第26話 イグニス火山
”水鏡睡蓮”を採集した後、私たちはルミナレイクの人々に盛大に見送られながら湖畔街を後にした。
街の入口の広場には見送りに、多くの住民たちが集まっていた。笑顔で手を振ってくれている。まるで奇跡を見るようなキラキラの眼差しを向けていて、慣れない光景に背中がこそばゆかった。
「また帰りに寄りますねー!」
大きく手を振り返しながら、だんだん小さくなっていく湖畔街を見つめた。綺麗だったなぁ、ルミナレイク……。帰りにも立ち寄って、その時に湖の霊水を沢山持ち帰るようだ。
私達一行は最後の植物素材、”焦炎樹”の収集を目指して駆け出した。
一行は更に北へと進み、やがて大きな山脈と深い森が見え始めた頃、夕刻前にアストラヴェル最北端の宿場街へと到着した。
ここは主に火山地帯へ向かう冒険者が拠点にしているらしい。街へ入った瞬間、これまでの穏やかな空気とはまるで違う街の熱気に圧倒される。
巨大な大剣を背負った戦士、重厚な鎧を着込んだ槍使い、ローブ姿で長杖を携えた魔術師、獣の毛皮を羽織った狩人風の男まで居て、誰も彼も歴戦の傷を刻んでいた。
通りや酒場からは豪快な笑い声が響き、筋骨隆々の冒険者達が酒を飲み交わしている。
「オイ見ろよ、貴族様の御一行か?」
「公爵様の紋章だぞ……!」
彼らは直情的で思ったことが素直に表にでちゃうみたい。
「ここの冒険者達は、森や火山の魔物を狩って生計を立ててるんだ」
「な、なるほどぉ……や、やっぱり魔物が沢山いるんですねぇ……」
街を眺めながら思わず声が引きつる。
そんな私を見て、安心させるように彼は言った。
「そうだね。でも”焦炎樹”の群生地を、先遣隊が近場で発見してくれている」
「じゃあ、案外そこまで大変じゃなかったり?」
「うん、森を抜けて山道へ少し入った場所らしい。登山するほどではないよ」
「おおーっ、良かったぁ……! 体力心配だったし……!」
胸を撫で下ろす私を見て、エリオット様がくすりと笑った。
正直かなり安心した。魔物のいる火山なんて絶対危ないと思ってたもん! 私は只の街娘だし!
そんなやり取りをしながら少し露店を見て回り、その日は早めに宿で休んで翌日に備えることになった。
◇◇◇
翌朝。
先遣隊に案内してもらって、私達は火山の麓の森へと足を踏み入れた。とはいっても、大分迂回して森の端の浅い場所。馬で火山に最大限寄れる地点らしい。
同行しているのは騎士と魔術師が二十名、さらに合流した先遣隊の騎士が十二名。
全員が実戦慣れした精鋭らしく、空気がぴんと張り詰めている。
馬や馬車には大量の魔物除け香袋が括り付けられ、私達全員も腰に装着した。足元は登山用の丈夫なロングブーツに、鞄にはエリオット様が支給してくれた様々な上級ポーションに携帯食。
うぅ、やっぱりすごく臭い……。
どうやら先遣隊が”焦炎樹”までの道中にも、魔物除けを大量に撒いてくれたらしい。
この地に漂う鼻の奥に残る苦い匂いに顔をしかめていると、エリオット様が声をかけてくれた。
「臭うけど効き目は抜群だから、我慢してね」
「命には代えられませんもんね……」
開けた場所に馬と見張りを置いて、一行は準備万端で浅い森を歩いていく。
大盾を持つ重装騎士が前衛、軽装騎士が左右と後方を固め、中衛には魔術師。
そして中央に私とエリオット様。過保護に護られながらも、不安から体は強張ってしまう。
柔らかな土の地面に、背の高い木々。木漏れ日が差し込み、小鳥の鳴き声が聞こえる。ちゃっかりと道すがら白い光を見つけては触れていく。
魔物除けが強力なのか、魔物に遭遇することも無く順調に歩を重ねた。
森の奥へ進むにつれて、少しずつ景色が変わり始める。
草木は減り、地面は乾き、大きな石や岩が増えていく。空気も熱を帯び始め、風の匂いが変わった。
そして――。
「あっ、この匂い……!」
魔物除けとは別の、鼻を刺す刺激臭。
「硫黄だね、火山が近いんだ」
熱を孕んだ風が吹き抜け、まるで地の底で眠る巨大な獣が吐息を漏らしているようだ。
森の切れ目を抜けると、そこには赤黒い岩肌が広がっていた。地面には大きな石や岩がごろごろ転がり、木や草花は点在するように生えている。
遠くには煙を上げる巨大な火山がそびえ立っている。空さえもどこか赤みがかって見えた。
「山だぁ……!」
自然って、ほんの少し場所が変わるだけで全然違うんだ。
さっきまで緑豊かな森だったのに、今はまるで別世界。
イグニス火山という名前らしい。
命を拒むような荒々しい大地が広がっていた。火山の熱気が風に乗りじわりと肌へ張り付いてくる。
そこへ、先遣隊の一人が前へ出て告げた。
「ここから徒歩で約一時間ほどの道程です!魔物除けを散布済み、群生地周辺も安全を確認しております!」
「ありがとう、助かるよ」
エリオット様が頷くと、騎士達が即座に陣形を組み始めた。完全防御体勢である。
「な、なんだか凄く護られてます……」
「ふふっ、彼らは公爵家の精鋭だからね。怪我なんて絶対させないよ」
確かに精鋭と言われる程、皆の圧が凄い。騎士や魔術師から漏れる魔力に戸惑ってしまう。
でも辺りは完全に“危険地帯”の雰囲気なのに、静かすぎた。魔物除けが効いているからか、生き物の気配すら感じない。そのお陰で一行は順調に山道を進み、白い光を見つけてはせっせと《花写し》をしていた。
「アイリス、気を付けて歩くんだよ?」
「はぁい!」
石や岩だらけの荒れた傾斜の山道は、かなり体力を奪われる。
息を切らしていると、エリオット様がすぐにポーション瓶を差し出してくれた。
「ええと……こんなに魔物に遭遇しないなんて、逆に怖いですね?」
「魔物除けを念入りに撒いたんだろうね、先遣隊のお陰だ」
そう笑い合っていた、その時だった。
突如として――地面が暗くなる。巨大な影が一行を覆った。
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