保健室の魔女
龍美がそんな想いでいることを知らず、僕は保健室に
一人向かっていた。
クラスメートの視線にいたたまれず、親友のタックンと
ゆっくり弁当を味わう暇もなかった。
トントン
「失礼します。」
「え~と、誰だっけ。」
「二年一組の近藤 奏夢です。」
保健室の主、養護教諭の近藤 美津代先生の問いに
答えた。この先生はみんなから、コンミツと呼ばれている。
確かに、あの中学校時代のあだ名が愛人だったという芸能人に
似ている。30歳を過ぎていて、いまだに独身である。
噂では、かなりのどSで、あっちの方はかなり激しいらしい。
今まで付き合った男は数知れずだが、すべて逃げ出されたらしい。
あれの最中に上だが下だが後ろからか知らないが、心臓麻痺を起こし、
死にかけた男がいるとかいないとか。
まあ、僕には関係ないけどね。
「どうしたのかしら。見た目、どこも悪いように見えないけど。」
「はい、絆創膏をもらいたいのですが。」
「どこか、怪我をしたのかしら。」
やっぱ、そのけだるい仕草と声のトーン、色気あるわ~。
「はい、首筋に怪我をしまして。」
「どれ、見せなさい。」
コンミツは、椅子から立ち上がり、直立不動の僕に近寄り
有無を言わせず、顔を寄せ、首筋を眺める。
龍美とも星明とも違う大人の女の色気にクラクラするが、
必死にこらえた。
「フ~ン、そうなんだ。それで、お相手はどっちかしら。
あのお嬢様の森 星明がこんな真似をするはずがないし、
となると、やっぱり白木 龍美ね。」
ガ~ン
潤んだ瞳で艶っぽい唇を尖らせたコンミツの言葉に、
僕は頭を後ろから木刀で殴られたような衝撃を受けた。
「どうして、それを、見ていたんですか。あっ、しまった」
僕は、黙秘権を使うまでもなく、自白してしまった。
「フフフ・・・、聞きたい。」
僕は黙って、首を縦に振るしかなかった。
「私が見たのは、図書館でのあの激しいキスシーンよ。」
僕は、もう言葉が出なかった。まさか、まさか、あのシーンを
見られていたとは、信じられない。穴があったら、入りたい。
「そんな顔して、可愛いじゃない。あの日、図書館の奥で
調べものをしていたら、あの騒ぎじゃない。逃げ遅れたの。
『すみません、ちょっと席を外してもらえませんか。』
君、カッコ良かったよ。
でも、その後は、まったく駄目ね。完全に、玩具ね。」
「はい、言い返す言葉もございません。」
僕は、素直に認めた。
「でもね、私、濡れちゃった・・・・。 わかるう~。」
「いいえ、何のことか、さっぱり。泣いたんですか。」
「まあ、学年二の秀才でもそっちのお勉強はさっぱりなのね。
だから、玩具にされるのよ。私が、教えてあ・げ・る。」
コンミツは僕の顎に指をかけ、耳元で甘く囁く。
「結構です。まだ、死にたくありません。絆創膏、
もらっていきます。失礼します。」
体の芯からしびれるような甘い吐息と体の奥底から
沸き起こる大人の女とのお勉強の誘惑を断ち切り、
僕は保健室から脱出した。高校性日記なんて、ありえない。
胸の心拍数が一気に180くらい上がった感じがする。
「逃げられちゃった。警察に電話してやったのは、私よって
言ったらよかったかしら。まあ、いいや。お楽しみは、
これから。あの子たちの動きに目が離せないわね。」
白い白衣を着ているものの、真っ赤なハイヒールを履いた
男性の視線を釘つけにする美脚を椅子の上でさすりながら、
コンミツは、新しい玩具を見つけたように微笑んだ。
ここに、魔女がいた。




