#23
意義を見出すことに意義を感じない。
誰かのため。
何かのため。
そんな高尚な動機など持ち合わせていないからだ。
すべては自分のため。
徹底的に、自分主義。
#23
ぐら、と揺れたのは一瞬で、丹羽はすぐに体勢を持ち直した。
みすぼらしい中年に見えるくせに、体幹が随分いい。ひやりとしたのが馬鹿らしいほどだった。
戸頭間は呆れたように丹羽を見る。
肩を撃ち抜かれたと思ったが、彼の白いワイシャツに穴が空いているだけだ。どうやら身体を傷つけられてすぐに塞いだらしい。
「……丹羽さんさぁ、一応聞くけど、貫通した?」
「ああ」
今気づいたとばかりに、丹羽は自分の傷があった場所に触れる。
と、そこがぐぐぐと盛り上がりはじめた。
「!」
名波他が唖然と凍りつく。
その反応が正常だろう。戸頭間が兄を見れば、無表情の彼も目を見開いていたし、武家山もそうだった。
血を一滴も出さずに弾を出した丹羽は、何事もなかったようにそれを床に落とす。
「器用にもほどがあるねー」
「残り五分だぞ」
ついでに几帳面に時間を知らせしてくれる。
定期連絡で居場所がバレるまで、あと五分。
サトルを見るが、この兄は帰りそうもない。三週間ほど前に、勝手に大事にした戸頭間に「名波他を釣るなら慎重で緻密な計画を」とガミガミいっていたのが嘘のようだ。私情でこの場を離れられない兄を、戸頭間は仕方なさそうに見た。
「どう思う? 丹羽さん」
「無理だな」
「ん。じゃあ、ゴー」
戸頭間はピッと窓を指差す。
すかさず、丹羽はベレッタを右手に戻してショットガンを出した。すぐにフォアエンドを左手で引き、窓を撃つ。
窓の割れた音がバーの響いた直後、丹羽は鮮やかな速さで手の中にショットガンを戻しながら駆け出していた。獰猛な獣のような、躊躇いのないしなやかな動きはどこか美しい。まだ呆けている名波他は、あっさりと彼に捕まった。ドン、と床に倒される。名波他の安っぽい銃が床を滑った。
顔を鷲掴みにされた名波他は、くぐもった荒い息を漏らすことしかできない。
「……、フー、フーッ……」
「で、結局どうするんだ」
なんの感情もない顔で名波他に馬乗りになった丹羽が、忠犬よろしく戸頭間に指示を仰ぐ。
戸頭間はそれには答えず、サトルの横顔に話しかけた。
「兄さん……僕、兄さんのこと大好きだけど」
「何だいきなり」
「丹羽さんは僕のだから。あげないよ」
どうみても弟のおもちゃが「使える」とわかったときの兄の顔にそう伝えると、サトルは至極真面目な顔で口だけを笑むように歪ませた。
「弟だろ。たまには貸してくれるよな?」
「え。だめ」
「……いいから、どうするんだ」
と、言いかけた丹羽が、ハッとして赤いハイヒールを見た。
鳴が白い手を伸ばし、名波他のリボルバーを拾う。
「!」
「鳴」
サトルが声を掛けるが、鳴には届いていない。
戸頭間はここに夜津兄弟がいないことを恨めしく思った。自分のせいだが、彼らの力のなんと便利なことだろう。いれば確実に鳴に銃が渡ることを阻止できたというのに。
侵入者が侵入者を狩ることは問題ない。
人が侵入者を殺すことも、問題ない。
が、人が人を殺すことは問題がある。
戸頭間は躊躇わずに命令を出した。
「やって」
戸頭間の声に反応するように、丹羽の手が名波他の顔をなぞるようにして首へ向かう。
右手からぬるりとベレッタが出てきた。
ひい、と声を漏らした男を見る丹羽の目は、奇妙なことに憐憫に満ちている。
破裂音がして、名波他は動かなくなった。
■
「待て」
丹羽に止められた戸頭間は、黙って前を向いたまま運転を続ける。
「俺はやってないだろ」
「いいや、丹羽さんがやったんだよ。名波他の首を撃って殺したんだ」
戸頭間はどこか冷たい声で微笑んだ。
「そうしたら、あいつは青いゲルになって、消えた。あいつは侵入者だった」
「……何を言ってるんだ」
「やっぱり記憶って書き換えちゃうことがあるんだねー」
「戸頭間くん」
丹羽の声が苛立っている。
「あいつは侵入者じゃなくて人だった。だからあの時──」
◀◀
「……いいから、どうするんだ」
と、言いかけた丹羽が、ハッとして赤いハイヒールを見た。
鳴がすっとしゃがみ、名波他のリボルバーを拾う。
「!」
「鳴」
サトルが声を掛けるが、鳴には届いていない。
戸頭間はここに夜津兄弟がいないことを恨めしく思った。自分のせいだが、彼らの力のなんと便利なことだろう。いれば確実に鳴に銃が渡ることを阻止できたというのに。
侵入者が侵入者を狩ることは問題ない。
人が侵入者を殺すことも、問題ない。
が、人が人を殺すことは問題があるし、侵入者が人を殺すことは大問題だった。
その大問題を戸頭間は喜んで背負う気でいたのだが、このままでは鳴の手が汚れてしまうし、その前に阻止しようと兄が前に出るだろう。それは困る。確実にここが汚れてしまう。
仕方がない、と戸頭間が丹羽に頼もうとした瞬間、丹羽は名波他からパッと離れた。すぐに鳴に体当たりをするような勢いで近づき、素早く銃を奪う。
その丹羽の後頭部に、名波他が大きく振りかぶった。
離れた場所にいた戸頭間もサトルも武家山も、動く暇などない。
どこにそんな力があるのか、名波他はまるで死に際のネズミのように体制を立て直したのだ。
声すら間に合わず、警棒が丹羽に振り下ろされる。
鈍い音と衝撃で倒れた丹羽に、鳴はピクリと反応を示した。
名波他が鳴の腕を掴む。
鳴に躊躇いなどなかった。
無のまま、彼女は名波他と同じような動きで、彼の心臓めがけてアイスピックを振り下ろしたのだった。




