第百四十九話:種を蒔くのは、王都の絶望
穏やかな休息の翌日。リーフ村の朝は、一通の早馬が巻き上げる土煙によって、唐突に破られた。
「ルークス殿! 辺境伯レオナルド閣下よりの緊急親書だ! 大至急、確認を!」
駆け込んできたのは、辺境伯領の正規騎士の鎧を纏った、若き伝令兵だった。俺は、父アルフレッドと共に村の広場でそれを受け取った。封蝋を砕き、羊皮紙を広げると、そこにはレオナルド様の力強い筆致で、王都のドロドロとした暗雲が記されていた。
『宰相オルコ、ついに牙を剥いた。王都周辺の穀物買収を強行し、意図的な食糧危機を煽り始めている。さらに、辺境伯領からの流通に対し、法外な関税を課す「臨時安保税」を王に奏上した。……ルークス、奴はお前を引きずり出すために、王都の民の胃袋を人質に取ったぞ』
(……なるほど。前世の独占禁止法や不当廉売規制があれば即座に逮捕ものですが、この世界じゃ「王の耳」を握った奴がルールだ。権力者の身勝手で市場を歪める……ブラック企業のワンマン経営者と何も変わらないな)
俺は親書を握りしめ、視界の端に浮かぶシステムウィンドウをスワイプした。
【保有ポイント:6,850pt】
(オルコ卿。あんたは俺を「便利なシステム」として手に入れたいんだろうけど、やり方が致命的に間違っている。農民を……いや、元「社畜の執念」を持つ農民を怒らせたらどうなるか、その身で味わってもらおう)
俺は、不安げな表情でこちらを見つめる父と、馬の荒い鼻息を鎮めている伝令兵を振り返った。
「父さん。リーフ村の『冬の備え』、今年は少しやり方を変えよう。……全村人を広場に集めて。それから、行商人のクラウスさんを大至急呼んでほしい。彼なら今頃、隣町の宿場にいるはずだ」
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数時間後。村の集会所には、村長ハンスを筆頭とした村の有力者たちと、ルークスの呼び出しに馬を飛ばしてきたクラウスが顔を揃えていた。
「ルークスよ、一体何を始めるつもりだ? 辺境伯様からの不穏な知らせを聞いたぞ。今は大人しく閉じこもって、嵐が過ぎるのを待つべきではないのか?」
ハンス村長が、震える手で杖を突く。村人たちの間にも、王都の権力という「見えない巨像」への恐怖が広がっていた。だが、クラウスだけは、鋭い商人の嗅覚を働かせてニヤリと口角を上げていた。
「いや、村長。この少年がわざわざ俺を指名したんだ。ただの『守り』で終わるはずがない。……そうだろ、十歳の知恵者殿?」
「ええ、クラウスさん。……俺が提案したいのは、王都の喉元に刺さる『黄金のトゲ』……いえ、『経済の地雷』です」
俺は、ポイントで交換した「あるもの」をテーブルの上に置いた。
それは、一見するとただの、どこにでもある『大麦の種』だ。だが、俺が深夜に『土壌改良 Lv.2』と『植物成長加速 Lv.2』を極限まで掛け合わせ、さらに前世のバイオテクノロジーの知識――趣味の家庭菜園動画で得た雑学――で選別した「特製種子」だった。
「これは、極寒の冬でもわずか三週間で収穫でき、かつ、収穫後も半年間は一切の劣化を許さない『氷晶大麦』の試作品です。これを、リーフ村、そして信頼できる隣接する村々で、秘密裏に一斉栽培します」
「三週間で収穫!? 馬鹿な、そんなの魔法の杖を振ったって無理だ……。しかも冬に収穫できる麦なんて聞いたことがないぞ!」
ハンス村長が絶叫する。当然の反応だ。この世界の農業常識を、俺は今、根底から踏み潰そうとしているのだから。
「できますよ。俺の『現代農法』の知識と……まあ、ポイントによる微調整があれば。……クラウスさん、問題は出口戦略です」
俺は地図を広げ、王都へと続く街道を指差した。
「宰相オルコが王都の食糧を買い占め、価格を吊り上げているなら、その『バブル状態の市場』に、圧倒的に安くて高品質な、それでいて『辺境伯領産』とは一見して分からないルートの食糧を大量投下します」
クラウスは、俺の言葉の真意を理解した瞬間、一滴の冷や汗を流した。
「……なるほど。各地の小規模農家や、没落した商人の在庫処分を装い、何十もの小規模ルートで王都へ運び込むわけか。オルコが独占している高価な穀物の横に、信じられないほど安くて旨い麦が並び始めたら……」
「ええ。市場価格は暴落します。買い占めに使った宰相府の膨大な資金は、そのまま回収不能な『負債』へと変わる。……さらに、この麦には『ある仕掛け』をしてあります」
俺は、その麦の種を一つ、光にかざして見せた。
「この麦は、俺が特別に作った『発酵促進剤』……要は特定の肥料ですね、これを与えないと、次世代の発芽能力を失うように設計してあります。王都の強欲な商人が、この麦を『種籾』として奪い取ったとしても、俺の許可なくしては二度と芽吹かない」
供給の蛇口を、十歳の農民が握る。
逆らう者には飢えを、従う者には繁栄を。それは、かつて俺を使い潰したブラック企業のトップが持っていた、傲慢なまでの支配力と同じものだ。
「ルークスよ……。お前、本当に十歳か? 腹の中が、冬の夜の闇より真っ黒じゃないか……」
ハンス村長の呟きに、俺は最大限の「無邪気な神童」の笑みを浮かべて返した。
「失礼ですね。俺はただ、村のみんなが安心して冬を越せるように、市場を『健全化』したいだけですよ」
[SYSTEM_NOTIFICATION]
[ミッション:経済の地雷(王都輸出計画)を開始します]
[推定獲得報酬:20,000pt ~ 50,000pt]
[プロトコル [L0-V3] 稼働率:0.08% ]
(……愛(LOVE)か。ああ、そうだよ。俺の愛するこの平和を汚す奴には、徹底的な『市場の洗礼』を受けてもらう。……さあ、オルコ卿。あんたの買い占めた穀物が、全部ただの『腐ったゴミ』に変わるまで、徹底的にデリバリーしてやるよ)
その日の夜。リーフ村の畑には、人知れず淡い金色の光が満ちていた。
最強の農民による、静かなる侵攻。
その最初の種は、冷たい秋の土の中で、不敵な意思を宿して芽吹き始めていた。
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【読者へのメッセージ】
第百四十九話をお読みいただき、ありがとうございます!
ルークスによる本格的な「経済の逆襲」が始まりました。魔法で敵を倒すのではなく、「安くて旨い麦を大量に流して、相手の財政を破綻させる」という、前世の経験を活かしたエグい戦略……いかがでしたでしょうか。
次回、王都の市場は大混乱! 「麦の怪物」と化した特産品が、宰相オルコの喉元に食らいつきます。
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