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ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります  作者: はぶさん


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第百九十九話:行列のできる再生食堂と、夜会への切符

 王都エストリアの下町ダウンタウン

 普段なら、酔っ払いの怒鳴り声と腐ったゴミの臭い、そして絶望が澱のように溜まっているはずのこの場所に、今日は奇妙な熱狂が生まれていた。

 震源地は、かつて「幽霊屋敷」とまで呼ばれ、近隣住民すら寄り付かなかった廃墟寸前のボロ宿――『夕暮れ亭』。

 だが今、その店の前には、開店前から路地を埋め尽くすほどの長蛇の列ができていた。


「おい、まだかよ! あのスープの匂いだけで、硬い黒パンが三つは食えるぞ!」

「昨日は売り切れで食えなかったんだ。今日こそは……今日こそはあの『黄金の汁』を飲むんだ!」


 並んでいるのは、日雇いの労働者、薄汚れた服を着た孤児、非番の下級兵士、そして噂を聞きつけた商会の手代たち。彼らの目は血走っているが、その瞳には「食への渇望」という純粋な輝きが宿っている。

 店から漏れ出す香りは、それほどまでに暴力的だった。

 牛骨の濃厚なコク、野菜の甘み、そして焦がした味噌と『だしの素』が織りなす、抗いがたい旨味の奔流。それが下町の腐臭を切り裂き、人々の胃袋を鷲掴みにしているのだ。


「へいへい、押すなよ野郎ども! スープは逃げねぇから! 順番を守らねぇ奴には、鍋の底の焦げしか出さねぇぞ!」


 店主のゲイルさんが、活気を取り戻した大声で客を捌く。

 数日前まで死んだ目をしていた男とは思えない。綺麗に剃り上げられた髭、洗濯された純白のエプロン。そして何より、包丁を握る手には、失われていた職人の魂が宿っている。


「よし、ルークス、仕込みは完璧だ。……開店だ!」

「了解です、大将!」


 俺が磨き上げられた扉を開け放った瞬間、ドッと人が雪崩れ込んできた。


「いらっしゃいませ! 空いてる席へどうぞ! 相席のご協力をお願いします!」


 俺はホールを駆け回りながら、次々と注文を捌いていく。

 メニューは一つ。俺とゲイルさんが開発した『再生のスープ・改』。

 市場で捨てられていた野菜くず(キャベツの外葉、大根の皮、ニンジンのヘタ)と、精肉店の廃棄骨をベースに、圧力鍋の原理(収納魔法)で旨味を極限まで抽出。そこへ『だしの素』と『隠し味の味噌(500ptで交換した試供品)』を加えた、濃厚かつ深みのある特製雑炊だ。

 一杯銅貨二枚。王都の物価からすれば破格の安さだが、味は王都の三ツ星レストランにも負けない自信がある。


「うめぇぇぇ! なんだこれ、骨の髄まで染み渡る!」

「野菜の皮がこんなに甘いなんて……信じられねぇ! 俺たちが今まで食ってたスープは泥水だったのか!?」

「母ちゃん……母ちゃんに食わせたいよぉ!」


 客たちがスプーンを口に運ぶたびに、店内に幸福なため息と、啜り泣くような感動の声が充満する。


【通知:労働者の活力を回復。……感謝ボーナス +3pt】

【通知:孤児に生きる希望を与えました。……感謝ボーナス +5pt】

【通知:リピーター獲得。……信頼ボーナス +10pt】


 視界の隅で、ウィンドウのログが滝のように流れていく。

 一人当たりの単価は低い。だが、この圧倒的な「数」こそが武器だ。貴族一人の気まぐれなチップよりも、百人の「ありがとう」の方が、今の俺には価値がある。

 チャリン、チャリンという音が脳内で鳴り止まない。これが「薄利多売」によるポイントの自動回収システムだ。


 そして、この店の秩序を守るもう一人の立役者が、入り口に鎮座していた。


「おい、そこのデカい兄ちゃん。割り込みはナシだぜ? ちゃんと最後尾に並びな」

「あぁん? 俺を誰だと思って……ヒッ!?」


 スラムの荒くれ者が凄もうとした瞬間、足元から地響きのような唸り声が響いた。

 フェンだ。

 普段は愛らしい子犬の姿で客に愛想を振りまき、「まあ可愛いワンちゃんね」とおこぼれを貰っているが、行儀の悪い客が現れると一変する。

 一瞬だけ「若体期」の覇気を纏い、その黄金の瞳をギラリと光らせるのだ。その迫力たるや、歴戦の冒険者ですら尻餅をつくレベルだ。


「グルルッ……(主の店で騒ぐなら、貴様を今日の出汁にしてやるぞ)」


 フェンの「威圧」を受けた男は、顔面蒼白になり、「す、すみませんでしたぁ!」と最後尾へ走っていった。


「あの犬、すげぇ賢いぞ。番犬に欲しいな」

「バカ言え、ありゃこの店の守り神だ。手を出すと祟られるぞ」


 いつの間にかフェンは『夕暮れ亭』のアイドル兼・影の支配者として崇められていた。


---


 そんな繁盛の最中、店の空気を凍らせるような男が現れた。

 列を強引に押しのけ、革靴の音も高く入ってきたのは、仕立ての良い服を着た、小太りの男だった。胸には『王都料理人ギルド・衛生監査』のバッジが嫌味ったらしく光っている。

 男はハンカチで鼻を押さえながら、まるで汚物を見るような軽蔑しきった目で俺とゲイルさんを見た。


「……おいおい、なんだこの不潔な店は。獣の臭いと、生ゴミの臭いが混ざって、鼻が曲がりそうだ」


 店内の空気がピリリと張り詰める。

 男は周囲の客たちを無視し、カウンターの前で仁王立ちになった。


「私はギルドの監査官、ガストンだ。この店で『廃棄物』を客に食わせているという通報があってね。……ふん、見るからに非衛生的だ。市場のゴミを拾ってきて煮込んでいるという噂は本当らしいな。即刻営業停止処分にする」


 店内が静まり返る。客たちが不安そうにスプーンを止め、俺たちを見る。

 ゲイルさんの顔が怒りで赤くなり、包丁を持つ手に力がこもる。だが、俺はそれを手で制して前に出た。


「廃棄物、ですか。……具体的に、どの食材のことを指しているんでしょう?」


「とぼけるな! 市場のゴミ捨て場から拾ってきた野菜の皮や、野犬の餌になる骨を使っているんだろう? そんなものを客に出すなど、王都の食文化への冒涜だ! ここは高貴なるエストリアの王都だぞ、豚の餌場ではない!」


 ガストンは勝ち誇ったように叫ぶ。

 おそらく、客を奪われた近隣の店からのやっかみか、あるいは下町の活気を快く思わない連中の差し金だろう。いずれにせよ、彼にとって「味」はどうでもいい。難癖をつけて潰すことだけが目的なのだ。

 

 俺は冷静に、厨房から湯気の立つスープを一杯よそった。


「ガストンさん。貴方は料理人ギルドの方ですよね? 食のプロフェッショナルだ」


「当然だ。私の舌は、王家の晩餐に供される料理すら審査してきた」


「なら、食材の『声』が聞こえるはずです。これはゴミじゃありません。農民が汗水垂らして育てた命の結晶です。皮も、骨も、すべてが役割を持ってここに在る。……それを『汚い』と決めつけるなら、貴方のその高貴な舌で確かめてからにしてください」


 俺はスープをガストンの前に突き出した。

 ドンッ、と置かれた椀から、黄金色の香りが立ち上る。

 だしの豊かな香り、味噌のコク、そして野菜の甘い誘惑。ガストンの鼻が、意思に反してひくついた。


「……ふ、ふん。毒見してやろうじゃないか。どうせ生ゴミの味が……」


 彼は震える手でスプーンを口に運んだ。

 そして――。


「――ッ!?」


 ガストンの目が見開かれ、スプーンがカランと音を立てて落ちた。

 

「……な、なんだこれは……。野菜の皮特有のえぐみが一切ない……むしろ、この深みのある甘みは……骨髄の旨味と完全に調和して……。それに、この『茶色い調味料(味噌)』のコクは……!」


「どうですか? それはゴミの味ですか? それとも、命の味ですか?」


「……ぐ、ぐぬぬ……! ……美味い……! 悔しいが、王都のどの高級店よりも……深い味がする……ッ! なんだ、涙が止まらん……!」


 ガストンは屈服した。椀を抱え込み、ガツガツと、それこそ彼が馬鹿にしていた「豚」のように夢中で最後の一滴まで飲み干してしまったのだ。

 店内から、ワッと歓声が上がる。

 

「へへっ、まいったか! これが俺たちの『夕暮れ亭』だ!」

「兄ちゃん、よく言った!」

「役人様も、美味いもんには勝てねぇってか!」


【通知:権威による理不尽な圧力を「実力」で跳ね返しました。……名声ボーナス +500pt】

【通知:料理人ギルドへの影響力を獲得。……ボーナス +100pt】


 ガストンは顔を真っ赤にして、空になった椀を見つめ、震える声で言った。

 

「……衛生面は、まあ、十分な加熱処理がされているから良しとする! だが、監視は続けるからな! ……あ、明日も同じ時間に抜き打ち検査に来るから、大盛りを用意しておけ!」


 そう捨て台詞を吐いて逃げ出していった彼を見て、店内は爆笑に包まれた。また一人、リピーターが増えたようだ。


---


 騒動が落ち着き、夜が更けて客たちの話し声が戻る。

 俺はカウンターで皿を洗いながら、彼らの会話に耳を澄ませた。

 ここには、王都中の情報が集まる。酔っ払った下級兵士の愚痴、商人の噂話、そして貴族屋敷の使用人たちの密談。


「おい、聞いたか? 三日後の『建国記念の夜会』、宰相様が何かデカい発表をするらしいぜ」

「ああ。なんでも、辺境伯の令嬢との婚約を強引に進めるとか……」

「王様のご病気も、実は毒なんじゃないかって噂もあるしな……」


 俺の手が止まる。

 やはり、オルコは動く。それも、俺たちが想定していたよりも早く、強引に。

 この店は、単なる食堂じゃない。俺の「耳」だ。ここで得た情報は、必ず反撃の糸口になる。


 その時、裏口の扉が静かに叩かれた。

 客ではなく、人目を忍ぶような控えめなノック。

 フェンが警戒せずに尻尾を振っている。

 扉を開けると、そこには深くまでフードを被った小柄な人物が立っていた。外套の隙間から、辺境伯家の家紋が見える。


「……ルークス様ですね。エレナお嬢様より、これを」


 渡されたのは、一通の手紙。封蝋からは、あの夜の庭園で嗅いだのと同じ、優しい花の香りがした。

 俺は厨房の奥で、封を切った。


『親愛なるルークス様へ。

 突然のお手紙、お許しください。

 三日後、王城にて「建国記念の夜会」が催されます。そこで、宰相オルコ様が私の婚約を公式に発表しようと画策されています。

 ……お父様も反対されていますが、王命に近い形での圧力がかかっており、もう逃げ場がありません。

 ルークス様。もし……もし可能であれば、その夜会に、私の「パートナー」として参加していただけないでしょうか。

 貴方がそばにいてくだされば、私はどんな運命とも戦えます。

 ――エレナ』


 手紙を持つ手が震えた。

 これは、SOSだ。あの気丈な彼女が、震える手で書いたであろう悲痛な叫び。

 政略結婚の発表の場で、パートナーとして彼女の隣に立つ。それはすなわち、宰相オルコに対し、真っ向から喧嘩を売ることを意味する。


「……パートナーとして参加、か」


 俺は自分の姿を見下ろした。

 泥と油にまみれたエプロン。擦り切れたシャツ。

 今の俺は、どこからどう見ても、下町の貧乏食堂の店員だ。

 王城の夜会。煌びやかな貴族たちが集う、選ばれし者の社交場。

 そこに農民が足を踏み入れるには、身分も、衣装も、コネも、すべてが足りない。


 俺はウィンドウを開いた。

 現在のポイントは、店の売り上げとボーナスを合わせて『6,500pt』。

 

「……足りないな。全然足りない。王子様の衣装レンタルに、招待状の偽造……いや、正規ルートでの参加資格を得るための『工作』には、桁が一つ足りない」


 だが、行かないという選択肢はない。

 俺は手紙を懐にしまい、フェンを見た。


「フェン。今夜は残業だ。……農民が王子様になるには、いくらポイントが必要か、徹底的に計算するぞ。店の売り上げだけじゃ間に合わない。もっとデカいヤマを動かす」


「ふん。主なら、泥だらけの服でも一番目立つと思うがな。……だが、あの娘のためなら、付き合ってやろう」


 最強の農民による、王都最大の夜会への「殴り込み(カチコミ)」準備が始まった。


---



読者の皆様、第百九十九話「行列のできる再生食堂と、夜会への切符」をお読みいただきありがとうございました!

下町での大成功、そして小悪党を味で黙らせるスカッとする展開。

しかし、その裏で進むエレナ様の危機。

農民ルークスは、果たして煌びやかな夜会に潜入できるのか!?


次回、いよいよ記念すべき第二百話!

「決戦、建国記念の夜会」。

ルークスが全ポイントを賭けて用意した「切り札」とは? そして、夜会で振る舞われる「伝説のプリン」が起こす奇跡とは?

続きが気になる方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!

皆様の一票が、ルークスの「タキシード代」になります!


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