幻影の神隠し [上]
そもそも世界線とは何だろうか。
いま住んでいる世界の他に、併行した世界があると言われている。昔に人間用とは思えない形をした装飾品や、大きさがおかしい装具などが古い遺跡から見つかった。そこから、もともとは幾つも繋がっていた世界であった事が発覚し、次いで世界を仕切る境界の存在を発見した事がきっかけだった。それを世界線と名付けた。
世界線を調べると、隣接世界も含めた様々な歴史が蓄積されていた。次元を統べる神様の図書館が存在すると考えられ、そこへ送られている最中の歴史情報ではないかと言い伝えられている。
はじめの境界術は歴史書の教本として始まった。歴史を体感した方が学習が身につきやすいからだ。自転車の乗り方の覚え方と同じかもしれない。自転車の動く理屈が分からなくても、乗って覚えた方が早いのだ。
しかし、歴史を見るシステムは戦争で利用されてしまった。
魔法は精神の影響に反映される。真に迫った再現を想起ができるのなら、媒体として利用できるのではないかと思われたからだ。
猛吹雪の中を二人が対決している。
ユーリがアルフへ襲いかかっている。敵同士なので自然な光景であるが、ひとつだけ不自然な点がある。それは、青組のユーリが、味方であるはずの青いネックレスを二本握っているのだ。ネックレスの数は倒した敵の指標になる。つまり、ユーリは青組を二人も倒している。
ゆらめくユーリの姿から推測するに、ここにいる全員に幻術をかけられているに違いない。どうやら、ユーリ達は先に幻術をかけられて、既に同士討ちをして味方を倒してしまったのだろうか。
ユーリは幻術のせいで、いま誰と戦っているのかすら分からないだろう。
「アルフ、ここ一帯に幻術魔法をかけられてる!」
「――ッッ! 分かった、気をつけるッ!」
アルフが槍に魔力を送り込む。
「もっともッ、気をつける余裕なんて、ねぇけどなぁ――ッッ!」
アルフの疾風の刺突。ユーリが鎌で薙ぎ流した。
ユーリが炎をまとった鎌の斬撃を繰り出そうとする。アルフは鎌を足で蹴りあげて、軌道を逸らした。生じた刹那の隙に、旋風の槍を叩き込むがユーリに当たらなかった。
ユーリがバックステップで小さく距離を取りながら、炎の鎌をひと振りさせる。アルフの攻撃を旋風ごと燃やしてしまった。それでもアルフは風の刺突を愚直に繰り返し、立ち向かっていった。
「上等だぜ。吹っ飛ばしてやりたい不条理だ!」
勇猛果敢にアルフは挑む。
ユーリの鎌は魔法の国、サーセリースの魔装品だ。魔法を手に取れるように実体化させたならば、装備として扱えるのではないかと研究された武器である。
魔法で構築されている構成骨格により、概念の影響を非常に受けやすい。弱点に対しては、極端に弱くなってしまうのが欠点だ。しかし、常に魔法を振りかざして戦える破格の強さを容易に得ることができる。
デスサイズは死神の鎌のように魂を刈る認識がある。その概念を基準に魔法で構築されているため、魂もとい魔力ダメージに対しては最高峰の威力を誇っている。実態があるにも関わらず、相手の体を傷つけずに純粋に魔力を奪う効力は、まさしく霊魂を狙う死神の鎌。魔力消耗が激しい吹雪の中で一撃でも受けたのなら、ひとたまりもないことが容易に想像つくだろう。
アルフの魔法は放つたびに焼き尽くされる。しかし、ユーリの攻撃はアルフの早さに追いつけない。
拮抗をしているように見える戦況だが、魔力量を考えるとアルフの方が不利な状況だ。どんな風を使おうと、相対の壁は容易に越えられない。アルフの渾身の一撃を以ってしてもなお、ユーリは簡易な炎のひと薙ぎだけで打ち消してしまう。
魔力の連続行使がアルフを蝕んでいく。頬に紫斑が出来始めてきた。急激に枯渇した魔力で代謝が乱された内出血だろうか。ともすれば、ユーリは守っているだけで、アルフが自滅をするかもしれない。
苛烈になっていく激闘の中で、アルフがぽつりと呟いた。
「まったく相性が悪いな。だから、ユーリはオレと戦う時だといっっつも手加減するんだよな……!」
疲労感が見えてきた呟きだった。それでも、アルフは耽々(たんたん)とユーリへ挑み続けている。
ユーリは幻覚で錯乱しており、いつものような手加減などしていない。
決定打に欠けたアルフが追い詰められている状況。それにも関わらず、アルフは不敵に笑っていた。
「手を出すな! オレのメンツを潰す気かッ! 声をかけるな! オレの無謀は承知の上だッ! 苦しくて結構! 男には、やせ我慢を越えた見栄があるッッ!」
堂々たる啖呵を切る。それは武者ぶるいにも似た叫びだった。
腹の底からの湧き上がってくる歓喜に震えるような声。
「相対の壁なんか、オレの前にはありゃしねぇッ! 真正面から、オレの意地を貫いてやらぁ――ッッ!」
アルフも帝国学生なので五大属性を全て修了している。その気になれば水魔法も使えるだろう。
しかし、アルフの頑ななプライドが、風以外を使うことを許さない。なによりも、逃げることを最も許容しなかった。
挑発されたならば正面から受けて立つ。困難に遭ったならば全身で突き破る。誰よりもがむしゃらすぎる蛮勇で、全ての事に立ち向かっていく。
その姿は誰よりも頼もしくあり、同時に何よりも……頭痛の種だったりする。
「それに、言われなくても手を出せないし」
人形達の軽い重量ではフランの吹雪の影響を受けやすい。風の妨害で充分な活躍は期待できないだろう。さらに、風と湿気でヒトガタの紙も飛ばせない。この境界術の選択は、人形封じの意味合いがありそうな気がしてきた。
それに、幻術師の存在も気にかけないといけない。幻術を受けて被害に遭っているのは、ユーリ達の青組に、自分たちの赤組だ。消去法で考えると、フランと同じ黄色組からの攻撃なのだろう。
「ちょっとマズいかもな……」
凍てつく風に、意識がどろりと濁ってきた。急激な魔力減少で、徐々に視界が霞んでくる。魔力の体内循環が鈍くなってくるの生々しく感じてきた。
でも、ここで負ける訳にはいかない。アルフじゃないけれども、こちらにも意地がある。仕組まれていたならばなおさらだ。
アルフにユーリを任せることにする。
助けられないならば他のことをしよう。人形達に魔力を送りフランを探す指示をする。奇妙な事にユーリと出会ってからのタイムラグが、狙っていたように短かったからだ。おそらく、この近くで様子を見ているに違いない。
すぐにナズナの糸から反応がきた。
『見つけました、指示をお願いします!』
「一気に決めるよ、飛び込んでっ!」
フランの位置を確認して、ナズナへ疾風の魔力を送り込む。
旋風をまとったナズナが、フランへ一撃を叩き込もうと飛び込む。突如にドアくらいの大きさの綿が現われた。ナズナを弾力で、弾き飛ばしてしまう。
知らない誰かが綿の影に立っていた。その手には、三メートルはあろう巨大なハサミを構えている。
ナズナからは綿が影になって、巨大ハサミが見えない。綿ごとナズナを切断せんと閉じられるハサミに、ナズナの糸を強引に引っ張って救出した。
ナズナをキャッチする。巨大ハサミの不気味な金属音と共に綿が閉じ切られた。
「なかなか腕が立つようですね」
静かであるが聡明で聞きとりやすい声。巨大なハサミを持った女子生徒が凛と讃えた。
気品のある金の髪が、膝まで流れている。固く結ばれている口元からは謹厳さを感じさせ、張りつめた眼差しに冷たく眺められた。しかし、どことなくあどけない童顔のせいで優美な風格というよりも、ほどよい可憐さを感じさせている。こめかみから生えさがりの長い毛は、少しまるまったクセ毛になっておりそれも愛くるしさが出ていた。
フランと同じ黄色のネックレスが、彼女の胸元に揺れている。
新たに現われた敵と対立する。
フランは動かずに詠唱をそのまま続けている。フランの吹雪を防がなければ、ユーリと戦っているアルフ共々、魔力切れで負けてしまうだろう。
人形を自由に使えないこともあり、早めにフランを倒しておたい。しかし、女子生徒が目の前に立ちはだかっている。どうやら、彼女を先に倒さなければいけないようだ。
非常に厄介な展開だ。なにせ、人形師の攻撃は基本的に搦め手なのだ。一般的に戦う機会が多い騎士や、魔術師、境界師を相手にするならば、多少の力量差があったところで挽回できる自信がある。行動の先読みがしやすいからだ。
一方で女子生徒は、大きな綿に、巨大なハサミを武器に振りかざしてくる。これだけ見る限りは奇策で攻めるタイプのようだ。
「さて、小さくて可愛らしいオトモダチを引き連れて、いったいどこの遠足にでも行く気かしら?」
「人形達と勝利の道を探してるんだよね。そこをどいてくれると近道だと思うんだ。フランを倒すのに邪魔なんだけれども」
「それは困るわね。迷子になって道を踏み外してもらおうかしら」
「この歳で、さすがに迷子にはなれないよ。だから、無理にでも通らせてもらうよ!」
「私がいる限り、通らせはしません!」
女子生徒が懐から数枚の鉄貨を取り出して、手裏剣のように投げつけてきた。
肩に乗っているサクラへ傘で弾くように指示を出そうとする。しかし、その鉄貨はみるみるうちに大きくなり、フリスビーサイズに変化していった。
いくら魔法強化されている傘だとしても、鉄の円盤など防げるはずもない。身を投げるように転身して回避をする。
大きな綿に、巨大なハサミ、大きくなる鉄貨。どうやら巨大化の魔法らしい。珍しい魔法にも関わらず、生徒同士の噂でも聞いたことが無い。巨大化師なんて初めて見た。
まずい状況になっている。敵は、巨大化師の女子生徒、フラン、姿を未だに隠している幻術師。戦うには相手が多すぎる。
巨大化師が懐の小袋に手を突っ込んだ。
空へ砂利が投げられた。しかし、それが巨大化師の手にかかれば、大きな岩へと変化していく。上空に散らばる岩々の姿は、まるで隕石の群れを見ているようだ。さらに追加の鉄貨を使い、鉄の円盤を投擲してくる。
「――って! 殺傷能力が高すぎっ! 反則だろそれっ!」
あまりの不条理に思わず叫んだ。無様にも逃げ回るしかない。
降り乱れる隕石の弾丸が地面へ激突するたびに、体の芯が衝撃で振動する。そして、一度でも止まれば、鉄の円盤の餌食になってしまう。どちらかが命中したとしても、その威力は言うまでもないだろう。
しかし、隕石は落ちてくるだけだ。方向にさえ注意を向ければ避けることができた。円盤も一斉に何枚も投げる訳ではないので、狙いを引き寄せながら避けることもできる。
威力は大きいがワンパターンの攻撃しかないようだ。彼女は派手さと奇襲性で今までの敵を倒してきたのだろうか。
『ねぇねぇ。ソレデ、避けた後はどうスル?』
「いまは、まだ避け続けるだけにしよう。詰ませる手が想像できないな……。サクラ、スミレ、何かいいアイディアはある?」
『わからない』
『むむぅ……。地獄の沙汰も金次第?』
『そもそも、賄賂を渡す金銭的な余裕はありますか?』
『ダメだと思うネ。我が家のサイフは、いつデモ軽いもん』
「お前ら、耳が痛いことを平然と言いやがるんだな……」
人形師の十八番は先読みだ。少し時間がもらえれば、巨大化師への嵌め手を考えることができるかもしれない。
しかし、実行するに一つだけ大きな問題がある。それは未だに姿を見せない幻術師の存在だ。あくまでこちらが仕掛けることができるのは人形を使った奇襲だ。絶対に妨害をされないように作戦を練らなければならない。かと言って警戒し過ぎれば、フランの吹雪が意識を徐々に蝕んでくる。
目に見える範囲に幻術師がいたならば、誘導なりの対策を思いつく自信がある。どうやっておびき出せば良いだろうか。
「あれ? そういえば、なんでユーリにしか幻術が効いていないんだ?」
ユーリは間違いなく幻術の効果を受けていた。味方の青いネックレスを奪っており、アルフへ容赦のない攻撃を仕掛けている。そもそも、嬉々としてアルフを襲う性格じゃない。
自分たちに幻術がかかっていなかったのだろうか。しかし、ユーリの姿がぼやけて見えていた。自分たちにも幻術は効いているようだ。ユーリとは違う効力なのは、どうしてだろうか。
突如に、小さな光が脳内に点った。ひらめきが連鎖的に加速していき、次々に思考が拓けていった。姿を見せない幻術師がどこにいるのか分かった。




