最高効率を、君に
人間の身体、その七割は水分だと言われています。水分、H2O、つまり水。水は摂氏0度で凝固して氷となります。固まった水は柔軟性を失い、固体として一定の形を保つのです。
ではそんな水で身体の大半を構成された人類が、0度を下回る極寒の氷海に落ちればどうなるか。
「…………」
「…………」
この二人のように、一瞬で冷凍食品となって死にます。南国でもやっていけそうな水着を着たサナダとマリーの死体が流氷の中を漂う様は、見ていてなんとも名状しがたい気持ちになります。
Guuuuuuu
どこからともなく現れた巨大魚が二人の死体を噛み砕いて、ペッと吐き捨てました。
彼らはこの氷海に生息する数少ないモンスターの一つ、体長10メートルくらいのジャイアント提灯アンコウです。極限環境を生きる彼らにとって食料は貴重ですが、かといって一瞬でカチコチに凍るような雑魚を好き好んで食べたりはしません。
Guuu……
「せっかくの食べ物だと思ったのに身がスカスカの雑魚だった……」そんな悲しみを乗せた鳴き声が、静かな氷海でやけに大きく響き渡りました。
「サナダ! タイムは!?」
「4秒! マジで一瞬で死んだ!」
そんなこんなで「食べるにすら値しない雑魚」認定をされた二人ですが。そんなことは気にもせず、一瞬で死ねるダンジョンの環境にはしゃいでおります。
「耐性値だって0.3も上がったよ!」
「つまり8回死んだらミトラ山脈登れちゃう!?」
「所要時間も一分足らず!」
「これって……!」「うん……!」
すぅ、と二人が息を吸って
「「人権ダンジョンだー!!」」
大きく叫びました。
「いやぁ…………何とおっしゃって?」
そして部屋にいたヒノが困惑しています。
「ヒノさん! このダンジョンすごいね!」
「まあ確かにすごく過酷ではございますが」
「すごい速さで周回できる! レベル上げ放題!」
「確かにすぐ死ぬワケですけれども」
キャッキャ、キャッキャとはしゃぎまわる二人。そうして二人がまたダンジョンに転移しました。
五秒後、二人が復活して戻ってきます。
「死んだ!」「もう一回だー!」
そしてまた転移して。
「二回目だ!」「三回目へゴー!」
そして戻ってきて、また転移して。
「四回目ー!」「まだ一分も経ってない!」
また転移しました、ずっとハイテンションです。
そうして30分ほど経った後、二人の周回がひと段落しました。
「そろそろ休憩しようか」
「そうだねー、普通に泳いでも死ななくなったし」
耐性値が上がった結果、二人は氷海でも凍死が難しくなってしまったのです。最後の方は流氷に引っ付いて無理矢理死んでましたね。
「どれどれ耐性はどこまで育ったかなー?」
ドキドキ成果発表タイムです、二人の成果やいかに?
「耐性値は…………13.5だ!」
「ヤッホー! ミトラ山脈5回分だぁ!」
「イエーイ!」「いえーい!」
両手を繋いで二人がくるくるとその場を回ります。飛び跳ねながらクルクルグルグル……3分間ほど跳び回って、床に倒れ込みました。
「お二人共、御満足なさいやしたかね?」
「満足です!」「大!満!足!」
「そりゃぁ良かった」
一通りはしゃぎ終わったところを見計らって、ヒノが仕事の話を始めます。
「それでは仕事のお話です、あちらの壁に掛けられた道具をご覧くだされ」
ヒノが指差した先にはいくつかのボンベと呼吸用のマスク、それにスコップとバケツが並んでいました。ダイビングのスターターキットです。
「あちらの道具を装備して、海底の白いシャーベットを採取して来てくださいな」
「シャーベット? 燃料じゃなくて?」
「マリー、多分ガスが凍ってる感じだよ」
「ご明察、いわゆるメタンハイドレートみたいな感じですな」
メタンハイドレート、低温・高圧の環境下で天然ガスと氷から生成される化合物です。まあ燃料ガスの染みこんだ氷とでも思っていただければ。
「ダンジョンに行ったら海底に溜まっている燃料を採掘して、同じく海底にある帰還ポイントから帰って来てくださいな」
「ほうほう、注意点とかは?」
「絶対に海底から離れないでください、絶対にです」
「…………もし離れたら?」
念の入れようにビビったサナダが、その理由を尋ねました。
「クソデカい魚が食い殺しに来ます。仄暗い海中から巨体がヌッと現れる恐怖映像でトラウマになるので、溺れ死んででも海底を離れないように」
「コワー……」「ヤバ……」
もし正面から直視したなら深海恐怖症不可避の恐怖映像です。気になる方は「Subnautica リーパーリヴァイアサン」で検索しましょう、自己責任でね。
「説明は以上で御座います、何か質問はおありですか?」
「はーい! 一つ聞きたいことがありまーす!」
「なんです?」
元気良く挙手したマリーがヒノに一つ、大きな質問を投げかけました。
「ヒノさんはなんで、そんなゴキゲンな水着着てるのー?」
「手前さん方も人のこと言えない格好ですけどね?」
ナイトプールでも通用しそうな水着のヒノが、南国でもやっていけそうな水着のマリーたちにツッコミを入れました。この三人だけ温度感がバカンスなんですよ。
「まあ理由は簡単、プライドです。あんな可愛げのカケラもないダイビングスーツなぞ、死んでも着たくありませんので」
「それだけの理由で……?」
「コワー……」
サナダとマリーが引いてます。
「そういうアナタ方も大概ですけどもね? 如何な理由で斯様に浮かれた水着を着ておるのですか」
「早く死んで早く耐性上げるためだよー?」
「周回速度は大事ですからね」
「死ぬために着てるんです……? コワー……」
ヒノも二人に引いてます、ドン引き交換です。
「まあ分かったよ、答えてくれてありがとねー」
「頑張って稼いできますねー」
「応援しておりまするぞー」
こうしてサナダとマリーによる、デスバイトが幕を開けたのです。




