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氾濫する悔恨

 牢獄から出て屋内を走り続ける。たまたま目に入った部屋の窓からは魂の無い人たちの姿が見つからなかった。ここだと思い、その部屋に飛び込んで、窓をたたき割って外へ脱出をした。

 屋外はほんのりと日が照っていた。影の角度から、今の時間は朝なのかもしれないなと推測する。走ってきた屋内を見ると、なるほど。外見は大きな家として偽装されていたらしい。


 人形とアルフを探すために、ココの手を引きながら家の影に潜みつつ町を探しまわる。

 ふいに背後からこわばった声をかけられた。


「へえ、いつの間にか外に出られたんだな」


 それはアルフの声だった。潜ませていた息をほっと吐いて振り返る。

 ひょうひょうとした態度のアルフが立っている。でも、いつもの陽気な気配は無くて、どこか冷え切っているように感じられる。なによりも、泣いているような笑っているような分からない不思議な表情だった。

 ココが僕の背にさっと隠れた。アルフもたった今、ココの存在に気がついたように目を鋭く細めた。


「無事でなによりだが……」


 いつものおどけたような口ぶりだけれども、声色こわいろはいつもよりも低く、なぜか震えているような気がした。

 アルフのココを見咎めるような瞳。アルフの気配が凍ったようなたたずまいに感じられた。


「なんだよ、二人で逃げてきたんだな」


 四人でじゃなくて二人の部分に、僕は息が詰まるように苦しくなった。


「まあ……。今は、二人だけれども……」

「積もる話は置いといて、ちょっと待ってな」


 アルフが腰に提げている本をとりだして開いた。

 するとその本から荷物が飛び出してきた。ぜんぶ僕の荷物だった。


「アルフが守ってくれたんだ」

「ああ。お前の荷物しか見つけられなかったけどな」

「それにしても、よくアルフは逃げられたよな。気をつけていたつもりだったけれども、俺はいつの間にか捕まってたし」

「オレはお茶を少ししか飲んでねぇからな。飲んだ途端に全員が眠くなってただろ。オレは最後まで食べてたから気づけたんだよ。ちなみに学園長が特訓したおかげで、昨日に飲んだ毒にたいしては耐性がある」


 なんだよ。その狙ったようにピンポイントな耐性たいせい

 ところで、学園長がアルフへそんな特訓を企画したのはなぜだろうか。もしかして、襲われるのはこの村以外でもよくあるのことなのか。


「毒の耐性って何だよ。この課外授業は、しょっちゅう毒を飲まされるような旅なのか?」

「そんな危険な場所に、生徒を派遣するはずねぇよ」


 それはそうだ。だとするとこの状況は、学園側が仕組んだ演技だったりするのだろうか。いや、あの牢獄の魔法は本気で危険だった。純化のおかげで被害が無かったココがいたから起きれたようなもので、いなかったならば本当に操り人形になっていたと思う。牢獄で出会った村長もヨボヨボで臭かったし、何よりもあの迫真の瞳は演技できるようなものではないと思う。


 そもそも誰によって捕らわれているのかすらあやふやだ。もしかしたら、偽村長と言われていたゼルさんは利用されていただけとか。

 考えてみるほど分からなくなってきた。目が覚めたらいきなり捕まっていたから情報が少なすぎる。

 アルフがぽつりとつぶやいた。


「宝はどこだ。探している」

「課題の心配かよ。ほら、ポプラ」

『ん、ドーゾ』


 ポプラがポーチから宝珠をとりだした。アルフは受け取ってしげしげと眺める。


「すげぇな。これ、本物の方だ」

「そういえば、アルフは自称村長に会ってなかったな。そうだよ、これを帝国に届けてくれってさ」


 どうして宝珠が本物と判別できたのかを訊こうとしたけれども止めた。

 学園長はアルフに特別授業をしていた。さっきの毒耐性もそうだけれども、学園長に教わっていたからこそ知っている事もあるのだろう。

 そんな分かり切ったことを聞くのは今度にして、今はそれどころではない事態だ。


 切迫した状況をアルフへ伝えようとした時に、ふと小さな影がゆっくりと降りてきた。風にたなびいてふわりゆらりと揺れるそれは、よく見てみれば傘の形をしていた。

 陽光を透き通らせた薄紅色のほのかな色合いの影。気品のある緋色の傘が風に乗って、僕の頭へぴたりと着地してきた。傘につかまっていた人形が僕の頭から肩へするり降りる。きゅぅと頭へ抱きついてきた。


『みつけた』

「サクラ、久しぶり。他の人形はいないのかい?」


 僕の問いには答えずに、もっと強く抱きしめて甘えてきた。

 ふと足元に広がっている家の影から、小さな頭の形が二つ飛び出してきた。見上げると、屋根の上にはナズナとスミレがいた。


 ぴょんとナズナとスミレが屋根から飛び降りる。僕は腕を肩口まで上げると、そこへスマートに着地をした。


『お疲れさまでした。ご不便をおかけして申し訳ありません』

「気にしてないよ。探してくれてありがとう、ナズナ。あと、サクラとスミレも」

『うんっ!』

『至極当然よの。千尋せんじんの谷底までもお供をいたするの』

『はい。もったいないお言葉です。ありがとうございます』

『ホントにもったいない言葉。イチバン最初に見つけてナイのに可哀そうな皮肉だネ』


 ナズナがむっとしてポプラを見下ろす。


『そこにいましたか。団体行動から外れていましたし、ひとりで帰ったのかと思いましたよ』

べぇっつにぃ。人並み外れた忠誠心ガ 捜索を結びつけたダケだし』

『そもそも人形ですから、人並みは外れていますよね。いいえ、団体行動を守れない時点で、「並」ではなくて「以下」でしたか』

『どーでもイイけど。結果を出したのに文句を言われる筋合いはナイと思うネ』

『今回はたまたま良かっただけで、次回も成功するとは限りません。むしろ、基本的に団体行動の方が良いのは当たり前でしょうに』


「お前ら。この場で言い合うな。誰かが気付いたらまずいだろ」


 二体の人形がしゅんとうなだれた。

 相変わらずの様子にココも苦く笑っている。アルフにも笑われているかなと思ったけれども、アルフは何かを含んだような寂しげな頬笑みをしていた。

 さっきからなんだろうか、何かがひっかかっているような表情ばかりだ。


「なあ、アルフ」

「ん? なんだよ」


 ここにいるのは最強のベストメンバーだ。人形達がいる。僕の道具も戻ってきた。そして何よりもアルフがいるんだ。絶対に負ける気なんかしない。


「今からユーリやフランを助けに行かないか?」


 アルフは瞳を閉じて小さく唸った。でも、なぜかその姿は相槌としての態度を見せているだけな気がした。

 なんだろう。精神を張り詰めているから猜疑心が強くなっているのだろうか。なんとなく不吉な予感がしてきた。


「あいつらか……。悪いが、今から学園へ帰ろう」

「おい、どうしてだよっ!」


 僕はアルフに掴みかかりそうになった。今のアルフからは なにか嫌な胸騒ぎがしてきた。


「効率の問題だ。そこの奴隷と、ユーリ、フランは置いていく。足手まといだからな」

「ちょっと待て! 何かあってからだと遅いんだぞ! 納得できる説明しろよ!」

「何度も言わせるな。そのままの意味じゃねぇかよ」

「ユーリや、フランはもちろん。ココの安全の問題なんだぞ! そんなのじゃ、はいそうですかってすぐに納得できる訳ないだろ!」


 本当にいま話している相手はアルフなのか。アルフだったなら、無謀という言葉なんか否定してやると喜んで賛成を叫ぶだろうと思っていた。でも、いまは危険な状況であり、アルフの言っている事にはすじが通っている。

 ふいに誰かの言葉が思い浮かんだ。


(現実を見据えるのは正しい)


 ああそうだ。これはさっき僕がユーリに向かって言った言葉だ。


(理想を叫ぶのは心地がいいから、その響きに逃げているような気がする)


 アルフに対して怒っていた心が、徐々にしぼんでいくのが感じられた。

 駄目だ。どうにも心が傾きそうになる。僕がこの言葉をユーリへ言った後には、アルフの言葉でユーリを励ましたはず。でも、いま目の前にいるアルフは、まったく別のことを言うに違いないと嫌な確信を持った。


 本当は、僕は何も分かっていなかったのではないだろうか。アルフのことを知っているつもりで、親友だと馬鹿みたいにうぬぼれていただけだったのだろうか。


(不利なのか有利なのかって言うのは、どう生きたいとは違うんじゃないかな)


 あの言葉と同時に、最後に見たユーリの姿を思い出してしまう。もしも、僕が思ったアルフの言葉じゃなくて、今のアルフのような言葉をかけていたらどうだろう。ユーリはフランを置き去りにして一緒に逃げていただろうか。もしかしたら、それが一番の方法だったのではないだろうか。


 理想に酔って叫んでいたのは、本当は僕の逃げている心だったのではないだろうか。

 たくさんの思考が頭の中を駆け巡る。勢いよく走り回る後悔が僕の背筋を冷たく震わせた。身体の芯から広がっていく懺悔の気持ちがだんだんと広がっていき、次第に全身までも震えはじめてくる。


「アルフ。俺は何をしたかったんだ……?」

「何が?」

「ユーリの勇気を焚きつけた。そうしたらフランを助けに行った」

「はぁ?」


 アルフが虚脱した。


「おい、もう一度言ってみろ……」


 アルフが見つめてくる。その瞳は魂のこもっていないような何も宿っていない瞳に見えた。

 その瞳が怖くて言葉が詰まる。


「フ、フランを助けに……、ユーリが、捕まったかもしれない。村長の存在も知ってるし、まずいかもしれない――!」

「ふっっっざけんじゃねぇよ! 勝手なことするんじゃねぇ――ッッ!」

「ちょっと待て。何が勝手な事なんだよ。だって、こんなことになるなんて思わなかったし、それに……」

「ぜんぶお前の責任だろ! なんで一人で逃げなかったんだよ。その方が効率が良いっておまえは本当は分かってただろ。みんなで仲良くとか言って、正義感にひたって騒ぎを大きくして脱出したところで お前に何ができたんだよ! ほら、言ってみろ! 言えるもんなら言ってみやがれッッ!」

「水の、魔法ができて……」

「だったら、あいつらまで巻き込むんじゃねぇっ! ひとり逃げてれば良かったじゃねぇかよ! 静かにしてりゃあ済んだ事なのに! こんな状況にしやがって! あいつらがどうなんのか分かってんのか!?」


 全ての不満と動揺をぶつけるようにアルフが怒鳴ってきた。

 こんなに怒ったアルフを見たことが無かった。僕の思っていたアルフならどんな危険でも笑い飛ばしてしまうような強さがあると思っていた。動揺なんて無縁で、なんでも見通しているような力強さで全部を吹き飛ばしていくような性格だと思っていた。


 激怒しているアルフに萎縮してしまう。なんだか、ほんとうに泣きたくなる。泣きたくなるくらいに馬鹿な事をしでかした。

 目がしらが熱くなってきた。くちびるが震えはじめて、震えがどんどんと喉の奥まで伝わっていき、ヒクリと痙攣けいれんしてきた。


 すると、目の前に藍色の服が立ちふさがった。ココが両手を広げて、僕を庇うように立っていた。

 アルフがとげのある言葉をココへ投げつける。


「邪魔だ。どけよ」

「いや……です……」

「ソイツはな、怒鳴っても怒り足りないことをしやがった」

「だめ……です……っ!」


 ココとアルフが数秒間にらみ合う。いや、僕がそう感じただけで、本当はもっと短いかもしれない。

 ピリピリと静まり返った空間。そよ風が草を揺らす小さな音が嫌に耳触りに聞こえた。

 アルフは呆れて、怒気の含んだ溜め息を吐き捨てた。


「ああ、そうかよ! せいぜいおふたりでよろしくやってろよッ、馬鹿!」


 アルフが背中を向けて去っていく。それを止める気力が僕には無かった。

 全部が不安定になっていく。仲間を見捨てて生き延びて、今度は親友と思っていた人間にまでも去られてしまった。


「……だいじょうぶ?」


 ココがそっと寄り添って、手を握ってくれた。人形達も心配そうに見上げている。

 なんて無様なんだろう。男の子の見栄も何もないやこれ。なんて僕は情けないんだろう。

 ココと人形達へ声をかける。


「別に。何が?」


 かすかに震えた声で意地を張る。ココに対して思いっきりの虚勢を張った。

 ああ、だから僕は駄目なんだ。こうやって嘘をついてしまう。本当は叫びたいくらいに不安が胸をかきむしっているのに。それがあまりにも大量すぎて、胸が張り裂けるのではないかと怖くなるほどに暴れているのに。それでも、ココには心配させたくないから冷静を演じている。


 思い返せば義姉あねに拾われた時もこうだった。冷静になって達観したふりをして、結果が見えてきたらそら見たことかと鼻で笑ってやる。こうやって嘘をついていけば、絶対に失敗しないで自分を強く見せつけられるんだ。


「アルフだってユーリ達を見捨てるのは嫌だろうし、感情的になってしまっただけだと思う。あと、俺の言い方も悪かったかもしれないしな」


 こんな展開なんて初めから考慮していたさと静かに嘘をついてみせる。

 言葉ではあんな風に言ってみるけれども、僕の胸の内は大きくざわめいていた。理屈は分かっているけれども、自分を信じることができていないからだ。だって、僕は嘘をついているから。


 誰だって魂がひとつしかない以上は、自分の視線でしか世界を見たことがないはずだ。それでも、見えている世界がみんなと同じものだと相手を信用して生きている。だから普通の人は、自分のことを誰かに注意されたら間違っていたのだと信じて訂正ができる。でも、僕は嘘をついている僕の世界しか分からない。どうしても、自分の世界しか分からないから、嘘の世界しか知らなくて周りを信用していないのだ。


 そんな僕のゆえんは、この世界に僕が生まれたときから嘘をついていたことにある。転生のことを誰かに言えば頭がおかしい人だと思われるし、転生を信じられたとしても気持ち悪がられるのは目に見えていたから。


 心配そうに見上げているココの瞳に対して綺麗な色の嘘をつく。


「だから、大丈夫。まだなんとかなるよ」


 いまの僕はこう言うしかない。精一杯に気にしていないそぶりで、達観したふりをして微笑んでやる。

 そうでなくちゃココが不安がると思ったから。だって、他にどうしろって言うんだよ。




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