プロローグ02
儀式という『神降ろし』の使い方を最初に発見したのは誰だったか、よく考えれば、最初からあったのかもしれないし、今、隣に座っている彼かもしれない。
その、儀式は使った対象に『魔』を与えた。
つまり、魔法だ。ほら、足元から風を起こしてスカートめくりをする、そんな簡単なモノではなく、やっぱり、と言っても最初からそれは、戦争の道具だった。
使い方を誤れば、人が一瞬で潰れたり、ミンチになったり、使う人が使えば一国が瞬時に塵と化すだろう。そんな傍若無人な、理不尽なものであった。
しかし、そんな『魔』には代償という代償が無かった。
まぁ、それは使うときの、という前提が必要なのは確かなようで。
儀式の時点で失敗するかは決まる。失敗すれば、人が死ぬ、意識が飛ぶ、廃人になる、様々、まぁ十人十色というべき症状が失敗した人たちに襲いかかったのは事実である。
しかし、儀式に成功して、そんな代償が支払われたことは無かった。どこを探しても、絶対に。
つまり、この力を一言に、簡単に、率直に、すぐに、今まとめて言うなれば、弱肉強食。下克上の乱世ということだろう。
儀式は誰にでもできることだ。成功するかしないかは関係なく、テーブルに紙をおいてそれに簡単な魔法陣を描いて、それでも儀式はできる。
身体に魔法陣を刻む人もいる。その人は魔法戦士と呼ばれ、重宝されている――――と、多分言えるだろう。事実、王国軍にスカウトされるから。扱いは、知らないが。
『魔』は、犯罪にだって使われることがある。というか逆で、使われないことがおかしい。
つまり、誰でも、果ては生まれたばかりの赤子でさえも事を踏めば『魔』は使えるのだ。それは、危険と二律背反であるというのに。
それを、抑えるために各国、都市には『魔』を起源とした魔法を創った。そして、その魔法で、都市の中では攻撃と見なされる『魔』が使えなくなった。
それと同時に、『魔』というストッパーのない危なっかしい物が魔法へと置き換わった瞬間であった。
魔法は、《簡易式儀式殿》という、地球のキリ○ト教教会のような神殿が都市の所々に設置され、その加護があってこそ発現するものだ。それも、『魔』よりも安定して強力な事もできた。
その魔法が、世界に掛けた最大の効力は、絶え間なかった『魔』の戦争を止めたことにあるだろう。
各国は、協力して魔法を中心しとした世界づくりを始めたのだった。それが、今から多分200年くらい前だった。
そして、誰も儀式を使うことはなくなり、魔法もいつかは生活に使うだけの簡単なものから発展しなくなり、そこで落ち着いた。今は、戦争も無ければ国間で揉めれば会議になることが普通だとわかったからだ。戦争は何も産まず、話し合いは絆を生む。
そして、全ての国は、儀式、『魔』、魔法から手を引いたと行っても過言でも何でもなかった。
唯一つの王国を除けば。
神が降りた都市、魔法王国、聖ウォネガット王国。
唯一つ唯一神アルファイルを、儀式でおろした国である。国民は、法で強制するまでもなく、儀式を神聖化し、更にそれの開発、発展に国民から投資する者も後を絶たないほどに。
だから、儀式はこれまでに無いほどに進化した。神が使っていた『魔』にこれまで以上に近づくことができた。
国権研究機関に集まった資金は、他国の奴隷を買い、一般人と同じ権利を、研究に手を貸すことを条件に与えた。つまり、国民も国側も合意の上で『魔』を研究していたのだ。
それは、この世界への反逆と同であった、が、聖ウォネガット王国は関係ないとばかりに研究の手を休めなかった。
国の境界線には高さが10000m以上の壁を一夜にして建て、進行を阻む。そして、城は、地面と切離れ、天空に城を構えた。それも、雲よりも上へ。
天空の城ラ○ュタ状態である。
後に、城が離れ、国民もほとんどが空へ昇った島に乗り、人口が減りすぎた王国に、この世界を仕切る政府が攻め、『魔』を扱う王国は倒れたと思われていた。
だって、天空の城と島は雲の上にあって、誰も見つけられないのだから。
しかし、彼はまだ地上にいた。聖ウォネガット王国の最強の兵『聖十二神具』の二つを身体に宿した切り札である《断罪の愚者》。
世界は知らずの内に大きく歴史が動こうとしている予兆を、今、は感じられずに居る。
つまり、表面でも平和だったこの世界が再び戦乱へと化すやもしれない、と――――そういうことであった。




