後片付けを押し付けるな
猫耳ヘルメットを手にしたマリーとサナダはそのまま弓を探し始め、そして労せず弓矢専門店を見つけることができました。目当ての品を発見したマリーちゃんは早速、店備え付けの弓道場で試し打ちに挑戦しますが、そこで彼女は大きな問題に直面したのです。
「ぐぎぎぎぎ…………!!」
そう、子供用の弓が無い。
身の丈(145cm)ほどもある短弓をマリーが必死に引いていますが、その弦は2cmほどしか動いていません。3分も頑張った結果がコレです、どうしようもない絶望がマリーを包み始めました。
しかしそこで諦めるマリーちゃんではありません。最後の根性を振り絞って、力いっぱい弓の弦を引き絞ります。
「諦めて……諦めてっ! たまるかあぁぁ!!」
裂帛の気合と共に弓の弦が引き絞られます。瞬時に手放された糸は軽快な音を立て、つがえられた矢を打ち出しました。11歳の少女がその小さな身体に秘めた全霊を尽くし放った矢は、放物線を描きながら空を裂き進み…………
「ぽすっ」と、3メートルほど前方に落ちました。
「……………………」
「マリー……? 大丈夫……?」
マリーは何も言いません。
隣に来た成人男性が7尺(2mくらい)の和弓を大きく引き絞り、堂に入った構えで狙いを定め始めました。
「……………………」
「マ、マリー……??」
マリーは目の前に落ちた矢をじっ…………と見つめたのち、隣の成人男性に目線を移しました。
成人男性は幼女にガン見されていることも意に介さず、慎重に狙いを定めています。
「……………………」
「……………………」
子供二人が沈黙して見守る中、彼は的を射抜くべく精神を研ぎ澄ませ続けます。
そうして10秒ほど経った後、集中がピークに達すると同時に矢が放たれました。竹を割るような軽快な破裂音と共に放たれた矢は、狙い違わず28メートル先にある的を貫いたのです。
そしてその弦を打つ音と同時に、マリーの心も打ち砕かれました。一通り的の悲鳴を聴いた和弓の使い手が立ち去りしばらくした後、ポッキリ折れた心のまま、彼女は自らが放った矢へ近寄り、そっと拾ったのです。
「…………も、もはや……」
「マリーさん? なんで正座したの??」
右手に矢を持ち正座したマリー。彼女はゆっくりと前方へ手を突き出して、両手でグッと矢を握り込みます。自らに矢じりを向けて座したマリーが、閉じていた両眼をカッと見開き、叫びました。
「もはや生きてはおられぬ!!」
「マリィィーーーッッ!!」
そう、切腹である。
へっぽこ一矢を放った生き恥、そして隣の和弓使いとの格差に打ちのめされた彼女はその羞恥を濯ぎ有終の美を飾るべく、鏃で己が腹を裂きました。
「ごめん、ね……私が……不甲斐ない……ぐっ…………ばっかり、に……」
「謝らないでマリー! 子供なんだから弓を引けないのは仕方ないよ! 確かに勝手に打ちのめされて腹を切った奇行は十割マリーの責任だけど!!」
「ぐふぅ……容赦が無い…………」
同じ子供として、サナダは幼さ故の無力に打ちのめされたマリーに同情しています。それはそれとして、いきなり切腹する奇行は理解できないというだけで。
ここでマリーが死ねば弓矢の返却をサナダがやらされることになります。それが気に入らない彼はマリーに弓を持たせて、自分で返却できるよう肩を貸し歩き始めました。
「ほらマリー、頑張って。死ぬ前にちゃんと返却しないと」
「ぐぅ……歩く度にお腹の矢が動く……臓物掻き回されながら歩くのキッツイ……」
内臓をグリグリされながらも、マリーは緩やかな、されど確かな足取りで前に進んでいます。肩を貸すサナダもその必死さは分かっているようで、急かすようなマネはしません。
矢を盗もうとして的にされた万引き犯たちの悲鳴が弓道場に響いています。マリーたちが一歩、また一歩と進むたびに聞こえる叫び声は、まるで二人を応援しているかのようですらあります。
しかしマリーの血液はどんどん失われています。傷口からの流血こそ少ないですが、歩く度に内臓は傷つき血管は裂かれ、着々と生存のための機能を喪失しつつありました。多臓器不全に陥った身体では弓すら満足に持てません。
そして握る手が緩み弓を取り落としそうになった瞬間、そうはさせまいとサナダが包み込むように手を握りました。
「さな……だ…………?」
「大丈夫、ちゃんと返すまで付き合うから」
「あり、が……と……ぅ…………」
今のマリーはほぼ死体です。視界は霞み脚に力も入らず、朦朧とした意識は自分が何をしているのかすら分かっていません。それでも隣で支えてくれる友達のために、死力を尽くして両脚を前に運び続けているのです。
そんな友達を放っておくほどサナダも薄情ではありません。例え自分で弓矢を返却した方が早いとしても、マリーの足取りが自重すら支えられないほど弱々しい物であっても、友達のためだから、マリーにも片づけさせないと気が済まないから、その肩を貸して支え続けています。
そして五分ほどかけて、二人はついに返却棚へたどり着いたのです。
「マリー、着いたよ」
「ぇぁ…………?」
「ほら、弓矢を返すんだ」
もはやマリーには何もわかりません。手を包む温かさも、耳元で聞こえる音も、彼女の脳は何一つ意味を見出せません。何も分からないまま、なんとなく棚へ手を伸ばし、そこへ弓を置いて、彼女は力尽きました。
サナダもこれには満足気です。腹に刺さった矢はそのままですが、弓は自分で返してくれたのです。二人で片づけたと言い張るには十分な成果でしょう。
「………………………………」
「…………ありがとう、マリー。お土産、買って帰るから」
そう言ったサナダは彼女の腹に刺さった矢をそっと引き抜き、血まみれの矢が並ぶ返却棚にそれを返しました。人間的を撃った矢は死体が消えるまで専用スペースで乾かすのです、マリーの血と内臓の肉片で汚れたこの矢も、数分後にはピカピカになっていることでしょう。




