憂鬱な幻術姫
ココアを探しにフラン達の元へ行く。近づいて行くと、フランが気付いたように手を振ってくれた。
こちらも手を振り返すと、フランの手を振る勢いがもっと早くなった。隣にいた幻術師は、何事かとフランへ怪訝な表情を送る。こちらの存在に気がつくと、細めた眼で睨みつけてきた。
「なにかご用ですか、人形師」
ものすごく尖った声を浴びせられた。
フランの笑顔が冷えた空気で固まった。慌ててフランが間に入る。
「ふたりとも、怖い顔しちゃダメだって。それに、フェリンちゃんはちょっとイジワルだから許してね」
「気安くフェリンちゃんと言わないでください! フェリンデール・リタ・メチニルトです!」
フェリンデールさんの名前を聞いて、なんとなくひっかかるものを感じた。
「『リタ』って、ミドルネーム? もしかして授業で習った気が……」
たしか、『リタ』の名は、帝国創立に関わった一族の子孫の誰かだった気がする。
フランは頭の上にハテナを乗せながら曖昧に濁した相槌をした。一方でフェリンデールさんは、少し驚いたように眉を上げた。
「私達のことを知っているの? 意外な人ね」
フェリンデールさんが、苦笑しているフランに説明するよう簡易に教えはじめた。
帝国は境界師の国リーニュリネアの民と、魔法の国サーセリースの民が集まってできた国だ。国が創立される過程で、それぞれの民を仕切ってきた人たちや、敵襲から守ってきた人たちがいる。そういった中心人物たちが、当時の流れを引き継いで今も統治され続けている部分もある。
「簡単に言うと、帝国は小さな王サマ達が集まって出来ているの。『リタ』は小さな王族のうちのひとりよ」
『王族』であることを静かに言い切った。彼女の聡明な言葉に空気が引き締まる。座っているだけでも優美な風格が漂ってきているようだ。
「まぁ、創立のときにやったことは幻覚での威力強化。創立の中心的ではなかったわ。創立後にも表立って活躍できなかった。だから、私達が王族と言うのも、少し違和感がある人もいるかもね……」
フェリンデールさんの表情に陰りが差し込んだ。自らの心に語りかけているように、ぽつりと小さな声で話しだす。
「たしかに分かりにくい活躍かもしれない。それでも、みんなからの理解を得られない理由にしてしまえば、言い訳になってしまう。だから…、私がもっと頑張らないと……」
「……フェリンデールさんは、大変ですね」
「そうね。アナタみたいに男なのに人形なんか作って、女々(めめ)しいことしてたら、誇りとか言われて怒られちゃうわ。別にアナタの価値観は否定するつもりは無いけれども、もうちょっと周囲の目を気にしたらどうかしら」
すっごく毒を吐かれた。今さらだけれども、嫌われているのだろうか。
別に好きで人形を使っている訳じゃない。もちろん、きっかけは人形を作れたからとか、理由はいろいろとある。でも、一番に大きい理由は体内総魔力量が少ないからだ。模擬戦争のアルフやユーリみたいに、魔力を溶かす吹雪の中で魔法を連発するなんてできない。溜めておくことが出来る人形が最も噛み合っていただけだ。基本的に人形へ指示を出す魔力だけで戦うことができる。
「その言い方はどうかと思いますよ。人の工夫を馬鹿にするのは、それこそ誇りに欠けるんじゃないかな」
「単なる指摘よ。もしかしたら、それは独りよがりの工夫じゃないかしらね。あまり自分の世界に没頭し過ぎると、珍化するものなのよ。そのヒトの世界では正しいけれども、他人から見れば明らかに間違ってる場合があるの。あくまで世界の価値観にすり合わせた工夫を心がけているなら気にする必要は無いし、私だって幻術以外の魔法を主軸にして戦ってみたいとかあって……。少し愚痴が混じっていたかも、ごめんなさいね」
もしかして少し似ているかもしれない。
魔力が少なくて、どうしても人形で戦わなければいけなかった人間。家名の重みでどうしても幻術で戦わなければいけなかった人間。生まれは違うけれども、ちょっとだけ分かりあえそうな気がした。
幻術師は静かに顔を伏せながら食事の続きをしようとする。話したいことは言い終わったとばかりに、スプーンを持つ。その先にはカレーライスがあった。
「あっ、それ食べてるんだ」
香りが強すぎて初見では取る人がいないかもしれない諦めていた。実際に手に取ってくれる人を見ることができて、心の中で小さく喜んだ。
咀嚼している幻術師の口が止まった。目に角を立てながら、射るような視線で睨まれた。
「アナタも、文句を言うつもり? 匂いは強いけれども、食べたことが無いのに難癖をつけるのは傲慢だと思わない?」
「食べたことはあるよ。ついでに、服につくと茶色が取れにくいのも知ってる」
「ちゃ、茶色?」
「カレーの色は茶色でしょ」
「かわき色の間違えじゃないかしら」
「……かわき色?」
「乾いた木の色だから乾木色なのよ。茶色って、お茶のことよね。アナタは外の地方の出身かしら。別に個人の世界観を否定する訳じゃないけれども、帝国にいる以上は帝国の世界観を把握した上で行動しなさい。なにかをすれば嫌でも人間は容易に浮く存在になれるのだから、価値の基準くらいは理解していないと。たとえそれが偶然だったとしても、いざ権力を持たされる立場になった時に困るのはアナタ自身なのよ」
説得力のある正しいことを言っている気がするが、どうにも煽情的な口調で気に障る言い方に聞こえてくる。
フェリンデールさんが重ねて冷やかに問い詰めてくる。
「ところで私達に声をかけてた理由は何でしょうか。非生産的で意義の無い行為でしたら、時間の無駄だと助言します。時間を浪費させる相手に対して失礼だとは思わないのですか?」
「……それは悪かったね。でも、君にとっては生産的かもしれないけれどもね」
ポケットから巾着袋を取りだす。桜散らしと呼ばれている和柄で、赤い生地に桃色の桜の花びらを一面に散らしてる柄だ。巾着をテーブルの上に置くと、中で硬貨のこすれる音がした。
「戦いのときに投げていた硬貨だよ。人形達が拾ってくれたから返しに来た」
フェリンデールさんが、じっと巾着を見ている。虚をつかれたように動かなくなった。
「もしかして、拾ってきたのが気に障りました?」
「い、いえ。そういうわけじゃありません。誰かに拾われても良いように鉄貨だったのですが、わざわざ届けてきたので……」
「いらなかったですか?」
「そういう意味じゃなくて、あの、珍しい小物入れですね、と」
「他に入れるのが無くてすみません。ここで一枚ずつ鉄貨を出すのもアレなので、巾着も一緒に渡しますね」
「余計では無いですよ! 独特な模様で、上品な愛らしさがあって素晴らしいですっ!」
「あの……。巾着はともかく、鉄貨の話ですけれども」
「…………」
空白になった時間をフェリンデールさんが咳払いで払う。
「え、えと……鉄貨も感謝はしてますよ……」
含みのある返事と、すごく意味深な視線を送られた。こうして対話をするのは今日が初めてだからか、ちょっと何を考えているか分からない。
戸惑いを孕んだ沈黙が、お互いの前に鎮座してしまう。空気を上手にくみ取ることができなくて居心地の悪い雰囲気に感じられた。
「ねぇねぇ、フェリンちゃん。食堂のご飯は嫌いとか言ってたけれども、珍しく今日は来てるんだね」
凝り固まっていた空気は、フランのひと言で崩れてくれた。フェリンデールさんが、耳ざとく聞き咎める。
「どこからその情報を知ったのよ……。まぁ、ここの食堂は安いけれども、それだけって感じでしょ。自分で作った方がもっと安上がりな上に、馴染んだ味だからそれなりに美味しく感じられるの。だから普段に来ないだけで、嫌いなわけじゃないわ」
同感だ。ある程度に料理が作れるなら、あまり来る必要は無い気がする。帝国満腹丼みたいにアタリの料理がわずかにあるけれども、毎日食べていたら飽きてしまう。アルフが満腹丼を食べたい時に付き合いで来るか、疲れて料理が面倒な時くらいにしか利用はしていない。
「でもね、今日は違うのよ。毎年にむこうの端で料理を出している人なんだけれども、とても美味しいものを出してくれているのよ。例えばおととしは、ぱんけーきって食べ物を出していたのよね」
ものすっごくピンポイントで心当たりがあった。
「ふわっふわっな触感に、果物のトッピングが可愛らしくてねっ。見た瞬間に心にキュンっときて、添えられている飴細工がピピィって静かな品があって、花の蜜をかけると トロゥっと心を溶かすように――っ!」
言えない。あの飴細工はシロップを作る時に火力が強すぎて、べっこう飴に超進化?したものだ。
この世界では、砂糖は少し高めの値段なのでもったいなく感じてしまった。だから、炎魔法で炙って、テキトーに形を整えて添えた気がする。結局シロップは市販の安い花の蜜にした記憶がある。
「去年は、れあチーズケーキだったわね。外の村から来る乳製品の関税が安くなったことが後押しで、チーズが流行った年だったかしら。私はあまり好きじゃなかったけれども、アレだけは格別だわ。まず驚いたのが、見た目が白いことよね。チーズケーキに『れあ』がつくと、何が変わったのか分からないけれども、ほんっっとうに驚いたわ。上にはジャムが愛らしく きらきらぁっって乗って、なめらかでトロンっっな食感。特に盲点だったのは、下の生地がビスケットみたいに さっくぅっっとして――っ!」
その感動しているビスケット生地は、フランの失敗作クッキーを押し付けられたもの。口の中が一瞬で乾燥する『スーパーパサパサしちゃうビスケット(ポプラが名付けた)』を処分するためだ。フラン、やっぱりアレはクッキーじゃなくて、ビスケットだったらしいよ。
「それでっ、今年は何でゲテモノなのよッ!と思ったけれども、これはこれで美味しいのよね。ほんとうに独創的な料理達を作り続けていて、将来は料理人になった方が良いと私が推薦してもいいわね。むしろ、推薦がないなら私が実家で雇いたいくらいで――」
凄い次元の話になっていた。本気なのかは分からないけれども、万が一に料理人になっても困ってしまう。料理に苦手意識は無いけれども、地球を思いだしながら作っただけで創作力とかは全く無い。基盤が無いのにさせられても、そのうちに失敗するのが目に見えている。
卒業後の進路は学校が決めてしまう。フェリンデールさんみたいに権力がある人の発言に冗談だと笑って済ませられない。
「あのさ、その……」
「――特に料理研究家は女性が多いわね。でも、ここまで上手だと、きっと女性よね。万が一に男性だったなら、女性の社会的価値が高まり共働き時代へ移りはじめてきた現代では重宝されます。例えば私は王族ですが、私が政治の仕事をすれば帰りが遅くなるでしょう。お手伝いを雇う選択肢は置いておいて、お互いに帰りが遅い日はどちらかが先にご飯を作ってくれると――」
「な、なるほど。フェリンデールさんは博学なんですね。ところで……」
「――そもそも王族が血筋だけで帝国を統治している訳ではありません。親と子との関係は、外に漏らしてはいけない機密情報などの引き継ぎが容易な点や、失敗したとしても絶対的に信頼できる発信源からの援助を得られる点です。また親の背中を見ることによって、誰よりも本質な生き方に触れている事をふまえると、総合点的に適合する人物が親族の方が多いだけであって――」
なんだコイツ。話を聞かずに延々としゃべり続けている。
良く見てみると、フェリンデールさんの頬が赤く染まっていた。会話が長いのは、霊酒で酔った勢いだったらしい。料理人の件も本気じゃなくて、勢いで言ったのかな。
フランはフェリンデールさんの言葉を半分聞き流しながら相槌をして、ちびちびと霊酒を飲んでいた。
「フラン、この人さ」
「やけ酒かな。フェリンちゃんの去年のネックレスは三個だったらしいですよ。今年の獲得数が二個で、そのうちの一個は記憶に無くって、魔法陣が誤認したのかな。よく分からないけど気分を発散したいんじゃないの?」
「へぇ……。じゃあ、記憶にないネックレスは……」
「ちゃんと集計されてるみたいだから誤認じゃないみたいですね。でも、誰かは知らないけども、いま名乗ったら突っかかるかも」
「フラン、料理なんだけれども……」
「言わないんですか?」
意地悪な笑みで問われた。
「言わないことにしようかな……」
「ここまで誉めてくれるなんて、この場で名乗ったらすっごく楽しそうな気がしますよ。酔った勢いってある意味だと本音だし、そういうのも面白そうだと思います」
「ある意味だと本音だから嫌なんだってば」
きっと、望まれているほどに料理なんてできない。真意を伝えたとしても、フェリンデールさんの性格的に厄介で面倒そうな気がする。料理もネックレスも絶対に名乗らないようにしようと思った。
本題に戻ってフランにココアの行方を聞く。フランも分からないらしく、まだココア探しを続けないといけないみたいだ。
ロイとアルフの件で夕食を食べそこなったせいか、お腹が痛くなるほどにへってきた。どこにいるのだろうか。




