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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第二百三十四話:王都震撼、赤提灯の灯る夜


 王都の空が茜色から群青色へと変わる逢魔がおうまがとき

 堅牢な石造りの建物が並び、普段であれば静寂と格式が支配する貴族街の一角――かつて公爵家の広大な薔薇園があった場所に、突如として「異界」が出現した。


 ボゥッ、ボゥッ、ボゥッ……。


 一つ、また一つと灯っていく、数百の赤い光。

 それは、魔法のランプのような冷たい光ではない。和紙(を模した羊皮紙)を通して揺らめく、温かく、妖しく、そしてどこか懐かしい「赤」だ。

 整然とした王都の景観の中に、そこだけ時空が歪んだかのように現れたのは、昭和の幻影を再現した「横丁」。

 狭い路地、軒を連ねる木の屋台、入り口に揺れる藍色の暖簾のれん

 そして、頭上を埋め尽くす「赤提灯」の列。


「……なんだ、あの赤い光は? 祭りか?」

「おい、あの匂いを嗅いでみろ……。肉が焦げる匂いと、甘辛い何かが……」


 仕事帰りの下級官吏、巡回中の騎士、そして馬車で通りかかった貴族たちが、吸い寄せられるように足を止める。

 赤い光には、疲れた大人の魂を無条件に引き寄せる、抗いがたい魔力があった。


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今夜は王都の歴史が変わる夜だ! 身分も階級も関係ない、ただ『腹を空かせた者』だけが入れる楽園の開門だ!」


 入り口で、威勢のいい声を張り上げているのは、なんと王都の重鎮、ガルド・フォン・エピキュリア公爵その人だった。

 だが、今の彼はシルクの燕尾服ではない。背中に大きく「祭」と書かれた法被ハッピを羽織り、ねじり鉢巻を締めた、完全に「テキ屋の親父」スタイルだ。


「公爵閣下が……客引きを!? し、しかし、中にある椅子は……ただの木箱ビールケースではないか? あんなものに座れと?」


 貴族たちが困惑するが、その理性はすぐに破壊されることになった。

 横丁の奥から、白い煙と共に「戦略兵器」が放たれたからだ。


 ――ジュワァァァァァッ!!


 炭火の上に落ちた鶏の脂が爆ぜ、一瞬にして昇華し、濃厚な白煙となって通りへと流れ出す。

 そこに含まれているのは、俺、ルークスが調合した「秘伝のタレ(醤油、砂糖、みりん、酒、ニンニク、ショウガ)」が備長炭で焦げる、暴力的なまでに香ばしい匂い。


「ぐぅぅ……っ! なんだこの香りは! 脳が……脳が脂を欲している!」

「ええい、ままよ! 入るぞ! 私の胃袋はもう限界だ!」


 一人が走り出すと、それは雪崩となった。

 人々は赤提灯のトンネルをくぐり、狭いカウンターへと吸い込まれていく。


 ◇


 店内は、すでに熱気と煙の渦だった。

 焼き台の前では、俺が特訓した公爵家の料理人たちが、玉のような汗を流しながら焼き鳥を焼いている。


「へい、お待ち! 『ねぎま』と『皮』、タレで五本!」


 ドンッ、と置かれたのは、串に刺さったままの鶏肉。

 普段、ナイフとフォークで食事をする貴族たちは、一瞬だけ戸惑った。


「こ、これを……この木の棒ごと食べるのか? なんと野蛮な……」


 だが、目の前の肉は、飴色のタレを纏ってツヤツヤと輝き、焦げ目が食欲をそそる芳香を放っている。

 ある老貴族が、意を決して串を掴み、ガブリとかぶりついた。


 ――ムグッ。ジュワッ。


「……!!」


 炭火で焼かれた鶏肉の弾力。噛み締めた瞬間に溢れ出す肉汁と、焦げたタレの香ばしさ。

 そして、間に挟まれたネギの熱々の甘みが、肉の脂っこさを中和する。


「う、美味い……! なんだこれは! 皿の上では決して味わえない、このライブ感! 唇についたタレさえも愛おしい!」

「串から食いちぎるという背徳感が、味を何倍にも高めているぞ!」


 一度タガが外れれば、そこはもう戦場だった。

 「おかわりだ!」「つくねをくれ!」「レバーだ、血の滴るようなレバーを!」

 貴族たちは上品さをかなぐり捨て、口の周りをタレで汚しながら串と格闘する。


 だが、真の革命はここからだ。

 俺は二階のVIP席から合図を送った。


「……そろそろだな。投入しろ、『黄金の聖水』を」


 店員たちが運んできたのは、俺が魔法で開発した『瞬間冷却サーバー』から注がれたばかりの、巨大なガラスジョッキ。

 表面には水滴がびっしりと付き、中には黄金色の液体が満たされ、上部には雪のようにきめ細かい泡(神の泡)が蓋をしている。


「……ビール(エール)か? だが、なぜこんなに冷えている? 酒は常温で飲むものだろう?」


 騎士団の分隊長が、怪訝そうにジョッキを持ち上げる。

 指先に伝わる、痛いほどの冷たさ。

 彼は脂っこい焼き鳥を飲み込んだ後、そのジョッキを煽った。


 ――ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ……!


 喉仏が激しく上下する。

 常温のエールしか知らない彼らの喉を、氷点下直前の冷気が駆け抜け、強めの炭酸がパチパチと心地よい刺激を与える。


 プハァァァァァァァァッ!!


 分隊長が、ジョッキをドンと叩きつけ、天井を仰いで絶叫した。


「くぅぅぅぅぅぅ!! なんだこれはぁぁぁ! 冷たい! 喉が痛い! でも、最高だぁぁぁ!」

「口の中の脂が、炭酸で洗い流されていく! そしてリセットされた舌が、また焼き鳥を求めている!」

「悪魔だ! これは悪魔の無限機関だ!」


 店内中で、「乾杯!」の声とジョッキがぶつかる音が響き渡る。

 そこにはもう、貴族も平民も、騎士も商人もなかった。

 ビールケースに座り、肩を並べ、赤ら顔で笑い合う「酔っ払い」たちがいるだけだ。


 ガヤガヤガヤガヤ……。


 注文を通す声、笑い声、肉が焼ける音。それらが混ざり合い、一つの巨大な「音の壁」となって横丁を包み込む。

 それは、堅苦しい王都が、初めて「ネクタイを緩めた」瞬間だった。


 ◇


 俺は、その喧騒を二階のバルコニーから見下ろしていた。

 隣には、同じく焼き鳥(塩)をかじりながら、あきれ顔のフィオナがいる。


「……信じられない。あの堅物な財務大臣が、ハチマキ巻いた公爵と肩組んで歌ってるわよ。あんた、王都を酒浸りにして滅ぼす気?」


「人聞きが悪いな。これは『ガス抜き』だよ。……見てみろ、みんな笑ってるだろ? 堅苦しいルールや建前を、この煙と一緒に空へ逃がしてやってるんだ」


 俺は、公爵の部下が持ってきた『開店一時間の売上速報値』に目を通し、ニヤリと笑った。

 そこに書かれている数字は、リーフ村の年間予算を軽く超えている。


「……それに、平和だろ? 美味いものを食って、酔っ払ってる人間に、戦争を起こす気力なんて残っちゃいない」


 俺は冷えたビールを一口飲み、眼下に広がる赤提灯の海を見つめた。

 煙に霞む王都の夜。

 その光景は、俺が前世で見たどの夜景よりも、人間臭くて、温かくて、そして「金になる」輝きを放っていた。


「……さて。この街の『夜』は、俺たちが頂いたな」


 俺の呟きは、喧騒の中に溶けていった。

 王都震撼。

 赤提灯の灯る夜は、まだ始まったばかりだ。


---



**【読者へのメッセージ】**

いつもご愛読ありがとうございます!

第二百三十四話、いかがでしたでしょうか?

ついに王都に「赤提灯」が灯りました。

焼き鳥とビール。この最強のコンビネーションに、異世界の人々も陥落です。

ルークスは二階で高みの見物ですが、この「横丁」は単なる飲食店を超え、王都の文化そのものを変えてしまいそうです。

「焼き鳥で一杯やりたい!」「ビールの喉越し最高!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】をお願いします!

皆様の応援が、ルークスのビールの冷え具合を加速させます!

次回、第二百三十五話――「深夜の来客、国王陛下のお忍びラーメン」。お楽しみに!


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