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表現者への演奏家1

ボイストレーナーの先生が変わった。

以前の厳しい女性とは相反する優しそうな男の人だ。

しかも若い。

...これ、いろんなアイドルを食ってきてるな。

やや天邪鬼なわたしでなければ一目惚れするくらいの好青年に見える。

ひとまず声を出した。

...ピアノが上手い。

「...あ...」

「ん...?」

「...いえ...なんでも。」

「それじゃ、つづきから。」

それからはよく分からないが、気づけば終わってた。

「いいね。素敵な声だ。」

男の人はにこりと笑う。

そういえばこの人、自分のことなんて名乗ってたっけ。

それになんでこの曲知ってるんだろ。

まだ譜面渡してないはずだって言ってたのに。

「...先生」

「はい。」

「わたし、技術はあっても気持ちがこもってないんだそうです。

人に伝えようとする気持ちがなければ、歌手になれないって。」

「どうして?」

「...わからない。でも、プロにはなれないって。」

「それは面白い皮肉だ。」

「皮肉...。」

「きみ、さっきの歌自分で覚えてる?」

「歌ったときですか。まあ...いつにも増して気持ちは乗せたつもりですけど。

でもそしたら、いくつか言われてたこと忘れてたかも。」

「ああ...前の彼女に言われたことだね。」

「はい。」

「彼女も素晴らしいひとだ。

でも、向き不向きというものはある。それだけ。」

「それだけ...?」

「うん。」

それだけ...か。

「君の声は余韻を残してくれる。

これが正解、なのではなく、大人に子どもらしさで問いを投げかけるようだ。」

「え...?」

「君が君自身を天邪鬼だと自覚しているとおり、

作品には一定の距離感(センス)というものも必要だ。

まだ知らない恋や愛を無理に大人(たにん)の色付けで歌う必要などないのさ。

それは彼等のエゴでしかないことだ。それに悩む必要なんてない。」

...この人、理不尽と全く逆の性質をしている。

それもそうなんだけど。

「もう一度歌わせてください。」

「何度でも。」

...なんだかちょっとはずかしい...けど。

でも...やっぱり変だ。

ピアノが上手い。

うまい...。

歌手にとって、とてもうまい演奏...。

あ...。

あ...ああ...。

酔う...っ

「...だいじょうぶ?」

「...いえ...。」

人の演奏にクラクラしたのは初めて。

「すごいね。

とてもよくなった。」

「先生って、ちゃんとプロだったんですか?」

「まあほどなくね。

でも、ここまでしてくれるなら、作ったひともよろこぶだろう。」

「そう...そうです。

先生、なんで知ってるんですかこの曲。」

「これはソロのときのB面でしょう?

君が不本意にもはじめて人におねがいした曲だ。」

「そうです。

今は違う子が歌うことになってる。

たまたまプロデューサーの部屋にCDがあって、気に入ったから借りようとしたら、先に持っていかれたの。」

「そのCD、彼に貸したの俺だもの。」

「え?じゃああなたがつくったの?」

「そうだよ。

こういったのでよければいくらでも貸すけど。」

「...。」

あぶない。

即答でくださいするところだった。

「君もソロ卒業だものね。

御祝いに一曲いかが?」

「それって物凄い皮肉ですよね。」

「そうだね。

今からでも引き返す?」

「...だって...そうしても売れないから。」

「そう?

君って器用だからすぐ売れると思うけどね。」

「...あなたって何者なんですか。」

「うーん...特に名乗るほどのものは。

...あ、でもピアノはじょうずに弾けてたでしょ。それは自信あるんだよね。」

「ピアニスト?」

「そうだね、演奏家ってことにしておこうかな。」

表現者(うたいて)への演奏家。

その人がそう名乗ったことだけはよく覚えていた。

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