表現者への演奏家11
先生は、わたしの作った歌詞を静かに見ている。
「...幼稚でしょう。
これをきいても、なにも浮かんでこない。」
花も、星も、恋も。
そういったものは何にもない歌。
彼はふるふると首をふった。
でも、入れたところでおなじこと。
わたしには、こんな歌しか作れない。
「きみには、こんなにも...
ゆめがあるじゃないか。」
ゆめ...。
ある一種の終末思想にでも目覚めてしまった、そんな若者にかける言葉だろうかそれは。
「これね...せんせい、
このひと、変な人なんだって。」
「数学者であり、詩人であり、写真家であり...、
確かに変なひとかもだけど、たくさんの夢があった人だね。」
だからこそ、君はその変な人に揺り動かされて詩を書いたのだろう?
今も人々の心を掴んで離さない物語に魅了されて。
「不思議の国のアリス」
「...ちょっとだけ読んで、やっぱり変な話だって思っただけ。」
「きっと彼の算段だね。」
計算ではなく。
ああまあ...変な人なりの話を書いたってことか。
「先生は変な人?」
「ん?」
「作者の気持ちがわかるんでしょう?」
「まさか。
ゆめなんて当たり障りのないことだよ。」
知ってる。
「花も、星も...一緒に見にいくのはどうかな。」
「いいですね。」
即答すると、やはり些か困惑するようだ。
それでも、
「たのしみだね」
とわらう。
とても綺麗な笑顔。
ああ...彼は花のようだ、とかちゃんと書いたら良かったか。
でもそれは別の意味で全くもって自分に嘘をついていることになる。
花なんて...わたし、
きれいに見えないよきっと。
だから、彼をがっかりさせる。
「ううん...なにもきにすることはないんだよ。」
たまに、彼の口からでもピアノのような音が出るからびっくりする。
ときおり、言葉が言語としてきこえないような気がするのだ。
だって、私の心中を察してそう言ったのならばおかしなはなしだ。
彼にそこまで、人を理解できるとは思えない。
明らかに浮世離れしたひとだから。
つくりばなしのときだってそうだった。
...だから。
おれには、おとうとがいてね...。
いまさら、全く違う言葉がわたしの耳にとどいた。
こんなことを...誰かから感じたことはある?
「兄さんは、花より団子だよねって。
いつも言われる。」
わりといつもおもう。
これ以上のものはいらない。
彼以上の理想など、意味がない。
だってけっきょく、彼をたべたって、なんの味もしないんだもの。
わたしは、これが醍醐味というやつなのだなと理解した。
そして、
ある一種の終末思想にでも目覚めてしまった、そんな若者にかける言葉だろうかそれは。
彼はまた、首をふってから、
いっしょにうたおうといった。
まだまだ伝えたいことはたくさんあるらしい。
彼は綺麗な響きの和音をいくつも使って音を奏でていった。
和音...重なるおと。
恋とは、そういった音を理解すること...?
それをおわらせるのも、きっと本来とても単純なこと。
おとをひとつに、もどせばいい。
「...ウメ...?」
わたしは思わずつぶやいた。
うん、とかれはうなずく。
...それはさすがに唐突なので、ちゃんと説明してほしい。
「今は、5月のおわりごろ。」
うさぎは気が狂ってない...?
5月からだんだんと梅の実がなりはじめる。
まだ青い梅の実は、若者だ。
これから、酢につけようか、甘くつけようか...あるいは。
なんて、おとなたちは考えているということ。
だから、あれもいい、これもいいとつみとり、こんなにも梅の実をたくさん抱えている。
そんなによくばることはないのにね。
「だからね、あんなにもあおい実が、
とってもおいしそうなんだって。」
花より団子と同じだね。
結局は残酷な話でも、彼は笑顔でそんなことを教える。
おいしそうだね、
きみをたべちゃいたいって。
...なんだよ、それ。
「...先生って、意外とシティボーイじゃなかったんですね。」
「ううん、これは大したこだわりがなければ自然とそうなるだけだよ。」
「...あー...。」
別に田舎暮らしも悪くないって...?
まあ実際は都会にいるんだから、そんなこともなさそうだけど...。
ん...いやそういえば。
先生って今どこで暮らしてるんだろう。
「不思議の国かもね」
なんて、彼は音で奏でてみせた。
彼はもうなんというか、音の奏で方がとても自由だ。
こうであるべき、が程々に基礎基本のものしかないのがとても若く彼らしい。




