47話「カンヘルは優しい龍です」
門星学園 高等部βクラス
カンヘル「いいんじゃないですか?」
教室に戻り、カンヘルに尋ねたところあっさりと告げられた。
俺「え? いいの?」
カンヘル「はい、別になくなるわけではないんですから。……というか、そういうことは普通鉄鼠ちゃんとか場を仕切ってる子に言うべきでは?」
俺「……まあでも、言い出しにくいし。同じクラスだしさ」
俺はそう告げると、自分なりに返ってきそうな答えを想像してみた。
…………
……
……ダメだ。みんな良い子すぎて否定されそうに無い気がする。
まあそれはそれで嬉しいんだけど、やっぱりアイドル活動はしてもらいたいしなぁ。
カンヘル「私からすれば、そこまで気にする問題じゃないと思いますよ? 解決策はいくらでもありますし」
俺「……考えすぎなのかなぁ」
カンヘル「とりあえず今は学園祭のこと考えましょう。アイドルの解散だなんて仮の話じゃないですか」
それもそうだ。
ありとしないかもしれない話を深刻そうにするよりも、目の前のことをこなすのが最優先だ。
カンヘル「それにアイドルのことばっか考えてると、他のことに集中出来ませんよ。……私と俺くんの他には誰がこのこと知ってます?」
俺「えっと……アルミラージと、あとはラミアさん、タウロさん、生徒会とkemkemoの関係者かな」
カンヘル「なるほど……アルミラージなら心配なさそうですね」
なんかアルミラージの印象が可哀想になってきた。
カンヘル「まあアイドルなんて有名になってから考えるものですよ。私の世界のアイドルなんかも、突然出てきて突然消えたみたいなことは良くありましたから」
俺「……そういうもんかね」
俺がそう言うと、カンヘルがクスッと笑った。
カンヘル「そういうものですよ」
俺「そっかぁ」
……一瞬の沈黙
カンヘル「そういえば、露店のメニューの確認してくれます? ハーピーちゃんにも頼んでるんですけど……何食べても美味しい以外のコメントがもらえないので」
俺「あー……そうだな。うん、確認するよ」
******
門星学園 調理実習室
俺「そういや俺、ここ来たの初めてだな」
カンヘル「確かに、調理実習なかったですもんね」
結構本格的な調理器具が設置されているだけでなく、一般的なイメージの調理室の4倍くらいはありそうだ。
それに見たことのない道具もある。これは異世界の道具だろう。
俺「しかし、人多いな。やっぱ学園祭前だから?」
カンヘル「ですね。それにしてもシンクが全クラス分あるっていうのは驚きですよね……」
俺「確かに……」
その一般的な学校の規模から逸脱した光景に圧倒されながら、自分のクラスがいるシンクへ向かう。
鬼「あ、俺くん来たんだね」
スライム「ラッシャイ」
2人は既に幾つか試作していたらしく、エプロン姿でトレイにお菓子を並べている。
もちろんスライムさんは裸エプロンという奴だ。ビニール加工で防水仕様。
鬼「つまみ食い?」
俺「試食だよ」
鬼「物は言いよう」
俺「……じゃあいらないよ」
ため息をつき、後頭部を掻く。
俺自身、料理を作るのに関しては好きだが別に食い意地が張っているわけではない。
鬼「え!? いや、冗談だよ! 食べてよ、ねえ!?」
しかし、反応は予想外のものだった。
鬼が取り乱し、スライムが腕から伸ばした触手もどきで鬼にペチペチとツッコミを入れている。カンヘルは支度をしてるため関わっていない。
俺「そ、そんなに食べて欲しいのか?」
鬼「だって平行世界の人だもん」
俺「……あーうん」
まあそのためにここに来たからな。
俺「そういえば前にスライムさんのプリン食べたなぁ。風邪だったからよくわかんなかったのかもしれないけど」
スライム「……タベル?」
そういうとスライムさんはスプーンでプリンを掬い、口に近づけて来た。
……これってアーンってやつでは?
スライム「アーン」
俺「え? あ、アーン」
スライム「……アッ」
アッ……?
いやでも、口に入って来たのは紛れもないプリンだった。
舌で簡単に潰すことも出来、カラメルソースの苦さとカスタードの甘さのバランスで飲み物の如くスルッと食べられる。
後味もプニプニでグニュグニュで……
俺「っ!? ウエッブ! な、なにこれ!」
カンヘル「俺くん、失礼ですよー」
俺「ち、ちがっ……」
思わず口に入った異物をぺっとはきだす。
それは緑色の謎のグニグニした物質だった……いや、これ見たことある。
俺「……ス、スライムさん……もしかして、体が垂れたの?」
スライム「……ベビーカステラ……アーン」
俺「ちょ、話変えないで……っていうか、スライムさんって強酸じゃなかったっけ!?」
スライム「……プリントチュウワ……アンゼン」
プリンと中和……!?
あのプリン何が入ってたんだっ!?
俺「……と、とりあえずプリンは美味しかったよ。まるで店のものみたいだった。……あと自分で食べるから」
スライム「……チッ」
舌打ちの音は実際は「チュッ」が正しいらしいから舌打ちじゃないよね?
うん。(自己完結)
俺「じゃあベビーカステラもらうよ」
ベビーカステラか。確か地方によっては呼び方が異なっていて、東京ケーキ、チンチン焼、松露焼き、福玉焼き、玉子焼き、ピンス焼、コンチネンタルカステラなど他にも多くの呼び方があるんだっけ。
まあこの世界では、翻訳してくれてるから呼び方の違いなんて些細なことなんだろうけどね。
俺「んじゃ……パクッ」
あ、おいしい。あとすごい、なんかすごい。
大粒のザラメが口にしたことのないほどフワフワの生地に纏わり付いていて、かと言っても甘ったるいわけでもない程良い甘さ加減……屋台顔負けだ。
俺「……卵って何のやつ使ってるの?」
流石にこれは普通の卵では無いだろう。
スライム「……ワカンナイ……デモマチデハ1パック、キンカ10マイダッタ」
俺「金貨10枚っ!?」
改めて説明すると、この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨の三種類である。
また、それらを日本円で表すならば銅貨1枚=10円、銀貨1枚=100円、そして金貨1枚で1000円……。
つまりこの卵1パック買うだけで1万円ということだ。流石に文系も俺でも分かることだ。
俺(烏骨鶏とかドラゴン肉はダメって言ってたくせに……)
スライム「……ドウ?」
俺「めちゃんこ美味い。問題なく店に並べられるよ」
素直に感想を述べると、スライムさんは満足そうに微笑んだ……と思う。
続いては鬼の作ったお団子だ。
見た目はとても綺麗で、流石団子屋をしているだけはある。
種類もいくつか作ったらしく、みたらし、きな粉、あんこなど様々だ。
俺「パクッ……むむぅっ!ふまい!」
鬼「よかったぁ……」
味もしっかりしているし、何よりも生地がすごくモチモチしている。餅粉だけでは出せない弾力だ。
俺「すごいな。何か工夫していたりするのか?」
鬼「うん。片栗粉にゼラチンを砕いていれたりしてみたよ。あと表面が香ばしくなるように砂糖水塗ってみたりと工夫も凝らしてみた」
俺「なるほど。だから表面がカリカリなのか」
つまりは団子に大学芋の如くべっこう飴のコーティングをしているということだ。面白い工夫だと思う。
俺「でもこれ全部作るのか?」
机には種類が豊富な団子だらけだ。
流石に骨が折れる作業になるだろう。
鬼「大丈夫だよ。鬼の体力は並々じゃないんだから」
俺「そうか。でも、もしものことがあれば他を頼れよ」
鬼は少し照れながらも頷いた。
俺「最後にカンヘルのパンケーキか」
正直、パンケーキは誰が作っても味は変わらない気がする。
まあそんな予想も外れるんだろうな……。
俺「パクッ……」
カンヘル「どう?」
俺「……カンヘルよ。……これはない」
カンヘル「ええっ!?」
食べられないわけではない。
ただ出来れば食べたくないレベルの味である。
ミックスのダマがしっかりと残ってるし、中は生焼け……。
出来上がりのものを見ても、せんべいの如く空気が抜けている。
かろうじて、生クリームとシロップで食べられる……そんな味である。
カンヘル「……つまりはマズイと?」
俺「……っていうか……カンヘル、パンケーキ作るの少し適当だっただろ」
カンヘル「えっ!? ……そうなんですかね?」
鬼「そういえば、確かにミックス混ぜるのに5分とかかってなかったなぁ」
疲れるの早すぎだろ。
俺「……お前の家のパンケーキはそれでいいかもしれないけど、文化祭に出す訳にはいかない、一回だけ俺が作ってみていいか?」
カンヘル「……ご教授願います」
とりあえず粉の量と水の量、卵はフワフワにするために3つ使おう。
卵は泡が経つくらいに泡立てたものを粉に投入、そしてダマが残らないように潰しながら混ぜる。
火力はもちろん中火、バターから煙が上がり、じんわり溶けるぐらいになったところでおたま1掬い分のタネをフライパンに乗せる。
そして、表面にプツプツと気泡が出てきたところでひっくり返す。あとは爪楊枝を刺しながら確認して完成……。
俺「……この粉めっちゃいいやつだろ。ふわふわで分厚いんだけど」
カンヘル「ま、まあいいものを頼みましたから」
まさにモーニングメニューのパンケーキ。10センチくらいはありそうである。
俺「……じゃ、じゃあ食べてみて」
実食
カンヘル「……な、情けないです。お菓子作りが趣味だといいながら上手いとは言ってない私とは対局的に、料理が得意で趣味の俺くんには勝らないです……」
鬼「あっ、おいしい」
スライム「……キュウスイサレル」
俺「カ、カンヘル。そんな気に病むことはないだろ」
あとスライムさんの言葉の意味が分からない……吸水?
フワフワということか。わかりにくいな。
俺「……とりあえず丁寧に作ってみればいいさ。そうしたらなんとかなる」
その日、カンヘルは2人に手伝われながらも一日中パンケーキを作り続けたそうな。




