第二百六十話:魔導キャンピングカーの快適な旅。動く温泉と、海原の怪物
「システム・オールグリーン。魔導エンジン出力安定。……自動運転モード、起動」
俺、ルークス・グルトが運転席でそう告げると、目の前に広がる計器類が未来的な青い光を放ち、ハンドルから半透明の青い魔力アーム――『ゴーレム・ドライバー』が伸びて、革張りのステアリングをしっかりと握りしめた。
ヒュオォォォン……。
足元から、重低音の駆動音が響く。
それはガソリンエンジンの爆発音ではない。高純度魔石を触媒にした魔導エンジンが、空気を震わせながら膨大なトルクを生み出す音だ。
全長12メートルの銀色の巨体――80万ポイントで購入した『水陸両用・魔導キャンピングカー(大型・ラグジュアリーモデル)』が、滑るように発進した。
「す、凄い……! 馬もいないのに、勝手に走っているぞ!? しかも、この巨体が坂道を登っているというのに、エンジンが唸りもしない!」
助手席に座らされたガリウス所長が、シートベルトを両手で握りしめて目を白黒させている。
窓の外を見れば、そこはゴツゴツとした岩だらけの山道だ。かつて商隊の馬車が車輪を壊して立ち往生したという難所であり、本来なら振動で乗っている人間の尻が四つに割れ、舌を噛むほどの悪路である。
だが、車内は無音だった。
振動すらない。
ダッシュボードに置いた、ホットコーヒーの入ったマグカップの水面が、鏡のように凪いでいる。
「これが『空間安定化サスペンション』と『重力制御タイヤ』の力ですよ、ガリウスさん。外が嵐だろうが地震だろうが、この車内は揺り籠の中のように静かです」
俺はシートのリクライニングを倒し、サイドテーブルの冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラを取り出した。
プシュッ! という炭酸の抜ける音が、静寂な車内に小気味よく響く。
「くぅ~っ! 美味い! 旅の空の下、悪路を爆走しながら飲む冷えたコーラ! プライスレス!」
喉を焼くような炭酸の刺激と、甘いカフェインが脳に染み渡る。
俺は勝利を確信した。
80万ポイント。確かに高い買い物だった。だが、この「移動の苦痛」からの完全なる解放は、何物にも代えがたい。
◇
運転席の後ろ、扉一枚隔てた先にある広大なリビングスペース(空間拡張魔法で30畳以上の広さを確保している)では、女性陣が優雅なティータイムを楽しんでいた。
「まぁ、見てくださいマキナちゃん。外は砂嵐ですわ」
「うわぁ、本当だ! 土煙ですごいことになってるね。木が斜めに生えてるよ! でも、ここなら全然平気!」
エレナ様とマキナが、防弾ガラス製の大きな窓から外の荒野を眺めながら、パウンドケーキを食べている。
外気温は30度を超える夏日であり、直射日光が容赦なく降り注いでいるが、車内は『恒温空調魔法』によって、常に快適な24度に保たれている。湿気もなく、ほのかに森の香りのアロマまで漂っている。
「信じられませんわ……。王家の馬車ですら、長旅となれば埃まみれになりますし、暑さ寒さに耐えねばなりませんのに。ここは王宮のサロンよりも快適です」
「ふふっ、これなら着くまでにお肌の手入れもバッチリね! 潮風で髪が痛む心配もないわ」
フィオナやマリアさんも、ふかふかのソファでくつろぎながら、ファッション誌(俺がポイントで取り寄せた地球の雑誌)を眺めている。
まさに、動く別荘。
俺はバックミラー越しにその様子を見ながら、心の中で感涙にむせび泣いた。
(これだ……! 俺が求めていたのは、この『圧倒的な安全と快適』なんだ! 過去の苦労よ、さようなら!)
泥の中での野宿、硬い乾パン、襲いくる虫、そして魔物の夜襲に怯える日々。それら全てとの決別が、今ここに完了したのだ。
◇
「主よ、そろそろ良いのではないか?」
一時間ほど走ったところで、後部座席からフェンがのっそりと顔を出し、俺の袖を引いた。
彼の手(前足)には、なぜか手ぬぐいと木桶が握られている。
「そうだな。峠も越えたし、一っ風呂浴びるか」
「うむ! 移動中の風呂、これぞ旅の醍醐味よ! 我はこの瞬間のために、朝の毛づくろいを我慢してきたのだ!」
俺たちはリビングを抜け、車体後部にある『スパ・エリア』へと向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、ガラス戸を開ける。
ムワッとした湯気と共に、檜の香りが漂ってくる。
そこには、大人四人が余裕で入れる広さの、立派な岩風呂があった。しかも、天井部分は結界のみで開放された、完全な露天風呂だ。
ザブゥゥゥン……!
俺とフェンは、並んで湯船に身を沈めた。
お湯は、ポイント交換した『名湯・草津の湯(濃縮粉末)』を入れた本格的な硫黄泉だ。白濁したお湯が、疲れた体に染み込んでいく。
「ふぅぅぅぅ……。極楽、極楽」
「くぅぅぅぅ……。染みるわぁ……。骨の髄まで温まるぞ」
フェンが人間のように手ぬぐいを頭に乗せ、お湯におっさん臭い声を漏らす。
湯船の縁に肘をつき、外を眺める。
時速100キロで後方へと飛び去っていく景色。岩山、荒野、そして遠くに見える森。
風を切る音だけが聞こえ、湯気は結界に遮られて車内に留まっているため、寒くはない。
「最高だな、フェン。こんなスピードで移動しながら風呂に入るなんて、王様でもできやしないぞ」
「うむ。狩りの後の水浴びも悪くないが、この温かい湯というのは格別だ。毛穴の一つ一つが開いていくのがわかる……。主よ、背中を流してくれんか?」
「はいはい」
俺は最強の魔獣の背中を、ゴシゴシとブラシで擦ってやる。
外の街道を行く旅人や行商人が、もしこの光景を見たら腰を抜かすだろう。
猛スピードで爆走する銀色の鉄の塊の上で、素っ裸の人間と巨大な狼が優雅に露天風呂に入っているのだから。
◇
風呂から上がり、腰に手を当ててフルーツ牛乳(マリアさん特製、聖大根糖入り)を一気飲みしていると、視界が開けた。
峠を下りきり、眼下には一面の青――海が広がっていた。
キラキラと太陽を反射する水面が、水平線の彼方まで続いている。
「海だーっ!!」
リビングから、マキナたちの歓声が上がる。
車はそのまま速度を落とさず、白い砂浜へと突っ込んでいく。
「ガリウスさん、舌を噛まないように! ちょっと揺れますよ!」
「な、なにをする気だルークス君!? ブレーキだ! ブレーキを踏め! 海に落ちるぞ!」
「落ちませんよ。――変形!」
俺がダッシュボードの赤いスイッチを押すと、車体がガシュガシュと音を立てて変形を開始した。
巨大なタイヤが横向きに倒れ、内部から魔力噴射ノズルが展開される。
車体下部からはフロートが飛び出し、空力を考慮した形状へと変化する。
バシュゥゥゥッ!!
車体がふわりと浮き上がった。
そのまま海面へと躍り出る。水しぶきを上げながら、キャンピングカーは『ホバークラフト』となって海上を滑走し始めた。
「うおおおっ! 浮いた!? 船になったぞ!」
「すごいすごい! アメンボみたい! 全然揺れないよ!」
女性陣が大はしゃぎで窓に張り付く中、俺はモニターのソナーを確認した。
目指す人魚の海域は、このまま沖合へ50キロほど進んだ先だ。水深が深くなるにつれ、ソナーに映る魚影も大きくなっていく。
その時だった。
ザバァァァァァァッ!!
進行方向の海面が爆発し、巨大な水柱が上がった。
現れたのは、青い鱗に覆われた、長い首を持つ巨大な海竜――シー・サーペントだ。
その大きさはキャンピングカーの倍はある。口には鋭い牙がびっしりと並び、眼球は赤く充血している。
「ギシャァァァァァァッ!!」
シー・サーペントは俺たちの車を「奇妙な獲物(あるいは縄張りを荒らす敵)」と認識したのか、大きく口を開け、鋭い牙で車体ごと噛み砕こうと襲いかかってきた。
「きゃあああっ! 怪獣よ!」
「ル、ルークス君! 回避を! あれに噛まれたらひとたまりもないぞ!」
車内がパニックになる。ガリウス所長が杖を構えようとする。
だが、俺はコーヒーを一口すすり、静かに言った。
「問題ありません。……硬度実験、開始」
ガギィィィィィンッ!!!
鈍い音が響き渡った。
シー・サーペントの牙が、キャンピングカーのボディに突き立った――はずだった。
だが、次の瞬間。
バキボキッ!! パキーンッ!!
砕けたのは、ボディではなく、シー・サーペントの牙の方だった。
折れた牙が宙を舞い、海に落ちる。
車体には、傷一つついていない。塗装すら剥げていない。
『アダマンタイト・コーティング』。物理防御力は城壁以上だ。半端な魔物の牙など通るはずがない。
「ギ、ギェッ……!?」
シー・サーペントが、予期せぬ痛みに目を白黒させている。
その隙を、風呂上がりの最強魔獣は見逃さなかった。
「フン、風呂上がりの運動には丁度いいわ! 湯冷め防止に行ってくる!」
屋上のサンルーフが開き、湯気を体から立ち上らせたフェンが飛び出した。
空中で回転し、風の刃を纏った爪を振り下ろす。
「『断海』!」
ズバァァァァン!!
一撃。
風の刃が海面を割り、シー・サーペントの首を、綺麗に胴体から切り離した。
巨大な体が、水柱を上げて海面に落ち、沈んでいく。
「あっ、待てフェン! 沈めるな! それ食材だ!」
俺は慌ててマジックハンドを操作し、シー・サーペントの死骸をキャッチした。
引き上げてみると、立派な白身が見える。
「ふぅ……危ないところだった。鑑定スキルによると……『白身で淡白だが、脂が乗っていて極上の味わい。特に肝は珍味』らしいぞ」
「ほう! それは聞き捨てならんな!」
◇
数十分後。
波の穏やかな海上で、キャンピングカーのデッキを展開し、即席の『海上バーベキュー大会』が開催されていた。
海の上でのバーベキュー。これぞ男のロマンだ。
網の上で焼かれているのは、分厚く切り分けられたシー・サーペントのステーキだ。
塩胡椒のみのシンプルな味付けと、特製ガーリックバター醤油を垂らした濃厚バージョンの二種類。
炭火で焼ける音と、香ばしい匂いが潮風に乗って漂う。
ジュウウウゥッ……パチパチッ。
「いただきます!」
焼き上がった肉を口に放り込む。
表面はカリッと、中はフワフワ。
鶏肉と白身魚のいいとこ取りをしたような、上品かつ濃厚な味が口いっぱいに広がる。噛むたびに、上質な脂がジュワッと溢れ出す。
「美味いっ! なんだこれ、ウナギよりさっぱりしてて、フグより食べ応えがあるぞ!」
「あら、本当ですわ! 皮の部分がプルプルでコラーゲンたっぷり! 美容に良さそうです!」
「お酒が進みますなぁ! この肝焼きも絶品じゃ!」
エレナ様もガリウス所長も大絶賛だ。
フェンに至っては、骨ごとバリバリと噛み砕いている。
俺は冷えたビールを片手に、海原を見渡した。
襲ってくる怪物は食材に変え、移動そのものをレジャーに変える。
これこそが、最強のキャンピングカーがもたらす「無敵のグランピング」だ。
80万ポイントの元は、もう取れた気がする。
「さて……」
俺は水平線の向こう、うっすらと不気味な霧に包まれた海域を見据えた。
そこから、あの「助けて」という声が聞こえた気がした。
空気が変わる。
ここから先は、ただのレジャーではない。
「腹ごしらえも済んだし、いよいよ人魚姫のお宅訪問と行こうか」
俺は再び運転席に戻り、舵を切った。
目指すは霧の向こう、アトランティス。
どんなトラブルが待っていようと、この動く要塞と頼もしい仲間たちがいれば、きっと「美味しい結末」に変えられるはずだ。
【読者へのメッセージ】
第二百六十話、お楽しみいただけましたでしょうか!
80万ポイントの「魔導キャンピングカー」、その実力(と贅沢さ)を存分に描かせていただきました。
移動しながらの露天風呂、そして襲撃者を即座に食材にする逞しさ。
「旅の苦労」なんて言葉は、ルークスの辞書にはありません。あるのは「いかに楽しむか」だけです。
シー・サーペントのステーキ、鶏肉のような白身魚……想像するだけでお腹が空いてきますね。
さて、次回はいよいよ人魚の海域へ突入!
霧の向こうには何が待っているのか?
そして、エレナ様たちの水着姿はいつお披露目されるのか!?(重要)
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