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先の到着

※ 少しだけ時間が戻ります。

  ◇◇◇


 夜というものは寒いイメージがある。太陽の光が地球を暖めているのなら、日が沈んだら当然に寒くなるだろう。


 いま、たしかに夜気は冷たいと感じられる。でも、帝国に近づくにつれて暑くなってきた。いや、暑いというのも語弊があるかもしれない。なにせ、熱で炙られているような暑さではなく、身体の内から沸々とした感覚なのだ。それでいて、皮膚は夜気によって凍るような寒さを訴えてくる。不思議な温感だ。


『見えてきました。帝国の正門です』


 ナズナの言葉に、考え事をしていた僕の意識が戻った。


 帝国の防壁は二重になっている。今は外壁を越えて内壁へ向かっていて、ついに正門が見えてきたところだ。正門を越えれば、いつもの見慣れた街並みが広がっているだろう。


 あれからずっと、風の魔術を使って飛び走り続けている。

 ちょうど集中力の限界を自覚してきたときに、風に乗り損ねて、転倒しそうになる。肩に乗っていたポプラが落ちそうになったのを、手を伸ばして救出した。


『ふぅ、危なかっタ。ネェネェ、にしてもサ、体はだいじょうぶ?』

「ずっと前から だいじょばない。でも、休みたいけど、正門が見えてきたからな」


 休んでいるうちに、過去に戻る魔法が発動して世界が変わってしまうのではと思うと、どうも いてもたってもいられない。だから、このまま飛び走り続けている。


 走りながら、腰の本ホルダーをひと叩きして霊薬を取り出した。ぐっと一気に飲み干して、体に喝を入れる。疲労困憊の身体に、じんわりと魔力が沁み込んでいく。

 あれから寝てない上に、霊薬の飲み過ぎで頭がクラクラしてきた。これは何回目の夜だろうか。記憶もおぼろげでなかなか思いだせない。


 まったく、こんな寝不足状態で ちょっと前は崖を降りたりだとかしていたんだよな。我ながらよくもできたものだ。


「空車があれば楽だったのになあ……」

『まさに後の祭り だったよの』


 スミレの言うとおりに、後手に回ってしまい手遅れだったのが痛い。なにせ物置にあるはずの空車を探しても見つからなかったのだ。

 おそらくココが乗って行ったのかもしれない。



 ココは、ずっと僕の近くにいると思っていたら、いつの間にか出て行ってしまった。


 今まで気付かなかったけれども、本当はけっこうな行動力をもっていたんだな。なんだかココの性格が、内気なのか、アクティブなのか分からなくなってきた。

 そんなことを考えていたら、また風に乗りそびれた。浮遊感が無くなって、加速した慣性で前につんのめってしまう。小走りするように着地してなんとか転ばずに済んだ。


『ご自重ください。サクラもいないですし、防御の面では不安があります。戦うのでしたら、勝たなければなりません。体調も含めた準備も整えるべきです』

『ソウソウ。早く着けばイイってものじゃないんだからネ。クリアするのが目的だし』

「……まあ、考慮しておく」


 心配性のナズナに言われたならともかく、ポプラにまで言われた。よほどに疲れているのかもしれない。

 ふと、サクラという名前で ナズナに相談したいことができた。


「ナズナ。サクラのことをどう思う?」

『……どのような意図で訊いたのでしょうか?』

「ココのことが、分からなくなったから。サクラとココの性格は同調されているから参考になるかなって」


 サクラの人格を造る作業はココにやってもらっていたので、サクラの人格はココの考えが基軸になっている。また、ナズナを造ったのは義姉なので、ナズナは義姉の思考が投影されている。そして、義姉とココは生き方が違えども同一人物でもある。つまり、ナズナとサクラもある意味では同じ存在なのだ。なので、知らない第三者よりも分かり合えている部分もあるのではないかと思って意見を訊いてみた。


 僕はナズナへ理由を話すと、ナズナは少し考えるように間をおいてからサクラについて話し始めた。


『探究心が強い性格です。目に映るもの全てを興味津々で見ていました。そのような意味では積極性があるのでしょう。それと、よく人の傍にいることが多いですね。さびしがり屋なのかもしれません。製作者の過去の環境を考えたなら……なんと申しますか、多少は願望が投影された結果かもしれませんね』


 願望と表現したのは、言い得て妙だと思えた。『こうなりたい』と思うなら、今の自分はその状態ではないという意味だからだ。ココが我慢してきた思いがサクラへ反映されていたのだろう。


 そして、ずっとココと付き合い続けて分かってきたこと。ココの場合は自己評価がとても低い性格だ。僕がなにかをしてあげたとき、ココは『自分なんかのためにやってもらって悪いのではないか』と常に思っているようなそぶりがあった。


 それは、奴隷として生きていた弊害へいがいかもしれない。その極度な自己評価の低さからか、ココ自身ですら 自分が何かをすると迷惑がかかるのではないかと思っている節もあった。自分に自信がないから、自分の行動や考えを肯定できていないのだ。本当はサクラのように いっぱいくっつきたかったり、興味や、やりたいことがあっても我慢したりしていたのかもしれない。


 だから、わがままを言うことができずに、きっと代替で欲求を満たそうとしていたのだろう。その行動は遠慮する気持ちと合わさって、ココが考えついた結論が他から見れば変な行動になってしまっていたのかもしれない。


 いま気付いた。だから変な子なのか……。


 もしかして、小中学生の定番のネタというか、放課後に 好きな子のたて笛を見つけてドキドキするような感覚と同じかもしれない。自分に自信があったならそんなことでドキドキしていないでさっさと本人に気持ちを伝えて告白するのに、自分に自信が無くて告白できなくて『いま笛を吹いても誰も気づかないよね』と変なことを考えついてしまい、ひとりで勝手にドキドキしているような感じだろうか。もちろん、本当にやるかどうかは別としてだ。

 本人としては大まじめな理屈なんだけれども、他人から見ればまさに奇行なのだ。


 でも、ココの場合は吹くとかじゃなくて、もっと斜め上の行動をしそうな気がしてきた。

 ―― って、そんなこと考えている場合じゃない!


「ココが出ていった原因。俺がココの性格を分かっていたのに、ココと話せなかったからかもしれない」


 なにか大きなことをしでかしてしまった時は直接な原因に目が行くけれども、その直接的な原因を造ってしまうのにも原因がある。小さなすれ違いが何個も積み重なった結果、大きな原因になってしまったんだ。それが今なのだろう。


 ココは嫌われたくないからと本音をずっと言い合えなくて、もしも言ったなら嫌われるんじゃないかと怖がって、そのせいで僕はココの本当の心の内が分かり合うことができなくて すれ違ってしまっていた。

 その不自然さを僕は感じ取っていたのにも関わらずに、ただただ日々を当たり前のように享受きょうじゅして、自分勝手に現状を満足してしまい、ろくに解決できていなかった。


「最適な行動をずっと選択していたつもりだったんだけどなあ。愛情を渡しても、素直に受け取ってもらえていなかったのかも……」


 悲しい気持ちがぽつりと漏れた。

 僕の言葉に、ナズナが怪訝けげんな視線を送ってきた。


『渡していましたか?』

「えっ? 渡してた……つもりだったけれども?」


 しどろもどろになりながら答える。だって、目の前で起こっている結果を見る限りでは失敗しているんだろうし、ちょっと自信が無い。

 ナズナは呆れたように顔を伏せた。ポプラがため息を盛大に吐いた。スミレも、ポプラに同意するように頷いていた。


『はぁ。そうですか……』

『ソレってイチバンにダメだと思う。言わなきゃ分かんナイものダヨ』

『勘定合って、銭足らずよの』

「おまえら、そこまで言うか?」


 そのとおりだと言わんばかりにナズナが頷いた。


『言いますよ。行動で伝わっているかは置いておきまして、言葉にした方が分かりやすいのは明らかです。ずっと言わなかったならば、愛情を感じられる事があったとしても、受け取る側は予測の範疇でしかないのです。確信ではないので、ずっと不安な気持ちだったでしょうねえ』


 どの人形よりもナズナが言ったぶんだけ、言葉が重たく感じられた。

 たしかに、言わないと分からない。なにかアクションがあって、たぶんそうなんだろうと考えついたとしても、答え合わせができないなら不安は増えていくだけだ。


 特にココは自分に自信が無いのだ。だから、ココ自身が 僕が渡したものが愛情だったという答えにたどり着いたとしても、自信が無くて 自分の答えを肯定する事が尚更に難しかったのだろう。


「ナズナ。たとえばの話、伝わってなかったらさ。どうすればいいと思う?」

『愛している、と言ってしまえばいいのです』

「い、言うのっ!?」

『ひと言だけですよ。労力的には簡単です』


 トクトクと心臓が暴れ出した。

 ナズナはそう簡単に言うけど、本人の目の前で言うのって けっこう勇気がいるだろ!?

 戸惑っていると、ポプラが会話に割り込んできた。


『ドーシタの? 顔が真っ赤になってるシ』

「おまえ、分かって言ってるだろ。別になんともない」

『ソーナンダ。なんともナイならサ、合った瞬間にキスしちゃえばイイじゃん。もう離さないゼ みたいなネ』

「明らかに、そっちの方が難易度が高いだろ!?」


 怒鳴った僕に、スミレが追撃してくる。


『ふむ。案ずるよりも産むがやすし よの』

「難しいよ! 比べるまでも無く、たやすくないだろ!?」


 ナズナが諭すように声を渡してくる。


『良いではないでしょうか。愛の結果ゆえならば、感情に振り回されても楽しいものです』


 なんてことだ。人形に、人間の愛を諭された。



  ◇◇◇



 まず僕らは手配されているし、先に行ったユーリやフランが既にバレていて帝国が警戒態勢になっているか可能性もある。だから、正門から入る選択はありえないだろう。


 僕は内壁の正門から、少しだけ進んだところで糸をつむいで飛ばした。

 引っかかる手ごたえを掴んで糸を縮ませながら覗くと、内壁に開けられた穴にひっかかっていた。

 ひと一人分が入れるサイズの穴に入りこむ。


『どうしてこのような穴を知っているのでしょうか。不用心な穴ですね……』

「かなり昔にアルフに教えてもらったんだよ。外壁側の方が広くて遊びやすいから抜け出す用にってな。まさか今日に役立つなんて思わなかったけど」


 怪しいくらいに人目につかない穴だ。まさか、今日のことを見越して教えていたのかなんて逆に思ってしまう。



 穴から帝国を見下ろすと、とんでもない風景が見えた。

 蒸すように息苦しいほどマナが乱れており、魔力の波動に当てられて木々がうごめいている。そして、ピリピリと熱い雪のようなものが ちらついていた。


「雪……いや、これ、ぜんぶマナだ……っ!」


 大気中のマナが飽和しているのだ。空気に含むことができるマナの限界量を越えて、含み切れなかった過剰のマナが雪のような結晶となって浮遊しているのだ。


 マナの雪景色に見とれていると、地鳴りと共に地震が起こった。

 空気だけではなく、大地のマナ保有限界量も越えているらしい。大地が飽和したマナを吐きだしたいが如く、苦しげな雄たけびをあげて揺れる。震央の地割れしたところからは、濃厚な魔力光がゆらめいていた。


「過去に戻るなんて実感が湧いてなかったけども、さすがにこの光景を見せられたら……」


 まさに、想像を越えた事態になっていた。

 それにしても、肝心の話題を教えてくれた義姉あねはいないようだ。あの人が本気を出すと嫌でも目立つだろうから、こうやって眺めても見当たらないということは来ていないのかもしれない。

 僕は崖ルートで近道をしたから、どこかで追い越したのだろう。


 ふと、少し遠くから、金属質な光沢がある巨大な人の形が正門に向かって駆けているのが見えた。


「ろッ、ロボット!? ほんもの!?」


 巨大なロボットが三体、僕を目にかけずに通り過ぎていく。


 なにあれ、こわっ!


「疲れてうつらとしてたのに、ホントに目が覚めた。ロボットなんかいるし、異常な光景なのがよく分かった」


 戸惑いを払うように、ゆっくりと息を吐いて精神を静める。


 そういえば、なんとかレンジャーを見て育った男の子だから、巨大ロボットは強そうなイメージがあるし、ちょっと近くで見てみたいかも。

 いや、僕は育ってなかった。これは記憶なだけで、身体は魔法から作られたんだった。


「って、とにかく冷静になれ。最適な行動はなんだろうな」

『それは決まっていますよ』


 そうナズナが言った。ポプラとスミレも嬉しそうに言葉を合わせる。


『ラスボスを倒しちゃえ!』

『問答無用なの。目的が分かっているなら、黒幕を倒すのが最善よの』


 スミレが視線を向けながら言った。その視線の先は、帝国学園だった。

 あの一帯だけマナが整然と稼働している。他の魔導施設ですらマナにあてられて被害が出ているのに、あの場だけ正常に動いている光景が逆に不自然だった。



  ◇◇◇



 僕は学園まで行くことにした。

 いつもの慣れた道を歩いていく。

 学園前の正門まで来ると、空が けたたましい叫び声をあげた。


 いつの間にか上空に魔法陣が集まっていたのだ。多量の呪言が書かれており、大きな三つの魔法陣が発動する。


 次元を越えて、巨体が落下してきた。金属の塊が三回の地響きを唸らせる。粉塵が空高く舞い上がった。

 金属の塊が、甲高い音を響かせながら変形していく。煙がはれると、三体の巨大ロボットと 僕は対立していた。


「近くで見たいと思ったけど、敵としての出演かよ……っ!」


 一体のロボットが剛腕を振り下ろしてきた。風を唸らせる巨腕を 僕は瞬時に回避する。さっきまで立っていた場所がまるで溶けかけのバターのように簡単に押しつぶされた。


 他のニ体のロボットは、既に僕の左右に周りこんでいた。

 二体のロボットが低く姿勢を構え、地面を殴りあげる。数えきれないほどの岩板が降り乱れた。


「まずいっ。土の弱点は、風だっ!」


 避けられないと判断し、防御のための魔法陣を描く。

 結晶になるほどに浮遊しているマナのおかげで、魔法陣への魔力充填が簡単にブーストされていった。僕を中心に竜巻を起こして、岩板を吹き飛ばす。


 しかし、最初のロボットが暴風の中を強引に突っ込んできた。

 慌てて魔法陣の設定を弄り、僕自身を吹き飛ばす。

 寸前のところで、ロボットの剛腕が空を切った。


 咄嗟だったけれども、なんとか避けれた。

 風によって吹き飛んだ体感は、どこか既視感があった。そういえば、ドラゴンの村の時も空を飛びながら戦ったっけ。


 一回やっていたからなんとなく感覚は掴んでいた。静かに冷えた心で、針を投擲する。


 建造物の屋上に命中したのを確認し、糸を収縮させて着地する。

 三体のロボットを見下ろすポジションに立つことができた。


「ロボットはきっとメタル属性。しかも、身体は丈夫だろうし、正体を知らなかったら強敵なんだろうな」


 僕は空中に水の魔法陣を描いていく。

 日本生まれの記憶にとっての水は、飲める水道水だけじゃない。いつもの水魔法とは違う設定で描いていった。


 大気に浮遊している膨大なマナの援護を受けて、水の魔法陣が発動する。空から滝のような水流が落下してきた。

 この水はミネラルウォーターの水だ。金属物質が多く含まれている鉱水のミネラルウォーターの魔法をロボットたちに浴びせ続ける。


 しかし、ロボット達はまったくダメージを受けていない。睨みつけるかのようにこちらを見上げてきた。


 でも、僕はロボット達の視線を冷淡に流す。なにせ、これでダメージを与えるつもりなんて毛頭にもないのだから。


「そう、スマートにね」


 水はあくまで準備である。本命は――。


「―― 境界術、いくよ」


 久しぶりに境界術の呪文を唱える。左右の手で別々の魔法陣を描いていく。

 右手にはこの世界のマナに干渉する魔法陣、左手には異世界の歴史に干渉する魔法陣を描いていく。

 左右の手を重ねて、魔法陣を重ね合わせる。二つの魔法陣が融け合っていき、リンクさせていく。無事に合体させた二つの複合魔法陣へ、さらに 複合魔法陣の制御するための三つ目の魔法陣を縫い合わせるように紡いでいく。


「帝国学園が必須科目にしてるくせに、燃費が悪いし、規模も大きすぎて実用性も低いし、苦手なんだよ! また唱えたくないから、早くやられろよな――ッ!」


 僕は苛立ちと共に、境界術を吐き唱えた。

 なにせ、倒すのが面倒そうな敵が目の前にいて、だからアルフやユーリ、フランよりも魔力が低いのに、わざわざ消費魔力が大きい境界術を唱えないといけなくて、そのうえにさっきまでずっと疲労を噛み殺して走ってきたのだ。



 僕の境界術が発動する。世界が割れる音が天空にとどろいた。


 すると静電気が弾けまわる音がそこらじゅうから湧いてきた。刹那に、ロボット達の足元から、稲妻が突き抜けていった。

 境界術で招いた歴史は、大地から生える稲妻の大樹が三本。轟音を叫びながら、空にむかって大きな稲光いなびかりの柱が伸びていく。


 大量の水分を含んだ身体は漏電しやすくなる。

 鼓膜を破るような炸裂音と共に、高電流によって回路がショートして大きな火花が苛烈に咲き乱れる。

 さらに、ロボット達は電撃によって、その身体は滅茶苦茶な方向へ痙攣けいれんしはじめる。まるで、やんちゃな子供がデタラメに操作しているマリオネット人形のように、関節を無視した誤作動だらけに暴れじれ、自壊していく。



 鉄塊となった三つの巨体が、雷音に貫かれていく姿を見届けた。




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