戦いのゆくえ
矢継ぎ早に人形と共に攻撃をしかけていく。感覚的に秒あたり二回以上は攻撃をしていった。それくらい熾烈に攻撃していかなければ、アルフは簡単に踏み込んできてしまう。
剣戟の音だけでも百回以上は聞いただろうか。
ふと、背後から耳を刺すような高音と、魔光が飛び込んできた。何事かと考えたその一瞬、人形への指示が乱れる。その刹那をアルフは見逃さなかった。
「――っ! もらったっ!!」
「くはっっ――!」
僕はアルフに体当たりをされる。胸を圧迫され、肺の空気が無理矢理に押し出されて軽い眩暈がした。
更にアルフは、ポプラを拳で殴り飛ばし、ナズナとスミレの攻撃を避けつつ距離を取った。
まずい、その距離は槍のリーチの距離だ。
アルフの口元が上がった。槍を構え直し真一文字に薙ぐ。
「セイヤッ!」
僕は回避する。すると、アルフは薙いだ勢いを利用して身体を回転させ、更に勢いを増して薙ぎ上げるようにしかけてきた。
『やぁ――ッッ!』
ナズナが勢いを止めようとアルフへ攻撃をしかける。
アルフは回転で得た勢いを殺さず、切り上げた槍の軌道は、∞の字を描くように槍先を湾曲する軌道で降ろした後、ナズナに合わせて切り上げてきた。
静かな夜に剣戟の音が響く。ナズナは剣ごとアルフの槍に飛ばされた。
アルフの一度ついた勢いは止まることを知らない。猛烈な魔力をたぎらせた槍を振り回してくる。
避け続ければ倍々で威力が高まっていく。かといって、防御をすれば格好の餌食になってしまうのは容易に予測がついた。嵐のような連撃に切り刻まれてしまうだろう。
槍にまとった魔力が唸り、旋風を巻いていく。風の刃を撒き散らしながら、アルフが攻撃をしかけてくる。
「そらそら、行くぜ!!」
「くっ!」
俄然に勢いを増していく槍を、僕はただ避けていく。
ステップを踏んだ拍子に、視界が揺れた。軽くめまいも起こしているみたいだ。体も乾燥し、口の中も粘ついている。
まだ倒れるわけにはいかない。
肢体に力を込めて心に発破をかける。力を入れた拍子に左わき腹が激痛を訴えた。人形に指示を出すたびに、右腕のぱっくり割れた傷もじくじくと痛んでくる。
『モウっ! 糸が切れヤスイ!』
『風の刃が原因でしょう。指示を仰げません!』
『五里霧中よのっ!』
人形達との糸が何度も切断され、僕は何度もアクセスしなおす。糸の性質をもっている以上は、風であおられてしまい、繋げたとしてもすぐに糸が切れてしまう。
目まぐるしい接続変化に、僕の頭の処理がオーバーフロー寸前になってきた。
最悪だ。魔光に気を取られた一瞬のうちに、今度はこっちが追いつめられる立場になった。まさかこんな凡ミスで勝機をふいにしてしまうなんて……。
「攻めがぬるいぜ! ほらっ、どうした!!」
「くぅッッ!」
旋風をまとった槍が、周囲の空気を巻き込んで切り刻んでくる。
穂先ばかりを意識していては、ジャケットもろとも風の刃の餌食になってしまうだろう。
しかし、意識はしていても咄嗟に身体が動くかは 話は別である。槍からほとばしる風の向きが変化して、旋風が左腕を強引に引き込んできた。
「がァッッ、痛、くぅ――っ!」
柔肉をスプラッタに切り裂きにかかる。真っ赤な生命が風に舞散った。
削ぎ落されるような激痛から腕を抜くと、ジャケットの袖は完全に無くなっており、腕は血まみれになっていた。血液特有の 鼻を刺す臭いが脳を突き刺す。
「まだまだ! やァッ!」
腕が旋風に巻き込まれていて、身体のバランスが崩れている隙を見破られていた。
猛風に包まれた槍が足払いを仕掛けてくる。
僕は人形を使っているために、足を使って地に魔法陣を描くことも多い。この攻撃が決まってしまったならば、戦闘力と移動力が大きく落ちてしまうだろう。
足を折られ、紅い雫を撒き散らす鮮血まみれの運命が顔を覗かせる。敗北の未来が手招いていた。
『させナイ!』
ポプラが飛び込んで、棒状にした多節棍でアルフの槍を叩き落そうとする。
しかし、人形の軽い身体では、突風に対しては無力だった。飛び込んだ勢いは風にあおられ軽減されていく。
「ほう。まずは、お前だ――!」
アルフがポプラへ槍を向けた。ただ向けただけの余波で猛烈な突風が起こる。
後に引けない体制のポプラが強引に風へ突っ込みながら鉄棒を振り下ろそうとする。
しかし、人形の軽い身体では突風に勝てなかった。まるでスローモーションのようにやわらかく、ポプラがアルフへ鉄棒を振り降ろす。
「邪魔だ、ふっ飛べッッ!」
アルフが魔力を込めて、槍をポプラの腹に突き出した。槍と共に巻き上げられた風の刃が、鉄棒とぶつかり合い、甲高い音を絶叫する。
ポプラはなんとか身体を反らして直撃をまぬがれる。しかし、まともに風の刃を受け、凄惨に切り裂かれていった。右腕が肩から千切れ、左足は膝の関節から下が切断された。烈風にポプラは空高く飛ばされる。
「――っ! ポプラ!」
ポプラの犠牲によって窮地から脱した。しかし、まだ危機は終わっていない。あくまで攻撃を食い止めただけである。アルフの勢いは決して殺してはいない。むしろ、人形の脱落によって見えた勝機に喰らいつこうと、俄然に勢いを増してきた。
「これで止めだ、はァッ!」
アルフが全力の刺突を繰り出してくる。全てを切り刻む絶望の槍が、臓物を捩じり切らんと飛び込んでくる。
僕とアルフの間に、スミレが飛び込んできた。
スミレが錨を盾のように構える。アルフの槍先と激突した。
金属同士がぶつかり合う音。烈風が錨を耳障りに絶叫しながら削ってくる。
『覚悟っ――!』
アルフがスミレと拮抗している隙に、猛回転したナズナがアルフへ襲撃せんとしていた。ナズナは独楽のように剣を振りまわしながら体内の魔力を破裂させ、ジェット噴射の勢いで猛回転しながらアルフへ突撃する。
旋転する風を切り裂く超スピードがアルフへ襲いかかった。
「ハッ。お前の対策はしてあると言ったはずだ。面倒な金属性の対策をしてないと思ったか?」
ナズナをしりめに、アルフは小さく鼻で笑いながら、腰の本ホルダーを叩く。真っ白な光球が飛び出してきた。風に乗って球が錨に付着すると、錨を覆うように霜が走った。
ナズナの回転切りがアルフへ到達するよりも先に、パキリと嫌な音がした。錨が欠片となり紙屑のように突風で巻き飛ばされた。
腹が押し上げられるような圧迫感がする。
その瞬間、アルフの風の鱗片が僕の腹を抉り殴るように、すさまじい轟音が僕を吹き飛ばした。僕の傍にいたスミレも吹き飛ばされる。
僕は正門に叩きつけられ、全身を石の壁にぶつけられた。後頭部を打ちつけたのか、意識が白くなってくる。必死に意識を炊きつけようとするが、くらくらと身体が言うことを聞かない。
錨を貫き切ったアルフへ ナズナの回転切りが迫ってきている。アルフは冷静にナズナを眺め槍を低く構える。
愚直に真っ直ぐ迫ってくる回転切りをいなすのは、アルフにとっては造作もなかった。迫りくるナズナを槍の切っ先で切り上げる。ナズナと剣が宙に飛んだ。猛烈な速度を切り上げた衝撃からか、ナズナの左腕が耐えきれずに千切れ跳んでいく様子が見えてしまった。
アルフの風に巻かれたナズナと剣がスローモーションで流れ飛んでいく。アルフは槍を振りあげた勢いを利用して、柄の持ち方を変え槍の末端の石突きでナズナを突き飛ばした。風の効果なのか、ナズナはピンポン玉のように弾け飛んだ。ナズナの剣も風で、あさっての方行へ飛んでいってしまう。
アルフの目の前に、ナズナの左腕だけがぽとりと落ちた。一瞬のうちで、戦局が変わってしまった。
悠々とアルフが歩をすすめてやってくる。
「……オレの勝ちだな」
声に反応しようとするが、倒れた身体が重くて持ち上がらなかった。戦いの序盤に流血したのが今になって響きはじめてきたようだ。
体を動かすたびに叫ぶ脇腹の激痛を、そして両腕の怪我もずっと無視して戦ってきた。治癒する暇も無かったため、当然の如く傷口は悪化の一途をたどっている。血が足りないと全身が訴え、意識が少しずつぼやけてきていた。
空から光が降ってくる。上空の魔法陣が発動し、重厚な音が三つ落下してきた。新しいロボットが召喚されたようだ。僕の時と同じで、誰かに反応したのかもしれない。
アルフが倒れた僕を見下ろしてくる。
「さっきのお前の気をそらした魔光はフランの光だ。ユーリと一緒に近づいて来ているらしい。ったく、仲間が足手まといになったなんておかしい話だよな」
必死にアルフの言葉を拾う。集中していないと意識が飛びそうになる。
「……そうか」
「おいおい、助けは期待するなよ。あの金属巨人は生体内の魔力に反応して追いかける。壁越しだろうが、何だろうが逃げられない。だから、絶対に誰も助けは来れない。お前はなぜだか知らねぇが簡単に倒したみたいだが、他の連中はそうじゃないだろ?」
アルフらしからぬ丁寧な説明口調な言いまわしだ。
「……わざわざ教えてくれるんだな」
「納得しないと、お前も引かないだろ」
アルフが鼻を鳴らしながら、そう答えた。
「らしくねぇよ。お前にはこんなに負ける要素しかないんだぞ」
「…………」
「もう終わりにしようぜ。オレも疲れたから……」
アルフに何も言い返せなかった。本当に僕は何をやっているんだろう。
納得してしまえば、楽になれるのは分かっている。僕はアルフの意見を親友として尊重している。アルフの言っていることの正しさも分かっている。失くした人達がいて、だからこそ後悔を乗りきりたいとやり直す事を望むのは間違った行為であると否定はできない。
「…………」
「だんまりかよ。じゃあ、そのまま素直に眠っとけよ」
僕の思考の沈黙をアルフは肯定と受け取ったらしい。
ポツリとシャツの上のボタンが二つ取れ、地面に落ちて割れる。
そういえば、この一帯は催眠魔法がかかっていたのだった。ボタンは魔除けの役割を果たしたらしい。五個あるボタンで上のふたつが落ちたのだから、アルフから見たら胸がはだけているかもしれない。
「ついでに教えてやる。催眠魔法は帝国内全域が範囲だ。帝国の外壁は円でできているだろ。それと、学園が寄付した魔力炉のトーチを共鳴させると、空から見れば大きな魔法陣になっているらしい。模擬戦争で帝国内を自由に使える恩返しの建前のトーチのくせに、逆に帝国を黙らせているなんて皮肉だよな」
アルフが止めとばかりに説明していく。
眠たいという感情は内から湧く気持ちである。したがって、催眠結界は自己の魔力を媒体に、自分に眠る魔法をかける技術である。
「だから、帝国内の人間も寝てるから、帝国内からの助けは来ない。オレ達のジャケットやシャツみたいなのがあれば例外だが、まさか着ながら寝てるわけねぇしな。まあ着てたとしても、催眠魔法は内側の魔力に働きかけるもんだから完全には遮断できないし、そういう意味では外から偶然に入ってきても眠っちまうわけでもあるよな。つまり、外からの助けも難しい。まさに用意周到ってやつだ」
アルフがカラカラと嘲笑う。でも、その目には希望も絶望もなにも感じられない。ただただ深い瞳だった。
ふいに笑いが止まり、表情が抜けたように冷えた。
「お前の負けは運命だったんだよ。いつまで夢を見てるんだ、現実を見ろよ」
アルフが静かに絶望を突きつけた。




