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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──インフィニット・ワルツ──
44/120

#44



 永遠がないのなら、全てを破壊すればい。

 そうすれば閉じ込められる。

 すべてを。




        #44




 控えめに鳴る低い音が、ぽつぽつと独り言のようにメロディーラインを奏でる。


 華やかさは無い。

 空気が震えているのような味気ない音が、そこにゆったりと広がって、穏やかに消えていく。

 戸頭間はピアノの椅子に座り、丹羽が演奏を終えるまでじっと聞いていた。


 ウッドベースを優しく立てかけ、眠そうにしている戸頭間を見下ろす。


「──ほら、部屋に戻るぞ」

「んー……あのさあ」

「なんだ」

「多分なんだけど」

「ああ」

「いや、違うかもしれないなー」

「だからなんだ」

「ちょっと、倒れるかも」

「……は?」

「兄さんに連絡して」


 戸頭間はそう言うと、本当にそのままぐらりと向こう側へと崩れ落ちた。


 椅子が倒れる派手な音がバーに響く。





        ◯





「大丈夫です。いつものことなので」


 戸頭間にそっと布団をかけた武家山がそのままベシッと額を叩く。


 倒れた戸頭間を見下ろしているところに、武家山が上から降りて来たのが幸いした。

 彼女はまるで殺人現場に居合わせたような顔で丹羽をじろりと見たが、丹羽が「サトルに連絡しろだと」と言うと、納得したように戸頭間を雑に抱き上げた。そうして部屋まで戻り、ベッドに寝かせた──というよりも投げたのだった。


「サトル様には私から連絡を。今はお休みでしょうから、余計な怒りに触れないようにしたほうがいいかと」

「悪いな。よろしく頼む」

「いえ。普段かなりご苦労をかけているのは知っていますから。これと二十四時間一緒にいるのは大変でしょう。一週間は解放されますよ。おめでとうございます」


 どう反応するのか正解なのかわからない丹羽が微妙な顔をすると、武家山は珍しく柔和に笑った。


「変わった人ですね。喜んだほうがいいですよ」

「一週間で起きるのか」

「ええ。早くて一週間。体内が破損しているんです。修復に時間をかけるので、本当に全く起きません」


 事も無げに言った武家山は、そのまま部屋の隅にある椅子に座った。


「一番無防備な時間なので、決して口外なさいませんように。苛立ちが最高潮に達して我儘が発動したことにしてください。今日の態度だったら皆さん信じるでしょうし」

「それはまあ」


 しかし、微妙な時期だ。

 叩き尽くす一歩前。

 身内もそれ以外も〝戸頭間家〟に従わないものを徹底的に潰してきたこの一年で、それ以外の者にフラストレーションが溜まってきていてもおかしくはない。この時期に戸頭間が()()()()ことが知れ渡れば、ここが襲撃されることもあるだろう。

 丹羽の考えを覗き込んだように、武家山は小さく笑んだ。


「ええ、ですから私がここから離れません。下には数河もいますし、丹羽様はいつものように、()()の尻拭いをしているように過ごしていてくだされば問題ないでしょう。とりあえず今は休んでください。サトル様に連絡がついて指示を仰ぎ次第、声をかけますので」


 わかった、と丹羽が返事をすると、どうしてか武家山は母親のような顔で笑った。

 丹羽は頭を掻きながら、戸頭間の部屋をあとにする。




 もう二年ほど住んでいる部屋に入れば、奇妙なことに落ち着いた。

 開け放したままだったせいで部屋はひんやりとしているが、バルコニーの向こうには穏やかな夜が広がっている。

 あと数時間もすれば、夜明けが来るだろう。

 その隙間にまた誰かがこちらへ廃棄されるかもしれない。


 そう思って、ベッドに腰掛けた丹羽は自嘲した。

 ──()()()

 いつの間にか、まるで自分の居場所のように語っている自分に気づき、おかしくなる。

 丹羽は眼鏡を取ると眉間を揉んだ。



 むらさき、どうして眼鏡を掛けてるの?

 幼い自分の声が頭の中に響く。


 

 突然襲ってきた記憶の欠片に渋い顔をして、丹羽はどさりとベッドに倒れた。

 目を瞑って眠ろうとするが、眠りに落ちる寸前まで勝手に頭の中を侵食してくるそれをいつものように静かになだめ続ける。



 少年が、白髪のくせ毛の男の顔を覗き込んでいる。

 ずいっと顔を寄せられた男は、宙を見て「んー」と笑った。

 ちょっと最近見えづらくてねぇ、とのんびりと言った男が、ほれ、と少年に眼鏡を渡す。

 興味津々に眼鏡をかけた少年は、ぎょっとしたようにそれを外した。

 その奥で、誰かが帰ってきたのが見える。少年の顔がぱっと明るくなった。


 おかえり、景!


 無気力な顔をした、黒いうねった髪を後ろで結った男が「おう」と手を上げた。

 ふと少年は気づく。いつもは一人で帰ってくる男の後ろに誰かがいることに。









        ◯







 廃屋のビルの周囲は白い防護壁で囲まれている。

 取り壊しが決まってから何年も手つかずなのか、汚くくすみ、入口のフェンスは鎖で厳重に閉められ、その奥には事務椅子や機材、鉄パイプがごろごろと転がっていた。


 カビた不快な匂いが満ちたその中で、一人の男がドサ、と汚れた床に仰向けに倒れた。

 ぬるりと青く溶けて水になり、霧散する。


 見下ろすのは、黒いうねった髪をした男だ。

 一本だけ吊り下げられたライトがぎっと揺れ。男の顔が影になる。

 灰色のシャツに、ジーンズ。その手にはサイレンサーのついた銃が握られている。


 その後ろから、ゆっくりと小柄な人影が近づいてきた。

 キャップを目深に被った、後ろから尾のように結った髪を出している男だ。脱ぎ散らかされた服を拾い上げる。



「──丹羽くん、容赦ないよね。見ていて気持ちがいい」



 男に呼ばれた丹羽はベレッタを戻しながらため息を吐いた。

 景とそっくりに模した髪を掴んでカツラを脱ぐと、頭を振る。


「……どうも」

「全然隙がないからやりやすいわ。警察で働かない?」


 丹羽が黙っていると、インカムから「今日はそこまで。上に戻れ」というサトルの声が聞こえてきた。

 服を回収し終えた男が耳に手を当てる。


井田口(いだぐち)了解です。先輩、入口の施錠後に戻ります」


 井田口は服を押し込んだバッグを持つと、ちらりと丹羽を見た。

この隙のない顔。佇まい。サトルが連れている相棒とやらは、相当気味の悪い人間だった。


 戸頭間が倒れてから二ヶ月。

 一向に目を覚ます兆しはない。










 

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