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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第二百五十三話:神聖灰(ゴッド・アッシュ)の奇跡。虹色の大根と、王都からの使者


 泥の巨神との死闘から、数日が過ぎたある日の朝。

 リーフ村を覆っていた重苦しい絶望の空気は、あの朝の太陽と共に綺麗さっぱりと消え去り、今は信じられないほどの活気と、ある種の「困惑」に包まれていた。


 その困惑の震源地にいるのは、もちろん俺、ルークス・グルトだ。


「……なぁ、フェン。俺の記憶が正しければ、農業っていうのは、もっとこう……土と対話し、雨風を心配し、季節の移ろいを感じながら、ゆっくりと作物を育てるものじゃなかったか?」

「うむ。主がいつも言っていた『スローライフ』とは、そういうものだと認識しているぞ。種を蒔いて、芽が出るのを待ちわびる時間が愛おしい、とな」

「だよな。……じゃあ、目の前の『これ』は一体なんだ?」


 俺は腕組みをして、我が家の裏手にある畑を見下ろした。

 そこはかつて、黒い泥に覆われ、全滅したタマネギ畑があった場所だ。

 だが今は、一面の白銀世界――『天照アマテラスの種火』が生み出した『神聖灰ゴッド・アッシュ』で覆われている。


 そして、その白い灰の海から突き出ているのは、おぞましいほどの生命力で成長した、巨大な緑のジャングルだった。


「昨日だぞ? 俺が試しに大根の種を蒔いたのは、昨日の夕方だぞ?」


 通常、大根の収穫までには二ヶ月から三ヶ月はかかる。

 種を蒔いて、間引きをして、土寄せをして、ようやく白い頭が見えてくる。その過程こそが農業の醍醐味だ。

 それが、たった一晩。

 寝て起きて、カーテンを開けたら、俺の腰の高さまで葉が茂っていたのだ。

 しかも、葉の一枚一枚が、まるで熱帯雨林の植物のように分厚く、テラテラと光沢を放っている。


「土壌改良にも程があるだろ……!」

「主よ、見ろ。大根だけではないぞ。あそこのカボチャなど、空を飛んでいる」

「は?」


 フェンが指差す(前足で示す)先を見ると、確かに隣の畝に植えたはずのカボチャのツルが、重力に逆らって空へと伸び、バスケットボール大の実が風船のようにプカプカと浮いていた。


「……見なかったことにしよう。まずは、この大根だ」


 俺は現実逃避気味に呟き、恐る恐る一番手前の葉の根元を掴んだ。

 茎は太く、瑞々しい水分をたっぷりと含んでいて、折れそうなほどパツパツに張っている。微かに脈動しているようにも感じるのは気のせいだろうか。


「よいしょ、っと!」


 俺は腰を入れて、大根を引き抜いた。

 

 ズポォォォォォッ!!

 キィィィィィン……!


 小気味よい音と共に、妙な高音が響く。

 土の中から姿を現したのは、俺の太ももほどもある極太の大根だった。

 いや、ただの大根ではない。


「……光ってる」


 そう、その大根は、内側から高輝度LED電球を仕込んだかのように発光していた。

 しかも単色ではない。

 上部は鮮やかなエメラルドグリーン、中部は純白、そして先端に向かうにつれて淡いピンクから紫色へとグラデーションを描き、全体が虹色レインボーのオーラを纏っている。

 朝日にかざすと、プリズムのように光を反射し、畑に小さな虹を架けていた。


 俺は震える手で『鑑定』スキルを発動した。


【鑑定結果】

聖大根セイント・ラディッシュ

 レアリティ:SR

 品質:SSS(神の恵み)

 説明:神聖灰の過剰な栄養素と、太陽の種火の残滓(聖属性魔力)を極限まで吸収して変異した大根。もはや野菜というより「食用の聖遺物」に近い。

 効果:

 ・滋養強壮(徹夜明けでも一発で回復)

 ・状態異常解除(二日酔いから呪いまで)

 ・細胞活性化(かじるだけで虫歯が治り、肌年齢が5歳若返る)

 ・魔力回復(中級ポーション並み)

 味:糖度20(最高級メロン並み)、食感は梨のようにクリスピー。


「メロン並みってなんだよ! 野菜の味じゃねえよ!」


 俺は思わず大根に向かってツッコミを入れた。

 虫歯が治る? 肌が若返る?

 これはもう食材じゃない。食べるポーションだ。食べるエステだ。

 こんなものを市場に出したら、薬師ギルドや美容業界から刺客が飛んでくるレベルだ。


「主よ、美味そうではないか! どれ、我に味見をさせろ! 毒見役が必要だろう?」


 隣で尻尾を振っていたフェンが、待ちきれない様子で大口を開ける。

 その横には、いつの間にかフィオナも来ていて、「私も! 私も!」と飛び跳ねている。


「まあ、毒はないだろうしな。……ほら、二人とも」


 俺は「へし折る」つもりで力を入れたが、意外にも硬度は普通の野菜と同じで、パキンと軽快な音を立てて割れた。

 断面からは、真珠色の汁がジュワッと溢れ出し、柑橘系のような爽やかな香りが広がる。

 俺は半分をフェンに、残りをフィオナと自分で分けた。


 ガブリ。バリボリ、ムシャムシャ。


「……ッ!!」


 フェンがカッと目を見開いた。

 次の瞬間、彼の全身から金色の粒子が舞い上がった。


「う、美味いッ! なんだこれは! 口の中いっぱいに広がる清涼感! シャキシャキとした食感と共に、濃厚な果汁が溢れ出してくる! 野菜特有の青臭さは微塵もない! それに……おお、歯茎が痒かったのが治ったぞ!」

「あまーい! お菓子みたい! 体がポカポカするよ、お兄ちゃん!」


 フィオナも頬を赤らめて大喜びだ。

 俺も恐る恐る、自分の一切れを齧ってみた。

 

 シャクッ。

 

 ――衝撃。

 口に入れた瞬間、舌の上で細胞が歓喜の歌を歌い出した。

 大根おろしのような辛味は一切なく、梨のような上品な甘みと、スポーツドリンクのような吸収率の高さで水分が体に染み渡った。

 昨日の戦闘――鍬を振り回しすぎた筋肉痛――で重かった肩の痛みが、スーッと引いていく。

 視界がクリアになり、指先まで力がみなぎる感覚。


「……美味い。悔しいけど、めちゃくちゃ美味い」


 俺は虹色に光る大根を見つめ、複雑なため息をついた。

 これは確かに、農家としては大成功だ。

 100年間豊作が約束された土地。飢饉なんて言葉はこの村から消滅するだろう。

 

 でも、違うんだ。

 俺が求めていたのは、毎日ジョウロで水をやり、「まだかな、まだかな」と芽が出るのを待ちわびる、あの愛おしい時間なんだ。

 種を蒔いて翌朝に「はい、神食材できました!」なんていうのは、スローライフじゃない。

 これはただの「ハイスピード・チート・ライフ」だ。


「まあ、贅沢な悩み……なのかな」


 俺は畑を見渡した。

 そこには、数百本の虹色大根が、「早く抜け、光らせろ」と言わんばかりに輝いている。奥ではカボチャが空を飛び、トウモロコシが風に揺れて何かメロディのような音を奏でている。

 ……とりあえず、今日の夕飯は大根ステーキと大根サラダ、そして大根のポトフで決定だな。


 ◇


 午後。

 俺とフェン、そしてフィオナは、収穫した聖大根をリヤカーに山盛りに積み込み、村の広場へと向かった。

 今日は、村の復興を祝う宴が開かれることになっている。


 広場に到着すると、そこにはすでに多くの村人が集まっていた。

 数日前、絶望に打ちひしがれ、家財道具をまとめて避難準備をしていた彼らの顔に、今は暗い影はない。

 それどころか、みんな肌がツヤツヤして、妙に若返っている。

 風に乗って拡散した『神聖灰』が、村中の畑や井戸水にも微量ながら混ざり、村全体が「パワースポット化」しているのだ。


「あ、ルークス様だ! ルークス様がいらっしゃったぞー!」


 誰かが叫ぶと、広場の空気が一変した。

 村人たちが一斉に俺の方へ駆け寄ってくる。その目は、領主代行への尊敬を通り越して、何か「尊いもの」を見る目つき――拝むような目になっていた。


「ルークス様! ありがとうございます! 枯れかけていたウチの小麦が、一晩で金色の穂をつけました! しかもパンにしたら光るんです!」

「私の50年来の腰痛が治ったのも、ルークス様が降らせたあの『白い雪(灰)』のおかげですじゃ! 今なら丸太も担げますわい!」

「ルークス様、お願いです! ウチの生まれたばかりの赤子を抱っこしてやってください! ご利益を!」

「こらこら、順番だ! まずは村長のワシからじゃ! 見てくだされルークス様、ハゲ上がっていた頭頂部に産毛が!」


「ちょ、ちょっと待って! 押さないで! 頭を見せないで!」


 俺は揉みくちゃにされながら、必死に愛想笑いを浮かべた。

 英雄扱いされるのは、正直、居心地が悪い。

 俺はただ、自分の家を守りたかっただけなんだ。神の使いでもなんでもない、ただのポイント中毒の農民なのに。


 そして、俺以上に大変なことになっているのが、フェンだ。


「きゃーっ! フェン様よ! 今日も毛並みがキラキラしてるわ!」

「フェン様、こっち向いてー! 撫でさせてー!」

「ありがたや、ありがたや……拝めば金運が上がるそうな」


 大量の聖水(一本3万ポイント×3本)を浴びて復活し、さらに『神聖灰』の上で寝転がっていたフェンは、今や全身がプラチナブラックに輝く「歩く御神体」と化していた。

 村の子供たちや女性たちが、彼を取り囲んで撫で回している。


「くっ……気安く触るな人間ども! 我は高貴なるブラックフェンリルだぞ! 畏れ多いと思わんのか!」

「よしよし、フェン様かわいいねー」

「ぐぬぬ……そこっ、耳の後ろを掻くな! ……む、そこはちょっと気持ちいい……もっと右だ」


 フェンは口では文句を言いながらも、尻尾はパタパタと動いている。

 どうやら、満更でもないらしい。

 あの300万ポイントの戦いを経て、彼もまた、村人たちにとって「恐怖の対象」から「守り神」へと変わったのだ。


「さあさあ、ルークス殿! こちらへ!」


 産毛が生えてご機嫌な村長のハンスさんが、満面の笑みで手招きをする。

 広場の中央には、村中の食材を持ち寄った豪華な料理が並んでいた。

 メインディッシュは、もちろん俺が持ってきた『聖大根』を使った料理だ。


 マリアさんが腕を振るった『聖大根のステーキ・ガーリックバター醤油』。

 薄くスライスして揚げた『聖大根チップス』。

 そして大鍋で煮込まれた『聖大根と猪肉のポトフ』。


 どれもが微かに発光していて、夕暮れの広場をイルミネーションのように照らしている。


「乾杯しましょう! 我らが村の救世主と、この奇跡の復興に!」

「「「かんぱーい!!」」」


 村人たちの歓声が青空に響く。

 俺もジョッキ(中身は聖大根の搾り汁割りエール)を掲げ、一口飲んだ。

 ……美味い。五臓六腑に染み渡る。アルコールを分解する速度よりも回復速度の方が早いせいか、全く酔わないのが玉に瑕だが。


 父さんと母さんも、誇らしげに俺を見ている。

 エレナ様も、貴族の令嬢とは思えないほど口を大きく開けて大根にかぶりつき、「ん~っ! 美味しいですわ! お肌がプルプルになりそうです!」と笑っている。


 平和だ。

 数日前の地獄が嘘のようだ。

 ポイントはスッカラカンになったし、畑はとんでもないことになったけど、この笑顔が見られるなら、まあ、いいか。

 俺は心からそう思った。


 ――その時だった。


 ガタゴト、ガタゴト……。

 蹄の音と、重厚な車輪の音が、村の入り口の方から聞こえてきた。


 村人たちの歓声が、波が引くように静まっていく。

 現れたのは、一台の馬車だった。

 ただの馬車ではない。

 白塗りの車体に、金色の装飾が施され、側面にはエストリア王国の紋章――「剣と天秤」が描かれている。

 牽いているのは、軍馬として名高い白馬が四頭。護衛の騎士たちも、煌びやかな鎧を身につけている。


「お、王家の馬車だ……!」

「なんでこんな辺境の村に? 税の徴収か?」


 ざわめきが広がる中、馬車が広場の前で止まった。

 御者が扉を開ける。

 降りてきたのは、真っ白なローブに身を包み、長い杖を持った初老の男性だった。

 その胸には、王宮筆頭魔導師を示す「三ツ星」のバッジと、王の代理人を示すタスキがかかっている。


「……ここか」


 男は鋭い眼光で村を見渡した。

 そして、異様な生命力に満ちた畑(空飛ぶカボチャ含む)と、虹色に光る料理を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「なんと……報告以上だ。ここは精霊の里か何かか?」


 そして、その視線が、上座に座っていた俺――明らかに異質な空気を纏う農民――に固定された。

 男はツカツカと俺の前に歩み寄ると、震える声で言った。


「私は、王立魔法研究所の所長、ガリウスである」


 研究所の所長。

 この国で一番、魔法に詳しい偉い人だ。教科書にも載っている有名人だ。

 俺は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。心臓が早鐘を打つ。


「……は、初めまして。しがない農民のルークスです」

「単刀直入に聞く。……数日前、この村の方角で、王都の観測史上最大級の『神聖魔力爆発』が検知された」


 ガリウス所長は、懐から水晶玉を取り出した。それはまだ赤く点滅している。


「そのエネルギー量は、戦略級魔法どころではない。まるで『太陽』そのものが地上に降りたかのような、規格外の熱量と浄化の光だった。……君か? あの光を呼んだのは」


 シンと静まり返る広場。

 村人たちの視線が、一斉に俺に突き刺さる。

 フェンが「我は知らぬ、我は犬だ」とばかりに、大根をかじるふりをして視線を逸らした。あの野郎、後で覚えてろよ。


 俺は引きつった笑顔を浮かべた。

 言えるわけがない。

 通販ポイントショップで300万ポイント払って、神話級の太陽の欠片を買って、泥の巨人に投げつけましたなんて。

 そんなことを言えば、間違いなく王都へ連行され、一生実験室でモルモット生活だ。解剖されるかもしれない。スローライフ終了のお知らせだ。


 俺は深呼吸をして、精一杯の「無知な農民」の顔を作った。


「えっ? 太陽? 魔力爆発? ……何のことでしょう?」


 俺は首を傾げる。


「ああ、もしかして、あの日の夜のことですかね? その……ちょっと畑の雑草を燃やそうと思って、焚き火をしたんです」

「た、焚き火だと……?」

「はい。そしたら、よく乾燥していたせいか、思ったより火の勢いが強くなっちゃって……。ワッて燃え上がって、すぐに消えましたよ。ねえ、みんな?」


 俺は村人たちに同意を求めた。

 村人たちは一瞬キョトンとしたが、すぐに察してくれた。

 

「そ、そうだそうだ! ルークスの焚き火は派手だからな!」

「あー、びっくりしたよなぁ! ただの火遊びだよ、火遊び!」

「わっはっは! 大袈裟ですなぁ、お役人様は! 田舎じゃよくあることですわい!」


 村長までが、光る大根をかじりながら援護射撃をしてくれる。


 ガリウス所長は、狐につままれたような顔で、虹色に光る大根と、空飛ぶカボチャと、俺の顔を交互に見た。


「た、焚き火で……古代の地層が変質するほどのエネルギーが出ると……? それに、この異常な植生は……?」

「これは、うちの村の特産品です。肥料が良いんですよ、肥料が。ちょっと栄養満点すぎたみたいで」


 俺は冷や汗をダラダラ流しながら、ニッコリと笑った。


「……信じられん。だが、検知器の誤作動という可能性も……いや、しかし……」


 所長はブツブツと呟きながら、頭を抱えた。

 どうやら、常識外れすぎて、逆に「そんなはずはない」という心理が働いているようだ。

 しかし、その目はまだ疑念を捨てきれていない。鋭い研究者の目が、俺の奥底を見透かそうとしている。


 俺は知っている。

 これが、新たな波乱の幕開けであることを。

 王都の注目を集めてしまった俺の「スローライフ」は、ここからさらに、望まない方向へと加速していくことになるのだ。

 「最強の農民」という噂が、王都へ、そして世界へと広がっていくカウントダウンが始まった。


「ま、とりあえず食べてくださいよ、大根。美味しいですよ?」

「……む、光っているな。では一口……」


 ガリウス所長が大根を口にし、そのあまりの美味さに目を見開くのを横目で見ながら、俺は深い深いため息をついた。

 

 こうして、魔法汚染パニックは幕を閉じ、新たな「勘違い」と「ドタバタ」に満ちた日常が、再び動き出したのだった。

 俺の平穏な毎日は、まだもう少し先のことになりそうだ。



【読者へのメッセージ】

第二百五十三話、いかがでしたでしょうか。

「300万ポイントの太陽」の代償(?)として手に入れたのは、一晩で育つ「虹色の大根」と、空飛ぶカボチャでした。

「スローライフ」を目指しているはずが、どんどん「ハイスピード・チート・ライフ」になっていくルークスの苦悩(贅沢な悩み)を描きました。

そして、ついに王都の偉い人に見つかってしまいました。

「ただの焚き火です」という苦しい言い訳と、村人たちのトンチンカンな援護射撃。

ここから物語は、辺境伯領を飛び出し、王都をも巻き込んだ新たなステージへと進んでいきます。

ルークスの明日はどっちだ!?

面白かった、続きが気になるという方は、ぜひブックマークと評価をお願いします!

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