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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第二百五十二話:泥濘(でいねい)の巨神と、三百万ポイントの太陽

 ズズズズズズズ……ッ!

 ドォォォォォォォォン……!


 大地の底から響く、地獄の蓋が開いたかのような轟音。

 俺たちが必死の思いで浄化し、守り抜いた結界の外側――用水路のさらに奥、水源地となっていた森の一部が、音を立てて陥没した。


 舞い上がる土煙。

 へし折れ、飲み込まれていく巨木たち。

 そして、その「穴」から、絶望そのものが這い出してきた。


「グルルルゥッ……! なんだ、あやつは……!?」


 隣で身構えるフェンの喉が、本能的な恐怖に引きつる音がした。

 最強の魔獣である彼をして、ここまで怯ませる存在。

 俺もまた、呼吸を忘れてその異形を見上げていた。


 それは、泥でできた巨人だった。

 いや、「巨人」などという生易しい言葉では表現できない。それは動く「災害」そのものだった。

 高さは優に30メートルを超えているだろうか。リーフ村で最も高い見張り台すら、その腰のあたりにも届かない。

 腐った土と、汚染された地下水、そして無数の植物や動物の死骸が混ざり合い、ドロドロと流動しながら、辛うじて人型を模している。

 顔と思われる部分には、目も鼻もない。ただ、ぽっかりと開いた巨大な穴(口)があり、そこから紫色の瘴気を工場の煙突のように噴き上げている。


 [WARNING]

 [高エネルギー反応を解析中……]

 [個体名特定:泥の巨神マッド・ゴーレム・ロード]

 [推定脅威度:カテゴリー5(国家転覆級)]

 [特性:物理攻撃無効、超高速再生、腐食汚染、生命吸収]


 システムが真っ赤な警告を激しく点滅させる。

 国家転覆級。

 つまり、一つの国が騎士団と魔導師団を総動員して、ようやく対抗できるかどうかの化け物が、俺の家の裏庭に出現したということだ。


「ヴォォォォォォォォ……ッ!!」


 巨神が咆哮した。

 それは空気の振動ではなく、不快な低周波となって俺たちの内臓を直接揺さぶる。

 咆哮と共に、巨神の体から大量の泥が雨のように飛び散った。


 バシャッ! ジュウウウゥッ!


 飛び散った泥が結界の外の木々に触れると、樹齢数百年の大木が一瞬で枯れ果て、黒い炭のように崩れ落ちた。

 触れるもの全てを腐らせる、死の泥。


「こいつが……今回の汚染の元凶ボスか!」


 俺は『アダマンタイトの鍬・改』を握り直す。

 手のひらに滲んだ汗が冷たい。

 先ほどのマンドラゴラたちとは訳が違う。存在の「格」が違う。


「来るぞ、フェン! 散開だ!」

「承知!」


 俺とフェンは左右に飛び退いた。

 直後、巨神の太い腕が、俺たちが立っていた場所を無慈悲に叩き潰した。


 ドォォォォン!!


 衝撃波が走り、地面が波打つ。

 俺たちが張った『聖域の杭』による結界が、ギチギチとガラスにヒビが入るような嫌な音を立てて軋んだ。

 結界の白い光が、泥の圧力に押されて明滅する。

 まずい。物理的な質量攻撃と、圧倒的な汚染の濃度。このままでは、一本五万ポイントもした杭が保たない!


「やらせるか! フェン、足止めを頼む!」

「任せろ! 我が風で切り刻んでくれる! 『真空烈斬エアロ・ディザスター』!」


 フェンが空中で回転し、最大出力の真空の刃を放つ。

 森の木々をなぎ倒すほどの鋭利なカマイタチが、巨神の腕を深々と切り裂いた。

 

 バシュッ!

 

 巨神の右腕が半ばから切断され、ボトッと地面に落ちる。

 だが、俺たちが喜ぶ暇はなかった。

 地面に落ちた腕は、アメーバのように動き出すと、本体の足元に吸い寄せられ、ズルズルと這い上がって再び融合した。

 そして切断面からは、新たな泥が湧き出し、一瞬で腕が元通りに再生する。


「再生だと!? いや、そもそも『傷』になっていないのか!」


 液体を切っても意味がないのと同じだ。

 相手は流動する泥の塊。物理的な切断も、打撃も、すべてその巨大な質量の中に飲み込まれてしまう。


「ならば、これでどうだ! 農耕奥義『深耕しんこう破砕撃』!」


 俺は強化された脚力で巨神の懐に飛び込み、その足首(にあたる部分)に鍬を叩き込んだ。

 

 ズドンッ!!

 

 アダマンタイトの刃が泥を抉り、衝撃波が内部を駆け巡る。

 巨神の足が弾け飛び、その巨体がグラリと傾いた。


「効いたか!?」


 だが、巨神は倒れなかった。

 失った足を補うように、周囲の汚染された土を取り込み、さらに巨大化して立ち上がったのだ。

 それどころか、俺の攻撃に反応した泥が、意思を持つ生き物のように俺の武器に絡みついてきた。


「ヴォォォォォ……」


 巨神が俺を見下ろす。その空洞の口が歪み、嘲笑っているように見えた。

 次の瞬間、巨神の全身から無数の触手が槍のように発射された。


「しまっ――!?」


 回避が間に合わない。

 俺は咄嗟に鍬を盾にして防御姿勢を取る。


 ガガガガガッ!

 

 凄まじい衝撃。俺の体は後方へ吹き飛ばされ、結界の端まで転がった。


「ぐぅっ……!」

「主よ!」


 すぐに起き上がろうとして、俺は手元の武器を見て愕然とした。

 12万ポイントで購入したばかりの、神話金属製『アダマンタイトの鍬・改』。

 その銀色の刃が、赤黒く錆びつき、ボロボロに欠けていたのだ。


神話金属アダマンタイトを……腐らせたのか?」


 背筋が凍る。

 この泥は、ただの汚れじゃない。物質の構成そのものを崩壊させる「呪い」の塊だ。

 これじゃあ、どんな伝説の武器で殴っても、殴った端から武器が消滅していく。

 フェンもそれに気づいたのか、迂闊に近づけず、遠距離から牽制の魔法を放つことしかできない。


 ジリ貧だ。

 このままでは、結界が破られるのも時間の問題。

 そうなれば、背後の屋敷も、避難している父さんたちも、村も、全てこの黒い泥に飲み込まれる。


 ――また、失うのか?


 脳裏に、前世の記憶がよぎる。

 過労で倒れた後輩の顔。救えなかった命。何もできなかった無力な自分。

 積み上げてきたものが、理不尽な力の前に崩れ去っていく感覚。


「……ははっ、ふざけんなよ」


 俺は錆びついた鍬を投げ捨て、泥だらけの顔をゴシゴシと乱暴に拭った。

 物理が無効。魔法も再生される。武器は腐る。

 まさに「詰み」のような状況。

 だが、俺の目は死んでいなかった。

 むしろ、獲物を見つけた悪徳商人のように、ギラギラと狂気じみた輝きを増していた。


「再生力が高いなら、再生できないレベルで焼き尽くせばいい」

「泥で汚すなら、泥そのものを変質させてやればいい」

「理不尽な暴力には……もっと理不尽な『ポイント』の暴力で対抗するまでだ!」


 俺は震える手で、再びウィンドウを開いた。

 先ほど、購入を躊躇った「あのアイテム」。


天照アマテラスの種火(神話級)】

 価格:3,000,000pt


 300万ポイント。

 5歳から今まで、来る日も来る日も、雑草を抜き、魔物を狩り、商品を転売して貯め込んできた血と汗の結晶。

 家が買えるどころの話ではない。一生遊んで暮らせるだけの金額だ。

 それを、たった一回の攻撃のために使い捨てる?

 正気じゃない。

 普通のゲーマーなら、「エリクサー病」を発症して絶対に温存する場面だ。


 指が震える。

 脳内で電卓が弾かれる。300万あれば、もっと効率の良い投資ができる。安全な土地を買って引っ越すこともできる。

 だが。


 俺は振り返った。

 結界の向こう、屋敷の窓から、こっちを見ている家族の姿が見えた気がした。

 フェンが、傷だらけになりながらも俺を守ろうと吠えている。


 ――あの日々は、プライスレスだ。

 美味しいご飯。温かいベッド。笑い合う声。

 300万ポイント? 安いもんだ。

 俺は農民だ。

 農民にとって、畑と家族を守るためなら、コストなんて概念は二の次なんだよ!


「食らえ、俺の全財産ポイント!!」


 俺は叫びと共に、購入ボタンを叩き押した。


 チャリンッ♪


 軽快な音が響くと同時、俺の手の中に「それ」は現れた。

 握り拳ほどの大きさの、燃える宝石。

 いや、宝石ではない。

 それは、ガラスの球体に封じ込められた、本物の「太陽の欠片」だった。


【アイテム購入を確認しました】

天照アマテラスの種火(神話級)】

 レアリティ:URウルトラレア

 説明:神代の太陽からこぼれ落ちた種火。あらゆる不浄を焼き尽くす絶対浄化の炎。その灰は、死んだ大地すら蘇らせる「神の肥料」となる。

 効果範囲:半径1km


 熱い。

 耐熱グローブ越しでも、皮膚が焼けそうなほどの熱量を感じる。

 だが、それは不快な熱さではなかった。

 冬の凍える朝に浴びる日差しのような、あるいは冷えた体を温める暖炉のような。

 生命を育む、慈愛に満ちた圧倒的な「陽」のエネルギー。

 種火が放つ光だけで、周囲の泥がジュワジュワと乾いていく。


「フェン! 道を開けろ! 俺をあいつの懐まで運べ!」

「主よ、その手にあるのは……まさか!?」

「太陽だ! あいつに最高の肥料をプレゼントしてやる!」


 フェンは一瞬目を見開いたが、すぐにニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。


「承知! 乗れ、主よ! 我らが太陽を運ぶ戦車となろう!」


 俺はフェンの背中に飛び乗った。

 フェンが身を沈め、バネのように筋肉を収縮させる。

 

「行くぞッ!!」


 轟音と共に、俺たちは発射された。

 フェンが全身に風を纏い、泥の弾幕を切り裂いていく。

 迫りくる触手、噴き出す瘴気。それら全てを、フェンは紙一重で回避し、一直線に巨神へと肉薄する。


「ヴォォォォッ!?」


 巨神が、本能的な恐怖を感じたのか、後退ろうとする。

 遅い。

 俺たちの速度は、音を超えた。


「今だッ!!」


 巨神の目の前で、フェンが急停止し、慣性をつけて俺を放り投げた。

 俺は空中を舞い、巨神の胸元――その巨大な空洞の口へと飛び込む。


 巨神が反応し、無数の泥の手を俺に伸ばす。

 だが、その手は俺に触れる前に、種火の熱で灰となって崩れ落ちた。

 俺の手の中には、夜明けがある。


「この村は、俺の畑だ!」


 俺は『天照の種火』を握りしめ、叫んだ。

 300万ポイント。

 俺の苦労。俺の時間。俺の忍耐。

 その全てを、この一撃に込める。


「悪臭を放つゴミのままじゃ終わらせない……。最高の野菜を育てる、養分になりやがれぇぇぇぇッ!!」


 俺は種火を、巨神の胸の奥深くに叩き込んだ。


 カッ――――――――!!


 世界が、白に染まった。

 

 音はなかった。

 ただ、圧倒的な光と熱が、全てを包み込んだ。

 それは破壊の爆発ではない。

 夜を朝に変える、強制的な「夜明け」だった。


 光の中で、泥の巨神が何かを叫ぼうとしたように見えた。

 だが、その声は音にならず、体は内側から溢れ出す金色の光によって、砂のように崩れていく。

 黒い泥が、瞬時に乾燥し、浄化され、白くサラサラとした灰へと変わっていく。

 瘴気が晴れ、腐敗臭が消え、代わりに日向のような甘い香りが満ちる。


 俺は光の中で、不思議な浮遊感を感じていた。

 熱いけれど、温かい。

 まるで、母なる大地に抱かれているような、絶対的な安心感。


 ◇


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 瞼の裏で明滅していた光が収まり、俺はゆっくりと目を開けた。


「……ここは?」


 俺は、柔らかい砂の上に座り込んでいた。

 見渡す限り、白銀の世界が広がっていた。

 雪ではない。

 あの巨大な泥の化け物が、そして汚染された大地が、『天照の種火』によって焼き尽くされ、浄化された残骸――「聖なる灰」だ。

 森も、畑も、用水路も、すべてが真っ白な灰に覆われている。

 だが、それは死の世界ではない。灰の下からは、すでに小さな緑の芽が顔を出していた。


 夜空には、まだ星が瞬いているが、東の空が白み始めている。

 本物の夜明けが、近づいていた。


「主よ……無事か?」


 近くの灰の山が動き、フェンが顔を出した。

 自慢の黒毛が灰まみれで真っ白になっているが、その表情は晴れやかだ。


「ああ、なんとかな。……フェン、見てみろよ」


 俺は足元の白い灰を、手ですくい上げた。

 サラサラとしていて、指の間からこぼれ落ちる。

 ほんのりと温かく、そして微かに魔力を帯びている。


 俺はとっさに『鑑定』スキルを使った。


神聖灰ゴッド・アッシュ

 品質:SSS

 説明:神話級の浄化の炎によって精製された、究極の土壌改良材。これを撒いた土地は、100年間、病気知らずの豊作が約束される。


「……ははっ」


 俺は思わず乾いた笑い声を漏らした。

 300万ポイントを使って手に入れたのが、山のような「肥料」かよ。

 最高じゃないか。

 これなら、今年のタマネギはダメになったけど、来年の野菜は、いや、これから作る全ての作物は、間違いなく世界一美味くなる。


「勝ったぞ、フェン。……大黒字だ」


 俺は灰を空に向かって放り投げた。

 キラキラと舞う灰の向こうから、朝日が昇ってくる。

 その光は、もう鉛色ではない。澄み渡った希望の色だ。


 その時。


「ルークス様!」

「お兄ちゃん!」


 結界が消えた屋敷の方から、声が聞こえた。

 レオナルド様、エレナ様、父さん、母さん、マキナ……そして村の人々が、恐る恐る、しかし安堵の表情を浮かべてこちらへ走ってくる。

 彼らの目に涙が光っているのが見えた。


 俺とフェンは、顔を見合わせた。

 お互いに、煤と灰で顔は真っ黒(いや真っ白か?)だ。


「ひどい顔だぞ、主よ」

「お前こそ、おじいちゃん犬みたいになってるぞ」


 俺たちは声を上げて笑った。

 腹の底から、生きている実感を噛み締めながら。


 腐った泥の臭いは、もうどこにもない。

 あるのは、澄み渡った朝の空気と、新しい命を育むための、最高の土の匂いだけだった。


 俺たちの日常が、帰ってきたのだ。



【読者へのメッセージ】

お待たせいたしました!

「300万ポイントの太陽」による、圧倒的な浄化と再生。

コストはかかりましたが、ルークスが手に入れたのは「100年間の豊作」と「守り抜いた日常」。

これぞ、彼にしかできない勝利の形です。

ラストシーン、灰まみれで笑い合う一人と一匹の姿に、ホッとしていただけたら嬉しいです。

これにて「魔法汚染パニック編」は完結!

次回からは、この「神の肥料」を使って、さらにパワーアップしたスローライフ(?)が始まります。

面白かった、スカッとしたという方は、ぜひブックマークと評価をお願いします!

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