第二百五十六話:ドワーフの嘆きと、魂の鉄床(アンビル)。伝説の農具が生まれる日
聖大根の出荷騒動がひと段落し、村に束の間の平穏(といっても、畑はジャングルだが)が戻った日の午後。
俺、ルークス・グルトは、相棒のフェンを連れて村の西側にある「鍛冶場」を訪れていた。
目的は、あの泥の巨神との戦いでボロボロに錆びつき、刃こぼれしてしまった『アダマンタイトの鍬・改』の修理だ。
いくら神話級の金属とはいえ、カテゴリー5の汚染泥に長時間晒されればタダでは済まない。かつて銀色に輝いていた刃は、赤黒く変色し、表面は月面のように凸凹になってしまっていた。
「……なぁ主よ。最近、地面が硬すぎないか?」
道すがら、フェンが不満げに鼻を鳴らした。
「昨日、骨を埋めようとして穴を掘ったのだが、爪が折れるかと思ったぞ。以前は豆腐のように柔らかかった土が、今は岩盤のように硬い」
「ああ、それは多分『神聖灰』の影響だな」
俺は苦笑した。
あの300万ポイントの太陽が生み出した灰は、植物を爆発的に成長させるだけでなく、土壌に含まれるミネラル分を結晶化させ、地盤そのものを強固にする副作用があったらしい。
おかげで地盤沈下の心配はなくなったが、モグラは絶滅し、犬が穴掘りに苦労するレベルになってしまった。
「ま、それだけ良い土になったってことだよ」
「ふん。我の爪より硬い土など、認めんぞ」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは鍛冶場の暖簾をくぐった。
カーン、カーン……という小気味よい音が響いているはずの工房は、しんと静まり返っていた。
炉の火も落ちており、薄暗い。
「よお、ゴードン。いるか? 頼みがあるんだが……」
返事がない。
俺が奥へ進むと、そこには予想外の光景があった。
「はぁ……。ダメだ、これじゃあ仕事にならん……」
村一番の腕利き鍛冶師、ドワーフのゴードンが、作業台に突っ伏して頭を抱えていたのだ。
その足元には、無惨に砕け散った鉄槌の残骸と、飴細工のようにひしゃげた鉄くずが散乱している。
彼の自慢の筋肉隆々の腕は煤で汚れ、その背中は一回り小さく見えた。
「どうしたんだ、ゴードン? まるで二日酔いのフェンみたいに元気がないぞ」
「主よ、一緒にするな。我は二日酔いなどしたことはない。飲み足りなかっただけだ」
「うるさいわい……。おお、ルークスか」
ゴードンは充血した目を俺に向け、深いため息をついた。その顔には、職人としての自信を喪失したような、深い皺が刻まれている。
「炉の火力が、足りんのじゃ。それに、道具も、ワシの腕も」
「火力が? お前の炉は、ドワーフの国から取り寄せた最高級品だろ?」
「ああ。だがな……お前さんが撒いたあの『白い灰』……神聖灰とか言ったか? あれのせいで、村周辺で採れる鉱石が異常に変質してしまったんじゃよ」
ゴードンは、作業台の上に転がっていた黒い鉱石を指差した。
「見てみろ。これはただの鉄鉱石のはずじゃった。だが今は、ミスリル並み……いや、それ以上の硬度と融点を持っておる。今のワシの炉じゃ溶かしきれんし、叩けばハンマーの方が負けて砕け散る始末だ」
ゴードンは悔しげに拳を震わせた。
「農具一つ直せん。釘一本打てん。……これじゃあ、ドワーフの面汚しじゃ。ワシはもう、引退するしかないかもしれん」
ゴードンの目から、涙がこぼれ落ちた。
俺は「あちゃー」と天を仰いだ。
またしても、俺のやったこと(300万ポイントの太陽)が、予想外の副作用を引き起こしていたらしい。
村が豊かになるのはいいが、その急激な変化に、既存の技術体系が追いついていないのだ。
これは、完全に俺の責任だ。
「……わかった。泣くなよ、ゴードンらしくない」
俺はゴードンの肩を叩いた。
そして、懐からスマートフォン(に見せかけた魔道具)を取り出し、手慣れた手つきで『天の恵み(ヘブンズ・ギフト)』のショップ画面を開いた。
聖大根の売上で、今の俺の懐は潤っている。
職人が道具に困っているなら、最高の道具を用意するのがスポンサー(農民)の役目だ。
それに、俺にはわかっていた。ゴードンの腕が落ちたわけじゃない。素材のレベルが、人類の限界を超えてしまっただけだ。
なら、道具も「神の領域」に引き上げてやればいい。
「ゴードン。ちょっとそこを退いててくれ」
「あん? 何をする気だ?」
「設備投資だよ。……俺の専属鍛冶師には、世界一の環境で仕事をしてもらう」
俺はショップの【鍛冶・生産設備(神話級)】カテゴリをタップした。
並ぶのは、目が飛び出るような価格のアイテムたち。
だが、今の俺に迷いはない。
【購入リスト】
・ドワーフ王の鉄床:200,000pt
・恒星の種火(炉の燃料):150,000pt
・ミスリル・スレッジハンマーセット:100,000pt
・冷却用聖水タンク:50,000pt
チャリンッ♪ チャリンッ♪ チャリーンッ♪
総額50万ポイント。
軽快な決済音と共に、工房の中央にまばゆい光の粒子が渦巻いた。
ズズズズズ……ドォォォォン……!
重厚な音と共に、空間が歪み、新たな設備が顕現する。
薄暗かった工房が、一瞬にして神々しい光に包まれた。
まず目を引くのは、中央に鎮座した巨大な鉄床だ。
黒光りするその表面には、黄金で複雑なルーン文字が刻まれており、見ているだけで吸い込まれそうな重圧感を放っている。
そして、古びたレンガ造りの炉の中に、「それ」は灯った。
赤でもオレンジでもない。
青白く、静かに、しかし絶対的な熱量を秘めて燃える「星の炎」。
壁には、銀色に輝く大小様々なハンマーややっとこが、整然と並んでいる。
「な、ななな、なんだこれはぁぁぁッ!?」
ゴードンが飛び上がった。
彼は震える手で鉄床を撫で、炉の炎を覗き込み、そしてハンマーを握りしめた。
その手が、小刻みに震えている。
「こ、この鉄床……古代ドワーフ王が使っていたとされる伝説の神器『大地の揺り籠』のレプリカか!? 魔力を逃さず、衝撃を倍にして返す構造……! それにこの炉の火、まさか『恒星の種火』を使っておるのか!? ミスリルだろうがオリハルコンだろうが、飴細工のように溶かすぞこれなら!」
ゴードンの目から、さきほどまでの諦めの色は消え失せていた。
あるのは、見たこともない伝説の道具を前にした、子供のような純粋な興奮と、職人としての燃え上がるような情熱だ。
「ルークス、お前……これを、ワシに?」
「ああ。村一番の鍛冶屋には、最高の道具が必要だろ? それに、直して欲しいものがあるんだ」
俺は背負っていた、錆びついた『アダマンタイトの鍬』を差し出した。
さらに、懐からもう一つ、素材を取り出す。
それは、聖大根の皮を乾燥させ、超高温で炭化させた『聖炭』だ。ダイヤモンドよりも硬く、魔力を増幅させる性質を持つ、俺の手製素材だ。
「こいつを混ぜて、打ち直してくれ。今のゴードンなら、できるだろ?」
ゴードンはニヤリと笑った。
その笑顔は、頑固親父のものではなく、神に挑む挑戦者のそれだった。
彼はバンダナを締め直し、ハンマーを担いだ。
「愚問じゃな。……血が騒ぐわい! 見とれよルークス、お前の期待以上の化け物を生み出してやる!」
◇
そこからは、鍛冶という名の「戦い」だった。
ゴードンは上着を脱ぎ捨て、筋骨隆々の上半身を露わにすると、青白い炎が燃え盛る炉の前に立った。
シュゴオオオオオオオ……!
炉の送風機を踏むたびに、恒星の火が唸りを上げる。
工房内の温度が一気に上昇し、肌がチリチリと焦げるような熱気が充満する。
俺とフェンは、たまらず入り口付近まで後退した。
ゴードンは錆びついたアダマンタイトを炉に放り込んだ。
常熱では溶けないはずの神話金属が、恒星の炎の前では数秒で赤熱し、やがて白く発光する液体へと変わっていく。
不純物が蒸発し、純粋な金属の塊となったそれを、やっとこで掴み出し、鉄床の上に乗せる。
「ふんッ!!」
カァァァァァァァンッ!!
第一打。
ミスリルのハンマーが振り下ろされると、鼓膜を突き破るような甲高い音が響き渡った。
ただの打撃音ではない。空気が震え、衝撃波が肌を叩く。
飛び散る火花の一つ一つが、まるで生き物のように美しく舞い、床に落ちても消えずに輝き続けている。
カァン! カァン! カァン!
正確無比なリズム。
ゴードンの太い腕の筋肉が躍動し、全身から噴き出す玉のような汗が、高熱で瞬時に蒸発し、彼の周りに白い蒸気のオーラを作っている。
彼は何かに取り憑かれたように、あるいは神に祈りを捧げるように、一心不乱に鉄を叩き続けた。
そこに、『聖炭』を混ぜ込んでいく。
植物由来の神聖な炭素が、金属の結晶構造に入り込み、黒い波紋となって広がっていく。
白と黒。光と闇。相反する力が、ハンマーの一撃ごとに融合し、新たな強靭さを生み出していく。
――美しい。
俺は息をするのも忘れて見入っていた。
ポイントで完成品を買うのは簡単だ。ボタン一つで手に入る。
だが、こうして職人が魂を削り、技術と想いを込めて形にしていく過程には、どんな高価なアイテムにも代えがたい「熱量」がある。
これこそが、「モノづくり」の真髄だ。
「主よ……あのドワーフ、笑っているぞ」
フェンが小声で言った。
確かに、ゴードンの口元は吊り上がっていた。
苦しいはずの極限の作業の中で、彼は心から楽しんでいるのだ。
自分の技術が、伝説の道具によって引き出され、かつてない高みへと昇華していく感覚を。
失われかけていた「ドワーフの魂」が、今、この炎の中で蘇っている。
時は流れ、夜が明け、朝が来た。
最後の一打が振り下ろされ、
ジュウウウゥッ……!
という、聖水による冷却の音が響いた時。
そこには、朝日に負けないほどの輝きを放つ、一本の鍬が鎮座していた。
◇
「……できたぞ」
ゴードンが、ふらつく足で作業台に手をつき、荒い息を吐きながら言った。
その目は充血し、体は煤だらけだが、その表情は今まで見たどの顔よりも晴れやかで、誇らしげだ。
俺は完成した鍬を手に取った。
「軽い……」
見た目は黒光りする重厚な金属の塊なのに、手に持つと羽毛のように軽い。
それでいて、指先からは大地そのものと繋がっているような、無限の魔力を感じる。
俺は震える手で『鑑定』した。
【鑑定結果】
【真・アダマンタイトの鍬『豊穣の神』】
製作者:ゴードン・スミス&ルークス・グルト(素材提供)
レアリティ:UR+
攻撃力:測定不能(対象の硬度を無視)
耐久度:永続不壊
特性:
・『絶対耕作』:あらゆる物質(岩盤、結界、魔法、空間含む)を「土」と認識して耕すことができる。
・『豊穣の光』:振るうだけで周囲の作物の成長速度を+500%にする。
・『害獣特効・極』:敵対生物に対して防御無視のダメージを与える。
・『自動追尾』:投げると勝手に雑草を刈り取って手元に戻ってくる。
「……やりすぎだろ」
俺は引きつった笑みを浮かべた。
空間を耕すってなんだよ。次元の狭間に種でも蒔く気か?
それに成長速度500%って……また野菜が爆発する未来しか見えない。
これはもう農具じゃない。兵器だ。いや、神の杖だ。
「こ、これを俺に使えって? うっかり足に落としたら、地球が割れるんじゃないか?」
「ふん、加減をするのが使い手の腕だろうが。今のルークスなら、扱えるはずじゃ」
ゴードンはタオルで汗を拭きながら、ニヤリと笑った。
そして、ふと真面目な顔になり、俺をじっと見つめた。
「なぁ、ルークス。……作業中に気づいたんじゃが」
「ん?」
「ワシが今使ったこの技術……『聖炭』を混ぜて金属を強化する手法は、古のドワーフ王家に伝わる秘中の秘。『世界の捕食者』に対抗するために編み出された、失われた鍛造法そのものじゃ」
ゴードンの目が鋭く光る。
「お前さんが持ってきたあの黒い炭、そしてこの伝説の道具たち……。ルークス、お前はいったい何者なんじゃ? ただの農民にしては、背負っているものが大きすぎるぞ。まるで、世界を救う準備をしているようにも見える」
痛いところを突かれた。
俺は鍬を肩に担ぎ、いつもの笑顔で肩をすくめた。
「買いかぶりすぎだよ、ゴードン。俺はただの農民さ。……ちょっと通販が好きなだけのね」
「……ふん、まあいい。良い仕事ができた、それだけでワシは満足じゃ。この借りは、美味い野菜で返してくれよ」
ゴードンはそれ以上追求せず、豪快に笑ってエールを呷った。
漢だねぇ。
◇
「よし、せっかくだから試し切り(試し耕し)といくか!」
俺は最強の鍬を手に、意気揚々と工房を出た。
外は快晴。絶好の農作業日和だ。
工房の裏手にある巨大な岩を見つける。あれでいいだろう。
俺は軽く鍬を振り上げた。
「ふんっ!」
スパァン!!
手応えはなかった。
鍬が岩に触れた瞬間、岩は抵抗なく両断され――いや、断面からサラサラとした土に変わって崩れ落ちた。
さらに、その衝撃波が地面を走り、一直線に数百メートル先まで「耕された道」が出来上がってしまった。
「……あぶなっ」
俺が冷や汗をかいた、その時。
「ルークス君ッ!! 大変だッ!!」
村の方角から、血相を変えたガリウス所長が、ローブの裾を乱して走ってきた。
その後ろには、息を切らせた早馬の騎士の姿も見える。
「どうしました、ガリウスさん? 朝食の聖大根が足りませんでしたか? おかわりならありますよ」
「そんな場合ではない! 王都から急報だ!」
ガリウス所長は俺の目の前で立ち止まり、青ざめた顔で叫んだ。
その声は、震えていた。
「国王陛下が! リアム国王陛下ご自身が、この村に向かっている! しかもお忍びではなく、近衛騎士団を率いての行幸だ! あと数時間で到着するぞ!!」
「……は?」
俺の手から、伝説の鍬が滑り落ちた。
ズドンッ。
鍬の刃が地面に突き刺さり、衝撃で小さな地割れが走ったが、今の俺にはそれを気にする余裕などなかった。
「こ、国王陛下が……? ウチに? ……マジで?」
最強の農具を手に入れた直後、最強の権力者がやってくる。
しかも、軍隊を引き連れて。
俺のスローライフは、またしても強制的に「超ハードモード」へと叩き込まれようとしていた。
とりあえず、この「空間を耕す鍬」をどこかに隠さなければ。
俺はパニックになりながら、青い空を見上げた。
【読者へのメッセージ】
「空間を耕す鍬」、爆誕です。
職人ゴードンの魂の仕事と、ルークスの規格外の投資が合わさり、とんでもないものが出来上がってしまいました。
「岩が土になる」という描写で、その異常性を感じていただけたでしょうか?
これで害獣退治も農作業も楽勝……と思いきや。
ラストに飛び込んできた特大のニュース。
国王陛下が、騎士団を引き連れてやってくる!?
「ただの農民」と言い張るには、もはや限界が近づいています。
ルークスは国王の前でどう振る舞うのか? そして伝説の鍬の出番は?
次回、波乱の「国王来訪編」、スタートです!
続きが気になる方は、ぜひブックマークと評価をお願いします!




