風の回顧録
微妙に困ったことがある。魔力がカラなので、参加をする意義が無くなったのだ。
幻術師を倒して生き残ろうが、討ち取られようが実質的にはリタイアなのは変わりがなかったりする。捨て身で挑んだのは、本当はやられてもいいと思っていたから。生き残ってしまい宙ぶらりんの気持ちになった。
アルフがポケットから霊薬の平たい瓶を取り出した。透き通った瓶の中で、光の粒子がたぷたぷと揺れている液体をアルフが飲んでいる。
「お前は霊薬を飲まないのか?」
「買ってない。いまから買うにしても、狙われるしな」
時間外の急な参加で、ココアを送り届けるのに精一杯だった。今から買うにしても、魔力切れを狙って店の近くで待ちかまえている学生だっているかもしれない。
アルフが瓶の口をこちらに向けた。
「半分あるけど、飲むか? あと払いだけどな」
「払うならいらないや」
頷きながら「そうか」と言い、アルフがポケットの中へ瓶をしまった。
さて、この戦えない状態で戦場へ行けば、痛い思いをしながら負けて帰らなくちゃいけない。かといって学園に立て籠もれば、学園のメンツを潰すようなもので体裁が悪い。
アルフの足元にいる幻術師の周囲に、光の粒が集まってきた。もう少し経つと送還されるかもしれない。
「あっ、そうだ」
面白いアイディアを思いついた。周囲を見回してみると、誰も見ていないみたいだ。
範囲内に入れば幻術師の幻術に誰でも惑わされてしまう。模擬戦争を見たい外野も、それには敵わないと逃げていったらしい。
気兼ねなく自分のネックレスを取り外す。送還されている幻術師へ投げ入れた。すると、同士討ちに適応されたらしく、こちらの体にも光の粒が取り囲んできた。
「お先にね、アルフ」
「相変わらずに、お前って不思議な事を考えるよな。じゃあな、宴会の準備でもしとけよ」
「何が食べたい?」
「細い麦で、スープのやつが喰いたい」
ラーメンのことかと訊き直そうとした時に、送還の光に遮られた。
◇◇◇
帝国食堂はてんやわんやの大騒ぎになっている。
いまは模擬戦争参加者の貸し切りなのだが、外からの大企業のスカウトも大勢いる。食べざかりの学生と、企業の方を迎えるために、食堂では臨時調理アルバイトを募集するのが恒例だ。調理員が味見をして、会食に並べられると評価した料理を十五人前作ると銀貨が一枚もらえる。
アルフのリクエストしたラーメンに、今日はカレーも作ってみた。
帝国は樹脂プラスチックや紙の生成のために、植物の研究が盛んだ。その影響か、香辛料の種類も半端ない。もしかしたら、地球よりも豊富かもしれない。
自分の分のラーメンを持ちながら、空いている席を探してみる。食堂の広さの割に、参加者の人数が多すぎて席が見つからない。
よく見回してみると、ぽつりと空いている席をひとつ見つけることができた。
小走りで席へ向かう。対面の人へ声をかけながら座ろうとする。
「失礼します。座りますね」
無言で頷かれた。
ふいにその人の指先に視線がいった。風の指輪に、炎の指輪。顔を見てみると、ざっくりと切った茶色い短髪に、鋭く細めている瞳。人形がいない時に戦った指輪の学生だった。ピンポイントで心当たりがあって、急に居心地が悪くなる。
指輪の学生が呟く。
「気にしていない。別に」
「そ、そうですか」
向こうも気付いていたらしい。
企業のスカウトのために、学生は名札を付けている。名札には『ロイ・ザリック』と書かれていた。
「珍しい名前ですね」
帝国では愛称で呼ばれるように、前もって長めの名前をつける風習がある。
「帝国じゃない。サーセリース出身だ」
そういえば、魔法の国サーセリースが帝国と交流を深めようと留学生を送ってくる話があった。その学生のうちの一人が、ロイ・ザリックらしい。
ロイさんが俯きながら訊いてきた。
「その。あれだ、変じゃないか?」
タメ語に近い言葉で話してきた。それなら合わせようかな。
「なにが?」
「なんというか、上手に話せているのか、自信があまり無い。俺はサーセリース領の中でも地方方面で少し言葉が訛っているんだ。その上にサーセリースの訛りもあるし、共通語とかは知ってたが、都会人を気取ってるヤツがするもんだとばかり思っていて……」
そういえば、戦っている最中は無言だったし、ここに座った時もだんまりと頷いていた。もしかして、意識しすぎてしゃべるのが苦手なのだろうか。
「別にそれなら――」
突如、首元へ背後から腕をまわされた。
霊薬系アイテム特有の鼻を刺すような臭い。まわしてきた腕はアルフだった。
「おいっ! なにを話してんだよぉ!」
アルフが霊酒を握っていた。アルコールは霊酒に入っていないが、飲めば心をふわふわにしてしまう。これは、体中にめぐった魔力が脳を滾らせて、一時的に微酔と似ている症状が出るからだ。その所以から名前には酒の文字を借りている。
ちなみに、魔力は精神に影響されるものなので、魔力回復アイテムとして、酒が上位である。霊酒は子ども用の魔力補給剤といったところだろうか。また、酔わないギリギリのラインに加工されたものは、霊薬と呼ばれ戦場でよく用いられている。
アルフの腕を払いどける。
「共通語についてね。ときどきに訛りが出るよなってね。アルフは『ねぇ』とか良く言うし」
「ああ、分かる。お前なんか地味にモノの名前がヘンテコだから理解できねぇときがある。コイツも外から来たのか?」
突然の乱入に目をパチクリさせながらロイは頷いた。
「帝国外からだ」
「オレも外からやって来たんだし、まぁ気楽にいこうぜ。つーか、外から来るやつなんかごまんといるんだし、訛りを気にしてるやつなんかいんのか?」
「いや、俺が気にして」
「ちがうちがう、いわゆる都会組の奴だよ。出稼ぎも多いし、たまに訛っているのに会ったな程度にしか思ってねぇよ。よっぽど聞きづらくなかったら、大丈夫だって」
「そ、そうか……」
「直す気があんなら、大丈夫だろ。そもそも、誰も気にしてないモノをお前自身が気にする必要なんて無いだろ。ほらよ、どちらに転んでも解決したぜ」
「分かった、教えてくれて感謝する。これからは、ロイと呼んでくれないか。よろしく頼む」
ロイの差しだされた手を、アルフがカラカラと笑いながら握――らないで、フォークを握った。
「らぁめん 発見だッ!」
「ラーメンを喰う準備の方が優先かよ……」
「というわけで、ひと口もらってもいいか?」
「アルフのひと口は、いつも大きいから嫌だなぁ」
ロイが握手を空かされた手を見ながら笑っている。
「まいったな、ソレに負けたのか。帝国の料理なのか?」
アルフがフォークをビシィッとロイへ向けた。
「こいつは、らぁめんって言う、チキュウって名前の地方の料理だ! 帝国なんかと段違いに違う旨いモノなんだぜっ!」
「ほぉ、少し興味が出てきたな。まだ残っているか? 席は取ったが、あいにくに料理はまだなんだ」
「気になるならロイにあげようか。その代わりに、ここの席を取っておいてよ」
小麦がちょっと高いけれども、作り方を知っているので簡単に作れる。だから特に渋るような思いは無い。
ロイがおそるおそるといった表情でラーメンを覗きこんだ。
淡く白濁したとろみのあるスープ。動物系のがっつりした旨みと、魚介類の優しい出汁をじっくりと煮出したスープだ。味付けは塩なのだが、だからこそスープの味わいが強調されてくる。
ロイは深いスプーンでスープをすくって口をつけた。
「…………」
もうひと口を無言ですくって飲んだ。
「…………」
「なぁ、オレにひと口の話はどうなった?」
「ああ、すまない。もう少しいいか?」
次にロイは麺をフォークですくう。艶のある麺をスープへ軽く浸す。まろやかな塩の甘みを絡めて口へ運んだ。
ぷりぷりとした見た目に、もっちりとした麺の食感。ほのかな麺の甘みと、塩のマイルドなうま味が口の中でふわりと広がっていく。添えられているのは、シャキシャキした野菜の歯ごたえ。焦がしネギのトッピングも香ばしい。
ロイのフォークと、言葉が震えていた。
「すまない、アルフ。俺には分けてあげられる勇気が無い……っ!」
唐突に がつがつ食べ始めた。
「おっ、お、お前っ! なんて奴なんだッッ! うわ――っ!」
「うわー、じゃなくてさ。さっき作ったばかりだから、まだあると思うよ」
アルフが調理場へ無言で疾走した。あの「うわ――っ!」は、大げさな相槌じゃなくて、本気で絶叫していたのかもしれない。
ロイがアルフの後ろ姿を見ながら呟く。
「冗談だったのだがな。あげたくないけど」
真顔で言うのは、冗談に見えない思う。
「そういえば、ロイ。どうしてわざわざ帝国に来たんだよ?」
なんとなく聞いてみる。サーセリースが留学生を出したかったのは確かだけれども、留学するのは希望者のはずだ。よほどの理由があるに違いない。
「手広い知識を学ばせてくれるのは、ここしかないと思った。それに、薬師になりたくてな」
話を聞いてみると、サーセリースは魔法を盲信しすぎて、医療研究の衰退がはじまっているらしい。魔法で治らなかったら手間がかかる治療で、労力の割にメリットが無い。何日もかけて治療する医療の必要性に疑問の声があるらしい。
もちろん、住民の全員がそう思っている訳じゃない。しかし、火の無いところには煙が立たないと言うべきだろうか。そういった議論まで公に出ている事態に、ロイは危機感を持っているらしい。
帝国学校の卒業生の進路は学校が決めるが、希望は出すことが出来る。樹木医のような人気職はともかく、薬師なら希望は通りそうだ。
興味を持ったので、ロイの言葉に深く突っ込んで聞いてみた。
「医師じゃないんだ。珍しい職業を希望してるね」
「訛っている俺には、積極的な会話は向いていないだろ。でも、なんというか、人助けする職業がしたいんだ。ちょっと楽そうだし」
なんとなく頷いて相槌を打つ。でも、職業として成り立っているからには、本当は重労働のはずだ。薬出すだけの簡単な仕事みたいに見えるけれども、実際はどうなんだろうか。
今度はロイが訊いてきた。
「それで、君はどうなんだ」
ひと言で言うと、転生して魔法に憧れていたから。それに、帝国の都会は繁栄のシンボルだからだ。
ファンタジー世界の王道といえば魔法だ。それの真ん中にある街は、何か凄いものがあるに違いない。目標とか未来像じゃなくて、純粋に憧れていた部分が大きいのかもしれない。
何を言おうかと頭の中でまとめていると、アルフが二杯のラーメンを持って帰ってきた。
「まとめると、素直に都会にあこがれたって感じかな。ところでアルフ。二杯って、代わりに持ってきてくれたの?」
「―― 全部、オレの分だ」
迷うことなくぴしゃりと言いやがった。さっき、ロイにラーメンをあげたの見てたよな。いま夕飯が手元に無いのを知ってるよね。
「まぁいいや。アルフが帝国学校へ来た理由は何だっけ?」
「そういや、お前には言ってなかったな……。昔にオレの村が魔獣に襲われたんだよ。家族はみんな死んだけれどもな……」
とんでもない地雷を踏んでしまった。
どう声をかければいいか分からなくて黙っていると、アルフがカラカラと笑って背中を叩いてきた。
「気にすんなって! 誰かに話せるってことは、それなりに割り切れていることだぜ。そんで、村が壊滅的な状態になった。悔しかったんだよなぁ。大人たちと一緒に戦えなかったから。ふがいない自分に腹が立ってしょうがなかった……」
静かに語っていたアルフが拳を握りしめた。すると、アルフの瞳が燃えるように変わった。
「そんでさっ! なんとっ、その時に助けてくれた帝国兵が風使いでカッコ良かったんだよなぁ! なんつうか、惚れたっていうか、とにかくサイコーにカッコよかったんだよ!」
がむしゃらに風へこだわりがある理由が、なんとなく分かった気がした。昔の後悔を風で吹き飛ばしたいとか、アルフなりの葛藤の末で決めた譲れないルールなのかもしれない。
アルフがその時の風使いが、いかに強かったかを饒舌に話し始めた。ロイがうんうんと頷いているが、微妙に引いていた。
ところで、ちょっと前から気になっていることがある。アルフの話に割り込む。
「アルフ。ココアがいない気がするけれども?」
「あいつは、場所を知ってんのか?」
「フランが教えたらしいから大丈夫だと思うけど」
「フランなら、アッチだぜ」
アルフが指さした方向に、フランと幻術師を見つけた。
そういえば、幻術師の方にも用事があった。フランと幻術師に少し会ってくると二人に別れを告げた。




