その2
その年の秋、郷に旅人がやって来た。郷では旅人を歓迎する宴会の準備が着々と進められていた。この郷に旅人は滅多に来ない。だから、行商等で訪れる旅人はいつも歓迎される。郷には宿屋がないので、旅人が宿泊するのは郷長の家だ。それはつまり、ユラ達の家であり、家族は客人を迎えて大忙しだった。
郷長の屋敷での台所では五つあるカマドすべてに火が入り、穀物の蒸し上がる匂いや肉の焼ける匂いが香ばしく漂っていた。果物の皮をむきながらミワが言った。
「交易市場から帰ってきた父様が旅の人を連れてきたから、今日は歓迎の宴をするそうよ」
カナも汁物をかき混ぜながら、ため息をついて言う。
「忙しくなるわね」
「なんでも、山向こうの郷でイノシシの魔成獣を倒した方だそうよ」
「まあ、すごい。わたしたちの村に出るオオヅメも倒してくださるのかしら?」
「どんな方なのかしら?」
「カッコいい方だったりするのかしら?」
『キャー』
お手伝いで来ている郷の娘達も加わって、お喋りは止まらない。
そこにユラ達の母親のミネがやって来た。
「あなたたち、口じゃなくて手を動かしてちょうだい。ミワはあっちでお婆様を手伝って。カナはこっちで私の手伝いをしてちょうだい」
ミネはお喋りに夢中の娘たちを注意して、テキパキと指示を出した。
「ねえ、母様、私は?」
台所をうろうろしながら話を聞いていたユラはミネに尋ねた。
「そうね、ちょっとユタに魚がどのくらい採れたか聞いてみてちょうだい」
ミネがユラに耳打ちした。
ユラとユタの心の繋がりのことは、家族皆が知っていた。とはいえ、そのことは家族だけの秘密になっていた。
「いいよ」
そう言って、ユラは心の中でユタに呼びかけた。
〈ねえ、ユタ!〉
〈何?〉
すぐにユタの言葉が心の中に返ってきた。
〈母様が、魚はどのくらい採れたか教えて欲しいって〉
〈うーん、今十一匹だよ〉
〈わかった〉
「母様、十一匹採れたって」
ユラはミネの耳に口を寄せて報告した。するとミネは眉間にしわを寄せて言った。
「そう、足りないわね。三十匹は必要なのよ。ユラも魚採りの手伝いに行って来てちょうだい」
「料理の手伝いはさせてもらえないの?」
ユラが口をとがらせて聞いた。
「今日はだめよ。あなたときたら手伝うと言って、いつもつまみ食いばっかりするんだもの」
調理する手を止めずにさらりと断った。
「えー」
たくらんでいたことを母親に見透かされたユラは、不満の声を上げつつもユタ達がいる生け簀へ向かった。
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