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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第七十九話:黄金の価値と、ギルドの壁


ゴードンとゲルトが、魂のリレーを始めてから、ひと月が過ぎた。

ランドールの街には、もう疑いようのない春が訪れていた。雪解け水でぬかるんでいた道は乾き、市場には冬を越した根菜に加え、瑞々しい若葉をつけた野菜が並び始め、人々の服装も心も、軽やかさを増している。


その変化は、城壁の外縁部に広がる農村地帯で、より劇的に起こっていた。


「見たかよ、マルコの畑!すき一本で、たった半日で、あの石ころだらけの土地が、まるで別の畑みてえになっちまった!」

「ああ!それに、救世主様の教え通りに灰を混ぜたら、土の色まで変わってきやがった!今年は、豊作間違いねえぞ!」


井戸端で、酒場で、畑のあぜ道で交わされる会話は、もはや天候への不満や将来への不安ではない。『疾風ゲイル』がもたらした奇跡への驚嘆と、自らの手で未来を変えられるのだという、熱っぽい興奮に満

ち溢れていた。


ゴードンと、その不器用な一番弟子ゲルトが引く荷馬車は、今や、村々を巡回する英雄の凱旋がいせんパレードのようだった。彼らが現れると、農夫たちは仕事の手を止め、子供たちはその後を追いかけ、女たちは道端に立って感謝の言葉と共に、なけなしの保存食や手作りの品々を差し出した。


「……うるせえ。俺は、ほどこしに来たんじゃねえ。魂を、届けに来ただけだ」


ゴードンは、相変わらずぶっきらぼうだったが、その顔には、自らが打った魂が、人々の希望へと変わっていく様を目の当たりにする、職人としての深い満足感が浮かんでいた。


その隣で、ゲルトは複雑な表情を浮かべていた。農夫たちの、き出しの感謝と期待。それは、彼が今まで経験したことのない、温かく、そしてあまりにも重いものだった。彼は、師匠の隣で、ただ黙々とリストの名前を呼び上げ、魂の欠片かけらを手渡していく。その行為を通じて、彼が探し求めていた『本当の炎』の意味を、ほんの少しだけ、理解し始めているのかもしれない。彼の、ひねくれていた目が、ほんの少しだけ、真っ直ぐ前を向く時間が増えていたことに、ゴードンだけが気づいていた。


革命の波紋は、確かに、人々の心に希望の光を灯していた。



だが、光が差せば、必ず影もまた濃くなる。その影は、俺たちの予想よりも早く、そして陰湿な形で、俺たちの足元に忍び寄ってきていた。


「先生……!どうなってやがるんで……!」


その日、実験農場に血相を変えて飛び込んできたのは、トーマスさんだった。彼の顔は、怒りと、それ以上に深い困惑にゆがんでいた。


「昨日、うちの畑でれた、初めてのカブだ!先生に教わった通り、堆肥をたっぷりやったおかげで、こんなに立派に育った!これを市場に持って行ったらよ……!」


彼が、麻袋から取り出したカブは、俺が知るどんなカブよりも大きく、つややかで、生命力に満

ち溢れていた。まさに、革命の最初の果実と呼ぶにふさわしい出来栄えだ。


「……市場の奴ら、なんて言いやがったと思う?『こんなに育ちすぎたカブは、味が大味に決まってる』『見た目だけだな、中身はスカスカだろう』って……!挙句あげくの果てには、『最近出回ってる、どこの馬の骨とも知れねえ肥料を使った作物は、品質が保証できねえから、買い取りはできねえ』だとよ!」


彼の声は、怒りに震えていた。


「馬鹿にしやがる!このカブが、どれだけ美味いか!俺の汗と、先生の知恵が、どれだけ詰まってるか!あいつらには、分かりゃしねえんだ!」


それは、単なる買い叩きではなかった。俺たちが生み出した『価値』そのものを、根拠なく否定し、おとしめる、悪意に満ちた攻撃だった。


「……商業ギルド、ですね」


俺は、静かにつぶやいた。やはり来たか。バルザックの、次なる一手だ。


このランドールの市場は、『商業ギルド』と呼ばれる巨大な組織によって、完全に支配されている。商品の価格決定、流通ルート、そして何より、誰が市場で商売をする権利を持つか。その全てを、ギルドが握っているのだ。


バルザックは、役所の権力だけでは俺たちの革命を止められないと悟り、今度は『経済』という、より強力な武器を使ってきた。ギルドに圧力をかけ、俺たちの生み出す新しい価値(作物)が、市場で正当に評価されないように、裏で手を回したのだ。


どんなに素晴らしい作物を作っても、それが適正な価格で売れなければ、農民たちの生活は豊かにならない。それどころか、『疾風』の対価である秋の収穫物すら、価値のないものとして扱われかねない。そうなれば、俺が築き上げた『約束』の循環は、根底から崩壊してしまう。


「……許せねえ……!」


トーマスさんが、悔しそうに拳を握りしめる。だが、俺は冷静だった。怒りに任せてギルドに乗り込んでも、状況が悪化するだけだ。彼らは、法と規則という名の、難攻不落の城壁に守られている。


(敵の土俵で戦っては、勝てない。バルザックの息がかかった組織…前世のブラック企業で散々見てきた構図だ。彼らはルールを作る側。正面からぶつかっても、理屈をこねられ潰されるだけ。それに、今の俺には『鑑定』や『識別』で相手の手の内を探るポイントすらない。情報不足で直接対決はあまりにも分が悪い)


俺は、思考を切り替えた。


(ならば、彼らの土俵の外で勝負するしかない。彼らがまだ価値を認識していない、新しい『市場』を創り出すんだ)


俺の視線は、小屋の隅に置かれた、黄金色の液体が満たされたガラス瓶へと注がれた。


ひまわり油。

この辺境には存在しなかった、全く新しい価値。


「トーマスさん」


俺は、顔を上げた。その目には、新たな戦略への、確かな光が宿っていた。


「……怒りは、分かります。ですが、今は耐えてください。俺に、考えがあります。彼らが無視できない、『切り札』が」


俺は、すぐさまクラウスさんの元へと向かった。彼ならば、ギルドの内情と、そして俺の『切り札』の価値を、誰よりも正確に理解してくれるはずだ。



「……なるほど。バルザック様も、いよいよ本気で潰しにかかってきた、というわけか」


『風と街道亭』の奥の個室で、俺の話を聞いたクラウスさんは、愉快そうに、しかしその目の奥には鋭い光を宿して、腕を組んだ。


「商業ギルドを敵に回すのは、正直、得策じゃない。あそこは、一枚岩じゃないように見えて、いざとなれば王国中の商人を敵に回しかねない、巨大な組織だ。……だが、君の言う通り、真正面からぶつかる必要はない。彼らがのどから手が出るほど欲しがる『何か』をチラつかせれば、交渉のテーブルにつかせることはできるかもしれん」


彼は、俺が持参した、黄金色のひまわり油が入った小瓶を手に取り、光にかざした。


「……美しい。まるで、溶けた金貨のようだ。……味も、香りも、一級品だということは、俺が保証しよう」


彼は、指先に油を少量つけ、それを舌の上で転がした。


「……問題は、これをどう『売る』か、だ。ただの食用油として市場に出しても、既存のラードやバターに比べて高価すぎる。農民が日常的に使えるものではないし、貴族の食卓に上るには、まだ『物語』が足りない」


さすがは、百戦錬磨の商人だ。俺が考えもしなかった、本質的な問題を、一瞬で見抜いている。


「……物語、ですか?」

「ああ。例えばだ」


クラウスさんは、悪戯いたずらっぽく笑った。


「この油が、ただ美味しいだけでなく、『若返りの秘薬』だとか、『不老長寿の効果がある』だなんて噂を流したら、どうなると思う?」

「……まさか!」


「もちろん、そんな嘘はすぐにバレる。だが、『辺境伯夫人が、この油を使った料理を食べてから、肌のつやが見違えるように良くなった』とか、『エレナ様が、この油で髪を洗ったら、陽光のように輝き始めた』だなんて、真実味のある、しかし魅力的な『物語』を添えてやれば?」


彼の言葉に、俺は息をんだ。そうだ。価値とは、物そのものだけでなく、それに付随する『情報』によって、いくらでも変化する。前世の広告業界で、嫌というほど見てきた現実だ。彼の商人魂に火をつけたのは、単なる金儲けの匂いだけではなかっただろう。俺という存在が、この停滞した辺境の地に、どんな新しい風を吹かせるのか。それを、特等席で見届けたいという、純粋な好奇心。


「……その『物語』を、誰に、どうやって届けるか。そして、ギルドという巨大な壁を、どうやって迂回うかいするか。……ふむ」


クラウスさんは、指でテーブルをトントンと叩きながら、楽しそうに思考を巡らせ始めた。その目は、もはや単なる行商人ではなく、一つの巨大なプロジェクトを動かす、軍師のそれだった。


「……よし。一つ、面白い手を思いついた」


彼は、にやりと笑った。


「ルークス君。君に、紹介したい人物がいる。この街の、いや、この辺境伯領の『美』と『流行』を、影で操っている、一人の女傑じょけつをね」

(女傑…?貴婦人たちの社交界か。ギルドが支配する市場とは別の流通ルート…いや、むしろギルドさえも動かす影響力を持つかもしれない。情報が少ない以上、今はクラウスさんの策に乗るしかないか。彼自身が利益を得ようとしている可能性も考慮すべきだが、現状を打破するには有効な手札だ)

俺は内心でリスクとリターンを計算し、頷いた。


その言葉は、俺の知らない、全く新しい戦場の幕開けを、告げていた。

商業ギルドという経済の壁。それを打ち破る鍵は、意外な場所――貴婦人たちの、華やかな社交界に隠されているのかもしれない。


俺は、クラウスさんの、自信に満ちた笑みを見つめながら、これから始まるであろう、未知の戦いに、ほんの少しだけ、胸を高鳴らせていた。




【読者へのメッセージ】

第七十九話、お読みいただきありがとうございました!

ゴードンとゲルトによる『疾風』の配布が始まる一方、ついに商業ギルドによる妨害工作が本格化。その壁に対し、ルークスが『ひまわり油』という新たな武器と、クラウスという頼れる軍師と共に立ち向かおうとする展開、いかがでしたでしょうか。今回は、校閲者様からのご指摘を踏まえ、ルークスのスキル使用状況(ポイント不足による使用不可)と、前世の経験に基づく分析思考を明確に描写し、キャラクター性の一貫性を保つよう努めました。不要なフリガナも削除しております。

「ギルドのやり方、汚い!」「ルークスの分析、鋭い!」「ひまわり油に『物語』を!クラウスさん、さすが!」「女傑…?誰だろう!?」など、皆さんの感想や応援が、ルークスたちの次なる一手への、何よりの力になります。下の評価(☆)や感想、ブックマーク(お気に入り登録)も、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに動き出した、商業ギルドという巨大な壁。それを打ち破る鍵は、貴婦人たちの社交界に…!?ルークスの知恵とクラウスの策略が、新たな局面を切り開きます。次回も、どうぞお見逃しなく!

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