第二百話:決戦、建国記念の夜会~プリンが救う国の未来~
王都の下町、路地裏にある古びた仕立て屋の奥で、その「戦闘服」は完成した。
一見すると、何の変哲もない漆黒のタキシードだ。金糸の刺繍もなければ、宝石のボタンもない。
だが、俺の『鑑定』スキルは、その服の真価をこう表示していた。
【アイテム:農民の正装】
【素材:特級ブラック・スライムレザー(なめし加工済)× 魔蚕の糸】
【効果:物理耐性(特大)、魔法反射(中)、自動温度調節、防汚加工】
【製作者:下町の伝説的職人・ガンツ】
【説明:泥の中でも、舞踏会でも、常に最高のパフォーマンスを発揮するための決戦用作業着。着心地は天国】
「……完璧だ。ありがとう、ガンツ爺さん」
「ふん。スライムの皮で礼服を縫えなんて客は、長い職人人生で初めてだ。……だが、悪くない出来だ。行ってきな、ボウズ」
俺は「作業着」に袖を通す。軽い。まるで皮膚の一部になったかのように馴染む。
足元では、蝶ネクタイをつけたフェンが「似合っているか?」とばかりに胸を張っていた。
「いくぞ、フェン。今夜の畑は王城だ。害虫を駆除して、最高の花を咲かせるぞ」
「承知した。……主よ、あの『ぷりん』とやらの余り、必ずよこせよ?」
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夜の帳が下りる頃、王城「白亜宮」は、地上に降りた銀河のように輝いていた。
正門には、絢爛豪華な馬車が列をなし、宝石や絹で着飾った貴族たちが次々と降り立つ。
その列の最後尾に、俺たちの乗った辺境伯家の馬車が到着した。
俺が降り立った瞬間、周囲の貴族たちがざわめき、そして失笑が漏れた。
「おい見ろ、あの地味な服。喪服か?」
「どこの田舎貴族だ? 宝石一つ身につけていないなんて、恥を知らないのかしら」
嘲笑の視線が突き刺さる。だが、俺は背筋を伸ばし、堂々と歩を進めた。
俺の隣には、辺境伯レオナルド閣下と、今日の警護を務めるギデオンがいる。
「……ルークス殿。緊張しているか?」
「いいえ。……ただの『納品』ですから」
俺はニヤリと笑った。
門番が槍を交差させ、俺たちを止める。
「待て。貴様のような者はリストにない。どこの馬の骨だ」
俺は懐から招待状――ではなく、「食品納入許可証」と「生産者証明書」を取り出し、門番の鼻先に突きつけた。
「リーフ村の農民、ルークス・グルト。……今宵のメインディッシュ、その『親』です。通していただけますね?」
その堂々たる態度と、背後に控える辺境伯の威圧感に、門番はたじろぎ、道を開けた。
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大広間は、むせ返るような香水の匂いと、空虚なお世辞の会話で満たされていた。
その中心、一段高い玉座の近くに、宰相オルコの姿があった。
彼の隣には、青ざめた顔で俯くエレナ様の姿。まるで、生贄の祭壇に捧げられた花嫁だ。
オルコが手を挙げると、会場の楽団が演奏を止め、静寂が訪れる。
「皆の者、今宵は建国を祝う佳き日である。この場を借りて、私から一つ、慶事を発表させていただきたい」
オルコの声が、大広間に響き渡る。
俺は給仕たちの影に紛れ、その時を待っていた。
「我が息子と、辺境伯家令嬢エレナ・ランドールとの婚約を、ここに――」
「――お待ちください、宰相閣下」
その声を遮ったのは、俺ではない。
玉座に座る若き王、リアム陛下だった。彼は退屈そうに頬杖をついていたが、ふと鼻を動かした。
「……なんだ、この甘い香りは? オルコ、其方の演説よりも、余はこの香りの正体が気になって仕方がないのだが」
そのタイミングに合わせて、俺が合図を送る。
大広間の扉が一斉に開き、銀の盆を持った給仕たちが雪崩れ込んできた。
盆の上に乗っているのは、黄金色に輝き、震えるほどの弾力を持った宝石――『カスタードプリン』だ。
「な、なんですと……? 陛下、今は重要な話を……」
「黙れ。……食うぞ」
リアム陛下は目の前に置かれたプリンを、スプーンで掬った。
カラメルソースが絡んだ黄金の塊が、王の口へと運ばれる。
会場中の視線が一点に集中する。
陛下が口を閉じた、その一瞬の後。
カラン……。
王の手からスプーンが滑り落ち、硬質な音を立てた。
陛下は天を仰ぎ、震える声で呟いた。
「……余は……この味を知るために、今日まで生きてきたのか……」
その一言が、導火線だった。
貴族たちも次々とプリンを口にし、あちこちで感嘆の悲鳴とため息が爆発した。
「なんだこれは! 口の中で溶けたぞ!?」
「甘い……なんて上品で、透き通った甘さなの……!」
「これを食べた後では、王都の菓子など泥団子だ!」
宰相オルコの演説は、完全に「食の感動」によって掻き消された。
オルコは顔を真っ赤にし、犯人を探すように叫んだ。
「誰だ! こんな……こんな余計な真似をしたのは!」
「俺です、宰相閣下」
俺は人垣を割り、広間の中央へと進み出た。
漆黒の「作業着」を纏い、胸を張って。
エレナ様が顔を上げ、俺を見て、その瞳に涙を溜めた。
「貴様……! あの時の泥農民か! 神聖な式典を汚しおって、衛兵、つまみ出せ!」
「お待たせしました、エレナ様」
俺はオルコを無視し、エレナ様に微笑みかけた。そして、ゆっくりとオルコに向き直る。
「汚したのはどちらです? この国の宝である『笑顔』を曇らせ、私利私欲の道具にしようとしたのは」
「な、なんだと……! 身分をわきまえろ、下郎が!」
「身分? ええ、俺はただの農民です。ですが……」
俺はリアム陛下に向かって一礼し、高らかに宣言した。
「この『カスタードプリン』に使われている特級素材、そして『純白の砂糖』。これらを安定供給できるのは、世界で唯一、俺の管理する畑だけです」
会場がどよめく。
砂糖。白い金。それを独占しているという宣言。
「陛下、そして貴族の皆様にお尋ねします。もし、エレナ様が不幸な結婚を強いられ、心労で倒れでもしたら……辺境伯領の生産体制は崩壊します。二度と、この『幸福の味』は王都に届かなくなるでしょう。……それでも、この婚約を進めますか?」
これは脅迫だ。
だが、この場において「プリン(および砂糖)」という実利は、オルコの権力すら凌駕する。
リアム陛下が、ナプキンで口元を拭い、鋭い眼光でオルコを射抜いた。
「オルコよ。……余は、このプリンを毎日食べたい。国民にも、この幸福を分け与えたいと思う。……その『生産拠点』の管理者の機嫌を損ねるような真似は、王として許せぬな」
「へ、陛下……っ!?」
オルコの顔から血の気が引いていく。王が、実利を取ったのだ。
勝負あった。
「……さて」
俺は呆然とするオルコに背を向け、壇上のエレナ様へと歩み寄った。
彼女の手を取り、膝をつく。
農民の作業着だが、今の俺にはどんな王子の衣装よりも誇らしい。
「お待たせしました、お嬢様。……約束通り、迎えに来ましたよ」
「ルークス様……っ!」
エレナ様の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは悲しみの涙ではなく、安堵と喜びの宝石だった。
「……踊れますか? こんな、泥臭い農民と」
「……はい! 喜んで……!」
楽団が、空気を読んで優雅なワルツを奏で始める。
俺たちはホールの中心で、手を取り合い、踊り出した。
周囲の貴族たちは、もはや嘲笑などしていない。
国を動かした農民と、解放された令嬢。その輝きに、ただ魅入られていた。
宰相の野望が砕け散る音を聞きながら、俺はエレナ様の腰を引き寄せ、ステップを踏んだ。
農民ルークス。
王都攻略の第一歩は、これ以上ない「大勝利」で幕を開けた。
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読者の皆様、記念すべき第二百話をお読みいただき、本当にありがとうございます!
農民の知恵と「プリン」が、国の歴史と一人の少女の運命を変えた瞬間です。
このカタルシスをお届けできたなら、作家冥利に尽きます。
「最高にスカッとした!」「ルークスかっこいい!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆様の応援が、次のステージへ進むルークスの力になります!




