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道義の軋轢

 自称村長から受け取った宝珠はポプラが回収をした。何が起こるか分からない状況で、宝珠を持って片手を埋めるメリットがない。ポプラはポーチを持っているので、そこに入れる流れになった。


 薄暗がりの道に四人と一体の足音が響いている。沈黙した空気がやけに息苦しかった。

 その理由はユーリにあった。隣でユーリが黙々と歩きながらも、形の良い眉をつりあがらせて、口をきつく結んで歯嚙はがみをしていた。

 ものすごく不機嫌そうな様子をうかがっていた時に、ちょうどユーリと瞳が合ってしまった。


「あの人の話。どう思いますか……っ!」

「どうって言われてもなあ」


 ユーリはどう思っていてこんなことを訊いてきたのだろうか。牢獄ろうごくの村長の発言は正しいか正しくないかはさておき、ユーリ自身も理にかなっている事は理解しているだろう。だからこそ、さっきまでの沈黙は重たい空気になっていたのだ。


 さて、どう話せばいいだろうか。こういった重たい話をするときはどうしていただろう。ユーリでなくてアルフだったなら、茶化して終わりにしていたに違いない。きっと、シリアスな空気なんかこそばゆいと笑い飛ばしてしまうだろうし、本人もそうして欲しいと思っていそうだ。

 でも、ユーリの場合は根が真面目だから深く考えてしまう。だからこその危ういもろさがあり、おちゃらけた返答なんてしてはいけない。ここでいいかげんに答えてしまったなら、この先ずっとユーリは悩みを背負い続けてしまいそうだ。


 なんだか一番に難しいタイミングで、ユーリと目が合ったのかもしれない。しかも、この話はユーリに強い影響を与えそうな気がしてきた。


 戸惑いに揺れたユーリの瞳が、こちらを覗きこんでいる。

 これは困った。ゆっくりと相談できる相手もいまはいない。もしもアルフも一緒この場にいたなら、どのようにユーリと話し合うだろうか。


「どう言えばいいのかな。現実を見据えろと言うのは正しいと思う。たしかに理想は重たく考えるべきだけれどもさ。でも、理想を叫ぶのは心地がいいから、その響きに逃げているような気がする」


 これは僕の意見だ。

 ユーリが悲しげに眉をひそめた。でも、アルフなら続きはこう言うと思う。


「でも、最初から諦めるのは面白くないだろうな。人間の根本は、面白く生きていたいと思うから人間なんだと思う。ユーリはなんで生きているのかな。それってさ、楽しいこととか、嬉しいこととかが起こったらいいなとか、カッコよく生きていたいとか思って生きているんだと思う。だったらさ、自分から楽しくない方向に生きていくのは変だよね。不利なのか有利なのかって言うのは、どう生きたいかとは違うんじゃないのかな?」

「そっか……。そうですか」


 ユーリが噛みしめるように頷いた。

 こういう素直に考えられる部分は、ユーリの長所なのかもしれない。倫理を理解するのは簡単なんだけれども、それを実演できるかは別問題だ。倫理はお互いが害を与えない前提で考えられているもので、つまり相手となる他人が害を与えないと信用しているからこそ実演できるのだ。


 僕の場合はその前提条件である信用がどうにもできないのかもしれない。そもそも、自身を信じきっている自信がないからだ。それは、転生してから頑張ろうと思ったけれども微妙になってしまった今の状態がまとわりついているからだと思う。

 いつも勉強すればよかったと嘆くテスト前とか、いつも宿題が溜まる夏休みというか、いつも反省しているのになぜか次回も繰り返している。


 もちろん、そんなことは誰にでもあると言う人もいるかもしれない。けれども、どうにもその意見すら他人事に思えてしまう。結局は同じ目線の人間でしか正しく感情移入をできないわけで、転生した二回目の人生という目線を持っている人間は、この世界に誰ひとりともいない。だから、僕と対等の立場で意見をぶつけられる人間は存在していないのかもしれない。

 そのせいだろうか。僕が自分の考えを誰かに相談しても、僕の悩みを誰かに助言されても、どうにもぴったりと噛み合う言葉に出会ったことが無い気がするのだ。



 肩に乗っているポプラがぽふぽふと叩いてきた。暗い道に目を凝らしてみると、螺旋らせん階段が見えた。螺旋らせん階段を登った先には小窓付きの扉があり、その小窓からやんわりと明かりが差している。


 この光景に感性の何かが引っかかった。なんとなく階段が気にかかる。

 金属質の丈夫な階段なのだがあまり大きくはない。具体的には僕の身長の1.5倍すらもないかもしれない。このくらいの高さなら梯子はしごを掛けるなり、出口までを順々と階段にしていた方が造るには楽なのではないだろうか。真新しいようには見えないが、丁寧に手入れされているようで深い光沢がある。デザインも小奇麗な造りになっているが、今までに牢獄を歩き続けていたせいか逆に浮いた存在にも見えてきた。

 少し立ち止まって考えていると、ユーリが怪訝けげんに眉根を寄せた。


「どうしましたか? 先頭が怖いなら、僕が先に行きますよ」


 ユーリが階段を登ろうと手すりへ手を伸ばそうとした瞬間に、フランがユーリの手を掴んでとどめさせた。


「ちょっと待って。この空気を読んでない階段が、なにかモヤモヤしない?」

「そうですか? でも、綺麗な階段ですし、趣味で造っただけだと思いますよ」

「このグルグル階段が?」

「素直に装飾を失敗したのだと考えられませんか? 店頭で並んでいる時は趣味が良く見えますが、家で飾ってみると浮いちゃう時とかありますよね」

「後付けかもしれないし、そうなのかな? 檻に閉じ込められていた時は、蝶番ちょうつがいが普通ので、おりが後付けだったみたいだし……」

「どちらにしたところで、ここでモタモタするのは一番に良くないと思いますよ」

「ああ、登らないで! 待った、待って! それじゃあ、せめて私が先に行くから!」


 いいですよねとフランが視線を送ってきたので、頷いて同意をする。ユーリは階段を登るのをやめて、代わりにフランが階段の前へやって来た。

 フランが小さく唸って、目を細めながら考え込んだ。


「ポプラちゃん、この階段を登ったんだよね」

『降りタし、見張りスルのに登ってきた』

「じゃあ、踏んでドカンは無いのかな」

『分かんナイ。デモ、階段ヲ踏んで爆発オチはナイかも』


 ああ、そういうトラップもあるかもしれないのか。たしかに、慎重にならざるえないかもしれない。探検家の父親を持つフランは、この階段に対してどのような答えを出すだろうか。

 悩み続けたフランだけれども、はっと気付いたように階段を見上げた。


「別に死なないのならいいかなっ! 悩んでも分からないなら、さぁ行きましょう!!」

「――って、前向きすぎだろッ!」


 僕のツッコミを構わずに、フランが階段を一歩踏みしめる。金属がきしみ合う音が重なりながら、一瞬で周囲の音が吸い込まれたように静けさが広がった。

 突如にきしんだ音が大きく打ち鳴らされた。まるで大鐘の中に閉じ込められたような大音量だ。

 その音を一番にうるさい場所で聞いていたフランが、一気に階段を駆け上がっていた。階段を踏むたびに金属の轟きが大きく響いた。


「急いでください! 重さで音を鳴らす罠です! ここを出るのがバレちゃいます!」


 どうやら、人間の体重で発動する罠だったらしい。だからポプラがやってきた時は静かだったのだろう。大騒音の中で耳を澄ませると、こちらに近づいてくる足音が荒々しく迫ってくるのを感じられた。


「ユーリ、先に行って!」

「でも!」

「アルフがいないから、戦うならユーリが最前衛。はやく!」

「はい、分かりました!」


 ユーリを促して、ココの手を引きながら階段を駆け上がる。

 扉を開けるとそこは屋内だった。左右に続く長い廊下がある。いくつかの部屋が見えるが、その部屋にはどうしてかドアはない。僕達が脱出した牢獄の場所だけ、ドアがある不思議な状態だった。


 のそりのそりと何かが動いているような音がした。右の方から音が聞こえる。その先には、先に駆けていたフランが立ち止まっていた。

 フランは十メートルほど僕達よりも先にいる。その行く先には光が漏れている場所があり、おそらく出口がある。その出口付近に、すらりとした男がひとりじっとこちらをみていた。男は黒いマスクで口をおおい、黒光りした皮の鎧を着ている。


 ただ人間がいたなら、まだ良かったかもしれない。その人間の瞳からは生気がまったく感じられず、茫然ぼうぜんとした瞳でこちらを見ているのだ。

 黒いマスクの男は地の底から叫ぶような声で、狂乱しながらフランの元へ突進してきた。


「ひぃッ――!」


 魂の抜けた人間の形をもった何かが襲いかかる恐怖に、フランは身がすくんだ。相手からはなにも感じられず ただ存在する無機質な生命体という未知の狂気に、咄嗟にどのように反応すればいいのか混乱しているのだ。


 別の声が聞こえてきた。

 ドアのない部屋をのぞき見る。焦点の定まっていない目をした たくさんの人が覗いていた。そこに窓があることを認識していないのか、ガラスに身体を押しつけるように うめきながらこちらへおしかけようとしている。生きているものをたたるような、人語ではない雄叫びを叫んでいた。


「えっ――。きゃ、わっっ!」


 フランも窓の外の光景を見たのか、驚きのあまりに尻もちをついて倒れてしまった。

 あの黒マスクの男の声に反応したのか、みるみると窓に人が集まってくる。その誰もからも生命特有の息遣いが感じられずに、ただ生きているものを呪うような狂気だけが感じられる。


 叫びながら走ってきた黒マスクの男がフランへ攻撃しようと拳を振り上げた。その刹那に、黒マスクの男へ、ユーリが体当たりをしてフランを守った。


 黒マスクの男は体当たりにふらつく。しかし、すぐに黒マスクの男は体勢をととのえて、今度はユーリへ殴りかかってきた。

 ユーリはバックステップをして拳を回避する。ひらいた間合いの隙に、ユーリはこぶしへ魔力を溜める。ほとばしった魔力をたぎらせて、黒マスクの男へ反撃をした。


「やぁ――ッ!」


 黒マスクの男は、ユーリのパンチに対して体を反らしつつ一歩引いて避けた。

 すかさずにユーリは、腹を狙う前蹴りをしようと、ひざを曲げて攻撃動作に入る。黒マスクの男を仕留めにかかった。

 黒マスクの男が大音量の雄叫びを叫ぶ。


「おおぉぉオオ――ッッ!」


 黒マスクの男がやぶれかぶれにユーリに殴りかかろうとする。

 しかし、ユーリの前蹴りの挙動はフェイントだった。ユーリのひざを曲げていた構えは振り下りる軌道になる。その振り下ろした勢いで強く踏み込み、体を捻りながら跳びあがる。

 それは空中旋転する回し蹴り攻撃だった。さらにユーリは、両手ずつにたずさえていた魔力をきらめかせた。閃光と共に魔力が弾ける。破裂した魔力の勢いで旋転スピードを上昇させて、威力を更に加速させた。


 ユーリの攻撃がヒットする。黒マスクの男の首がひねられて、獣のような絶叫を叫びながら倒れた。黒マスクの男は、白目をむいて、よだれを撒き散らしながら、激痛を全身で表現しているかのようにたうちまわっている。


「ふぅ――。これで、大丈夫ですか」


 ユーリが緊張の息を吐いて、ユーリがフランの元へ歩をすすめた。


「フランチェシカさん、だいじょうぶですか」

「ありがとう、ユーリくん。ちょっと腰を抜かしちゃったかも。手を貸してくれないかな」

「いいですよ」


ユーリがフランを立ち上がらせるように、手を差し伸べる。

ちょうど二人が手を取り合った瞬間に、窓が一斉に割れて、魂のない瞳をした人達が一斉に侵入してきた。

 ちょうどフランとユーリ達の近くの部屋の窓が割れてしまっていた。魂のない瞳をした人達の群れが、フランとユーリへ襲いかかる。


「えっ、きゃ――ッッ!?」

「くぅ――ッ! はっ、せりゃッッ!」


 フランを守るようにユーリが格闘攻撃で魂のない人達を格闘攻撃で倒していく。

 一斉に襲いかかってきた魂のない人達を相手にしているユーリ。しかし、先程の黒いマスクの男が、ユーリの片足を掴んだ。ユーリの足を掴みながら、地にのたうちまわっている。おそらく、痛みで暴れていて 偶然にユーリの足を掴んでしまったらしい。


「えっ、わぁ――ッ!?」


 ユーリが倒れてしまった。魂のない人達が、ユーリとフランに襲いかかる。

 人間達の群れを背に、拳を構えながらユーリが黒マスクの男と抵抗しながら叫ぶ。


「全滅だけは絶対に駄目です! 先に逃げてください」

「いまから助けるから! ユーリ、魔法で援護する!」


僕が魔法陣を描こうとすると、ユーリではない声が割り込んだ。


「駄目です! 先に行ってください!」


それはフランの声だった。

ユーリがフランに続けて言う。


「ボクが生き残っても結局は水がないです! だから、逃げるなら早くしてください!」


 ユーリの言葉の意図を苦く呑み込んだ。

 そうなのだ。このメンバーは、一番に大切な『水』を誰も持っていない。そもそも、荷物の中に水を持っていたとしても、いまは荷物を押さえられている。これはニセ村長の策略で、本来ならば誰もこの村からは出ることができない詰みのはずの状況なのだ。


 でも、僕に関しては例外だ。僕の場合は魔法で『飲める水』が出すことができる。

 ただし、その魔法を放つのは魔力が少ない僕だ。何人分の水を作ることができるだろうか。何回分だけ魔力が保てるだろうか。それを帝国に着くまで逃げながら行わないといけない。


 この騒動が帝国へ伝わって挙兵をしたならば、このような小さな村ではひとたまりもないだろう。きっと、敵は死に物狂いで追ってくるはずだ。では、その追手から逃げながらでは、どれだけ精神が保つだろうか。精神が媒体である魔法は、ちゃんと発動ができるだろうか。

 仲間達の全員をこの村から脱出させる力は、僕にはあるのだろうか。


「悪い! 絶対に助けるから!」


 ユーリとフランへ、その言葉を投げかけた時、気持ち悪いくらいに心臓が鼓動した。冷たい罪悪感が背筋の中心をつらぬいた。


 でも、冷静になれ。今は無理だけれども、ユーリ達を救う手段が僕にはあったではないか。それは、人形たちだ。

 人形たちは正面からは戦うには力不足だけれども、小さな体で すばしっこい動きができる。脱獄や影討ちにはもってこいだ。つまり、人形さえ集められればまだ活路はある。それに、学園長の本でもいい。入れてある材料で新しい人形を造って人手を増やせば、もしかしたらユーリ達を助けられるかもしれないのだ。

 さらにまだ逃げ続けているアルフに会えれば、もっとできることは増えていく。大丈夫だ、まだ悲観的な状況ではない。まだ頑張れる自分を信じられる。


「ココ、行くよ!」

「……はいっ!」


 後ろ髪を引かれる思いで、ココの手を引いて駆け走る。ココの背後を守るようにポプラも後についてきた。

 背後から魔力の破裂音が聞こえた。今もユーリが必死に足止めをしてくれているらしい。激しい魔力の波動を背に感じながら、無我夢中で逃げだした。


 残りの人形たちはどこにいるのだろうか。学園長の本が入っているはずの荷物はどこにあるのだろうか。アルフは無事なのだろうか。




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