表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/97

第七十八話:魂のリレー、迫る黒い影

夜明け前の、冷たい空気。

ランドールの城壁がまだ深い眠りについている中、ゴードンの鍛冶工房だけが、異様な熱気を帯びていた。炉の火はすでに赤々と燃え盛り、工房の前には一台の頑丈な荷馬車が停められている。その荷台には、朝日を浴びて鈍い輝きを放つ、十数本の『疾風ゲイル』が、まるで出撃を待つ兵士のように、整然と立てかけられていた。


「……行くぞ、ゲルト」


工房から現れたゴードンは、いつものすすけた作業着ではなく、少しだけよそ行きの、だがやはり頑丈な革の服を身にまとっていた。その顔には、徹夜で準備を整えたであろう疲労の色は隠せないものの、それ以上に、自らが打った魂を届けに行くという、神聖な儀式に臨むかのような、厳粛な覚悟がみなぎっている。


「……うす」


彼の後ろから、同じように少しだけ身綺麗な服に着替えたゲルトが、緊張した面持ちでついてくる。その手には、師匠から託されたのであろう、『疾風』のリストが書かれた羊皮紙が、固く握りしめられていた。


彼らが向かうのは、貧民街の外れにある、トーマスさんの畑だ。あの日、俺の『青空教室』に参加し、ゴードンの魂に触れ、『疾風』と共に未来を耕すと誓った、最初の仲間たちが待つ場所へ。


「ゴードン殿、ゲルト君。道中、お気をつけて」


見送りに来たのは、俺と、そしてなぜか早朝にも関わらず完璧な身支度を整えたエレナ様、セバスチャン、ギデオンだった。


「へっ。誰に言ってやがる。俺の魂を運ぶんだ。道中の石ころなんぞに、つまずくわけがねえだろうよ」


ゴードンは、ぶっきらぼうにそう言うと、荷馬車の御者台ぎょしゃだいに飛び乗った。ゲルトも、俺たちに一度だけぎこちなく頭を下げると、師匠の隣に乗り込む。


バシッ、と。ゴードンが手綱たづなを打つ音が、静かな朝の空気に響き渡った。

荷馬車は、ゆっくりと、しかし確かな力強さで、石畳の道を進み始めた。その車輪の音は、新しい時代の幕開けを告げる、力強いファンファーレのように、俺たちの耳には聞こえた。


「……行かれましたわね」


エレナ様が、感慨深げにつぶやく。


「はい。ここからが、本当の始まりです」


俺は、遠ざかっていく荷馬車を見送りながら、静かに、しかし強く、拳を握りしめた。革命の炎は、今、確かに、畑から畑へとリレーされようとしている。



トーマスさんの畑は、日の出と共に、異様なほどの熱気に包まれていた。

集まったのは、あの日、ゴードンの魂の問いに頷いた、十数人の農夫たち。そして、その家族たちだ。彼らは、今日という日が、自分たちの、そしてこの辺境の未来を変える、特別な一日になることを、肌で感じ取っていた。誰もが、固唾かたずを飲んで、東の空と、街道の先を、交互に見つめている。


やがて、朝日を背に受け、一台の荷馬車が、ゆっくりとその姿を現した。荷台に積まれた、見慣れぬ形のすきが、朝日にきらりと反射する。


「……来た!」


誰かが、叫んだ。その声に呼応するように、農夫たちの間から、どよめきと、そして押し殺したような歓声が上がる。


荷馬車が畑の前に止まり、御者台から、熊のような巨躯きょくの男――ゴードンが、ゆっくりと降り立った。その、あまりにも威圧的な姿に、農夫たちの歓声が、ぴたりと止む。ゴードンの隣には、見慣れない若い弟子が、緊張した面持ちで控えている。


ゴードンは、集まった農夫たち一人一人の顔を、まるで魂の奥底まで値踏みするかのように、ゆっくりと、そして鋭く見渡した。その視線に射抜かれ、何人かの男が、思わず後ずさる。


「……トーマス」


低い声で、ゴードンが呼んだ。


「へ、へい!」


トーマスさんが、慌てて前に進み出る。


「お前が、こいつらの『覚悟』を、見届けたんだな?」

「へい!ここにいるのは皆、あんた様の魂を受け継ぐに、不足はねえと、俺が保証しやす!」


トーマスの、力強い言葉。ゴードンは、一度だけ、深く頷いた。


「……ゲルト」

「は、はい!」


師匠に呼ばれ、ゲルトが前に進み出る。その手には、農夫たちの名前が書かれたリスト。


「名を、呼べ。そして、魂を、渡せ」


それは、弟子に与えられた、最初の、そして最も重要な任務だった。ゲルトは、ごくりと唾を飲み込むと、震える声で、リストの最初の名前を読み上げた。


「……マルコ!」


呼ばれた男が、びくりと肩を震わせ、前に進み出る。ゲルトは、荷台から一本の『疾風』を、まるで宝物を扱うかのように、慎重に下ろすと、その男の前に差し出した。


「……受け取れ。こいつは、ただの鉄の塊じゃねえ。ゴードン親方の、魂だ。……粗末に扱ったら、承知しねえぞ」


師匠の言葉を、不器用に真似まねながら。だが、その声には、確かに、道具への敬意と、それを作り出した師匠への誇りがこもっていた。


マルコと呼ばれた男は、震える手で、鋤を受け取った。その瞬間、彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ありがてえ……!ありがてえ……!」


彼は、何度も、何度も頭を下げた。


ゲルトは、その光景を、複雑な表情で見つめていた。リーフ村で、ルークスの成功を妬み、妨害していた頃の自分。あの頃の自分には、決して見えなかった光景。人の、魂が震える瞬間。それが、今、目の前で起きている。その事実に、彼の心は、激しく揺さぶられていた。


ゲルトは、リストの名前を、一人、また一人と、呼び上げていく。

その度に、歓声と、涙と、そして未来への確かな希望が、春の畑を満たしていく。

それは、まさしく、革命の炎が、畑から畑へとリレーされていく、神聖な儀式だった。



だが、その神聖な儀式を、けがそうとする影が、静かに忍び寄っていた。


最後の農夫に『疾風』が手渡され、畑全体が感動と興奮に包まれた、まさにその時。

街道の方から、数人の役人たちが、横柄おうへいな態度で、ずかずかと畑の中へと入ってきた。先頭に立つのは、バルザックの腹心ふくしんである、小太りの中年役人だ。


「……これは、何の騒ぎだね?」


役人は、農夫たちが見たこともないような、美しい鋤を手に、涙ぐんでいる光景を、侮蔑ぶべつの目で一瞥いちべつすると、吐き捨てるように言った。


「ゴードン殿。辺境伯様より許可が出たとはいえ、このような正規の手続きを経ぬ分配は、感心できませぬな。それに、聞けば代金を取らぬとか?それでは、領内の経済秩序が乱れますぞ。……その鋤は、一度、全て役所にてお預かりし、厳正なる審査の上、改めて分配計画を立てさせていただく。さあ、こちらへお渡しなさい」


その、あまりにも一方的で、高圧的な物言い。農夫たちの顔から、喜びの色が一瞬にして消え、怒りと不安の色が浮かび上がる。


「な、何を言いやがる!これは、俺たちが、ゴードン様と『約束』したもんだ!」


トーマスさんが、憤然ふんぜんと声を上げる。だが、役人は鼻で笑った。


「『約束』だと?笑わせるな、農民風情ふぜいが。これは、辺境伯様の財産だ。それを、どう差配さはいするかは、我ら役人が決めること。お前たちに、口を出す権利などないわ」


彼は、近くにいた農夫が手にしていた『疾風』を、乱暴にひったくろうとした。その、あまりにも横暴な振る舞いに、農夫たちの怒りが、爆発寸前まで高まる。


だが、役人の手が鋤に触れるよりも早く。

その腕を、鋼鉄こうてつ万力まんりきのような、巨大な手がつかんだ。


「……な、なにごとだ!?」


役人が悲鳴を上げる。その腕を掴んでいたのは、いつの間にか彼の背後に立っていた、ゴードンだった。その顔は、怒りに燃える溶鉱炉ようこうろのように、赤黒く染まっている。


「……てめえ」


ゴードンの、地獄の底から響くような声が、畑に響き渡った。


「今、俺の魂に、泥を塗ろうとしたか……?」


その、あまりにも凄まじい殺気に、役人は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。周りにいた他の役人たちも、青ざめて後ずさる。


「……お、お許しを……!わ、私は、ただ、バルザック様の……!」


命乞いをする役人を、ゴードンは、ゴミでも見るかのような冷たい目で見下ろした。そして、掴んでいた腕を、まるで汚物でも振り払うかのように、地面に叩きつけた。


「……失せろ。二度と、俺の仕事場ここに、その汚ねえつらを見せるな。……次に同じことをしてみろ。その時は、てめえの骨ごと、炉にくべて、新しい鋤の肥やしにしてやるぞ」


その、本気の殺気が込められた言葉に、役人たちは悲鳴を上げ、蜘蛛くもの子を散らすように、街道を逃げ帰っていった。


畑には、再び静寂が戻った。だが、その静寂は、先程までの感動に満たたものではない。見えざる敵の存在を、誰もが肌で感じ取った、重苦しい沈黙だった。


ゴードンは、吐き捨てるように、地面につばを吐いた。


「……けっ。あの狸爺バルザック、早速、けしかけてきやがったか」


彼は、集まった農夫たちに向き直った。その顔には、怒りと共に、新たな決意が浮かんでいた。


「……聞いたな、お前ら。これが、現実だ。俺たちのやろうとしてることは、ただ畑を耕すだけじゃねえ。古い、腐った『何か』との、戦いでもあるんだ。……それでも、やるか?この鋤と、俺の魂と、そしてあの小僧の知恵を信じて、戦う覚悟が、あるか?」


職人の、魂の問いかけ。

それに、最初に答えたのは、トーマスさんだった。


「……当たり前ですだ!」


彼は、手にした『疾風』を、高々と掲げた。


「俺たちは、もう、昨日までの俺たちじゃねえ!未来を、この手でつかむと決めたんだ!どんな邪魔が入ろうと、この鋤と、先生と、そしてあんたを信じて、戦い抜きますだ!」


その、魂からの叫び。

それに呼応するように、他の農夫たちも、「そうだ!」「俺たちも戦う!」「未来は、俺たちの手で!」と、次々に声を上げた。彼らの目には、恐怖を乗り越えた、本物の『戦士』の光が宿っていた。


その光景を、ゲルトは、ただ呆然と見つめていた。

金でも、権力でもない。ただ、より良い明日を信じる、名もなき人々の、なんと強く、そして美しいことか。

彼は、自分が探し求めていた『本当の炎』の、そのひとかけらを、確かに見た気がした。



実験農場に戻った俺は、ギデオンからその一部始終の報告を受け、静かに頷いた。


「……そうですか。やはり、来ましたか」


想定通りの、しかし予想以上に直接的な妨害。敵は、なりふり構わなくなってきている。それは、俺たちの革命が、彼らにとって無視できない脅威となりつつある証拠でもあった。


「ギデオンさん。辺境伯様には、この件、ご報告を。ただし、『我々の力で解決する』と、そう付け加えてください」

「……承知した。だが、ルークス。どうするつもりだ」


彼の問いに、俺は窓の外に広がる、黄金色のひまわり畑を見つめた。収穫を終え、今は静かに次の季節を待つその姿に、俺は次なる一手を見ていた。


「敵が『力』で来るなら、こちらも『力』で応えるまでです。……ですが、それは、剣や鎧の力ではありません」


俺は、不敵に微笑んだ。


「俺たちの武器は、『知恵』と、『実り』。そして、何よりも強い、『人の繋がり』です。……そろそろ、彼らに、本当の革命の力を見せてあげる時が来たようですね」


俺は、ステータスウィンドウを開いた。ポイントは、まだ目標には少し足りない。だが、焦りはなかった。革命の歯車は、もう誰にも止められない。俺は、確信していた。


俺の視線は、地図の上の一点、ランドールの商業ギルドへと注がれていた。

次なる戦場は、そこだ。



【読者へのメッセージ】

第七十八話、お読みいただきありがとうございました!

ついに始まった『疾風』の配布と、それに対するバルザック派の直接的な妨害。そして、それに屈しないゴードンと農民たちの熱い魂!物語のボルテージが上がっていく、その熱気を感じていただけましたでしょうか。ゲルトの心の変化にも、少しだけ触れてみました。

「ゴードン、かっこよすぎる!」「農民たちの覚悟に涙!」「ゲルト、何か掴んだか…?」など、皆さんの感想や応援が、この革命の炎をさらに燃え上がらせます。下の評価(☆)や感想、ブックマーク(お気に入り登録)も、ぜひよろしくお願いいたします!

ついに牙を剥いたバルザック派。彼らの妨害に対し、ルークスが繰り出す次なる一手とは?そして、舞台はついに商業ギルドへ…!?物語は、新たな局面へと突入します。次回も、どうぞお見逃しなく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ