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騒然たる部屋

 快晴の空の下で菜油製ビニールシートを地に広げる。四隅にカラーポールを建てて、もう一枚のビニールをまとわせて屋根を作る。できた露店の中へナズナが手際良く運んでくれた人形やぬいぐるみ、小物を配置していく。

 股下をダラダラした人形と、テキパキした人形が通り抜けた。


『ダルぃぃぃ』

『感情表現するのは結構ですので、ちゃんと運びなさい』


 ナズナはポプラに対応するのが面倒くさくなったのか、荷物をポプラごとずるずると運びはじめた。


『あー、めんどくさい。寝てたい』

『しっかりしなさい。もうすぐ開店ですよ』


 ナズナがしゃっきりとポプラを立たせて、ぬいぐるみの詰まった風呂敷を背負わせる。

 一秒も経たないうちにポプラがダレた。すると、ポプラが背負っていた風呂敷が散開してしまい、ぬいぐるみに埋まってしまった。すかさずにココアが拾ってくれた。今日もフランに教えてもらったツーサイドアップの髪型にしている。

 ココアはぬいぐるみと一緒にポプラもまとめてこちらに運んできた。

 ポプラ、荷物運びで連れてきたのに荷物になるなよ。家に一人で留守番させたらねるくせに。


 運ばれたぬいぐるみや人形の最終チェックをする。盗難防止のヒトガタの紙が切れかけていた。ポプラが落とした拍子に、切れ目が入ったのかもしれない。

 ポケットからはさみと紙を取り出して、まじないを唱えながら人の形に切る。これで紙の人形のできあがりだ。無断で持ち出したなら、ヒトガタの紙が教えてくれる。


 ココアと一緒にぬいぐるみや人形を配置しようとする。並べているとココアが小首をかしげて手を止めた。ココアは自分からしゃべる方ではないので、話のたねに訊いてみることにする。


「何かあったのかい?」

「いいえ……。人形と、ぬいぐるみは、違いますね」


 一緒に陳列されかけていたポプラが、むすっと顔をしかめた。ナズナは少しだけ手を止めて、気にかけたようにこっちを見てきた。


『私達はドール。あんなのと一緒にシナイで欲しいんだケド』

『珍しく気が合いましたね。同感です』

『えぇー。ナズナとも一緒にされたくナイな』

『また気が合いましたね。私もポプラと一緒にされたくないです』


 お前ら言い合うなよ。間に入って仲裁しようとしたとき、ココアの表情が柔らかくなっているような気がした。ほころんでいると表現するのは言いすぎかもしれないけれども、かすかにゆるんでいるような小さな感情が覗けたような気がした。

 眼差まなざしの温度が微妙に違う。これはココアの心をほどくきっかけになるかもしれない。


「人形に興味があるならさ、あとで作ってみる?」

「はい……っ!」


 心なしか、ほんとうにほんの少しだけ声が弾んでいるような気がした。これはいけるかもしれない。幸いにも、今日はいつもよりも少なめの商品しか扱っていないから早めに帰れるだろう。期待に胸を躍らせながら、陳列の続きをする。


 店を作っていると、愛嬌のある丸顔のおじさんが足を止めた。白髪の交じったうすい水色の短髪。不思議な紫色をした帽子に、白いローブ。ローブには爽やかに薄い紫のラインが入っている。

 興味があるように屈んで人形をじっと吟味している。


「これは、おもしろい人形ですね。お兄さんが作ったの?」

「はい、自信作ですよ。娘さんにあげるのでしょうか?」

「ええ、そうです。それにしても、あまり見ない造りですね」

「ビニール製が主流ですからね。丈夫さでは劣ってしまいますが、ご覧の通りに陶器ビスクの方が、肌の質感が綺麗ですよ。人肌のように透き通った柔らかさは、ビニールでは絶対に出せない質感だと、自信をもってオススメします」

「丈夫さも欲しいですけれどもねぇ。帝国から帰るお土産なんですよ」


 一見いっけんすると、地味な白いローブ。しかし、どことなく典雅な高級感を感じられた。おそらく、目立たない程度に金糸が編まれているのだろう。腰には細めのベルトがしてあり、二重になっている。ホールが大きい穴のベルトで、それぞれの穴には小物入れを吊り下げている。

 吊り下げられた小物入れが重そうに揺れているのに気がついた。圧縮魔法が封入されている高級な小物入れかもしれない。もしかしたら、商人なのだろうか。ライバル視じゃないけれども、この人に買わせてみたくなってきた。


「それでしたら、こちらのぬいぐるみ人形はいかがでしょうか? 綿わたは帝国産なのでふんわりとした弾力が長続きします。布も帝国産の木綿で作られており、肌触りも言うまでもないでしょうね。何よりも、ぬいぐるみ特有の魅力である王道な可憐さは、誰だって愛らしく思えちゃいますよね」

「じゃあ、それにしようかな」

「ところで、娘さんはおしゃれに気を使い始めている年齢ですか? それでしたら、こちらも一緒に購入されてはいかがでしょうか。人形とおそろいの花の髪飾りですよ、一緒に買えば二割引きにしますけれどもいかがでしょうか」

「へぇ、それは気に入るかもしれないですね。それでは、これも一緒で」

「ご購入をありがとうございますっ! ナズナ、花の髪飾りを取ってあげて」

御心みこころのままに』


 ぬいぐるみ人形に張りつけたヒトガタの紙をひと撫でする。くっついていたヒトガタから光の粒が霧散した。ヒトガタを回収して、買ってくれたおじさんへにこやかな笑みと一緒に手渡した。

 またひとりと人が立ち止まった。さきほどのトークを横で聞いていたのか、興味津々に眼の色を変えている。


 首尾は上々みたいだ。今日はテレビの通販番組をマネするように、どう言えば魅力的に聞こえるのかを意識しながらやってみた。テレビに映るようなトーク能力なのだから、ハズレはしないだろうと思っていたけれども、思っているよりも手応えがある。

 ただ、歩みを止めてくれるだけで、買うかは別問題のようだ。まだまだ人形師としての腕前は未熟なのかもしれない。



 ◇◇◇



 くたびれた足取りで部屋へ戻り、売り上げの利潤を計算する。どうやらそこそこ売りあげることができたようだ。赤字続きだった日々が懐かしくなるような堂々とした黒字だ。

 そういえば、足をとめた客の中で、ポプラを見て顔面蒼白というか顔色が変わった人がいた。あれはどうしてだったのだろうか。


 とにかく、今日は気持ちよく売り抜けることができた。稼いだ日はサボりたくなるけれども、これでサボると癖がつきそうで嫌だからもう少し頑張ってみる。午前中のココアと人形を作る約束もあるし、気分転換も兼ねて教えることにしよう。


 人形のパーツの準備をする。ココアは二つにまとめた髪をほどいてベッドの上に座っていた。さらりとした長い髪がベッドの上に流れている。どうやら髪をまとめるのは外出用らしい。ナズナとポプラがベッドの上にぴょこんと飛び乗り、ココアへ人形とドールについての講義をはじめた。


 今日に売ったぬいぐるみ人形も骨格は入れるけど、ぬいぐるみとは基本的に綿を布でくるんだものだ。ポプラやナズナの言うドールと言うのは、大まかに言うとビスクドールのような観賞用のものを指す。お人形さんごっこで使うようなソフトビニール玩具とは分類が違うのだと、ポプラが熱弁していた。


 素体は石粉粘土と木粘土を混ぜて作り、焼くことによって陶器のようになる。焼き上がったときの白く透き通った肌の質感は石粉粘土特有の美しさがある。紙粘土でもできるが、比べてみるとキメが細かいのだ。


「ナズナ、ポプラ、熱弁はそこまでにしなよ。ココア、人形を作ってみようか」


 机の上にパーツを並べて椅子を二つ用意する。ココアが左隣に座った。興味ありげにポプラが背中に飛び乗って、頭の上までよじ登った。ちょっと重い。ナズナは邪魔にならないように、ベッドの上でそっと見守ってくれている。


「はじめようか。パーツはそろっているから、あとはくっつけるだけだよ」


 マネをしやすいように体を少しひねって手先を見せる。細長い穴を開けた球体間接にS字フックを取りつける。宙に小さな魔法陣を描き、ひとさし指にのせると豆電球サイズの火球魔法が構築できた。指を使い、熱でフックを8の字に接着する。


「こんなふうに、ね。じゃあ、指を貸すよ。ほらっ、頑張って」

「はい……っ!」


 真剣な眼差しで、手を握るようにとった。さらりとした指がからみ、ほのかな体温を感じる。少しだけ脈が早鐘を打った。

 フックを指先の火球に当てて溶接する。次に足先から、胴体、頭にかけて糸を通してみせる。魔力注入によって縮小する糸で、いわば人間の筋みたいなものだ。

 溶接をしていると、頭によじ登っていたポプラが声をあげてきた。


『ええー。また二重間接にシナイのー?』

「作るのも、教えるのも面倒だからしない」

『コレじゃあ、私が二重間接に成れる日がいつになるやら』

「それでも充分だと思うけれどもな。そんなに執着して何したいんだよ」

『正座シテみたい野望が叶ウ!』

「じゃあ、しなくていいや」


 ぶーぶーと文句を言われる。頭の上に乗ってる奴を放っておいて ココアに人形の続きを――こらっ! てちてちと頭をたたくな!

 首を勢いよく振って投げるようにポプラを降り落とした。ベッドの上までポプラは飛んでいき、ころんと転がる。その勢いで枕の頂上までごろごろと寝ころがった。

 ポプラは枕の上でうつ伏せで寝転がりながら、足をぱたぱたさせてこちらを見ている。なんだか上機嫌みたいだ。


『妹分ができてるのってイイね。コノ部屋も騒がしくなりそうだネ』

『たしかに。どんな子になるのでしょうね。楽しみです』


 どんな人格、知性、運動能力を持つかは、作りあげてみないと分からない。教えてくれた義姉あねいわく法則性はあるらしいが、未だに性格の決まり方が理解しきれていなかったりする。


「じゃあ、眼を入れようか。この中から好きな色を選んでね」

「はいっ」


 ココアがじっくりと選び、悩ましげに取ったのは黒と赤。どちらにするか眉根を寄せて迷っている。

 すると、急にこちらの目鼻の先へ指を向けた。その後にココア自身を指さす。


「いっしょです」


 よく分からないけれども、どことなく満足げに指さされた。ココアが眼を装着する。右目に黒、左目に赤のオッドアイになった。

 ああ、そういう由来か。


「いっしょだね」

「いっしょです」

「黒と赤でいいの?」

「いっしょだからいいです」


 いっしょの意味が分かって、少し照れくさくなった。


 次に頭へ綿わたを詰める作業をする。眼が衝撃で落ちないように内側から押さえる効果もあるが、メインは核となる宝石を守るためだ。ココアは核に紅水晶ローズクオーツを、ウィッグは黒色を選んだ。黒髪なら和装が似合いそうだ。幸いにも先日に衝動買いした布が余っている。


 布の縫い方をココアに教える。ちくちくと一定のリズムで編めるようになってきた。慣れてくると教える側が暇になる。

 さて、ココアの見本のために、隣で作っていた人形が手元に残った。未完成のままでは可哀そうなので完成させてしまおうかな。

 目は二つでワンセットなのに、ココアが黒と赤を片方ずつ使ったので余っている。一緒に作られるのだから姉妹みたいなものだし、余った方の目の色を使おうかな。左目が黒で、右目に赤のオッドアイにしよう。


 服装はどうしようか。ナズナの場合は村から出るときに指導してもらいながら作ったもので、人手があるに越したことがないからと従者の服になった。ポプラは学園生活に慣れてきて時間に余裕ができた時に、ナズナを模倣して作ったものだ。メイド服(サブカルチャー風味)は、フリルなどの細かい技術が要求されて非常に鍛錬になるからだ。

 同じ系統の服をつくるのは芸がない。ここはひとつ、ココアの挑戦を新たな世界への船出と捉えて、水兵セーラー服にしてみよう。


 くいくいと袖を引っ張られる。縫い終わったココアが見上げていた。


「お疲れさま、仕上げはやるから休んでいなよ」

「休んでいいですか?」

「いいよ。そうだ、休んでいる間に名前を決めようか。どんな名前にする?」


 思案投げ首でココアが窓辺を眺めた。つられるように窓を見る。外にはオレンジ色に傾いた夕焼けが広がっていた。時間を知らせるようにカラスが呑気に鳴いている。開けていた窓からさらりと風が流れ、ふわりとした桜の香りを乗せてきた。



 ◇◇◇



 しとやかな光沢のある黒髪。ゆるやかに癖のあるやわらかいショートボブの人形は「サクラ」だ。桜が飾られた金のかんざしを差している。奥ゆかしい光沢のうすい桃色の織り地に、優しい色合いな桜の花びらが舞っている着物。それを落ち着きのあるワインレッドの帯で結んでいる。

 くりくりした瞳で、じっとこちらをもの欲しげに見上げている。


『あがっていいの?』

「いいよ。おいで」


 ぴょこんと右肩口に抱きつくように飛び乗った。よじよじと肩まで登る。体中を押しつけるように、ぎゅっと頬へほうずりをしてきた。

 製作者であるココアが、サクラが動いている様子を見て どこか満足そうな声色で呟いた。


「ちゃんとできた……。なついていますね。サクラが」

「作ったのはココアなのにね」


 こっちになついているのはなんでだろう。

 一方のもう一体の水兵服セーラーふくの人形。人形の身長と同じくらいな船のアンカーにゆらゆらと乗りながら、ぼぅっとこちらを眺めている。まるで、達観して天界から世界を眺めている仙人のようなたたずまい、のつもりらしい。どちらかというと、シーソーに乗って揺れている子どもと言われた方がピンとくる。


『仲睦まじい光景よの。それがしは、湧きずる清水を呑むがごとく癒されるの』


 ポプラがこそこそとナズナに話す。


『……ドウ反応すればイイの?』

『素直に歓迎すればいいと思いますよ』

『ソウじゃなくて。あァ、なんだろう……』


 ポプラの困った表情は、もしかして初めて見たかもしれない。


 小難しげな言葉をしたっ足らずな幼い滑舌かつぜつで言った人形。子ども特有の語尾が少し跳ねているような発音で、精一杯に背伸びをした発言を頑張っているのは「スミレ」だ。

 ダブルブレストのボタンがついたセーラー服にキュロットスカート。袖とスカーフタイには、海のように爽やかな水色に、軽快さのある黄色を合わせたチェック模様になっている。腰までのさらりと長い金髪。ちょこんと青いリボンがついている帽子がお気に入りで、離さないように両手でいつも押さえている。

 繊細なバランス感覚で、アンカーの上に座っている。机の上に出されたアンカーで、ゴリゴリと音を立ててリズミカルに揺れている。


「てっ――! 机の上でアンカーを出すなっ! 穴が空く!」

『……すでに、空けていましたね』

『後悔は先に立たずよの』

『ねェねェ、仏の顔ハ、三度マデって知ってる? アレって人間に対してダカラね』


 スミレへ送ったポプラの発言と同時に、激怒を壁に殴りつける音がした。二段ベットの上段から、アルフの殺気立った顔が出てきた。


「――ッッ! おぇらうるせーぞッ!」


 ポプラが「ホラね」と言わんばかりに、スミレへ視線を送った。

 二人増えただけで、随分ずいぶんと騒がしくなった。三人寄ればかしましい。なら、七人寄れば大騒動の部屋かもしれない。




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