盗まれた乙女心
その日の昼休みは、ちょっとした騒ぎが起こった。
いつも、中庭の池の前のベンチで仲良くお弁当を
食べている森星明と林崎武の二人の姿がなかった。
最初は、林崎武、たった一人でお弁当を食べていたのだが、
彼の取り巻き連中が放っておくはずがない。
「ここ、いいですか。」「一緒に、写メお願いします。」
「これ、私が作ったんです。食べてください。」などなど。
これ幸いと、群がった。ファンへのサービスからか、武も
随分楽しそうでメッチャ笑顔であった。
「まあ、鼻の下を伸ばして、はしたない。」
武のそんな姿を屋上から、冷ややかに見つめている絶世の
美を誇る女子高生がいた。森 星明である。
二人は、只今、冷戦中であった。
昨夜、武が龍美の口車に乗り、あの女装男子との立ち合いを
やめたことに、星明は納得できず憤慨していたのである。
武にしてみれば、賢明なる選択であったが、星明から厳しく
恋人の仇討ちをしなかった腰抜け、根性なしなどという叱責を
浴びせられて胸が傷ついていた。
それだけではない、全校生徒公認の恋人である自分とは、
手は握ったことはあるものの、キスもしたこともないのに、
結果として、あの女装男子に唇を奪われ、おまけに胸まで
さわられたことには、我慢できなかった。
しかし、それを口に出すには男のプライドが許さない。
器が小さい男とも、思われたくなかった。
気まずい、実に気まずい。
実のところ、星明もあの女装男子のことが頭から
離れないでいた。
幼い頃から祖母に厳しく大東流合気柔術を叩き込まれ、
同世代では無敵と自負する自分の入り身投げの呼吸を
完全に盗んだ。自分と同じく、大東流合気柔術の技を
身につけているくせに、まともに勝負せず、私を挑発し
あんなふざけた技で、私を倒した。
いいや、それだけではない。
私が意識を失っている隙に、あんな恥ずかしいことを
しでかした。
許せない、今度あったら、どうしてくれよう。
あの憎っくき女装男子の師匠は、どうやら祖母と
顔見知りらしいが、祖母は、その件には一切触れない。
私が触れれば、即斬るといったオーラである。
祖母に聞くことは、断念するしかない。
入学して初めて屋上に登ったのも、あの女装男子を
もしや見つけることができるかもしれないと、淡い
期待からであるが、学校で女装しているはずがない。
そんなの変態だ。そんなこともわからなくなっている
自分が、情けない。何もかも、初めての経験で、
泣きたくなってしまう。
誰しも、初めての経験には弱く忘れられないものである。
森 星明は、男装女子ことコンドウム、もとい近藤
奏夢に心を盗まれたことに、自分でもまったく気づいて
いなかったのである。
ここにも、乙女がいた・・・・。




