つるのおはなし
「奏一さん」
部屋から出ると、彼が待っていた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった。」
「...ううん。」
奏一さんは何を思ったんだろう。
澄んだ瞳で私を見つめている。
「気になるの?奏一さん。」
「つるのおはなし」
「...ふふ。」
彼の徹底ぶりに笑ってしまった。
私は部屋を覗くなと言った。
それも、さっきまで居たのは彼の作業部屋だ。
まるで、つるのおんがえしだとおもったのだろう。
「今晩も泊まっていい?」
「どうぞ。でも、もう遅いから思いたっても作業は遠慮してね。」
「えー...」
「さすがに心配になって君のこと...
君がいなくなってしまうのは嫌だ」
「まじめなのね。」
「きみはちょっとふまじめ...。」
彼はむすっとしてみせたけど、すぐに、
「どうぞ」
温かなごはんを用意してくれていた。
時計の針がもう...てっぺん。
「おいしい...」
でもここまでして、かえって迷惑をかけているなら、申し訳ないからやめようかなとも一瞬思った。
それに、私は思ったよりもずっと不器用でなかなか上手くいかない...。
もう時間がないのに...。
彼に、もう音楽で張り合えない...。
最近ずっと、突き放されている感じがして。
「あのひととはどう?
うまくいきそう?」
「さいきんね。うまくいかないみたいだね。」
「あのひと?」
「ええ、俺です。」
最近、作業に集中しているせいで何も見ていなかったけれど、彼が見せてくれた評価はたしかに、
歌い手と合わない...個性を消している、作曲者に寄せすぎ...など、マイナスな評価が多かった。
「これきかせて?」
「どうぞ。」
...。
「...うーん...言わせてもらっていいかしら。」
「どうぞ。」
「なんでこんなつまらない曲を作ったのかしら。」
「俺はおもしろいと思います。」
「...たしかにあなたっぽい綺麗な音楽だけど、それ以外のなんでもないわよ。」
「こだわりすぎましたね。」
「...。」
私は彼に大して不真面目だと言いたかった。
「もしかして私に忖度したの?」
「いいえ、忖度したほうが良かった?」
「こんなにあからさまに忖度されたら、かえって不愉快です。」
「なぜ、綺麗な音楽なのに不愉快なのです?」
「...。」
「やっぱり意識してるんだ、彼女のこと。」
「...ええ。
最初はただ変わったことして流行らせて売れているだけだと思っていたけれど。
この前、メールくれたのよ。
悪気はないだろうけど、これ以上無いものができたって。」
「...否定はできないね。
では、これ。」
彼は、非公開の音源をいくつか差し出してきた。
そこには彼女の声も入っていた。
ひと通りきいたあと、
「なにこれ...これのほうがずっといい...」
複雑な気持ちになった。
結果、これらはボツになったわけで、こんなものなかった...って言いたいけれど。
やっぱり、彼のセンスは...。
「あなたがこれを出せと言ったの?」
「いいえ。選んだのは彼女だよ。」
「...やっぱり...でもだからって...」
「彼女には大切なファンがたくさんいるんだ。
彼女もアイドルだったけど、今は演出家でね。
彼女が音楽をどう自分のものとして演出するか。
それは単純に音源をきいただけでは分からない。」
「...。」
では、彼女にとって音楽とはつまらないものなのか。
そう問おうとしたけど、
「きみは彼女に誘われたことがあるでしょう。」
と被された。
それに何か言おうとすると、
「もう遅いから寝ましょうか。」
と。
...どこかへんだった。
「やっぱり、まじめすぎる」
「...奏一さん。」
「だからふまじめなことをするんですね、黎子さん。」
彼は、鍵を持っていた。
作業部屋は、事前に閉められてしまっているらしい。
「あなただって、私があの部屋に籠る前は、ずっと寝ずに作業をすることだってあったんでしょう。」
「そうでなく。
なぜ、俺を抜きにするんです。」
「そんなんじゃないけど...。
ああ、さっきのは仕返しってわけね。」
「いいえ。
きかれたことにこたえただけ...。」
たしかに、話をふったのは私だった。
いつもそう。私が余計なことを。
彼には、いつも余計な言動はないんだ。
自分の情けなさと、かなしさと。
「もう寝ることにするわ...明日ちゃんとわけを話すから...」
「ううん。少し分かった気がするんだよ。
ひとりでもがんばりたいことがあるんだね。
それは全力で応援したいんだ。」
「奏一さん...」
「でも、それ以上に休んでほしいのが本音です。」
彼はまた私が何か言う前に、微笑んでこう言った。
「こもりうた、うたってあげる」
「...。」
起きると、身体中がぽかぽかとあたたまっているのが分かった。
またわたし、彼の魔術に翻弄されたんだ...。
昨夜のことを思い出すと、彼の歌がまだ耳にのこってそれが...おなかのあたりをくすぐるというか...。
いや...。
寝室から出ると、また彼が上機嫌にかすか、歌をうたっていた。
昨日の歌と似ているけれど、どこか違う。
耳にのこったフレーズを、私も繰り返してみた。
そうすると、ハモリがうまれる。
やっぱり...こういううたをつくるのがすきなんだ。
「...。」
そういえば、昨日わざわざ聞かされたものも...
「...そう。じょうずだね。」
「...やだ、また朝からこんなことして。」
「朝からきみの声がきけてしあわせです。」
「こういうの...私と奏一さんだけのはずじゃない。
どうしてあのひとまで。」
「あの人はね、きみのことがすきなんだ。
きみの歌声のファンでね、仲良くなりたいんだって。」
「私のほうがかなり歳下よ。」
「そうだね。俺もおねいさんからは学ぶことが多いのです。特に演出だね。」
「きいたことないわ。
あのひとが演出するのがすきなんて。」
「きみも、歌手になりたいけどアイドルをしていたでしょう。
彼女も、演出家になりたいけど奇抜なアイドルをして、流行りに乗らなければならなかった人だよ。」
...なるほど。
たしかに裏ではまあまあ真面目だとはきいている。
「あれが本来、あのひとの好みってことなのかしら。」
「純粋で可憐なひとだよ。
インパクトだけの音楽なんてあのひとの感性には似合わない。」
「まあ...そう言われてみれば。」
と、言いながらスマホをみてみると、ちょうどメールがきていた。
次の舞台の衣装を着ている写真が送られてくる。
「これみて。」
「そう。
俺に会ったときもメイクをはずしていたよ。」
「...たしかに不憫ね。
あんなにキツいメイクをしなくても...とは思っていたわ。単純に今まであの人のセンスだと思ってたから苦手意識があっただけね...。
...私よりずっとかわいいかも。」
「俺はきみのかわいらしさがいちばんにすきだよ。」
「...。」
言うことはともかく、
この人の言い方にはいつもいつも騙されそうになる。
言い方というか...昨日の歌だって。
「...今日はオフだからあの部屋にこもります。
鍵開けて。」
「...あの...いつまで...?」
「言わなくてもいいんでしょ。
私のしたいことが終わるまでよ。」
「黎子さん...。」
そんなうさぎの目をされても。
「なあに?そんなにさみしいの?」
「...それよりも、今日は約束守ってほしいんです。
...お昼ごはんは一緒に食べよう?
遅くなってもその前に夜ごはんも、ちゃんと食べて...。」
...めちゃくちゃ心配されてる...。
「それを言うんだったら奏一さんだって。
自分のときは構わないと思ってるくせに。」
「ごめんなさい...。
でも俺は今は...いまはとても気をつけるようになりました。」
「もう...奏一さんは心配症なのよ。」
「そうだけど...せめてやくそくだけは...。」
「はいはい、わかりました。
じゃあねっ」
「こんな休日、いやよね奏一さんは。」
「俺ですか?
俺はちっとも嫌ではありません。」
「へえ...私のことずっと待って、
ごはんだけ食べる生活?」
「...。」
私がそう言うと彼は一瞬目を見開いたあと、意味深に黙り、うつむいた。
やっぱり、嫌なのだろうと思ったが。
「いいえ...いいえ...。
ごめんね...。」
と、なぜか弱っているようだった。
...そんなにまずいことをしてしまったのだろうか。
たしかに、ずっと待っていることを考えれば...。
「ごめんなさい奏一さん。
やっぱり話したほうがいいよね。」
「全くそうではなくて。違うんです。
俺はきみにとても申し訳なく思う...。」
...そういえばこの言い方ってどこかで...。
...分からないけど、これって...。
「...もしかして奏一さん...。
あの子の話をしてるの?」
「...どうして...」
「なんとなく、
あの子を宿らせているみたいな話し方なの。」
「ありがとう。いつもわかってくれて。」
「うん。
そういえば相手の女の子は、ずっと待ってたのよね?
彼が戦争から戻ってくるのを。」
「そうだね。」
「それを申し訳ないって言っているのね。」
「うーんと...それに、きみにも時々仕事で待たせているからね...。」
「え、それだけで?
もう...いつも強がってるのに、本当はガラスみたいな繊細なハートしてるのね。」
「よわいね...
こうなると、謝るしかできなくなってね...。
ごめんなさい...。」
「謝らないで。
というか、今回待ってるのは奏一さんなんだから、私が謝らなきゃいけないじゃない。」
「いいえ。俺はいつまで待っても平気なんです。
君が無事であればそれで。」
彼には彼のわがままな理屈があるようだ。
強がりでしかないから悪い気はしないけど。
「でもねー...。
そんなに心配するわりには、
奏一さんまじめすぎて、ちっとものぞきにこないんだもの。」
「それは...」
「つるのおんがえし、でしょ。」
「...はい。」
要するに彼は、私が何をしているか覗いたら、私が離れてしまうと本気で思っていたようだ。
「でもその生活も今日で終わり。
おつかれさま。」
「え」
「奏一さん、明日空いてるよね。」
「はい。予定は入れなかったよ。」
「おっけー。
じゃあ...。」
今日もこもりうたきかせて?
と、こちらからアプローチをかけてみると、なぜか彼はとても照れていた。
あいかわらず...ぽかぽかして気持ちよく寝ちゃう...。
もっと起きて彼のうたをきいていたいのに。
その愛おしい顔をずっと、見ていたいのに...。
起きると、しばらく頭がふわふわしていたけど、だんだんと胸が高鳴ってきた。
ああ...私がいちばんドキドキしてる...いつも。
いつまでも子どものままなのかもしれない。
また、朝食を用意しながらご機嫌な彼にきゅんとしてしまう。
彼はいつも、私に合わせて反応をしてくれているだけで本当は冷静で、大人で...。
「おはよう、れいちゃん。」
...おとなだからこそ、そんなに母性本能をくすぐる顔ができるんだ。
「...れいちゃん...」
「奏一さん...」
じっと見つめると照れている。
けど、すぐに、
「きれいだよ。」
なんてさわやかな顔で言いだすから、胸が...。
「かわいい、すてき、だいすきだ...」
「も、もうなに!?」
「とっても照れくさいよ。
でも、今日は特に本当に...。
素敵な大人の女性を見ている気がする。」
「な...へ、変な奏一さん...」
「...きみは...俺よりもずっと大人っぽくて...。
この前、俺のこと色っぽいなんてからかっていたけれど...。」
「な、なに...?」
「...ううん。
今日は、どうしたの?」
「え、ど、どうしたのって...それはさすがに...」
「あ...どうしたのじゃなくて、どうする?だったね...」
「べ、別にそうくんのしたいようにしていいけど...」
彼はにこりと笑うと、朝ごはんをいっしょに食べようと言った。
どきどきしてたまらないから、早くバラしてしまいたい。
私がずっと何してたかって...。
でも、それはそれで大したことじゃないし、きっとよろこんでくれるとは思うけど...。
なんか...サプライズとか...そんな、私らしくないこと思いついて...恥ずかしくて情けなくて潰れてしまいそうで...。
「ね、そうくん...今日は誕生日でしょ。
だから...なにかしたいこととかある?」
「え?誕生日って誰の?」
「え、今日じゃなかったっけ...?
奏一さんの誕生日...。」
「あ...今日そういえば6日だったっ??」
「え、そうだよ...?」
私はスマホの日付も、そのなかに登録した予定も何度も確認した。
やっぱり間違ってない。
そういえば前も、もっと事前に確認し合っていたからいいものの、彼は自分の誕生日を覚えているかと言われれば微妙な反応だった。
「ごめん俺...最近ずっと曜日感覚で同じこと繰り返してるだけだったから...。
そっか...今日が公現祭なんだ...。」
「公現祭って?」
「俺もよく分からないけど、クリスマスと同じくらい大事な日なんだって。
じいちゃんに、お前の誕生日は、おめでたい日だぞ〜って、祝ってもらったことがあったんだ。
そのときにお菓子をくれたの、覚えてるなぁ。」
「お菓子...、あ、これのことね。
ガレット・デ・ロワっていうパイみたいなお菓子だって。」
「うんうん。
中に、かわいらしいうさぎちゃんのお人形が入っていた気がする。」
「...そのあと王冠かぶったの?」
「ああ...そういえばかぶったかも。王冠なのか帽子なのか分からないけれど。」
「へえ...やってみる?」
そう言うと、彼は嬉しそうにうなずいて、お菓子をいっしょに作りたいと言ってきた。
本当は私が作って用意してあげればよかったのに、こういうところちゃんと気が利かないから...。
でも...彼は本当に楽しそう。
いつもいつも、機嫌が良くて。
「れいちゃん。」
「なあに?奏一さん。」
「とてもきれいだよ。」
この日、何回もこう言われて私はその度気が狂いそうになってしまうけど。
そんなことをいう彼のほうがずっときれいだった。
パイが焼けるまで、カードで占いをすることにした。
趣味でもないからやり方はよく分からないけど、彼とならそれなりに楽しめるかもしれないと思って。
「奏一さんも占いとか信じるの?」
「俺は結構都合の良いことだけ信じてしまうひとです。あとは、どんな結果になるのかなっていうワクワク感が楽しいな。」
「こことかけっこう怖いカードが出てるけど...」
くずれていく塔とか、死神とか...。
「これは、悪い意味じゃなくて、自分を閉じ込めていたものが崩れ去ることで、自分が生まれ変わるっていう意味だと思う。」
「なるほど...前向きね...。」
「しかも、これは過去のことだよ。
当たってはいますね。」
「たしかに...。
私はカード引くの...ちょっとこわいかも。」
自分からやろうと言って持ち出したものだけど。
「ここには悪いものなんて何もないよ。」
「そうかもしれないけど...
かわいいのにすればよかったかも...ちょっと絵柄が怖い...」
「みらいのことは...こわいですか?」
「未来?」
「うん。大丈夫。
君は勝利の女神ヴィクトリア。
ここに1枚、引いたものをおいてみてね。」
きみならできる...っていう意味で、彼が何度か私に女神だと...。
なんていうんだろう...こういうロマンチストな表現も、純粋な瞳を持つ彼に言われてしまうと、謎に説得力を持つ。
不思議なことに、本当にいけそうな気もするのだ。
でも。
「これ...とこれはどっちがいい...と思う?」
「ふたつほしい?」
「うーん...どっちか、決められなくて...。」
「それのうちどちらかは俺が引き受けます。
黎子さん、好きな方選んで。」
「え...?じゃあ、こっち...かな。」
「じゃあ俺はこっち。
せーので、うらがえしましょう。」
そういわれてる通りに、うらがえすと。
「ほら、両方すてきだよ。」
「そう...なの?」
「君が選んだものだからね。
君のは太陽。
俺のは今回は星。
どちらも、輝かしい未来への暗示です。」
「そんなこと言って、どんなカードでもこうやって前向きに解釈するでしょ。」
「ええ。だって俺は必ず君を幸せにしてみせるんだから。」
彼の力強い言葉が、またじんわり胸に染みていく。
私の太陽は...奏一さんなのに。
なんて私までロマンチストがうつるのがちょっと恥ずかしい...。
思えば、今日のために思いついたことだって、奏一さんのそれがうつったからだと思う。
だかららしくもないことを一生懸命になって...。
わたしばかみたい。
だけど...彼はそれこそどんな反応するんだろう...って。
未来のことというより、それを気にしてさっきはカードを引いてみた。
もし、それを彼が良い意味だと言ったのならば。
私も、ちょっとは自信持って彼にプレゼントを渡せる。
「奏一さん、はいこれ。」
「...てぶくろ、ですか?」
「そう。これして、待ってて。」
私は、作業部屋の鍵を自分で取り出して開け、彼を中へ引き入れた。
ちょっと駆け足になっているのが自分でもわかる。
これはちゃんと自分で作ったんだから、気に入ってくれるはず。
「おまたせ」
そう言ってちょいと奥から戻ると、彼の表情にびっくりしてしまう。
まだ遠くて分からないから、すぐにそばへ駆け寄った。
やはり彼はうさぎの目をしていて、手にもたせると、少し震えたのがわかる。
「わたしなかなか器用でしょ?」
「...。」
「奏一さん、何か言って。」
「...うれ、しい...」
「ほんとに?泣きそうな顔してるけど。」
「...ありがとう...本当に...ほんとうに。」
「木を削るの大変でね。ちょっと小さくなっちゃったの。
材料は奮発しちゃった。代わりにここ、皮を張ったのよ。」
「黎子...。」
彼はよほど申し訳なく思ったのか、にっこりと笑ってみせた。
「奏一さん...最近楽器弾くとき手袋してるでしょ。」
「...はい。」
「だからこれを弾くときも必要かなって思って。」
「これ、とても手触りがいい...。
でも...君のこともっと、知りたいから。」
「ね、何か弾いてみて。」
彼が弦を弾くと、あたたかいおとがした。
「...いいおと」
ふたりでそう言ってわらった。
ひとつずつ、弦を弾いていく。
私が、同じように声を出してみると、彼はたまらず笑いごえを漏らした。
彼は顔が幸せそうに笑っているけれど、弾いている音は、濡れている。
彼には悪いけど、このときがとても好きだ。
だからつい泣かせたくなっちゃう...。
私は、このとき彼が作って弾いた曲が好きで、ずっとずっと歌い継いでいくことになる。
それは、彼がまた目を見張るような顔をしたからだ。
自分で弾いていて、何かを思い出したようだ。
まるで瞳の色が変わっていくかのように、彼の目はきらきらとしていた。
かわいい、すてき、だいすき...。
それは、私が言いたいことだった。
きっとそれは彼自身がとてもきれいだからだと思う。
きれいなものが、私をうつしてきれいだという。
綺麗な音を奏でている。
「あ...」
わたし...どうして...。
ときが、とまったかのようだった。
それを、わたしはやぶりたかったから。
泣いたのだ。
「...れいちゃん...」
彼は曲を終えると、私の顔に手を...。
なみだをぬぐった。
「また、泣かせてしまったね...」
「奏一さんも泣いてた」
「...わかるんですね...
でも、とてもうれしいんだよ。
こんなに立派なものを。」
「私は、この竪琴を直しただけよ。
奏一さんが直したほうがうまくいったんじゃないかな。」
「俺はこれ...おれでは直せなかったよ。
そういった発想がなかった。」
「え、そうなの?」
「これは...おれ、なんだ...。
俺と同じだって...。
そう言ってじいちゃんが遺したもの。」
「壊れた竪琴を...?」
「うん。何か意味があるんじゃないかと思って、そのままにしておいたんだ。
じいちゃんは確かに、いじわるだって言われてたけど、俺にはやさしかったから。」
「よかったのかな...。」
「じいちゃんって、先見の明があるんだ。
とても先のことをよく見通すんだよ。
だから、このこともきっと...。」
「じゃあ、やっぱりすごくいい音出すのね。」
「それは君が...」
言いかけて、彼は慎重に竪琴を置いた。
それから。
「きゃっ、奏一さんっっ」
奏一さんは私に抱きついて全身でよろこびを表現している...。
こんなこと...なかなかないのに。
せっかくだから、私もくすぐりしてあげよう。
奏一さん、おもいきり笑うことなんてすくないから。
そうやって、彼のこわれたところも直してあげられればいいな。
どこかなつかしい彼の笑顔。
その瞳の中に、きらりとひかる星がみえた。




