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指揮者のソロパート [下]

 右手に握られている炎の指輪をかざしてくる。魔力が充填済みの魔法陣が浮かび上がる。光の文字が魔法陣に既に縫い付けられていた。即座に形成された火炎弾が襲いかかる。予想していたよりも素早い魔法構築に驚きながら、火炎弾を伏せて避ける。

 伏せた拍子に魔法陣を地へ描き込んでいき、魔力を送りこむ。落とし穴を作る際に掘り起こした土を連結させて壁を作った。火炎弾の第二波が土の壁に衝突する。密度の濃い弾幕を浴び、鈍い音と共にひび割れた。


「……呪言まで装填されてる?」


 あの早さでの呪言の書き込みは講師でも難しいだろう。あの指輪にはマナを集める作用と、呪言も込みで構築済み魔法がセットされているのだろうか。もしもそうだとしたら、戦い方を考え直さなければいけない。

 怒涛の轟風が唸り、土の壁が粉砕された。粉塵を撒き散らした向こう側には、左手の風の指輪をこちらに掲げている姿が見えた。


 炎魔法と風魔法の即座の切り替え。どうやら仮定は正しいらしい。

 使用できる魔術の種類が限られてしまう戦法だ。しかし、常に魔法を両手に持って戦っているようなもので、かなりの早さで魔法を連打してくるだろう。


 土の壁の粉塵を目隠にして走りながら水の魔法陣をえがく。水のヴェールを張る魔法を作り、乱暴に激突してくる火連弾を全て消火させた。


 糸を投擲して回避ルートを確保する。糸は炎に弱いが、ヴェールに護られているあいだは安全に設置することができる。


 刹那に指輪の学生が加速し、猛烈な勢いで急接近をしてきた。指輪の風に押されながら、炎の指輪の腕を大きく振り上げてくる。猛烈に燃えたぎる炎の拳でヴェールを殴りつけ、水のバリアを強引にこじ開けてきた。


 いくら相対が有利だったとしても、魔力源を直接にぶつけられたなら話は別だ。水の乾いた音と共に風穴ができていた。風穴から、むせるような炎の匂いが流れてくる。

 もう片方の風の拳を学生は握り、指輪を発動させてくる。


「ココア、つかまって!」

「――っ!」


 火連弾をヴェールで防いだ時に投げておいた糸を収縮させて、ココアを背負いながら壁を走るように駆け飛んだ。

 直接に鼓膜を叩くような轟音。こじ開けられた穴に風塊が押しこまれて、ヴェールが貫通されていく様子が見えた。

 背筋を冷たい汗がひやりと舐めた。風の指輪も忘れてはいけなかった。


 壁を走っている体勢でポケットから数本の針を掴み、指輪の学生へ投げつける。当たれば必殺の魔力を流し込む糸付きの針だ。糸は炎に弱いが、針はメタル属性なので単属性魔法には強いはず。技が決まったならば上々。決まらなくとも、針のダメージは期待することができる。


 指輪の学生が、両手を突き出してきた。

 炎塊と風塊が同時発射される。風が炎に包まれた。風塊の魔力を喰らい尽くして生まれたのは灼熱に燃える風。放たれたのは、風と炎の複合属性魔法。熱風を撒き散らす燃える風が、悠々と針を飲み込んでしまう。変化に強い金属すら蒸発させてしまいそうなほどの烈火。針金の塵すらも燃やし尽くしてしまった。


 内心で舌打ちをする。かなり手間がかかる相手だ。

 指輪によって他の属性魔法は唱えられないが、五属性の二つを常に維持しているのは非常に面倒だ。少なくとも、五大属性の内に風、地、先程やられたメタルは相対が悪い。さらに、炎の魔法での構築スピードの差は言うまでもない。

 こちらの使用できる属性が限られている嫌な状況だ。


 壁走りから背後を取るように着地すると、走った勢いで体が振り回されそうになった。慌てて踏ん張りを利かせる。背中に乗ったココアが、急停止した勢いで振り落とされないように強く掴まってきた。

 ココアを乗せている重さで停止や加速の動きに苦労させられる。その上に、人ひとりを背負って戦い続ければ、体力的に不利になるのは目に見えている。人形を使わない大技で、一気に決めて勝利することが望ましいができるだろうか。


 風の魔法陣を描く。あくまであの指輪はマナを集めるものだ。指輪で戦うほどの満ちてくる風のマナを、この際だから利用してしまおう。

 円の中へ風のマナがすぐに充填された。呪言を縫いつけて発動させる。


「あたれっ!」


 アルフ直伝の風の刃の魔法を放つ。大気を切り裂く風の音が、指輪の学生へ翔け飛んでいく。

 こちらの風魔法は、鋭さと、速さがある。指輪の学生が使えるのは風塊の魔法と炎の弾丸魔法だ。風魔法で相殺を狙ったならば、風塊が層を作るよりも先に速さのまさるこちらが命中する。炎の魔法での相殺は火炎弾なので、鋭く飛ぶ魔法に当てるのは至難のわざだ。


 指輪の学生は炎の右手で地面を殴りつける。地面の中にもぐりこんだ炎塊が地中で炸裂さくれつした。土砂を巻き上げ、炎の壁が突如に現われた。

 街路樹と並ぶほどに巨大な炎の壁。炎の壁にぶつかった風の刃は、火花をあげて散ってしまった。


 目を開けるのも辛い熱風の向こう側。学生がどのように待ち構えているのか分からない。でも、それは向こうも同じ状況だ。お互いに炎で遮られて、攻撃をいつ撃てばいいのか分からない。


「きっと、人形師の戦い方を知らないんだろうな……」


 ヒトガタの紙の束を取り出して、人形と同じように糸の魔法で結ぶ。風魔法を付加させて、ゆらゆらと飛ばしながらあちこちへ配置をしていった。

 炎にあぶられ続けて体力がかなり消耗してきた。あまりの熱さに伝ってきた目元の汗を拭う。落とし穴の氷が溶けたようで、盛っていた土片が重たい音をたてて崩れ落ちた。


 次第に勢いが小さくなってきた炎の壁が風に揺れると学生の影が見えた。陽炎かげろうの中でゆらりと立っている。

 突如に破裂音がして、炎の壁の上から人影が跳ねた。二階建ての家ひとつ分くらいの高さから、指輪の学生が炎の壁を飛び越えながら、火炎弾を連射してきた。

 バランスのとりにくい空中で放たれた火炎弾。狙いこそ大雑把ではあったが連続で放たれ続ける炎の弾幕は目を見張るものがあった。

 ヒトガタの紙の糸を気にかけながら火炎弾を避け走る。いくつかの糸が切断されて、ヒトガタの紙に縫い付けた風の魔法が漏れだし、何枚かの紙に小さな爆発が起こった。


 高く跳ねた指輪の学生が着地体制にはいる。左手の風を地面にぶつけて、着地の衝撃を緩和しようとしていた。

 その瞬間を狙っていた。攻撃ができない隙に、全力を込めた魔法陣をえがく。

 充填された魔力は水の魔法。光の粒から液体が形成されていく。静かな水の飛沫が形を変えていき、鋭利な水流へとほとばしる。みなぎった魔力から生成されたのは水流の投げ槍だ。流動する水が絡まり合い、圧縮されるほどに鋭利さが増していく。はち切れんばかりの魔力が、蜃気楼のようにぼんやりと漏出している。


 おそらく、この攻撃が決定打となる。水流の投げ槍へ渾身の魔力を叩き送り、強引に加速させて投擲をする。


「やぁ――ッッ!」


 槍が鼓膜を貫くような甲高い音を唸らせて発射された。弾丸の如く苛烈に飛翔していく。

 この魔術は風の刃よりも詠唱してから発動するまでの速度は遅い。しかし、水の槍ならば確実に炎の壁を相対で貫くことができる。風の壁ならば圧縮された鋭利さで貫くことが可能なはずだ。よほどのことが起こらない限り、指輪の学生の元へ矛先が辿り着くだろう。


 しかし、指輪の学生は風をまとう左拳を振りかぶった。絶叫のような風の唸りと共に、大量の風のマナが集まってくる。

 これが魔装品アーティファクト使いの真骨頂。術者のレベルに関係なく強引にマナをかき集めてきた。

 理屈上、ほぼ無尽蔵。自分の所持限界を超えたマナを常時保有していき、全力の魔法を唱えることが常にできてしまう。

 指輪によって大量に束ね上げられていく濃密な風のマナ。生温かい何かが喉につっかえる猛烈な濃度。これ以上この場にいることを許容できないと、吐き気を脳が訴えてきた。


 指輪の学生は風をまとった腕をアッパーのように振り上げる。槍は防ぐのではなく、らせばよい。

 水槍は風に巻かれて、轟風に乱れ散ってしまった。こちらの渾身の一撃は、向こうの渾身によって打ち負けてしまった。


 使いきれないほど膨大な風のマナが、学生の背に渦巻いている。

 とっておきの必殺を防いだとばかりに、学生の頬があざ笑うように歪んだ。


 だけど、その表情が見えたとき。想定した以上の行動を取ってくれた滑稽さに、脳裏に一瞬だけほくそ笑んだ表情で返してやろうかとよぎった。


「人形はいないけれども、これが人形師の戦い方だよ」


 人形師は指示を人形へ出して攻撃する。複数の人形へ魔力を分散させるために、決して威力は高くない。しかし、敵は 数に押されている以上は、どうしても後手に回ってしまう。

 相手が後手になれば、相手が人形攻撃を対処している合間に、こちらが思考できる時間ができる。つまり、これを繰り返せば次の襲撃を連続で組み立てることができる。一度でもこのサイクルに入ってしまえば、一手、二手、何十手おも先の視点から、詰め将棋のように決定打を企画してしまう。ゆえに、人形師への防御は最も悪手なのだ。

 風の刃を炎の壁で防いだ瞬間。ヒトガタの紙を設置され、二手目を人形師に企画された時点で、学生の命運が決まってしまった。


 魔法の糸で繋いでいたヒトガタの紙を解呪する。ヒトガタを飛ばす時に付加した風塊が吐き出された。まるで安全な場所を探すかように、ヒトガタの紙は吐いた風の勢いで飛んで行ってしまった。


 いま、指輪の学生が水の槍を防御するために呼び寄せた濃厚に満ちた風のマナが漂っている。狙い通りの場所へヒトガタの紙が吐き出してくれた風塊が、いくつもゆらめいている。


 反撃をされる心配が無くなったので、悠々と炎の魔法陣を描き、呪言を縫い付けていく。

 学生が魔法を唱えようと構えるが、それは無意味な行為だ。風の魔法は、いま紡いでいる炎の魔法に相性の関係で飲み込まれてしまう。いくらマナのバックアップがあったとしても、あくまで個人の全力を出すのみでしかない。いわば、大量の水があったとしても、ホースが細ければホース自身の実力の勢いでしか水を発射できないようなものだ。そして、指輪の学生は、炎の魔法を唱えることが「絶対に」できない。


 紡いでいた炎の魔法陣がきらめく。魔力の奔流の中から、火花を散らした火炎弾が生まれてきた。

 学生が撃ってきたものと同じ火炎弾。しかし、具現できたのは拳ひとつ分にも満たなそうな大きさだった。

 それもそのはずで、先ほどの水流の槍が渾身だったのだ。火炎弾を作る分の魔力はあまり残っていない。

 もっとも、気の抜けたような火炎弾だが、数だけは十個もある。小さな塊が、ちりちりと音をたてて燃えている。


「ほら、お返しだよ」


 小さな火炎弾でも、風塊自体も、ほんの小さな力。しかし、状況を仕組み集めれば大きなエネルギーに生まれ変わることができる。そして今のように、濃厚な風のマナの中では凄まじい起爆剤になりえる。


 小さい火炎弾が風塊に引火する。紅蓮の魔力が跳ね踊り、灼熱を降り散らかす連鎖誘爆を起こした。ついには濃厚な風のマナにも引火する。弾け飛んだ魔力のきらめきが、圧倒する熱風を生みだしていく。大轟音と共に燃える風が吹き荒れる。


 咄嗟に、最初に作った落とし穴へ滑り込んだ。

 相手を落とすための穴が、今は自分が入る穴になっている。作ったときにはつゆにも思わなかった。

 氷を張っていた時の水滴がやはり残っていた。水滴を媒体にすると、少ない魔力でも水のヴェールを張ることができた。


 外の炎嵐と見比べると水のヴェールでは心もとないが、魔法とは概念のぶつかり合いだ。炎の被害を受けないだけならば、薄い水膜の魔法でも充分だ。ヴェールに護られているこの落とし穴は、身を守ってくれる緊急ポットとなった。


 指輪の学生は両手に魔法を持っている。新しい属性の魔法は唱えることができない。

 ヴェールから外の様子を覗いてみる。学生は風の指輪を投げ外していた。それもそのはずで、連鎖反応した最大の狙い先は学生の左手にある指輪。意思とは関係なしに風のマナを今も集め続けている、風の指輪だったからだ。


 人形師の攻撃とは人形達のような小さな魔力で作った決定打の連鎖反応だ。この小さな一手ずつが重なって、何かの拍子で発火をする。これが、ただしい人形師の戦い方だ。


 大きな爆発が起こった。灼熱の衝撃が破裂し、体内臓器を撹拌するように全身を激しく揺れ乱された。

 大爆発に思わず身をすくめてしまう。大きな爆発の後は、音すらも吹き飛ばされたかのような静けさだけが広がった。


「さ、さすがに、ここまで大規模になるとは思わなかったかな……」

「……大きい爆発、でしたね」


 ココアに頷きながら、水のヴェールへ手を伸ばす。外の様子を見るために解呪しようと触れて――。


「あっつゥ――ッッ!」

「…………?」


 水のヴェールが沸々と煮えたぎっていた。水滴がココアにかからないよう慎重に取り除きながら穴から顔を出してみる。


 外には指輪の学生が倒れていた。その横に水のヴェールに包まれた風の指輪がぽよぽよと浮いている。

 なるほど、最悪の事態は回避したようだ。それなら指輪に引火しないだろう。咄嗟に水魔法を紡げたことも凄いことだが、よい機転を利かせたものだ。

 それでも、濃厚な風のマナの連鎖爆発には耐えられなかったらしく、ぷすぷすと間が抜けた音の煙を出している。制服のおかげか、体は無事のようだ。さすが、加護が貼り付けられすぎていて、嫌に魔力を吸い取られるとアルフに文句を言われているだけはある。


「それにしても、街が無事とか凄いなここは……」


 看板などは吹き飛んでしまっているが、建物は何事も無かったかのようにたたずんでいた。

 戦場に指定されているくらいだから、耐魔法補強をされていたのだろう。けれども、これほどだとは思ってもいなかった。このお祭りは帝国の技術力を外部へ示す意図もあるかもしれない。


 ふいに空から小さい影が降ってきた。

 見上げてみると、澄み渡った青空から、きらりと輝く太陽のような黄色い宝石が飛んできていた。

 爆風で吹き飛ばされた黄色い宝石のネックレスだ。煌びやかな陽光を透かしているキラキラした輝きへ手を伸ばした。




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