すれ違う想い
ネックレスは参加者の目安だ。黄色いネックレスから魔法陣が飛び出してきた。学生を囲むように魔法陣が展開されて、光の文字が自動で縫い付けられていく。魔法陣に光の文字が一周すると、文字が点滅して魔法が発動した。指輪の学生が光の渦に包まれていく。
「負けたら、こうやって強制送還されるんだね」
「……」
光の渦が掻き消えると、学生もいなくなっていた。
手元に残った黄色いネックレスが小さく輝きはじめた。光の糸が飛び出してきて、文字をかたどっていく。
名前:ロイ・ザリック、送還済み。学年は同じらしい。同学年の顔並みは覚えていたつもりだったけれども、まだ見覚えのない人もいたみたいだ。
「さて、無事に倒すことができたし幸先はいいね」
「…………」
ココアに沈黙で返事をされた。それとも、相槌をする必要は無いと黙っているのだろうか。人形達を引き連れていた落差のせいか、ココアの態度が微妙に冷たいように感じてしまう。
なんだか、ずっとこんな感じだったりする。ちゃんと答えてくれる時もあるが、どことなくいつもと波長が違うような気もする。
ネックレスから飛び出した光の糸が作る添付文章。ロストの条件や、入手時の保管方法を眺めてから片付ける。ココアを背負いながら大きくジャンプをして穴から出た。
◇◇◇
そのまま道を歩いていると、石畳で整備された広い道が見えてきた。
様々な形の天然石が埋め込まれている。人通りが多い道は、石畳で舗装されていることが多い。人が何度も歩くと地面が痛んだり、風魔法で飛ぶ衝撃が地面をめくられないようにするためだ。
街の中心あたりまで入ると、焼け焦げたベンチが時折に目についた。ところが石畳には傷ひとつ付いていない。
耐魔法補強が石畳にもされているのだろうか。ここで戦っていたら負けたかもしれないと思いながら歩いていく。
ふいに背中から掴まっていたココアの手が、くいくいと遠慮気味に引っ張ってきた。
「あの……」
「どうした?」
「……歩きましょうか?」
指輪の学生と戦ったときから、ずっとココアを背負ったまま歩いていた。
降ろすのを忘れていた訳じゃない。他の学生と出会う可能性を考慮すると、下手に動きまわられるよりも近くにいてくれた方がよっぽど楽な気がしたからだ。
「このままでいいよ」
「でも……」
「気にしなくていいよ。ほら、くっついていないと病気が出やすくなるよな。少しでも長く、ね」
「…………はい」
また、背負ったまま歩き続ける。少し経つと今度はきゅっきゅっ、と引っ張ってきた。
振り向くと、ココアが「あの……」と小さく言いかけて、そのまま黙ってしまった。
「どうかしたかな? もしかして、病気とか何か悪くなった?」
「そうじゃなくて……」
そのまま押し黙ってしまう。
体の具合はだいじょうぶらしい。なら、何が引っかかるのだろうか。
おそるおそると言ったように、今にも消えそうな小さな声でココアが呟いた。
「……役立たずですか?」
「なにが?」
「ずっと、背負われています」
「だから気にしてないって」
肩に置かれた手に力が入った。主張がある強さに少し驚いた。
「……っ。それなら…、いいです……」
ぜったいに、いいと思っていないだろうと思った。
そのままお互いにだんまりしてしまう。静けさが妙に耳に障った。
「ココア、あのさ」
「…………」
「ココアは戦えないけれどもさ、別に役に立って無いなんて思ってないからね」
「……ほんとですか?」
「もう家族みたいなもんだよ。だから、そういうのってお互いさまなんだとおもうし、ね」
「……っ。そうやって、済ませるのですね」
「――? どういうこと?」
「何でもないです……」
肩に乗せられた手がさらに強くなった。ちっとも分かってないと言っているように感じられた。
何かに怒っているのだろうか。ココアが怒ったことなんて普段は無いから、なんて声をかければいいか分からない。いや、そもそも怒っていると考えるのが筋違いなのだろうか。あまり見ない類の感情だったから、怒っていると勘違いしただけとか。
ああでもない こうでもないと考えながら歩く。気がつくと学園の看板が見えていた。そろそろ正門が見えるかもしれないなと歩いていると、空から影が降りてきた。
空高く陽光を透かしている傘の影。上品な緋色の赤い傘が、風に乗ってこちらに流れてきた。傘に掴まった人形がふわふわと頭に着地して、ぺたりとひっついてきた。
清楚なショートボブの黒髪に、淡い桃色の着物。黒と赤のオッドアイの人形が、甘えるようにきゅっと頭に抱きついてきた。
『みつけたよ』
「サクラだね。ここにいるってことは、他の人形達もいるのかな?」
サクラが指をさした方向に、小さな人影が見えた。
人影に向かって歩き寄ってみる。正門が見えた頃に、槍を肩にかけているアルフだと分かった。アルフが手を振って、こちらに声を投げてきた。
「よっ。やっと見つけたぜ」
「アルフ、お疲れさま。それにしてもさ、よく鐘の音に気がついたな」
寝起きが悪いイメージがあったけれども不思議と起きていた。参加の封筒を貰って喜んでいたし、やっぱり今日はやる気が違うのかもしれない。
「いいや、ユーリに起こしてもらった。あと、ついでに人形の起動もしてもらったしな。魔力は人形の中に入ってるのを使って動かしているけれども、問題ないだろ」
ユーリがもの凄く気を利かせていただけだった。敵なのに起こすなんて、なんて面倒見がいいのだろうか。
「ああ、人形はかまわないよ。サクラ、また頼めるかな」
『うん。わかった』
糸の魔法を紡いでサクラと繋げる。糸を通じて魔力を送ると、サクラが傘を広げてくれた。ふんわりと風にあおられて、ひゅうと青空へサクラが飛んでいった。
魔法が刻印されている傘なので、風につかまって空から調査をすることができる。これで、近くにいる生徒たちを見つけることができるだろう。
鎖のこすれる音がした。
赤と黒のオッドアイ。二列になっているボタンのセーラー服に、キュロットスカートの人形が隣にいた。ベルトフックにつけている、錨のキーホルダーがついたウォレットチェーンが音の原因みたいだ。
『先んずれば人を制す。とても良いことよのっ』
「誉めてくれてありがと」
『でも、果報は寝て待った方がいいの』
「寝てたら果報に気付けないけれどもね」
『諫言は難しいの……。矛盾している諺の共存に、人生の複雑さを思い知らされるよの』
むむぅとスミレが唸って、深く考え込んでしまった。
なんだか、ものすごく哲学的な人形らしい。
そういえば、学園の近くだから、ココアを降ろしてもいいかもしれない。糸を切ってココアを降ろしていると、アルフが茶化したねぎらいをかけてきた。
「まったく。偵察したり、お荷物を背負ったり、ホントお疲れさまだよな」
途端に、冷たい亀裂で空気がひび割れる幻聴がした。アルフが堂々と言葉の地雷を踏みやがった。
ココアの真紅の瞳に影が差しこんでくる。
「……あのさ、ココア」
「…………」
重たい沈黙にうまく言葉を探せなかった。
心なしかむっつりとしたココアが顔をあげる。
「いいえ、なんでもないです。……部屋に、戻っています」
ココアが、むんずと歩いて学園寮へ行ってしまった。
やってしまった。どうすればいいか考え込んでいると、アルフが呑気そうな声を投げてきた。
「どうしたんだよ。顔色が悪いぞ」
「どうしたもこうしたもなあ……」
原因を作ったアルフに言ってしまおうか悩む。アルフは軽いけれども良識はあるから、相談をすれば親身になって一緒に考えてくれるからだ。
少し悩んだけれども、今日あったことをアルフに話してみる。アルフは聞き流したり、中断させたりせずに最後までじっと聞いてくれた。
聞き終わると、アルフが眉をしかめながら言葉を探すように話し始めた。
「なんつうか、居心地の悪さっていうか、そういうのを意識しただけじゃないのか。明日になればケロッとしてるもんさ」
むしろ……、とアルフが言葉を続ける。
「お前は相変わらずに世話焼きすんだろうし、開き直ってくれなきゃ困るだろ」
「そんなに世話焼きしているか?」
「世話焼きと言うか、単に気にかけ過ぎなんだよ。心の居場所なんざ自分で決めるもんだろ。それくらい出来なきゃ生きていけねぇよ」
「でも、いままで生きてこなかったから、心配してもいいじゃないかよ」
「別に今日までやってきたことを否定なんかしねぇよ。二人の仲なんざオレには直接的に関係ねぇしな。だからお前の好きにやりゃいいさ。まぁ、居場所がなくて息苦しがっていると思ったら、息抜きを気にかけてやるくらいならいいんじゃないか。何すりゃ喜ぶか、オレにはわかんねぇけれども」
分かっているけれども、悶々(もんもん)した気持ちが消えることは無かった。アルフが言いたいことが正しいことだって理解しているのにものすごく苦しい。
ポプラがぴょこんと肩に乗ってきた。
『チョット、今日はバックアップに徹するネ』
「自分から言うなんて、珍しいな。何をするつもりだよ」
『戻って部屋の掃除シテる』
「後衛すぎるだろ……。せめて、戦場にいろよ」
『まァ、ソレは置いといて……。部屋で一人にしてイイの?』
ポプラが気にかけているのはココアのことだろう。
でも、アルフの言ったことにも一理ある。こういった問題は、他人が助けてあげられるものじゃない。本人が気付いてこそ価値が出てくるものだ。きっと、あまり手を出し過ぎても良くない。自分の力で納得する結論を出さないといけない場面で、他人が近くにいたら影響力がありそうな気がしなくもないがどうだろうか。
ふいにナズナにカーゴパンツの裾をくっと引っ張られた。
『もうすぐ、サクラが帰ってきますよ』
『でさ、一人でイイの?』
二体の人形に困ったような表情を向けられていた。考えにふけていたら、かなり時間が経っていたらしい。ココアよりも自分の方が重症なのかもしれないと苦く笑った。
ポプラに部屋へ行かなくてもいい旨を伝える。今は影響力があるから行けない。でも、模擬戦争が終わるころには、ココアの考えがまとまっているはずだ。その時に勇気づけに会いに行けば丁度いいと思う。
ふわふわした風に乗ったサクラが、肩へちょこんと着地した。
「おかえり、サクラ。何か変わったことはある?」
『ユーリムがいたよ』
「そっか。教えてくれてありがとう」
サクラの柔らかい髪を撫でながら、これからのことを考える。
ユーリが近くにいるのは、少し考えれば当たり前のことだった。なにせ、アルフを起こしたばかりだ。
情報を頭の中でまとめる。相性が悪いユーリが近くにいる。できれば、赤組の大きいチームに合流したい。そういえば、ココアの病気があるから早めに帰りたい。だから、見栄えがつく程度に敵をやっつけてから、適当に負けたふりなどをしなくちゃいけない。
「アルフ、あとどれくらいで模擬戦争が終わる?」
「三ジカンだ」
「あ、えーと。うん、三ジカンで……。二一六分だから……、三時間と、だいたい四〇分くらい?」
アルフが訝しげな瞳で見てきた。
「あいかわらず時計が苦手だよな」
「うるさいな。時間の概念が、ずれてるだけだ」
「オレのところは時計なんて無かったし。帝国以外の時計を知ってると困るのかもな」
アルフの言ったとおりだ。帝国の時計と、地球の時計は別物だ。具体的には帝国は一日で、二十ジカンなのだ。
ちなみに、一日が二十ジカンの理由は、この世界の仕組みにあるらしい。太陽が出ている時間と夜の時間がまったく同じ世界なのが原因だ。
時計が無くて時間を数える概念が無い時代に、時間を数えるようになりたいと考えたとする。そこで、太陽が出ている時間をまず数えることにする。
決めるなら、みんなが数えやすい単位で作らなければいけない。普通の人は指の数が五本だから、両手で十まで数えることができる。だから、指で数えられるように、日の出から日没までの時間を十等分にしたものを一ジカンと名付けたらしい。
太陽が出ている時間と、夜の時間は同じ。だから、夜も十ジカンあるわけだ。その結果、この世界では一日は二十ジカンと言われているらしい。
この単位の違いが厄介だったりする。地球で休憩を一時間と言われたら、近くのコンビニに行けるとか体感時間に想像がつく。でも、こちらの世界で一ジカンと言われたら、何ができるのかパッと想像がつかない。一〇〇ヤードや、一〇〇ガロンとか言われても感覚がつかみにくいのと一緒かもしれない。
特に時間は精密さを求められるから本当に参る。十分間休みとか、五分後に集合とか言われても、精密な時間が分からなくて困ってしまう。満足にカップ麺すら食べられないってことだ。この世界には無いけれども。
そのくせに、時間単位の発音が同じだから、余計に混乱が拍車がかる。地球の知識があるからこその弊害だ。
突如に炎の轟音が飛翔してきた。一閃の刃が爆発的な勢いで振り下ろされる。咄嗟にアルフが槍で弾いて炎の刃と対立した。
敵の姿は不思議な事に ぼやけていた。靄がかかっているように輪郭が歪んでいる。ただひとつ確認できるのは、刃先に炎をまとわせた大鎌。それは、煉獄へいざなう死神の大鎌のような威圧感があった。不明瞭にぼやけた姿が、なおの事に不気味に感じられてしまう。
勘付いたようにアルフが呟いた。
「あの大鎌……。コイツはユーリだ」
なぜかぼやけているユーリらしき姿が、鎌で薙いできた。アルフが風の槍で切り崩そうとする。
すると、ユーリが猛る。声に呼応して、熱い意思が鎌に宿った。燃えたぎる鎌の炎が、アルフの風を燃やし尽くしてしまう。
「――ッ! ったく、相性が悪いなコイツはッッ!」
アルフの援護をしようと、人形へ糸の魔法を付けようとする。
ふいに大きな魔力の奔流が、こことは別の場所で生まれている事に気がついた。
耳に障る甲高い音が響きはじめる。境界術特有の空が千切れるような音だった。境界術の魔法陣がこの次元の境界を貫いて、世界線にアクセスする。パソコンが起動する時の音楽にも似た 不思議な響きの共鳴音が外の世界の歴史と、この世界の現実をリンクさせた。
世界の境界線上の向こう側にある未開の外界の伝承。その世界に刻印された、忘れてはいけない厄災を世界線から次元の歴史として引き出していく。想起された禍害の爪痕を媒体として、ここに奇跡の日々を具現化させる。
「それじゃあ、まとめてやっつけるよっ!」
フランの楽しげな声が、どこからか降ってきた。フランの境界術詠唱に呼応して、冷気の旋風が吹き荒れた。
すぐに風は猛吹雪となり、寒空すら身震いさせるほどに一瞬で気温を下げてしまった。冷えきった雪風が、頬を裂くような鋭い痛さで撫でてくる。空気すらも凍りつき、意識も氷漬けになりそうな大寒波に襲われた。




