寂しげな心残り
窓を叩く雨の音に起こされた。時折にカーテン越しから刹那の閃光が部屋を照らす。心なしか雷のような低い音も聞こえてきた。かなり遠くで落雷しているらしい。
今日もお腹のあたりで人肌ほどのぬくもりが、安らぎに体を丸まめて寝静まっている。いつも思うけれども、布団の中だと息苦しくないのだろうかとちょっと心配になる。
それにしても、どうにも目が冴えて眠れない。起きようと思ったけれども、布団の下から何者かに服の裾を握られていたりする。誰かは分かるけれども。
そのままぼんやりしていると、稲妻の光と共に何かが投げ込まれる音が玄関からしてきた。ポストに手紙が入れられたらしい。
突如にアルフがベッドから飛び降りてきた。勢いよく床を踏みつけた大きく軋み叩く音が、静かな部屋でやけに響く。
朝はだらだらしているのが大好きなアルフ。奇妙なことが起きていた。軽快にポストの方に走っていく。郵便受けを開ける音。耳をすませると堪え切れない喜びに、小さく忍び笑いする声が聞こえてきた。
「よっっっしゃぁァ――ッ!」
突如に叫んだアルフの奇声で驚いたのか、布団の中の何者かは、服の裾を強く引っ張り身を固くした。安心させるように撫でながら玄関の先を覗いてみる。嬉しそうにほくほく顔をしたアルフが帰ってきた。その表情に疑問を投げてみる。
「朝から何だよ。アルフらしくない」
「コレを待ってたんだよっ――と!」
真っ赤な手紙を手裏剣のように投げ渡された。すかさずに、ナズナが飛び込んでキャッチをしてくれた。手が埋まっていたので、ちょっと助かった。やっぱりナズナが一番にいい子だ。他の人形達は、色々と我が濃すぎる。
ナズナは受け止めた手紙を見て、何かを思い出したように頷いた。赤い手紙をこちらに掲げて見せてくれる。
『推薦状が今年も来ましたね』
「また、お祭りに強制参加するのか……」
漏れた溜息に、アルフが口を尖らせて反論をしてきた。
「なんで、残念がるんだよ。すげぇ名誉な事だろ?」
「いいことだけど、強制ってのが何となく嫌なんだよ。嬉しくない訳じゃないけれども、急に明日の予定が埋るだろ。唐突に遊びに行けなくなるのがちょっとな」
学園会の印鑑が押印されている真っ赤な封筒。中身は見ていないけれども、送られたのは模擬戦争参加決定の手紙と、参加証明になるネックレスが入っているのだろう。
明日は学園創立記念日のお祭りがある。しかし、文化祭や学園祭とかの規模ではない。街中を巻き込んでの大きなお祭りなのだ。
帝国の創立された経緯として、魔術師が境界師に魔術を教え、境界師が魔術師に境界術を教えて発展してきた。その風習が重なった結果に、いまの帝国学校ができたのだ。
この背景から魔術と境界術の両方を使用できる人間が要職に着くことが多い。だから、お偉いさんのほとんどが帝国学校卒業だったりするのだ。
そのお偉いさんが卒業生のよしみで道路を貸してくれたり、治安員を動かしてくれたり、その人の友達、親族の経由で便宜を図ってもらったりするなど、善意のつながりが街中に広がって、いつしか街を何個も巻き込んだ規模のお祭りになってしまったらしい。
帝国外にも知れ渡っている有名な大イベントで、外部からの来客も多い。また国外の人の興味は、もちろん帝国学校にも目を向けている。だから、学校見学で来た客をもてなす模擬店が学内にもたくさん並ぶ。模擬店は生徒と業者が半々で、学校は業者から場所代をもらって利益を出している。
その利益を還元するイベント兼、客寄せが模擬戦争なのだ。
またこれらの利益は、参加チームの賞金にも当てられる。今年に送られてきたのは、赤色の封筒なので、赤組だ。あまり気が進まないのは、決め方が前日まで選手が明かされないから、勝手にエントリーされる側はえらく迷惑だってことも理由のひとつだ。
参加を前日まで明かされない理由は、組同士で作戦会議をされると奇襲できる戦闘員の数が多い方が勝ちになる傾向があるからだ。なにせ、個人の戦闘情報は学内の仲間に訊きまわれば容易に収集できる環境だ。その気になれば簡単に対策ができてしまう。
でも、理由は納得できるけれども、サプライズで巻き込むのはちょっと変な文化だと思う。
「おいおい。見てる側からすれば、連続出場なんてスゲェと思うぞ」
「去年は色モノキャラ枠で出場だったけれどな」
普通は武器に人形なんか使わない。だから嫌でも目立っていて推薦されたのだろう。アルフが呆れたように目を細めて言い返した。
「上級生を倒してた奴のセリフかよ」
「まぐれだってば。下手したら、開始早々で脱落してたし」
去年はとにかく逃げ回っていた記憶がある。
当初はきちんと戦うつもりでいたのだが、最初に出会った対戦相手とは薄氷の勝利になった。勝因は偶然が二個も三個も重なったようなほぼ奇跡の産物で、この戦いから正面衝突では勝てないと確信できた。
上級生なんて魔力量がひと回り大きいだけかと思っていたけれども、技術力に差があることを否応にも理解してしまったのだ。
そこからの割り切りは早かった。人形を使ってヒトガタの紙をこっそりと貼り付けて、位置を察知して罠を仕掛け、かげ討ちをしてまわっていた。思えば、あの時がポプラの初陣だった。もしかして、ヒネくれた性格になったのはこれが原因だったりするのだろうか。
「技術力は仕方がねぇよ。うちらの学年以上から実践力のある授業が始まるんだ。低学年は基本的に座学だけだからな。勝てたお前の方が異常なんだよ」
ノーマークで運が良かっただけなのに、そう評価されているとちょっと居心地が悪い。
選考は教師の推薦の中から学生会が選ぶ。教師の参考基準である成績と内申点の足切りを突破して、トリッキーな攻撃手段を持っていたから目についただけだと思う。特に深い意味は無いだろう。
とくに勉強面は、前世の記憶のおかげで応用が利いたり、類似点を見つけて関連付けて覚えることが出来たことが大きい。運の良い環境の差を引いたなら、やっぱり月並みな実力なんだと思う。
そんな心境を知ってか知らずか、アルフは我慢できないといったように、口元がにんまりと上がってきた。
「だけどな、今年に異常なのはお前だけじゃないぜッ!」
アルフが嬉しそうに懐へ手を突っ込んだ。内ポケットから取り出したのは、堂々とした赤色の封筒だった。
「なんと! 今年はオレ宛てにも来たんだッ!」
「ほんとだ。アルフ、おめでとう!」
「そんなワケで、今日は祝賀朝食だ! さぁ、朝から調子にノッて帝国満腹丼を頼んじまうぜ!」
朝食を作るの面倒だったから賛成して食堂に行く。アルフの興奮に跳ねた声へ相槌を打ちながら、着替えを終わらせて食堂へ向かった。
◇◇◇
いつも静けさに満ちている朝の食堂は、今日はどこか活気にあふれていた。耳をすませると、今日に届いた封筒の話がちらほらと聞こえてくる。
ココアに食堂の注文システムの説明をする。ココアは校内では髪をまとめないようで、説明をしてこくこくと頷くたびに清艶な髪がさらさらと揺れた。説明をしながら、座れるテーブルを探してみる。奥の方からこちらに手を振っている影が見えた。逆光で見えにくいけれども、あの髪の色はフランとユーリかもしれない。
定食を頼んで先ほどの席へ向かう。やっぱり手を振っていたのは、あの二人だった。フランが満面の笑みを全身で表現しているかのように、元気よく手を振って弾んだ声を投げてきた。
「おっっはようございますっ! 封筒は来ましたか!?」
「今年も来たよ。それにしても、今日は一段と元気だね。何かいいことでもあった?」
「なんとっっ! 今年は私も参加なんですよッ!」
ポケットから意気揚々と取り出したのは元気な黄色の封筒だった。見せつけるように掲げている。そんなフランをユーリはにこにこと見上げる。ユーリは落ち着いた面持ちで、静かにテーブルの上へ青い封筒を置いた。
アルフがユーリの封筒の色を見て眉を寄せた。
「今年はボクも参加ですね。青色です」
「お前が敵になるのかよ……。ちなみに、オレら二人は赤色だ」
アルフが眉を顰めるのも無理はない。アルフにとってユーリは非常に相性が悪いし、今まで一緒にチームで戦ってきたのだから攻撃も見切られているからだ。
それにしても、赤、黄、青の三色ずつ。見事に三組に分かれたものだ。
「とにかく、ユーリもフランもおめでとう。それにしても、フランが敵になるのはちょっと面倒だな」
「私に遭わなければいいですね。遭ったなら遠慮なく勝ちを取りにいきますよっ!」
ぐっと喉を掻き切る仕草をされた。それも、小さな舌をぺろりと出してえらく挑発的にだ。喧嘩を「売っている」らしい。
「いつもフランには小物を買ってもらっているよね。じゃあ、今度はこっちが買おうかな」
「お世話になってますからね。特別特価なご奉仕価格です」
「これだけ安いと品質が心配かも。本当に楽しませてくれる実力はあるのかな?」
「保証はできないかもしれませんね。なにせ、一撃で決着をつけますから味気ないかもしれません」
「見栄なんか張らなくてもいいんだよ。一撃と言わずにさ、百撃くらいにしたら ちょうどいいんじゃないかな?」
「百撃も討たせてもらえるんですか。やっぱり優しいですねぇ」
フランが妖艶に笑みを浮かべて返してきた。調子よく元気にノッてくれて、冗談に付き合ってくれるのがフランらしい。
ユーリとアルフが話している間にフランが割って入る。向こうにも挑発を送っている。アルフもノリノリで受けて立っていた。
相も変わらずに楽しげに弾んだ会話。推薦されて緊張はしているんだろうけれども、緊張にも負けないようないつもの居心地がこの空間には溢れていた。
そのまま話題はお祭りの話になった。去年は同じ食べ物を売っている模擬店でも、味は違うのではないかと みんなで食べ比べをした話。おととしは学校が演劇団を呼んでいてそれを見た話。たくさんの思い出話に花を咲かせて笑い合う。やっぱり、みんなでわいわいと話すのは楽しい。
ふと喉が渇いてきた。お茶のコップをどこに置いたかと見渡すと、隣に座っているココアの前に置いてあった。手を伸ばして取り、お茶で喉を濡らす。飲みながらココアの方を見てみると、ぼぅっと寂しげに俯いていた。
話が弾み過ぎて、ココアをのけものにしてしまっていたことに気がついた。ココアのお茶のコップが、悲哀げにぽつりと空になっている。
「えーと、あのさココア。お茶のおかわりを持ってこようか?」
「……いいです」
つくねんと断られた。




