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アイドル因幡ばななの鳥取県民遭遇証明書  作者: jin kawasaki


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1/2

1.東京でいちばん珍しい名刺

東京のテレビ局の楽屋口には、独特の空気がある。

照明の熱と、スタッフの焦りと、芸能人の笑顔が、奇妙に混ざり合った空気だ。

「おはようございます!」

因幡ばななが、深々と頭を下げた。

角度は三十度。アイドルとして、最も「感じがいい」と言われる角度である。

「おはよう、ばななちゃん」

ディレクターが笑う。

ばななは笑顔を浮かべたまま、ポーチを開けた。

「はい、どうぞ!」

そう言って、カードを差し出す。

名刺サイズの紙だ。

しかし、名刺ではない。

そこにはこう書いてあった。

-------------------------------

【鳥取県民 遭遇証明書】

本日、あなたは極めて希少な「鳥取県出身の人物」と遭遇したことを証明します。

遭遇者:因幡ばなな

-------------------------------

ディレクターは三秒ほど沈黙した。

「……なにこれ?」

「鳥取県民との遭遇証明書です!」

ばななは胸を張った。

「知ってますか? 鳥取県の人口は今や約54万人。これは23区の杉並区よりも少ないんです。日本で一番人口が少ない県。つまり、東京で鳥取県民に遭遇する確率は、サバンナで特定のチーターに会うより難しい……かもしれないんです!」

「かもしれない、って」

「だから、私に会えたことは、運勢が今日爆上がりしている証拠なんです。記念に持っておいてください」

ディレクターはカードを裏返した。そこにはマジックの汚い字でこう書き添えられていた。

『現在の鳥取県人口:約54万人(ばなな調べ。去年より減っとるかもしれんので注意!)』

「調べ、って……。君、面白いね。普通はさ、もっと自分の宣伝とか、SNSのQRコードとか載せるでしょ」

「私を知ってもらうついでに、鳥取も知ってもらえたら一石二鳥じゃないですか。砂丘と梨だけじゃない、因幡ばななもいるぞって」

ぺこりと再度頭を下げる彼女の姿に、ディレクターは思わず声を立てて笑った。

「分かったよ。財布に入れとく。今日の収録、期待してるからね」

「ありがとうございます!」

ばななはぺこりと頭を下げた。


その様子を少し離れた場所から見ていたメンバーが、呆れた顔で近づいてくる。

「また配りょーるん?」

同じグループのメンバー、モモカだ。岡山出身の彼女は、ばななの「鳥取推し」が過ぎる活動をいつも冷ややかな、それでいてどこか楽しげな目で見守っている。

「うん!」

「もう何枚配ったん?」

「今日でたぶん三枚目!」

「まだ三枚なん?」

「だって朝だけぇ」

モモカは笑った。

「ほんま、あんた変わっとるわ」

「そう?」

「普通アイドルは名刺なんか配らんのよ」

「でも覚えてもらえるで」

「それはそうじゃわ」

モモカはばななのポーチを覗き込み、束になったカードを一枚抜き取った。

「デザイン、ほんまにダサいなぁ。フォントが昭和の役所みたい」

「これ誰が作ったん?」

「私!」

「デザイン微妙じゃなぁ」

「そこ言う?」

二人は笑った。

やがてスタッフが呼ぶ。

「本番いきますー!」

ばななはポーチを閉じた。

その中には、まだ百枚以上の「証明書」が入っている。

彼女の小さな故郷のための、小さな武器だ。

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