第二百四十七話:春の訪れ。山菜採りと、ポイント製・高級天ぷら粉の威力
長く、そして厳しかった冬が、ようやく終わりを告げようとしていた。
リーフ村を分厚い白の絨毯で覆い尽くしていた雪も、日差しの力強い温もりによって徐々にその厚みを減らし、所々に黒く湿った土や、枯れ草の混じった地面が顔を出し始めている。
軒先からは、雪解け水がクリスタルのような雫となって滴り落ち、その「ピチョン、ピチョン」というリズムは、春の訪れを告げるメトロノームのように響いていた。
そんなある日の早朝。俺、ルークス・グルトは、まだ冷たさの残る凛とした空気の中、村外れの森を、地面を睨みつけながら歩いていた。
「……あったぞ。春の使者だ」
俺は残雪の隙間から、まるで恥ずかしがるようにひょっこりと顔を出している、鮮やかな薄緑色の小さな蕾を見つけ、そっと指で摘み取った。
『フキノトウ』だ。
幾重にも重なった苞を少しめくると、独特の青臭さと、土の湿った香り、そして鼻の奥をツンと刺激するような「苦味の予感」が漂ってくる。
「……これだ。この香りこそが、冬の間、コタツで餅や鍋ばかり食って、脂と糖分で鈍りきった身体を叩き起こす、最強の目覚まし時計だ」
「……ねえ、ルークス。それ、ただの草じゃない? まだ寒いのに、こんな地面から生えてきた苦そうなもの食べて、本当に美味しいの? エルフでも食べないわよ?」
後ろをついてきたフィオナが、怪訝な顔で蕾を覗き込む。
俺はニヤリと笑って、もう一つ摘み取った。
「甘いな、フィオナ。これは『苦味』を楽しむものだ。冬の間に身体に溜まった毒素を排出する、天然の『解毒剤』なんだよ。……お、あそこのトゲのある木を見ろ。枝先に『タラの芽』も出ているぞ。あれは山菜の王様だ」
俺たちは、まだ葉の落ちた木々の枝先に芽吹いた、生命力の塊のような『タラの芽』や『コシアブラ』を次々と収穫し、カゴいっぱいの「春」を持ち帰った。
◇
自宅のキッチンに戻った俺は、早速調理の準備に取り掛かった。
だが、ここで現地の調味料や道具を使うわけにはいかない。
山菜の繊細な香りと食感は、獣脂や質の悪い植物油、そして温度管理のできない鍋で揚げると、すべて台無しになってしまうからだ。ベチャッとした天ぷらなど、食材への冒涜だ。
「現地の油じゃ重すぎる。天ぷらは『油』と『温度』、そして『道具』が命だ。……ここは現代の技術力をフル投入して、王都の高級料亭をも凌駕する環境を整えるぞ」
俺は虚空に指を滑らせ、システムウィンドウを展開した。
狙うは、日本の天ぷら職人が愛用する「三種の神器」だ。
『高級・太白胡麻油(業務用一斗缶)』:5,000 pt
『コツのいらない天ぷら粉(業務用・黄金タイプ)』:1,200 pt
『プロ仕様・温度計付き純銅製揚げ鍋(45cm)』:8,000 pt
「購入!」
――チャリン♪
軽快な課金音と共に、キッチンに鈍く赤金色に輝く重厚な銅鍋と、透き通るような美しい油が入った缶、そして魔法の粉が実体化した。
これだけで一万四千ポイント強。だが、春を食うためなら安いものだ。
『主よ、その水みたいな油はなんだ? ごま油と言う割に、あの香ばしい匂いがしないぞ? 偽物か?』
フェンが鼻を近づけるが、太白胡麻油はごまを煎らずに生のまま搾っているため、無色透明で香りがほとんどない。だが、ごま本来の旨味とコクは段違いで、素材の味を極限まで引き立てる高級品だ。
「これが本物の証だ。素材の邪魔をせず、引き立てる。究極の黒子だよ」
俺は銅鍋に、惜しげもなく太白胡麻油を並々と注ぎ、コンロの火をつけた。
銅の熱伝導率は凄まじい。あっという間に油全体に熱が回り、温度計の針が上昇し、天ぷらに最適な『180℃』を指し示した。
「よし、行くぞ。……春を揚げる音を聴け」
俺は冷水で溶いた「魔法の衣(天ぷら粉)」にフキノトウをくぐらせ、余分な衣を落としてから、油の中に静かに滑り込ませた。
――ジュワァァァァァァァ…………。
低く、重厚で、心地よい音が静かなキッチンに響き渡る。
食材の水分が油の中で弾け、衣が花のようにパッと開く。
銅鍋の中で、緑色の蕾が踊る。
最初は大きな泡がボコボコと出るが、水分が抜け、衣が固まるにつれて、音が変化していく。
――パチパチ、ピチピチ、チリチリ……。
高く、軽く、乾いた音色へ。
この音の変化こそが、揚げ上がりの合図だ。
長めの菜箸に伝わる、カリッとした硬質な振動。
俺は油を切り、揚げたての緑色の宝石をバットの網の上に乗せた。
キッチンには、油臭さは微塵もなく、ただ香ばしい小麦と、山菜の爽やかで野性味あふれる香りが満ちている。
「完成だ。……塩で食うぞ」
俺はポイント交換した、鮮やかな緑色の『抹茶塩』と、スパイシーな『カレー塩』、そしてミネラルたっぷりの『岩塩』を小皿に用意した。
天つゆもいいが、最初の一個は塩だ。素材と衣の味をダイレクトに感じるためだ。
「フィオナ、熱いうちに食ってみろ。抹茶塩を少しつけてな」
フィオナは揚げたてのフキノトウを指で摘み、恐る恐る口に運んだ。
湯気が立つ熱々の塊。
――サクッ……。ホロッ……。
軽快な衣の破砕音。
そして、中の蕾が崩れる柔らかい音。
「……んっ!? ……苦っ! うわ、すごい青臭い香りが鼻に抜ける!」
フィオナが顔をしかめる。だが、次の瞬間、彼女の表情が劇的に変わった。
「……あれ? でも……美味しい! 苦味の後に、じわっと濃厚な甘みが来る! サクサクの衣と、中のホクホク感がたまらない! 油っこくないわ、まるで空気を食べているみたいに軽い!」
「そうだろ? 油と苦味が融合すると、脳が喜ぶ快感に変わるんだよ。これが『春の味』だ」
俺もタラの芽を抹茶塩でいただく。
サクリ。
……美味い。ほろ苦さが舌を刺激し、抹茶の香りがそれを上品に包み込む。太白胡麻油の上質なコクが、山菜のアクを旨味に変えている。
これぞ、大人の味だ。
その時。
ドタドタという慌ただしい足音と共に、リビングの扉が勢いよく開いた。
「この香りはぁぁぁ! 王都の重たい揚げ物とは違う、軽やかで上品な油の香り! そして微かに漂う、春の苦味の予感! ルークス殿、また私を置いて『宴』を始めているな!」
ガルド公爵だ。
やはりこの男、美味しいものの匂いに関しては、フェン以上の嗅覚を持っているに違いない。
雪解けと共に、この食いしん坊も冬眠(?)から目覚めたらしい。
「……ルークス殿! まさか、もう山菜採りに行ったのか!? この緑色の塊は……フキノトウか!?」
「ちょうど今、揚がったところですよ。……ほら、タラの芽です。塩でどうぞ」
公爵は上着も脱がずに揚げたての天ぷらをひったくり、岩塩をちょんとつけて口に放り込んだ。
――カリッ、サクッ。
「……ぬおおお……! 素晴らしい! この野趣あふれる香り! そして、衣の軽さ! 油を感じさせない切れ味! 口の中で春が爆発したぞ! ……ルークス殿、これは水ではない! 酒だ! 日本酒はあるか!? キレのある辛口の熱燗を持ってこい!」
「はいはい、用意してありますよ。抜け目ない人だ」
俺はポイント交換しておいた『純米大吟醸・超辛口』をぬる燗にし、公爵に差し出した。
苦い山菜を齧り、熱い酒を流し込む。
公爵の顔が、雪解けのようにとろけていく。
「……くぅぅぅ……。たまらん。春が来たな。……苦いからこそ美味い。子供には分からん味だ。……ルークス殿、エビはないか? いや、やはり今日は山菜だけでいい。この苦味こそがご馳走だ」
フィオナもフェンも、抹茶塩とカレー塩を交互につけながら、山盛りの天ぷらを次々と消化していく。
「苦い!」「でも美味い!」という声がキッチンに響く。
俺は銅鍋の中で軽快な音を立てて踊る天ぷらを見つめながら、次の食材を投入した。
冬の重たいコートを脱ぎ捨てるように、俺たちの食卓もまた、軽やかな春の装いへと衣替えを済ませたのだった。
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**【読者へのメッセージ】**
いつもご愛読ありがとうございます!
第二百四十七話、いかがでしたでしょうか?
山菜の天ぷら。あのほろ苦さは、大人になって初めて分かる「春のご馳走」であり、冬の終わりを告げるファンファーレです。
特に「太白胡麻油」と「銅鍋」を使うと、天ぷらは劇的に美味しくなります(これは現実でもおすすめです!)。
公爵も熱燗との組み合わせに完全降伏でした。
「天ぷら食べたい!」「抹茶塩最高!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、ルークスの油の温度を保ちます!
次回、第二百四十八話――「春の訪れその2。タケノコ掘りと、若竹煮の香り」。お楽しみに!




