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20 アーツ

 流派『迷宮近接刀法』の一にして究極、【圧斬(おしぎり)】。その名の通り圧しつけた状態から刃を引くことで、より深く斬るというアーツである。その威力のほどは見ての通りだ。堅牢なドラゴンの鱗すら断ち、強靭な筋肉すらも引き裂くことができる。

 もっとも、その分反動も大きい。気力というか精神力というか、ゲームで言うとことのMP(マジックポイント)的なものを消費するらしく、発動直後は半端ない疲労感に苛まれることになるのだ。


「グロロロロロオオオオオオオオ!?」


 半ばまで前足を切断されたレッサードラゴンが傷みと混乱で絶叫している。そのやかましさは並みではなく、音響爆弾か何かかとツッコみたくなるほどだ。

 まあ、突っ込んでいる余裕なんて欠片もなかったんだけどさ。先にも挙げた疲労感もさることながら、深手を負わせたことでいつ倒れてくるのか分かったものではなかったからだ。


 個体差はあれど、レッサードラゴンの全長は十メートルを超えることが多い。それを支える足の一本をざっくり斬り裂いたために、巨体を支えきれなくなる可能性があるのだ。

 例えるなら大型の観光バスが倒れてくる、もしくは落ちてくるに等しい状況だった。


 うん。ツッコミなんて入れている暇はないよな。

 せっかく攻撃を食らわせたというのに、倒れてきた体にプチッ!と潰されたのでは意味がない。少しでも早く安全圏にまで逃げきる必要があったのだ。


 もっとも、目の前には次のレッサードラゴンがズズンと壁のように立ちはだかっているし、上空ではワイバーンたちがこちらをロックオンしている訳ですがね。


 あれ?これって完璧に詰んでません?


「グググググルルルリラアアアアアアアアアアア!!」

「うっさいわ!このオオトカゲ野郎が!」


 仲間を傷つけられて怒ったのか、それとも単純に目障りに感じたのか、威嚇の咆哮を轟かせる。が、こっちはもう既に引き返すための道なんてありはしないので、その程度で怯えることもなければ怯むこともない。

 逆に啖呵を切って睨みつけてやれば、まさかの剣幕に一瞬気圧されてたじろいたようにも見えた。


 この千載一遇の好機を逃す訳にはいかない。これまで以上に足に力を込めて、一気に距離を詰める。そして無防備にさらけ出されている前足へと走る勢いのまま刃を押し付けて、斬る!

 今度はこちらの感情も乗っていたこともあり、骨すら断ち割り裏側の薄皮一枚で辛うじて繋がっている状態だ。


「グリュルロオオオオオオオ!?」


 再度響き渡るドラゴンの悲鳴。レッサーだけど。


 しかし、その代償は大きかった。今度も駈け出そうとしたのだが足が鉛のように重い。その割に地面へと接している足の裏はふわふわと頼りない感触ばかりを伝えてくる。どうやらMP的なものを消費し過ぎて、こちらで言うところの『魔力切れ』に陥ってしまったらしい。

 ぐぬぬ、十階ボスのゴブリンキング相手には三回使用してもこうはならなかったんだがなあ。

 いくらボスとはいえゴブリンと、レッサーとはいえドラゴンでは格が違い過ぎるということのようだ。


「考えてみれば当たり前の話、か?」


 この辺りのことにまで頭が回っていなかったこと自体、今回の挑戦がいかに無謀なものだったかが分かるというものだ。


「いやいや、終わっちゃったみたいな雰囲気出してる場合じゃねえぞ」


 諦めたら試合終了どころか命が終了してしまうのだ。死に戻るだけと安易に考えるなかれ。その過程はしっかりと記憶されることになる。前にも述べた通り、その時に負った恐怖など感情により探索者を引退した者は少なくない。

 ついでに言うと、本当に死に戻れるかどうかは不明なんだよな。原理は不明だし、ダンジョンの気まぐれだと言う人もいるくらいだ。運良く今のところ死に戻ることができているだけ、なのかもしれない。


「俺は!こんな所で死んでなんていられないんだよ!!」


 負けてたまるかという気持ちをあらわにするため、そしてこの状況に飲まれないためにも大声で叫ぶ。野性の本能?が刺激されたのか、それに釣られるように目の前のレッサードラゴンたちだけでなく上空のワイバーンたちまでもが咆哮をあげ始める。


「上等だ!一匹残らずぶっ倒してお前たち爬虫類に哺乳類様の力ってもんを思い知らせてやらあ!」


 剣を地面に突き刺しながら啖呵を切ると、スリングショットで次々に手裏剣を発射していく。こうなればもう出し惜しみなんてしている場合じゃない。<射手>スキルのお陰かスリングを引く挙動で狙いを付けることができるし、全弾撃ち尽くしてやる。

 タメがない分一発の威力は落ちるが、その分は数で勝負だ。けん制とかく乱の効果も狙えるので都合がいい。


 そうこうしている間に、すぐ近くにまでレッサードラゴンが走り寄ってくる。

 ちっ!ちょっとばかり上に意識を向け過ぎたか。スリングショットを片付ける暇は……、ないか。後で発見できることを祈ってその場に放り捨てると、突き刺していた剣を引き抜く。


 肘を曲げて、剣を寝かせるようにして右手で持つ。左手を刃のない峰に添えると、人差し指と中指で軽く挟み込む。

 俺の戦闘スタイルの関係で師匠からは攻撃中心の指導を受けてきたが、本来の迷宮近接刀法は決して攻撃一辺倒の物騒なものではない。この構えからも分かるようにどちらかと言えば攻防一体のバランス型戦闘術なのだ。


「グルガアアアアアアアアア!」


 雄たけびをお供にレッサーワイバーンが突撃してくる。小細工など一切なしの正面からの衝突狙いだが、彼我の質量差からとてつもなく有効な攻撃方法だと言わざるを得ない。

 単純だからこそ避けるくらいしか対処法がないのだ。が、既にそれができるだけの時間も距離もない。


「ならば、おし通るのみ!」


 師匠の口調を真似て気合を入れる。横に寝かすようにしていた構えを解き、刃先を天に向ける。峰に添えるのは掌ではなく左腕だ。そのまま一歩右脚を引いて軽く半身に。

 地響きを立てながら地竜の巨体が迫る。雄叫びこそ止まっているが日和(ひよ)った気配は感じられない。むしろ気迫は漲っているくらいだ。その証拠に切れ長の瞳孔がしっかりとこちらを見据えていた。

 どうやら頭突きで跳ね飛ばす魂胆のようだな。しかし、それはこちらにとっても好都合というものだった。


「勝負!」


 レッサードラゴンの頭が目の前一杯に広がっていく中、体ごとぶつかるようにして一歩前へ出る。

 そして、大きな衝撃が体全部に走り抜けていく。


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[一言] >流派『迷宮近接刀法』の一にして究極、【圧斬(おしぎり)】 圧(へ)し切り長谷部「くっ……かの信長公も振るった名刀たる先達の声は届かんか」  呼び方は別にどっちでも良いけど、なぜか書いてお…
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