第二百三十九話:回転寿司、異世界に降臨す
クラーケンの鉄板焼きと、竜宮城での活け造り実演を経て、俺、ルークス・グルトが次なる一手として選んだ舞台。
それは、リーフ村の広場だった。
今、村の広場は、創立以来の「異様な熱気」と、鼻の奥をツンと刺激する、しかし抗いがたい「甘酸っぱい芳香」に包まれていた。
村人たち、リーフ村に駐留するエルフの騎士団、そして噂を聞きつけた近隣の商工会の面々が、広場の中央に設置された「巨大な建造物」を、固唾を飲んで見守っている。
俺が徹夜で設計し、土魔法による整地と、フェン(風魔法)による精密なカッティング、そしてロベルトたちの協力で組み上げたのは、全長五十メートルにも及ぶ巨大な楕円形の装置だ。
磨き上げられた青竹と、水漏れ防止加工を施した石材で組まれたその水路には、村の清流から引いた冷たい水が、水魔法のポンプによって一定の速度で循環し、涼しげなせせらぎの音を奏でている。
名付けて、『全自動・流水回転寿司レーン(リバー・スライダー・システム)』。
「……よし。装置の稼働は順調だ。次は『心臓部』の仕上げだ」
俺は、広場の中央、レーンの内側(厨房エリア)に設置された、大人が五人は入れそうな巨大な木桶(飯台)を見下ろした。
そこにあるのは、土鍋二十個分を一気に炊き上げた、真っ白に輝く炊きたての銀シャリの山。湯気がもうもうと立ち上り、米の甘い香りが周囲に拡散している。
「フィオナ、団扇の準備はいいか? ここからは時間との勝負だぞ」
「任せてよ! 風魔法の微調整ならお手の物よ!」
俺は、樽に入った琥珀色の液体を、柄杓ですくい上げた。
それは、俺が酒粕から時間をかけて醸造し、塩と砂糖を黄金比でブレンドした特製の「赤酢の合わせ酢」だ。普通の酢よりも香りが強く、まろやかなコクがある江戸前寿司の魂だ。
「……行くぞ!」
俺は合わせ酢を、しゃもじに伝わせながら、ご飯の山全体に回しかけた。
――ジュワァァァァァ……ッ。
熱々の米に冷たい酢が触れ、一瞬にして蒸気となって昇華する音。
その瞬間、広場全体に爆発的に拡散したのは、ただの酸味ではない。米の甘みと酢の旨味が融合した、脳髄の食欲中枢を直接ハッキングするような、甘酸っぱく芳醇な香りだった。
「扇げぇぇぇっ! 水分を飛ばせ! 米に艶を出せ!」
バサッ! バサッ!
フィオナが起こす突風と、俺が全身を使って振るう巨大しゃもじが、米を切るように混ぜ合わせる。
粘りを出してはいけない。一粒一粒を酢でコーティングし、独立させつつも、口の中でほどける絶妙な結合力を生み出すのだ。
数分の格闘の末、そこには、琥珀色に染まり、照明の魔道具を反射してキラキラと輝く「極上のシャリ」が完成していた。
その匂いだけで、周囲で見守る村人たちの喉が、ゴクリと大きく鳴るのが聞こえた。
「……いい匂い。ただのお酢じゃないわね。もっとこう、深みがあって……これだけで丼一杯食べられそう……」
「米が……米が光っているぞ! 宝石か!?」
村人たちが柵に身を乗り出す。
シャリが人肌の温度に落ち着いたところで、俺は高らかに号令を下した。
「よし、開店だ! 総員、配置につけ! 『握り手』、起動!」
俺の合図と共に、レーンの内側に並んだ三体の小型ゴーレムが動き出した。
彼らは通常の無骨な岩の腕ではなく、清潔な白手袋(魔法繊維製)を装着した、精密作業用の多関節アームを持っている。
その動きは、まさに機械的かつ神速。人間には不可能な正確さだ。
右手がシャリ桶から正確に十八グラムの米を掴み取り、絶妙な空気を含ませて俵型に成形。
左手が、あらかじめ切りつけられたネタを乗せ、キュッ、キュッと二手で握る。
所要時間、一貫につき一・五秒。
まさに寿司を握るために生まれたマシーン。
「……不気味だ。正確すぎて逆に怖いぞ、主よ。あれは本当に料理なのか?」
フェンがドン引きしているが、この数をさばくにはこれしかない。
握られた寿司は、これまた俺が木工スキルで作った「小さな木の船」に乗せられ、ドンブラコと水路へと流されていく。
船には「大トロ」「タイ」「イカ」と書かれた旗がなびいている。
「さあ、第一陣が出るぞ! 竜宮城からの贈り物、挨拶代わりの『真鯛』と『ヒラメ』だ! 狩りの時間だ、お前ら! 取り逃がせば、次の周まで回ってこないぞ!」
◇
水路の周囲に設置されたカウンター席には、箸と醤油皿、そしてガリ(生姜の甘酢漬け)を装備した村人たちと、エルフの騎士たちが、血走った目で待ち構えていた。
彼らの目は、食事を楽しむ者のそれではない。動体視力と判断力が試される「スポーツ(狩り)」に挑む戦士の目だ。
「来たぞ! 上流から先頭の船団だ!」
「白い! 透き通るような白身だ! あれはヒラメか!?」
せせらぎに乗って流れてくる、小さな木造船。その背中には、桜色に輝く真鯛の握りと、透き通るようなヒラメが二貫ずつ鎮座している。
村長のハンスが、震える手で最初の一皿(一船)を取り上げた。
「……い、いただくぞ! ルークスの言っていた『スシ』……!」
船から皿を下ろし、醤油をチョンとつけ、口に放り込む。
――パクッ。
静寂。そして、爆発。
「……!! んぐっ! ……あ、甘い! シャリが……口の中でホロリとほどけたぞ!? 人肌の温かさと、冷たく冷やされたネタの温度差……そしてワサビのツンとする刺激! こ、これは……飲み物だ!」
ハンスの絶叫を皮切りに、壮絶な争奪戦が始まった。
特に凄まじいのは、動体視力に優れたエルフの騎士たちだ。
「ふっ!」
シュバッ!
騎士団長エルウィンが、残像が見えるほどの速度で手を伸ばし、流れる船を確保する。
中身がこぼれることなどない。彼らの弓で鍛えた動体視力と、剣で鍛えた手首の柔らかさは、今この瞬間のためにあったのだ。
「……美味い。この『エンガワ』という部位……コリコリとした食感の後に、濃厚な脂がジュワリと溶け出す。……シャリの酸味が、脂っこさを中和して……無限に食える! 次だ! 次の船はまだか!」
皿が積み上がっていく。
カチャカチャと皿が重なる音が、広場に響くBGMとなる。
だが、俺の戦略はここからだ。
高級ネタで舌が肥え始め、少し飽きが来そうになったタイミングを見計らい、俺はニヤリと笑ってゴーレムの設定パネルを操作した。
「第二陣、投入! ここからは『邪道』の時間だ! 行け、子供とジャンクフード好きのための最終兵器! 『クラーケン・マヨコーン軍艦』! そして『テリヤキ・聖樹ポークハンバーグ』!」
レーンに流れたのは、もはや魚ですらない、カロリーの塊たち。
パリパリの海苔で巻かれたシャリの上に、バター醤油で炒めたクラーケンの切り身と甘いコーンが山盛りにされ、その上からマヨネーズがたっぷりと、網の目のように絞られている。
もう一方は、甘辛いテリヤキソースを纏った一口サイズのハンバーグだ。
「な、なんだあれは! スシに肉だと!? 黄色い粒だと!?」
「神聖な米を汚す気か! あんな油っぽいもの、エルフの口には合わん!」
保守的なエルフの長老たちが眉をひそめ、船を見送ろうとする。
だが、その隣でフィオナが、抗えない好奇心とマヨネーズの香りに負けて手を伸ばした。
「……でも、いい匂い。……騙されたと思って、一口だけ……。パクッ」
モグモグ……。
フィオナの動きが止まる。
そして、カッと目を見開いた。
「……ん~~~~~っ!! 美味しいぃぃぃ!!」
フィオナが頬を押さえて悶絶した。その声は広場中に響き渡った。
「なにこれ! マヨネーズの酸味とコーンの甘み、そしてクラーケンの弾力が……口の中でダンスしてる! 酢飯って、意外と油っこいものと合うのね! ……悔しいけど、さっきの鯛より好きかも! 中毒性が高すぎるわ!」
その言葉に、子供たちが殺到する。
「僕も!」「私もハンバーグ!」
そして、最初は馬鹿にしていた大人たちも、「……一口だけ」と手を出したが最後。
「……これは完成された料理だ」「マヨネーズ……恐ろしい子!」と掌を返し、次々とマヨネーズの軍門に下っていった。
伝統やプライドなど、マヨネーズとテリヤキソースの前では無力なのだ。
広場が混沌と歓喜、そしてマヨネーズの香りに包まれる中。
突然、村の入り口から土煙を上げて爆走してくる一台の豪華な馬車があった。
御者が止めるのも待たず、まだ完全に止まりきっていない馬車から飛び降りたのは、あの大食漢。
「……はぁ、はぁ! 匂うぞ! 王都まで、風に乗ってこの甘酸っぱい酢の香りが届いたぞ!」
ガルド公爵だ。
彼は上着を脱ぎ捨てながら、村人をかき分け、レーンの「最上流(厨房の出口付近)」という、全てのネタを一番最初に確保できる戦略的特等席を強引に確保した。
「ルークス殿! 遅れてすまない! ……さあ、流せ! 王都での激務で溜まったストレスと空腹を、この清流で洗い流してくれ! 金ならある! 全部食い尽くすぞ!」
「……やれやれ。やっぱり来ましたか。……よし、とっておきを出してやる。行け、深海の王者! 『大トロ』と『生ウニ』!」
俺が送り出したのは、竜宮城近海で獲れた本マグロの、最も脂の乗った大トロ(蛇腹)。そして、黄金色に輝くウニをこぼれ落ちるほど乗せた軍艦巻き。
公爵は、流れてくるそれらを、誰にも渡さないという鬼気迫る気迫で、両手で同時に二皿掴み取った。
パクッ。
「……ふぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
公爵が白目を剥いて椅子から崩れ落ちそうになる。
「と、溶けた……! 噛んでいないのに、脂が体温で溶けて、舌の上から消え失せた! 後に残るのは、濃厚で甘美な旨味の余韻だけ……! ウニもだ! なんだこの濃厚なクリームは! これは海のミルクだ! 磯の香りが鼻腔を突き抜ける!」
公爵の勢いは止まらない。
次々と流れてくる皿を、咀嚼しているのか飲み込んでいるのか分からない速度で、ブラックホールの如き胃袋に吸い込んでいく。
大トロ、中トロ、赤身、ウニ、イクラ、そしてマヨコーン。
数十分後。
彼のテーブルには、天井に届きそうなほどの高さに積み上げられた、「皿の塔(バベルの塔)」が築かれていた。
「……ふぅ。……ふぅ……。余は満足だ。……回転寿司……これは単なる食事ではないな。これは『祭り』であり、人生の縮図だ」
公爵が満足げにポンポコリンに膨らんだ腹をさすり、自らが築き上げた皿タワーを見上げる。
俺は電卓(のような魔道具)を片手に、その塔を見上げて苦笑した。
「……ええ。そして、その塔の高さは、そのまま請求書の金額になりますからね。……覚悟しておいてくださいよ」
夕暮れの広場。
水路を流れる木の船と、それを追う人々の笑顔。
回っているのは寿司だけじゃない。人々の尽きることのない「食への欲望」と「笑顔」そのものだ。
こうして、リーフ村にまた一つ、伝説(と、村人の平均体重を増加させる高カロリーな名物)が刻まれたのだった。
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**【読者へのメッセージ】**
いつもご愛読ありがとうございます!
第二百三十九話、いかがでしたでしょうか?
「回転寿司」。それは日本が生んだ最強のエンターテインメント・システム。
流れるプールで寿司を流すというルークスの発想に、村人たちも大興奮でした。
特にマヨコーン軍艦の破壊力は、異世界でも健在です。あれは「おやつ」ではなく「主食」になり得ます。
公爵の積み上げた皿の枚数、一体いくらになるのでしょうか……(笑)。
さて、海産物も制覇したルークス。
脂っこいものの後には、やはり「甘いもの」と「苦いもの」が欲しくなりますね。
「お寿司食べたくなった!」「回転寿司行きたい!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、ルークスのネタの種類を増やします!
次回、第二百四十話――「食後の至福。コーヒーとプリンの開発」。お楽しみに!




