断罪の抹消 [上]
「ロイ、この状況はどう考える?」
フェリンデールの言葉に、ロイが気丈に答える。
「強敵ですね。相手はさしずめ鋼の英雄かもしれません。世界の境界から生命体を越境させた記録もあります。歴史として登録されていればよいので、境界術で招かれるものは 物体や天災のような事実的な事象でなくても良いのです。魔法で作られた生命体もとい英雄ならば対処がかなり面倒です」
ロイの言葉に、フランが苦く顔をしかめて同調した。境界術を専門に取り扱っているからこそ、金属巨人に対して畏怖を抱いていたからだ。
「同感かも。面倒っていうか、かな~り難しいと思う。英雄だったら、『無敵』って歴史には登録されていると思うし。歴史に登録された幻想も引き継ぐから、本当に無敵という扱いで出てきてるかも……」
万が一英雄だった場合は、魔法として君臨している事自体が厄介なのだ。
魔法は思い込みや願いの影響を受けやすい。すなわち、英雄として君臨した時点で、この世界にとっては『無敵』として構築された状態でやってくるのだ。それが本来の歴史では大げさな言い伝えだったとしても、英雄として君臨した時点で格が違う生物としてこの世界では適合されてしまう。
「英雄の対処方法は二つ。一つ目は英雄自身の特性を狙った弱点攻撃によっての撃破。二つ目は純粋に力でねじ伏せる方法。要するに、相手の無敵よりも上回る攻撃を見舞わなければいけないと言うことだがな」
「でも、一つ目の方法は無理じゃないかな。調べるにも、余所の世界の歴史なんて調べれないもん」
「その通りだ。しかし、英雄と断定できた訳ではない。もしかしたならば、どこかの人形師のように遠隔操作できる金属人形かもしれない。もっとも、人形なのか意思がある生命体なのかすらも判断できないか……。仮に名づけるとしたなら金属巨人と言うべきだろう」
フランとロイの言葉を聞いたフェリンデールが、二人の意見を吟味する。
「となると現実的なのは、二つ目の大きな力でやっつける方法が最適解答かしらね」
フェリンデールの言葉に、フランが耳ざとく割って入った。
「それなら、私達が力を合わせてがんばらないとねっ! ねっ、いいよね、ユーリくん」
「はい、もちろんです。ボク達もお手伝いさせてもらってよいでしょうか?」
「たしかにあなた達の言っている事は正しい。ロイがあそこまで戦えたなら、この場にいる全員が力を合わせればなんとかなるかもしれない。でも、だけど……」
そこまで言ったところで、フェリンデールは言葉尻を震わせながら濁した。
フェリンデールは帝国の治安を護る者としての自負がある。ユーリ達の協力の申し出は護るべき者を矢面に立たせることであり、心苦しいものがあった。
「ロイ、ちょっといいかしら」
「御自身で決めてください」
「でも……、ロイの意見は?」
「後押しが欲しいなら、肯定します。止めて欲しいなら理屈をぶつけて否定します。お嬢様、貴女が対立している問題は自身の覚悟のことであり、他人に選んでもらうことではありませんよ」
「そう……」
フェリンデールが俯き、苦悩の息を漏らす。
ロイは憮然と答えながらも、小さな優しさを感じられるような声で言葉を付け足した。
「しかし、たとえ どのような結論にいたったとしても、私はお嬢様の全てに従いましょう。これだけは約束いたします」
「うん、分かった。ありがとう」
ロイの言葉に勇気づけられたフェリンデールが微笑した。
気を引き締めたフェリンデールがユーリとフランへ視線を移す。二人とも真剣なまなざしで、フェリンデールの言葉を待っていた。
「二人とも、本当は戦わなくてもいいのよ? 帝国を護るのは私達のやることで、あなた達に安穏を与えることが私たちの役割なの。それを分かっている上で本当に戦うつもりなの?」
フェリンデールの問いかけに、フランが答える。
「うん、わたしは帝国が好きなんだもの。家族がいて、親戚がいて、仲のいい友達もいて。大好きなみんながいる場所なんだよ?」
「その通りです。たしかに僕達は守られる側の人間かもしれません。でも、帝国を護りたいと願う志は同じつもりです」
ユーリの言葉にフェリンデールが問い返す。
「いいの? もしかしたら勝てないかもしれない。負けたら、命はないかもしれない。それに、生き残ったとしても非難される側の人間に見られるかもしれないのに?」
「大丈夫です。ボクがそう生きたいんですよ」
ユーリが思い返すように、言葉を溜めた。
「ボクの大切な友達がドラゴンの村でくれた言葉です。物事を見たときに不利なのか有利なのかを判断して、現実を見据えることは正しいことです。でも、どう生きたいか、なにをしたいかとは別のものなのです。ボクは大好きなみんなの居場所を守りたいんです!」
言い切ったユーリは自重した苦笑いをしながら言葉を続ける。
「もちろん、ロイさんに比べたら、金属巨人に歯がたたなかったボクの力は弱いと思います。でも、自分が信じた正しい気持ちのために戦うなら、決して間違った事じゃないと思います。もちろん、小さな力では過信しては迷惑になるので自制すべきでしょうが、正しいことをなしとげたいと願う希望まで捨てるのは間違っています。ボクはボクの力の限りに、加勢をしたいのです。お願いします!」
ユーリが勢いよく頭を下げた。
フェリンデールが戸惑いながらユーリの挙動を止め、朗らかに笑った。
「あなた達の覚悟はしっかり伝わったわ。ユーリ、フラン、力を貸してもらえるかしら。少しでも多くの戦力が今は欲しいの」
フランが目を輝かせて、勢いよく頷いた。
なにせ、フェリンデールはフラン達のことを初めて愛称で呼んでくれたのだ。愛称で呼び合う仲とはすなわち、お互いが対等である証だ。
「うんうん、いいよ~! フェリンちゃんやみんなのために、頑張るよっ!」
「ありがとうございます、微力ながらボクも協力させてもらいます。学園がこの騒動の中心と言うことは、他人事ではありませんので」
「うんっ! ユーリくんも一緒にがんばろっ! おーっ!」
「もちろんですっ! おーっ!」
フランが勢いよくあげた拳に合わせるように、ユーリは拳を掲げた。
喜びに はしゃいでいる二人をフェリンデールがそっと見つめる。ロイがフェリンデールに静かに問いた。
「その選択。本当によろしいのですか?」
「うん、これでいいの」
フェリンデールは二人の決心した重みを再確認するように、深く一拍置いて、感じ入るよう瞳をつむりながら頷いた。
「ちょっと昔のことを思い出しちゃってね」
「昔ですか?」
「うん、昔のこと」
フェリンデールが手に持っていた人形を優しく抱きしめる。過去の思い出に重ねるように、そっと愛おしく人形を撫でた。
「あの人に初めて会ったあの時の私も、二人と同じような目をしていたのかなってね」
「そうですか。では、貴女の決意に偽りはないと」
「うん、自分で決めた事だから」
「了解しました。御安心ください、二人ともお守り致します。お嬢様の決意を護ることが私の使命ですから」
「お願いね」
はにかむように微笑んだフェリンデールが小さな声をロイに託した。
ふっと短く息を吐いてフェリンデールは意思を固めた。瞼を開くと、真剣に見つめてくるユーリとフランがいる。二人の瞳は、あの人と出会った時と同じく決意に燃えていたあの頃の自分が映っているように見えた。
フェリンデールがユーリとフランを叱咤する。
「いい? 目的は学園に到達し、学園長を捕縛すること。そのためには、金属巨人を撃破しなければならない。ロイ、あなたが中心になって攪乱していって。攻撃が通るあなたが一番に向いているはず。ユーリはロイの援護をお願い」
「承知しました」
「はい、分かりましたっ!」
ロイの攻撃はギリギリでダメージとなる域値を越える程度なのだ。つまり、ロイを主軸として戦うならば、延長戦を覚悟しなければならない。しかし、時間が経つほどに空の魔法陣が発動し、新たな金属巨人が出現してしまうだろう。金属巨人へ決定打を打つ役は、ロイよりも強力な攻撃ができる人物にしなければならない。
「フラン、境界術で一番に強いのをお願いっ!」
「うん、りょーかいっ!」
「それで属性なんだけれども、属性は金属性はできるわよね?」
「複属性じゃないの? できるけれど、どうして?」
「今回に関しては、複属性は駄目よ。英雄だったら無敵の概念があるかもしれない。もしもそうなら、魔法自体に対して強いのかもしれない。でも、金属性なら、少なくとも同じ属性同士で五分の攻撃ができるはず」
金属性の弱点が複属性なのは、あくまでこの世界の概念に基づいた弱点である。つまり、英雄の無敵の概念をこの世界で受けている状況では分が悪い。『無敵』によって差引されたダメージになるためだ。しかし、金属性での攻撃ならば、同じ世界観での攻撃となる。すなわち、こちらの世界観にある無敵の概念の影響を受けずに、同じ土俵で戦うことになるため軽減をされない。純粋に魔法の威力の勝負となり、圧倒的な力を叩きつければダメージを与えることは可能なのだ。
「そっか。それなら金属性を唱えてみるっ!」
フェリンデールが金属巨人を見上げる。
「まずは、金属巨人をフランから引き離さないと。ロイとユーリは正面から攻撃。二人の攻撃で気を取られている隙に、私は背後へ回りこみ、攻撃をして引きつける」
「承知しました。お嬢様、御武運をお祈りします」
「分かりましたっ! 頑張ってみます!」
金属巨人が肩口から黒煙を出しながら、完全に立ち上がりきった。
ロイ、ユーリ、フェリンデールの三人が金属巨人に向かって走り出す。
「三人とも、いってらっしゃ~い。頑張ってキッツイの唱えてみるからっ!」
見送ったフランが詠唱をはじめた。
フランはこの作戦の鍵は自身であることを自覚していた。境界術の大火力だけが金属巨人に対抗できる術なのだ。決して失敗は許されない。
フランは三人の無事を祈りながら、何が起こったとしても詠唱を止めない覚悟で唱えていった。




