られるような、みんなから尊敬されるような立派な人間になりたいっていうのも、難しいことなんだよって鼻で笑われるってことも分かっている。
だけど、だからこそ――。
「……負けたく、ないんだよっ!」
しぼんでいた覇気が活気立つ。
やっと気がつけた。
ようやく僕が戦う本当の理由を見つけられた。僕はただ純粋に、未来に生きたかったんだ。
僕が僕のために、この戦いには勝たないといけないんだ。
魔法によって突然誕生した僕には過去がない。そして当然に未来は見えないものである。だから、現在しか見つめらない僕だけれども、アルフのように過去ではなく、僕は未来を願いたい。一番に欲しいのは過去の思い出じゃない。これからいっしょに創る未来の思い出が欲しいんだ。
輝かしい未来が絵空事と言われようが結構だ。だからこそ、カッコよく生きたいと、いま願っていいじゃないか。願っているなら叶えてみようと行動に移しても良いじゃないか。それで願いに近付けたなら 最高な事じゃないか。
それならば、楽しく生きたいと願う事は決して間違いなんかじゃない。
鉛のように重たい身体を引きずるように起こす。身体を動かすたびに暴れまわる激痛を意思の力でねじ伏せ、吼え叫ぶ。
「有利な方だと!? 現実を見ろだと!? お前が勝手に現実と思いこんでいるものを、お前の都合で押しつけるな! 俺にとって嫌なことは、俺が嫌なんだよ!!」
「……!? 気力だけで立ったのか!」
本当は疲労困憊で立つことすらできなかったはず。身体も気力も既に底をついていたはずだった。
アルフがはっとする。
「……純化か!?」
不思議と力が湧いてきている。これは本当に純化なのだろうか。
アルフの背後の建物から何かがちらり見えた。見慣れた長い髪が目に入る。月の光を浴びた しとやかな長い髪が風で揺らめいていた。
顔は見えなかったが、僕はその人物の正体が分かってしまった。
ふと、今まで純化を使ってきた思い出がフラッシュバックして流れてきた。
「あっ――。やっと分かった」
純化の疑問が全て繋がった。この力は戻ってきた力だ。
「初めから純化じゃなかったんだ、これは……」
僕は純化の意味が分からなくて、ずっと引っかかっていた。でもそれは思い違いで、僕は根本的な取り違えをしていた。そもそも、純化とか以前に、僕の身体は普通に創られていない。ココアとしての願いが媒体になって生まれたのがこの身体なのだ。
だったなら、願いの媒体が近くになければ、身体が動かないのは当たり前じゃないか。
「……ココが俺に負けて欲しくないって思ったら、この身体は嫌でも、死にかけだろうが何だろうが無理を越えて反応する」
感覚で分かった。この流れてくる力の源でもあり、建物の向こう側にいる人物はココだ。ようやく僕は『自分』を理解する事ができた。
立ちあがった僕を、アルフが冷静に見据えてくる。
「立ちあがったという事は二回戦目をご所望かよ。お前、ここまでオレが言っても通じないんだな」
「通じた上で言ってんだよ。始めっから嫌だって言ってるだろ!」
僕はアルフへ想いを叫ぶ。
「僕の未来にはたくさんの人がいる。アルフとユーリとフランがいて、大人になったら一緒にお酒を飲んで騒いだりしてさ。そういえば、ロイやフェリンデールさんとも仲良くなれそうだから、その時はみんな一緒で仲良く楽しく過ごしたりしたい」
一度話し始めると、想いが滝のように溢れ出ていく。
「ココと一緒に生きて、いっぱいおしゃべりして、あと義姉と一緒に人形を造ったり、疲れたねって愚痴を吐き合ったり、ナズナが愚痴でも悪い言葉は良くないですよって注意してきて、そうしたらポプラがナズナをからかって、スミレがそんな二人の様子を哲学っぽく観察して、そんな状態なのにサクラが能天気に僕のそばにひっついてきたりして」
平凡なのかもしれない。でも、傍から見れば平凡だったとしても、これが僕の望んだ幸せの未来像。
「なんだよ、やっぱり未来は楽しいことしかないじゃないか! ほんの単純なことなんだよ、ただただ笑い合うだけなんだよ。たった それだけで、幸せになれるんだよ。一緒に未来に行こうよアルフ。俺はな。アルフ、お前にも幸せになって欲しいと思っているんだ」
「何を言い出すかと思えば。過去を繰り返せば、いつか幸せになれるぜ」
「違う。目の前にいるお前に、大切な親友のお前に幸せになって欲しいんだ」
僕はアルフへ訴え続ける。
「俺の親友なのは、今のアルフなんだよ。どんなに世界が繰り返されても、どんなに優秀なアルフでも、それは俺の好きなアルフじゃないんだ。いま目の前にいるアルフが幸せじゃないと、俺の目指している未来じゃないんだよ。だから、今 目の前にいるアルフに未来を諦めて欲しくないんだ!」
それが 僕がアルフと戦う もうひとつの理由。
僕は幸せになりたいから未来に生きていたい。でも、僕だけじゃなくて、アルフも含めたみんなが幸せだったらなんて素晴らしい世界なのだろうか。
僕の魂の叫びを、アルフは黙ってきいた。
「そうか」
アルフは腑に落ちたように小さく呟いた。
「アルフ、考え直してくれないか?」
「そう思いたいが、そう簡単に割り切れねえよ」
アルフが槍を構える。でも、僕はその表情の変化を見逃さなかった。
あれは模擬戦争のとき以来だろうか。火種がともったような瞳だった。あまり時間は経っていないのに、あの瞳は久しぶりに見た気がした。
「今は割り切れない。だが、一個だけ割り切る方法がある」
実家に避難した時に義姉と対立していたアルフのピリピリしていた雰囲気が抜けていた。ずっと隠し事をしていた時とは違い、晴れやかさすら感じられる。
アルフが微笑をする。それは凛と覚悟を決めた戦士を連想させる清澄な笑顔だった。まるで戦う事を望み、そして同時に誇っているような――。
「……オレの未来が欲しいなら、オレの運命が欲しいなら見せてみろよ。気が遠くなるくらい永く紡がれているオレの運命達をぶっ壊してみろよ!」
アルフが大きく跳び引いた。右手は槍を肩口まで上げて翼のように構える。左手は僕に向かって 自身の身体と同程度の大きな魔法陣を描く。
あれはアルフの大技。刹那に 距離を駆けてくる本気の槍捌きだ。
「――お前が死んだらそれまでの運命だ。オレを受け止める気があるなら、オレの全力を受けとれ! 奇跡でもなんでもいい、オレの運命をぶっ倒してみやがれッッ!」
運命に捕われ続けていたアルフが、運命を賭けてきた。
その覇気だけで、アルフの本気が僕に痛いほど伝わった。アルフが全身全霊をかけた一撃を放とうとしている。
僕が本気で未来の運命を語っているなら、アルフの本気の運命を打ち砕いてみろと言わんばかりの攻撃だ。何世代も続いたアルフレッドの運命を、賭けの引き合いの場に出せた瞬間だった。
だったら、僕は引けない。
僕の未来にはアルフもいるのだ。親友を運命の魔の手から救い出すためなら、この命くらい賭けても上等だ。
アルフの魔法陣が完成する。魔法陣を描いていた手がそっと槍に添えられた。魔法陣を突き破るよう、槍を重たく突き出す。
「っっおぉ、りャアァァ――ッッ!」
槍が魔法陣を破った瞬間、魔法陣がアルフの全身にまとわりついた。
轟風が咆哮する。アルフの全身が弾丸となったような突進突きが穿たれた。




