表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──死神とブルース──
4/58

#4


 燃え尽きた残骸を残して海岸を去る。

 戸頭間の快適な運転で、夜明け前のラジオからは延々と「死神とブルース」が大音量で流れていた。



       ♯4



「ねえ」


 呼ばれたような気がして、丹羽はちらりと隣を見た。

 戸頭間の黒髪が、わあわあと潮風に煽られている。

 窓が全開なのは、二人して車に乗り込んだときに焦げ臭いにおいが充満したからだ。

 無言で二人して窓を全開にした。

 おかげでラジオが聞こえず、ボリュームを大きくしたのは戸頭間だ。


 枠に肘をついて、丹羽は戸頭間の口がはくはくと動くのを見る。


「……で、……よね?」

「戸頭間くん」

「え? なに?! 聞こえないよ!」

「俺も聞こえないよ」


 それが届いたのかはわからないが、戸頭間はラジオの音を絞った。信号で止まったついでに、小さなハンドルを回して窓を半分まで上げるので、丹羽も続く。

 間抜けな動きだ。

 そう思っていると、戸頭間が笑った。


「あはは、聞こえなかったねー」

「……戸頭間くん、どこ行くか聞いてもいいかな」

「あのショットガンってさ、どうなってるの?」


 会話のキャッチボールがする気がないのか、戸頭間はわくわくしたように尋ねてくる。


「すごい威力だよね。顔に綺麗な穴開いてたもん。薬莢も出ないとか――丹羽さん何者なの?」

「……」

「完璧なコントロールができるくらい精神力がヤバいのは確実だよね。僕、金属バットが精一杯。それでも形を維持するのが大変だもの」


 炎を自由自在に扱えるだろうに。

 丹羽の無言を正しく受け取った戸頭間は、へらりと笑ってステアリングを指先で叩く。


「あれはねえ、ただ得意なだけ」

「へえ」

「信じてないね、丹羽さん。本当なんだよ。本当、本当」

「……本当が多すぎて信じられないわ」

「僕、無力なんだよねー」


 どこがだ。

 金属バッドをききとして振るい、最後はスイングまでして、仕上げに燃やすあれのどこが。

 思わず丹羽が鼻で笑うと、戸頭間は心外そうに「本当だよ」ともう一度言った。


「火を発生させるほど()()()()()()()()()からさ、火を持ってないと駄目なんだ」

「持っておきゃいいんじゃないか」

「確かにねー。で、丹羽さんはどうして路地裏でゴミみたいに寝てたの?」

「……」

「家族は?」

「……」

「答えないのが答えだね」


 本音を聞き出す気など毛頭ないのだろう。

 戸頭間はそれ以上聞いてこなかった。

 

 奇妙な沈黙の中、海岸沿いを走る一台のクラシックカーの中に控えめなラジオから流れるブルースが続く。

 終わり、始まり、終わり、始まり――ひたすら「死に神はおまえの後ろにいる」と歌い続けていた。


 後ろどころか、隣にいる。

 

 丹羽は、ふと、サイドミラーに誰かが映っていることに気づいた。


 男だ。

 目つきの悪い男がこちらを見ている。

 そいつはボサボサの白髪の前髪の隙間から、血を渇望するように――それにしては死んだような目でこちらを睨んでくる。ズレた汚い眼鏡が滑稽だった。

 手にした全てを失ったことに苦しむフリをしている、間抜けな中年。

 少しして、それが自分であることに気づく。


「丹羽さん、どうかした?」

「……いいや」


 それきり、戸頭間は声をかけてくることなく、時折歌いながら海岸沿いに車を走らせた。

 夜明けの気配がひたひたと海の向こうから近づいていくる。

 夜が明ける瞬間は、まるで地平線が割れたように見えた。小さなヒビから爪が食い込み、裂いていく。穏やかな夜は終わり、朝という凶暴な光が進入してくるのだ。

 無遠慮に。

 傲慢に。

 我が物顔で。

 彼らはそのわずかな隙間から入ってくる。

 地平線を割って――光をつれて――手からゆっくりと、侵入者はやって来る。



 バタン、と大きな音がして、丹羽はパチリと目を開けた。



「あ、起きた?」

「……戸頭間くん」


 車を降りた戸頭間が、助手席を外からのぞき込むように見る。一瞬自分がどこにいるかわからなかったが――それが日常なのだが、何故か一瞬にして彼が誰なのかわかった。記憶が波のように押し寄せて、現実を知る。


「俺、寝てた?」

「うん。寝てたよー。余りに静かに寝るから死んでるのかと思った。そんな訳ないのにね?」


 意味深に言う戸頭間から目を逸らすと、恭しくドアを開けられる。


「ほら、ついたよ。僕らのお城さ」


 とっとと降りて、と促され、丹羽は気怠い眠気の残る身体を無理矢理動かして車を降りた。

 恭しくドアを開けたドアマンに、戸頭間が車のキーを渡し、ロビーに入っていく。


 海岸の崖にそびえる城はホテルらしい。

 丹羽の頭上には「She side hotel」の文字が金色に輝いている。


 慣れたように歩く戸頭間に、丹羽はゆっくりとした足取りでついて行く。戸頭間はこのホテルに入るに相応しいどころか、本当にここが彼の住処であるような堂々たる振る舞いだった。

 汚い中年男を連れていても、誰も気にしない。

 一流なのか、それとも彼らの視界に入らないのかはわからないが、丹羽は何となく後者のような気がした。

 育ちの良い実業家のような男が戸頭間に「早いですね」と計算し尽くされたような笑みで声をかけ、これまた高そうな腕時計に目を走らせてロビーを出ていく。


「さっきの、狐刀(ことう)さん。名前と同じで、刀出す人だよ」

「へえ、そう」

「綺麗な日本刀でねー、今度見せてもらう?」

「いや、別に」

「眠い?」


 戸頭間が振り返る。

 何故か、丹羽は頭を縦に振っていた。彼が子供でも見るような目で笑う。


「部屋まで待って。ここは安全だから、そこでゆっくり寝なよ。なにしろここはShe side(彼女の側)だからね」


 フロントのカウンターの後ろを戸頭間が指さした。

 壁からぬっと上半身を出したようなセイレーンの石像が、悲しそうに微笑んでいる。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ