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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──インフィニット・ワルツ──
48/120

#48



 いつも何かを探している。

 けれど、過ぎ去ってわかるのだ。


 今まであったものこそ至高であることに。





        #48





 ──ある者を探し出すついでに、自分を匿ってくれた男の絶望を少しだけ楽にしてやる。



 それが(ゆかり)と景の行動理由だと言うことだと聞いた瞬間、事務所のドアが蹴破られた。


 けたたましい音に瞬時に反応した丹羽は、右手からショットガンを出しながら振り返る。


 ヤクザの金融事務所のドア蹴破って入ってきたのは、明らかに素人ではない仄暗い顔をした三人の男だった。



「……ね、こういうことなんですよ」



 狐刀が苦笑しながら言う。

 男らはどう見ても殺し専門の奴らだが、問題なのは彼らが(ヒト)であるか侵入者であるか。それだけだ。

 丹羽のショットガンを見ても怯えないところを見れば、前者らしいが。


 妙に自信のある顔をした一人の男が、ゆらりと前に出てくる。彼の獲物は間違いなく瀬世だ。

 

「──退きなさい」


 後ろから狐刀の声がして、丹羽はさっと身を低くした。

 腰を屈めたその瞬間、丹羽の頭上をコーヒーカップが五つ飛んでいく。

 ひっくり返る熱いコーヒーが放物線を描き──白い陶器のカップがぐるんと周り──三人が反射的に腕でそれを払おうとするのがスローモーションのように見えた。その刹那に、舟正が黒豹のようにしなやかに前に出る。ナイフを持っていた男の腕を取って躊躇いなくあらぬ方向に曲げ、さらにそれを膝に叩きつけた。


 顔を歪ませた男は、しかし左手に持っていたナイフを舟正の首に刺そうとした。が、それよりも早く動いた舟正が相手の左手首を掴み、ブンと大きくドアに向けて投げる。取り上げたナイフは、ご丁寧にも相手の首にきちんと刺していた。びくりと身体が一瞬痙攣し、動かなくなる。それを見た他の二人が一気にこちら側に詰め寄るように身体が傾く。

 

 丹羽は叫んだ。



「──井田口!」

 


 ドアの向こうの壁に人影が見えたのを確認した丹羽は、ショットガンをくるりと回すと銃床(じゅうしょう)で迫ってきた男の額を割る威力で殴りつけた。男が白目を剥いて真後ろへ倒れるその背後に、白いキャップがスッと差し込む。一人残り逃げようと後ずさった男の服を掴んだ井田口が、そいつを勢いよく後ろへ倒した。


 体制を戻し他男と井田口が組み合う。腕を取って投げようとする井田口の踏み込み方に見覚えがあるのか、男は身体を縮めて素早く打撃を繰り出して退路へと逃げ込もうとした。

 

 丹羽は仕方なくショットガンをベレッタに変えて、井田口が向き合っている男に向ける。井田口に集中してる男はボクサーのようにゆらゆらと揺れながら挑発するように拳を出すふりをし、井田口はそれに取り合わずにじりじりと追い詰めていく。二つの頭が忙しなく前後左右に揺れる中、丹羽に躊躇いはなかった。



 銃口を向け、引き金を引く。



 パン、と乾いた音に次いで、男の頬に何かが掠める。

 一瞬動きを止めたその隙を井田口は見逃さなかった。

 男の腕を取り、肩を外して身体を壁に押し付けると、素早くジーンズのポケットから手錠を取り出して手にかけた。

 持ち物を確かめるように男の衣服を叩き、なにもないとわかると頭を押し付けて「じっとしろ」と低く言う。相当な力なのか、男は床にずるずると座り込んだ。

 井田口が振り返る。


「丹羽くん、どうもありがとう」

「いや」

「後ろ、危ないよ」


 丹羽の背後で、額が腫れた男が両手を組んで振りかぶっている。丹羽が振り返ったとき、男の首にするりと白いものが巻き付いた。手だ。


「──あかんよ。その人に手を出したら」


 舟正の声がしたと同時に、太い首が一回り小さくなる。

 にっこりと笑う舟正と目が合う。まるで、何も力を入れていないように寛いだ顔で。


「怪我してはります?」


 丹羽は呆れた顔で首を横に振ると、舟正はわざとらしくほっと息をついた。


「ああ、それはよかった。あなたに傷をつけたら、坊っちゃんにあとでキッツイお仕置きされるのが目に見えてますのでね」


 男はまるで首元を噛まれた動物のようにだらりと立ち尽くしていた。顔は変色し、目はぎょろりと剥いている。本能的に抵抗できないのだろう。

 丹羽の後ろからは「ぎゃっ」という短い悲鳴と「動くなって」という井田口の声まで聞こえてくる。床には首が刺された男が転がっているし、コーヒーのシミとカップも散乱している。この狭い空間はカオスとしか言いようがなく、丹羽は思わず眉間を揉んだ。



「……で、なんだこれは」

「──だから言ったでしょう?」


 狐刀がぬっと出てきて、舟正を止める。


「それ以上すると床が汚れてしまいますよ。やめなさい」

「狐刀さんがそう言うんやったら……仕方ないわ」


 すとんと手から力を抜いた舟正の足元に、男が激しく息を吸いながら土下座するように落ちる。狐刀が足で転がして仰向けにすると、舟正が右の手のひらを踏み、瀬世が左手をぐっと踏みつけた。

 磔のようになった男の膝を狐刀が踏む。右手から美しい刀身をした日本刀が出てきたかと思うと、男の足の間にそっと立てた。


「さて。このまま動かすと、お前の身体を割くこともできますが、慈悲深い戸頭間家の協定において、人に手を出すのは厳禁……どうしましょうかね」


 男は歪に笑う。それ以上に、狐刀は笑みを深めてずいっと顔を近づけるように屈んだ。


「ですが今ここに、それを告げ口するものはいません。意味がわかりますね?」

「!」

「誰の命令で動いているのか言いなさい」


 狐刀が詰め寄ると、男は引きつった笑みのまま口を大きく開けた。

 ハッとした舟正が動くが、遅かった。

 





 無人の金融事務所には、死体が三つ転がっている。














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