表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/116

第八十七話:赤錆の悪魔と、狼煙の防壁


「……おい、見てくれ! こいつを!」


静寂に包まれていた早朝の荒野に、トーマスさんの弾んだ声が響き渡った。

彼の声に呼び寄せられ、テントから這い出してきた開拓団の男たちが、畑の一角に集まる。俺も、フェンを連れてその輪に加わった。


トーマスさんが震える指で指し示した先。黒々としたうねの表面に、針の先ほどの、本当に小さな緑色の点が、いくつも顔を出していた。


「芽だ……! ライ麦の、芽が出たぞ!」


それは、この死の大地『蛇の舌』において、初めて誕生した生命だった。

過酷な乾燥と強風、そして鉄分を含んだ赤い土。そんな絶望的な環境の中で、俺たちが運び込んだ水と、混ぜ込んだ堆肥の温もりだけを頼りに、小さな種たちは懸命に根を張り、ついに地表へとその姿を現したのだ。


「すげえ……本当に、育つんだな……」

「ああ。俺たちの汗が、報われたんだ……!」


男たちの目から、涙がこぼれる。それは、これまでの過酷な労働の疲れを一瞬で吹き飛ばす、希望の雫だった。

たった数ミリの緑。だが、その頼りない姿は、この広大な赤茶色の荒野において、どんな宝石よりも鮮烈に、俺たちの目に焼き付いた。


「まだ油断はできませんよ。ここからが、本当の勝負です」


俺は、喜びを噛み締めながらも、気を引き締めた。芽が出たばかりの今が、植物にとって最も弱い時期だ。水切れ、気温の変化、そして……。


俺の脳裏に、ふと嫌な予感がよぎった。この過酷な土地で、これまで植物が全く育たなかった理由。それは、単に水や土の問題だけだったのだろうか?


その予感は、残酷なほどすぐに現実のものとなった。



異変が起きたのは、その日の昼過ぎだった。

風上の方角から、今まで聞いたことのない、奇妙な音が近づいてきた。

ブブブブブ……という、低く、そして無数の何かが擦れ合うような、不快な羽音。


「……なんだ、あの音は?」

「おい、空を見ろ! 赤い雲が……!」


誰かの叫び声に見上げると、北の空の一角が、どす黒い赤色に染まり、生き物のようにうねりながらこちらへ向かってきていた。

いや、雲ではない。それは、数えきれないほどの『生きた塊』だった。


「……蝗害こうがいか!」


ギデオンが、剣の柄に手をかけ、鋭く叫ぶ。

イナゴの群れ。農村にとって、最も恐るべき厄災の一つ。だが、近づいてくるそれらは、俺が知るイナゴとは明らかに違っていた。


一匹一匹が、大人の手のひらほどもある大きさだ。そして、その体は、この荒野の土と同じ、赤錆色をした硬い外殻に覆われている。


【鑑定】

赤錆飛蝗あかさびバッタ

【特徴:金属質の硬い外殻を持つ、荒野特有の魔物。極度の雑食性で、植物だけでなく、乾いた動物の死骸や、時には柔らかい鉱石までも食い荒らす。群れで移動し、通り過ぎた後には何も残らないとされる『生きた災害』。】


「……なんてことだ」


俺は戦慄した。ただでさえ過酷なこの土地に、こんな化け物が潜んでいたなんて。彼らは、俺たちが作った畑の、瑞々しい若い芽の匂いを嗅ぎつけてやってきたのだ。


「来るぞ! 畑を守れ!」


俺の号令一下、男たちが農具を構えて散開する。

次の瞬間、赤い嵐が、俺たちの畑に襲いかかった。


バラバラバラッ! と、まるで硬いひょうが降り注ぐような音を立てて、無数のバッタが地面に叩きつけられる。彼らは、着地するや否や、強靭な顎で、ようやく芽吹いたばかりのライ麦の若芽に食らいついた。


「やめろぉぉぉっ!」


トーマスさんが、悲鳴のような声を上げて、『疾風』を振り回す。だが、バッタの体は石のように硬く、鍬で叩いてもカンッ! と乾いた音がするだけで、なかなか死なない。それどころか、倒しても倒しても、次から次へと空から降ってくる。


「くそっ! キリがねえ!」

「俺たちの畑が……!」


男たちの必死の抵抗も虚しく、緑の点々は、赤い悪魔たちによって、次々と蹂躙されていく。絶望が、再び開拓団を覆い尽くそうとしていた。


「……させるかよ!」


俺は、歯を食いしばり、思考をフル回転させた。

力ずくでは勝てない。奴らの弱点を見つけなければ。

俺は、一匹のバッタの動きをじっと観察した。彼らは、手当たり次第に食べているようでいて、ある場所だけは避けて通っていることに気づいた。


それは、畑の隅に積み上げられた、『アイアンウィード』の残骸の山だった。

あのトゲだらけの硬い草。堆肥にするために刈り取り、乾燥させておいたものだ。バッタたちは、その山の周りだけは、嫌がるように迂回している。


(なぜだ? 鉱石さえ食べる奴らが、なぜあの草を避ける?)


俺は、アイアンウィードの山に駆け寄り、乾燥した葉を一枚手に取った。鼻を近づけると、鉄錆のような匂いの中に、ツンとする独特の刺激臭が混じっている。


(……これか! この草に含まれる特定の成分を、奴らは嫌っているんだ!)


アイアンウィードは、この過酷な土地で生き抜くために、自らを食害から守るための強力な忌避物質を体内に蓄えていたのだ。


「みんな! アイアンウィードだ!」


俺は、声を限りに叫んだ。


「あの草の山に、火をつけろ! 煙で奴らを追い払うんだ!」


俺の意図を即座に理解したギデオンが、松明たいまつを手に走り出す。

彼は、畑の風上に積まれていたアイアンウィードの山に、火を放った。


乾燥した草は、瞬く間に燃え上がり、そして、白く濃密な煙を吐き出し始めた。その煙には、あの独特の刺激臭が凝縮されていた。


風に乗って、煙が畑一面に広がっていく。

すると、煙に巻かれたバッタたちが、苦しげに羽をばたつかせ、次々と飛び立ち始めた。


「効いてるぞ! もっと燃やせ!」


ゴードンが、自身の工房から持ってきたふいごを使って、煙をさらに遠くへと送り込む。男たちも、予備のアイアンウィードを次々と火にくべていく。


畑は、白い煙に包まれた。視界は悪く、息をするのも苦しい。だが、その煙の中で、耳障りな羽音が遠ざかっていくのが分かった。



数時間後。

赤い嵐は、去った。

畑には、まだ白い煙が漂い、焦げ臭い匂いが充満している。


俺たちは、恐る恐る畑の様子を確認した。

被害は、決して小さくなかった。せっかく出た芽の半分近くが、食い荒らされてしまっていた。


「……ちくしょう……」


膝をつき、食いちぎられた芽を見つめるトーマスさんの肩が震える。

だが、全滅ではなかった。

煙が届きやすかった場所の芽は、奇跡的に無傷で残っていたのだ。


「……生き残ったぞ」


俺は、残った小さな緑に触れ、安堵の息を吐いた。

守り切った。完全勝利ではないが、最悪の事態は回避できた。


「皆さん、下を向いている暇はありません」


俺は立ち上がり、すすだらけの顔で仲間たちを見渡した。


「敵の正体は分かりました。次は、負けません。このアイアンウィードがある限り、俺たちは奴らに対抗できる」


俺の言葉に、男たちの目に再び光が戻る。

そうだ。俺たちはまだ、負けていない。


その夜、俺たちは畑の周囲にアイアンウィードを焚き続け、交代で見張りを立てた。

赤く燃える焚き火の光が、荒野の夜を照らし出す。それは、この過酷な大地に対する、俺たちの不屈の闘志の狼煙でもあった。


――ピロン♪

【新たな脅威『赤錆飛蝗』を撃退し、農作物を守り抜きました。危機管理能力と、現地資源の有効活用が評価され、200ポイントを獲得しました。】


【現在の所持ポイント:689pt】


(……戦いは、これからが本番だ)


俺は、焚き火の炎を見つめながら、懐の木彫りの人形を強く握りしめた。

この荒野は、まだまだ俺たちを試そうとしている。だが、絶対に屈しない。

この地に、必ず黄金の楽園を築いてみせる。


【読者へのメッセージ】

第八十七話、お読みいただきありがとうございました!

せっかくの芽吹きを襲った新たな脅威、そして現地にあるものを利用した起死回生の反撃。息詰まる防衛戦を楽しんでいただけましたでしょうか。

「バッタ怖すぎ!」「アイアンウィード、役立ちすぎ!」「諦めない心が熱い!」など、皆さんの感想や応援が、開拓団の心の支えになります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

なんとか危機を脱したルークスたちですが、失った芽は戻りません。次なる一手は?そして、あの「古代の遺物」が、ついに何らかの反応を……!?次回、物語は新たな謎へと踏み込みます!どうぞお見逃しなく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ