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虹色の胎動

 フェリンデールとロイは、集結する人形達の異様な光景に ただただ圧巻された。

 人形達の髪の色、服の柄、個性豊かな色合いが目まぐるしく動き回る。人形の群れが帝国中を染め上げ、虹色の草原を生み出している。


 ふと、フェリデールの元へ一体のぬいぐるみ人形が駆けてきた。さわり心地が良さそうな もふもふしたリスの指揮者のぬいぐるみ人形で、ピタリとフェリンデールを護るように寄り添ってくる。


「リタちゃん、動いてるの!?」


 駆け寄ってきたぬいぐるみ人形は、フェリンデールが落とした人形であった。

 戸惑っているフェリンデールの背後に、人が『降って』きた。フェリンデールは何が起こったのか一瞬 分からずに、ぎょっと振り向く。

 義姉がにこやかに立っていた。


「ああ、やっぱり。あの時のぬいぐるみ人形だったんだね」

「おっ、お義姉ねえさま! あの高さから飛び降りた!? なんでっ、いつの間に!?」

「えっと、まずね、いつから私はあなたの姉になったの?」


 義姉は、にこにこと笑いながらぬいぐるみ人形に目をやった。

 リスのぬいぐるみ人形がぴょこんとおじぎをする。ミドルネームの由来になったぬいぐるみ人形が、活躍した当時と同じよう、まるで意思があるかのように動いていた。


「フェリンデールちゃん、また人形を貸してもらっていい?」

「は、はいっ、もちろんです!」


 フェリンデールの言葉に、ぬいぐるみ人形も嬉しそうにコクリと頷いた。


 義姉が手首を小さく動かす。一瞬の動作でぬいぐるみ人形とラインが繋がった。

 リスのぬいぐるみ人形であるリタが感電したかのように小さく跳ねる。この瞬間、ぬいぐるみ人形は、リタという一個の意思へと昇華した。


 リタが意識のこもった身体で、指揮棒タクトを振りあげる。雑然としていた人形達が、整然に動き始めていった。

 地面がカラフルに揺らめいている。遠目からでは人形の髪であることが分からないかもしれない。それほどまでに、びっしりと敷き詰められたかのように人形達が絶え間なく隊列を組みはじめていく。数えることすらうんざりするような量の人形達を、リタは音楽の指揮者のようにテキパキと指示を出していった。

 義姉が静かに仕事ぶりを見守る。


「いっぱい人形がいるね。これもフェリンデールちゃんのお陰かな」

「恐縮です。全て指示通りに事が進んでいます。私が、いいえ、彼が懸命に活動してくれたおかげでだいぶ楽になりました」


 報告しているフェリンデール自身も、想像以上の大規模となり内心では大いに驚いていた。

 大量の人形達が帝国に存在しているのは、フェリンデールと義姉の作戦の賜物たまものである。義姉は帝国で戦う可能性も考えて、帝国内へ戦力を自然な形で配置する必要があった。その結果が、いま目の前に広がっている光景なのだ。

 これらの人形達のほとんどは、義姉の弟子であり、弟分でもある彼が在学中に作り続けた人形達が中心である。フェリンデールと手を組んだ義姉の計画は、彼が入学した時から進行していたのだ。


 また、フェリンデールも今日の計画のために、彼自身が戦力になるのか実力を測った。具体的には、模擬戦争が早めにはじまったのはロイと戦わせるためにフェリンデールが仕向けたのだ。

 ちなみに、この作戦はフェリンデール達にかなり苦労をさせた。なにせ、いつの間にかいた奴隷の世話に夢中で、彼自身の模擬戦争に対するやる気が無かったからだ。そのために、わざと奴隷がいるタイミングを見計らってロイと戦わせなければならなかった。

 ロイと戦い、人形がいない場合の彼の純粋な戦闘力と、フェリンデール自身で彼の実力を測った。結果、彼自身も戦力となりうる実力もあり、かつ作りあげた人形も素晴らしい出来だった。彼自身は現在いないが、彼の作りあげた人形はこの場にごまんと存在している。


 フェリンデールが集まっている人形の多さに、はんば茫然としたように眺めている。


「帝国での人形の売り上げを促した私が言うのも変かもしれませんが、よくここまで集まりましたね」

「ううん、集まったのは人形達自身の気持ちのおかげだよ。私は力を貸して欲しいってお願いしただけだから」


 人形達は決意の意志を持ってこの場に参上している。それぞれの人形達は想いを背負ってくつわを並べているのだ。

 花の髪飾りの人形は商人の亡き娘の墓守りとしての約束を、大切な過去を護るため。リスの指揮者のぬいぐるみ人形は大切にしてくれたもちぬしが、今の瞬間を生き続けるために指揮棒タクトを振るう。ドラゴンや騎士の人形は人形劇で、これからえがく未来の世界を まだ見ぬ将来の子どもたちへ見せるために立ち向かう。姿こそ違うが、その刻印された魂の輝き達は、目的を同じくしていた。



 金属巨人から何かが弾け切れる音がした。縛っていたワイヤーが切れたのだ。力の限りに豪快に身体を振わせて、無理矢理にワイヤーを引き千切ちぎっていく。


 動き出した脅威に、フェリンデールとロイは身構えるが、義姉は悠然と金属巨人を見上げていた。まるで、その存在が畏怖にも足らず、眼中にすら無いといったように。


「それじゃあ、みんな。行くよっ!」


 彼女は声と共に腕を振りあげた。

 人形達が一斉に動き出す。人形達の群れが津波と化し、金属巨人を襲撃した。


 まばたきする間に、金属巨人が人形達のカラフルな色に染まる。

 人形達の群れが金属巨人を力づくで押し倒す。巨人の豪力よりも、人形達の群れの圧迫力の方が上手うわてであった。

 金属巨人が倒れた拍子、偶然に破損した隙間へぬいぐるみ達が滑りこむように入っていく。綿ワタのぐにゃりとした身体で内部へ入りこみ、電気配線をかじり、骨格、内部機関までも破壊していく。

 大量の人形の前には、金属巨人は成すすべもなかった。ものの数秒で呆気なく金属巨人の起動が停止した。



 空に浮遊している複数の魔法陣が一斉にきらめいた。その中で、四つの魔法陣が先に発動する。金属巨人が空から四体も君臨した。

 金属巨人を招いている術者も、今の状況を危機と感じているのだろうか。


 一斉に金属巨人が複数も誕生する。金属巨人達の同時に着地した衝撃が、戦場を震撼させた。


 しかし、屋根の上から、二階建ての家の窓からも、様々な場所から人形達が飛びかかった。地上を歩きまわる人形以外にも、人形は存在していたのだ。

 飛びかかった人形達は各々に武器を持っていた。包丁、金槌かなずち、麺棒、スコップ、ナタなど武器になりそうな生活用品を振りあげていた。


 金属巨人は着地した刹那に、人形達の群れによっておおわれた。

 人形によって総身を乱打される。乱れ打たれた金属音が重なりすぎて、まるで一つの音が鳴り続いているかのような奇妙な音を奏でた。


 全身をくまなく攻撃されれば、当然に金属巨人の構造的な弱点部分にも当たる。しくもフランとロイが最初に否定していた作戦である『特性を狙った弱点攻撃をすること』を数の暴力によって強引に実行していた。


 機械は頑丈がんじょうな性質でありながら、一度弱点を破損すれば脆い性質もある。一度でも破損部位ができてしまえば、人形達が破損部位を中心に攻撃していき、しまいには全壊にしてしまう。破損から一瞬のうちで、金属巨人の装甲は獰猛に喰らい尽くされたかのように剥ぎ取られていった。そして、鎧を脱がされた巨体がちるのは、数秒もかからなかった。


 圧倒的な数の力が巨体をむしばみ、暴虐を尽くしていく。

 金属巨人が人形達の群れと戦うには 力の差がありすぎた。あまりに呆気なさすぎて、勝敗という言葉で片付けることすらおこがましい結果だけが繰り広げられている。



 突如、正門の方から重厚な音が倒壊した。

 その原因は、外からやってきた大量の人形達が、金属性の巨大な門を押し倒したからだ。重たい金属の門を力で倒しただけはあり、やって来た量も尋常ではなかった。崩れた正門の先を眺めても、果てしない川の如く、最後尾はまったく見えはしない。


 やってきた人形達は、義姉が帝国に来るまでに周辺の村や町に呼びかけて応じてくれた人形達の援軍である。

 種類や姿も様々で、中にはドラゴンの村で被災したために焦げている人形もいた。


 この人形達も、戦場につどう志は全て同じである。

 今を生きる大切な人のために、過去に生きてきたあかしを残す誓いのために、そして未来を掴むために駆けつけたのだ。


 上空で新たに金属巨人の魔法陣が幾つも浮かび上がる。しかし、今も帝国で増え続ける人形達の速度には遠く及ばない。金属巨人がやってくる頃には、更に倍増した人形達が襲いかかるのだ。


 荒波の如くうごめき走る人形達の群れが全てを制圧する。

 畏敬の光景に圧巻されていたロイが呟いた。


「これは……、敵にしなくて良かった」


 ロイが驚愕しているのも無理はない。

 人形を使った戦い方は、模擬戦争で実際に手合わせしたフェリンデールから聞いている。またロイも任務のために人形師と戦闘、観察していただけあって、人形は過小評価をしてはならない戦力なのだろうと認識していた。

 はっきり言って、人形は人間よりも弱い力である。しかし、完璧な統率で一斉に襲いかかってきたならば、骨が折れる戦いになるとは思っていた。


 だがしかし、目の前に広がっている光景はどうだろうか。

 これこそが、人形師の正しい戦い方なのだ。


 力押しするという言葉すら越えている脅威。もはや、戦うと言う概念を乗り越えて、争うという行為自体を呑みこんでいくのだ。想像を凌駕した異次元の戦いに、ロイは畏怖に身震いをした。



 ロイ自身はフェリンデールのように、帝国で起こった百万人部隊の伝説を目の当たりにしたことは無かった。しかし、惨状を見せつけられた今となっては、その時の義姉の活躍を容易に想像する事ができた。


 歴史というには真新しく、帝国が建って間も無い頃の物語が言い伝えられている。境界師の国であるリーニュリネアと、魔術の国のサーセリースが同盟を組み、帝国へ攻めてきた時代があった。

 そもそも、帝国はこの二つの国から逃げてきた人達の集まりであり、魔術と境界術を共有して作った国である。すなわち、リーニュリネアやサーセリースにとってみれば、秘術を無断で公開してしまっている不届き物の集まった国となる。なによりも、国として建ちあげてしまったものだから、なおの事に見逃せなくなったのだ。


 敵の敵は味方ということもあり、リーニュリネアとサーセリースの強硬派の同盟軍が、帝国へ攻めてきた。

 もちろん、帝国も黙ってやられる訳にはいかない。『風の英雄』など、様々な強者が帝国を護ってきたが、それでも苦戦した。


 ついには、帝国が連合軍によって囲まれる。もはや、崩壊まで秒読みとまで思われた。しかし、窮地を救ったのは、大量の人形達であった。


 大地を埋め尽くさんとばかりの人形達が、帝国から溢れんばかりに湧きだした。さらに、帝国と同盟を組んでいるほんの小さな村からも、全ての帝国の領域から人形がかけつけてきた。

 帝国を取り囲んでいた連合軍を、外からも内からも取り囲み返したのだ。


 戦争で大切なことは数である。人形達は、時間が経つにつれて遠くの村からもやってくる。戦争が長引くほどに増え続けていく。

 しかも、人形は人間とは違い、時間に制限されることなく攻撃を続けてくる。なぜならば、人形は不眠不休で疲れを知らない身体を持っている。朝も昼も夕方も夜も、深夜も早朝も、日の出から日没を過ぎても戦いを終わらせることはない。

 また、玩具でもあるため 互いの身体を補修し合い、すぐに戦場へ復帰することも可能であった。その気になれば、義姉も人形を作りだして補充も可能だっただろう。


 まさに最強にして不屈の軍団。

 それが、サーセリースとリーニュリネアの同盟部隊を、義姉が百万人部隊達を率いて蹴散らした物語の全貌である。



 義姉が運命をあざけるかのように、優美に微笑んだ。


「私の人形劇を見せてあげる。運命というモノが世界にあるのなら、刮目かつもくしてなさい!」


 彼女の前では、どんな困難であれども児戯に等しい。運命を人形劇のように操るべく、義姉による 帝国全域を舞台とした人形劇が、再び この場所に開演した。


 人形達が足音を並べて行進していく。

 人形達の魂の輝きを照らし出すは、月のスポットライト。満員御礼、幾千もの星々が世界の行方を、かたずをのんで見守っている。風が唸り、喝采を歌う。雲が流れるリズムと共に人形達の綺麗な髪が悠々とたなびく。虹色の奇跡が いま胎動を始めた。




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